7:響の捜索
―――響ちゃんが突然居なくなった。
その噂はすぐ次の日に学園中に広がった。毎日、女子生徒も男子生徒も話題は響ちゃんの事ばかりだった。
学園祭で盛り上がっている場合ではないと、皆言っていた。
女子生徒にも男子生徒にも密かに人気な響ちゃん。学園中の生徒が毎日、生徒会室に押しかけてくる。
皆、言ってくる事は決まっていた。
「彼女を捜させて欲しい」「自分達で彼女を捜したい」「捜索の許可を下さい」
だけど、会長はそれを認めなかった。
「彼女が居なくなったのは、私達生徒会の責任です。彼女を捜すのは私達の役目だ」
そう言って毎日生徒達を追い払っては、苛立つ感情を押さえ込もうと、爪を噛む。
会長も必死で響ちゃんを捜している。私達以上に、会長は力を入れて毎日明け方まで捜し続けている。
でも、響ちゃんは見つからない。
私達も必死に捜している。響ちゃんの実家の方へも連絡を取り、帰ってきたら連絡を下さいと伝えてある。
家の力を使って、学園中、国中、世界中を捜させた。でも、手がかりは全く無かった。
部屋は綺麗に整理され、響ちゃんの薙刀も無くなっていた。でも、響ちゃんの使った跡は全く無かった。
生徒会室や教室、学園中は次第に暗い雰囲気になってきた。
響ちゃんを知らない人でさえ、歩くたびため息を付いていた。
響ちゃんが居なくなるだけで、こんなになるとは思わなかった。誰も思うはずはないだろう。
今日も暗い雰囲気の中、学園祭の準備をし終え、また響ちゃんの居ない日が終わろうとしていた。
「……はぁ……」
寮に行く道をゆっくり帰っていると、ふと広場に誰かが立っているのが見えた。
女子生徒じゃないとすぐに分かった。制服が男子生徒の物だったから。
彼は私が近づいているのに気付いたのか、こっちに走ってきた。
そして、肩を強く掴まれる。
「天田先輩!高宮先輩からメールが来たんです!」
「えっ!?」
驚いて、一瞬彼が何を言ったのか理解ができなかった。
でも響ちゃんの名前を聞いて、反対にこちらが彼――望月君の肩を掴んだ。
「なんてっなんてきたの!?響ちゃんは、なんて送ってきたの?!」
「先輩落ち着いてください。すみませんが、会長や他の生徒会メンバーを集めていただけませんか?僕はこの広場で待ってるんで」
「分かった!すぐ戻る、から待っててっ」
持っていた鞄を投げる様に彼に渡すと、私は学園へと走って戻った。
土足だったがそんなのかまわず、校舎を駆け上がり、生徒会室の扉を開いた。
「どっ、どうしたの?天田さん。そんなに慌てて…」
「それもローファーを履いたままなのかよ。魅華」
呑気にお茶をしている咲華先輩と涼を見て、部屋の隅に座っている彌悠先輩や刹那先輩を見つける。
会長は奥の豪華な机でたそがれている。傍には心配そうにかなちゃんが寄り添っていた。
走って息苦しいが、それよりも早くこの事を伝えないと。
「響、ちゃんから、メール、あったって!」
その言葉に全員が目を見開く。あまり感情を見せない刹那先輩でさえ、驚いて口が開いたままになっている。
「望月君が、メールを……響ちゃんからメールがあったから、皆を、待ってる!私、先に行くからっ」
そう言って、私は来た道を戻った。階段は手すりを滑り、ある程度大丈夫な高さの階になって、窓から飛び降りた。
普段からこんな高い所には慣れている。すぐに走り出して、目の前に人が飛んでくる。
会長だという事は、その後姿で分かった。
「待ち合わせ場所は」
「女子寮前の、広場」
そう言うと、彼は普段は出さないスピードで走っていった。
珍しいな、と思いながら当然だ、とも思った。
後ろから涼や先輩達の声が聞こえ、私達はゆっくりと走る速度を落としながら、広場に到着した。
すでに先に到着していた会長は、望月君の携帯らしき物を開いていた。
その目は何か異常なものを見たかのように、忙しなく動き続けている。
「紗那、内容」
「皆と話がしたい。この場所まで呼んで、迎えが来るはずだから。下にその場所の写真があります」
会長は皆に見えるように携帯の画面を見せる。
その写真を見て、前一度だけ響ちゃんに教えてもらった、あの道に似ている事に気付く。
「この場所…わかる。こっち」
私が皆を先導して歩く。広場から少し外れた小道を歩いて、寮の方へと向かう。
辺りはすでに日が沈んで暗くなってきた。私はかすかに見える道を歩きながら、記憶を頼りに先に進む。
そして、写真と同じ場所へたどり着くと、小さなウサギが座っていた。
ウサギは私達を見ると耳をピクピクさせながら、私達に近寄ってきた。
「もしかして…このウサギが?」
「…まさか、そんなのありえねぇだろ」
涼がそう言ったのが気に食わなかったのか、ウサギは勢いよく跳んで足で涼の顔を踏んだ。
突然の事で反応できなかった涼は、顔を押さえながら「絶対に食ってやる」とウサギを睨んだ。
そんな事は無視するかの様に、ウサギは歩き始め、数m進んで止まって振り向いた。
その顔は、まるでついて来いと言っている様に見えた。
「どうやらそうらしいですね。僕は先に行きますよ」
「あっ貴方に先を越させるわけには行きません!私が行きます」
「それなら早く進んでください。遅いです」
「言われなくても、分かってますっ」
少し早歩きで歩き出すと、ウサギはそれを見てまた歩き始めた。
草を掻き分けて進みながら、寮へ向かう道を外れ、見知らぬ森の中へと入っていく。
不安を押し殺しながらウサギの後を必死に追っていくと、洞窟の入り口のような物が見え始めた。
ウサギは当たり前のように、どんどん洞窟の奥へと入っていく。
私達は少し戸惑いながらも、自分達の携帯の光を明かり代わりにしてその後を追う。
「ふみゅぅ、いつまで歩けばいいんですかぁ」
「疲れてきたの?それなら私がおぶってあげましょうか」
「お姉様は刹那先輩の方をお願いします♪かな以上に疲れているみたいですから」
「あらあら、刹那様。お顔が青いですわよ?おぶって差し上げましょうか?」
「…いい。自分の彼女におぶってもらうなど、男として駄目だろうが」
「まぁっ…私は別にかまいませんわよ?」
「俺が気にするんだよ」
「……後ろのイチャイチャしてるカップル。帰れ、マジで帰れ。時と場所を考えろよ」
……涼がまともな事を言った。明日は雨が降るかな。
まぁ、こっちとしてはその意見に賛成だから何も口出しはしない。
ちなみに刹那先輩と咲華先輩は、学園公認カップルである。
後ろの会話を無視しながらウサギの後を追っていくと、行き止まりにたどり着いた。
だがウサギはそのまま進み続け、突然壁に向かって突進した。
「あぶなっ」
そう言うのと同時に、ウサギの姿は壁の向こうへと消えた。
驚いてウサギの消えた壁に触れる。だが壁に触れずに腕は通り過ぎた。
そのままゆっくりと入って、私達はさらに驚いた。
「……卵?」
部屋の中心に巣のような台座があり、その中に巨大な卵に似た形の何かがあった。
そして、卵の中に何かいる。目を凝らしながら近づくと、すぐにその正体が分かった。
金色に輝く私達と同じぐらいの、髪の長い男性が浮かんでいた。その腕の中には、見覚えのある姿。
「響ちゃん!!」
私は叫びながら近寄ろうとするけど、その手前で何かに遮られた。
透明な壁の様なものがあって、響ちゃんまで後3mぐらいの所で進めなくなった。
必死にその壁を叩いて響ちゃんの名前を叫ぶけど、全然気付いてくれない。
まるで眠っているかのように響ちゃんは男性の腕に抱かれている。
会長が刹那先輩の銃を借りて、卵を打ち抜こうとしたけど、弾が卵に届く前に別のものに当たって遮られた。
この場に出てくるとは思っても居なかった存在。―――妖獣だった。
まるで卵を護るために現れた妖獣。さらに数を増して卵の周りを囲っていた。
「何…こいつら。何でこんな早い時間に出てくるんですか?!」
「知るかよっでも、これじゃあ響を助けられない」
『必要無い』
「っ!?」
突然頭に響いて聞こえた声に、驚いて頭を抱える。
それは他の人も同じだったようで、信じられない顔で辺りを見回していた。
『彼女はすぐに返す。だから武器を収めてくれ』
「くそっ何なんだよ、この声!頭に直接響いてくる…」
「どこにいるんだ!姿を見せろ」
『目の前に居るじゃないか』
その言葉に、全員は信じられない顔で目の前にある卵を見た。
卵の中で響を腕に抱いている男性が、その瞳を開いていた。
その瞳は翡翠の様な緑色なのに、どこか狂気じみて見える。
彼はまるで天使の様な笑みを浮かべると、卵からゆっくりと出てきた。
腕の中にいる響ちゃんは、全く動かず、なすがままの状態になっている。
「響ちゃん!響ちゃんっ!!」
「大丈夫、ちゃんと息はしている。ただ、今は眠っているだけだ」
男性とは思えないぐらい綺麗な声で、彼は響ちゃんを壊れ物のように優しく抱きなおした。
無事な事にホッとしながら、私は目の前の男を睨んだ。
「貴方は何者、ですか。響ちゃんに、何をしたん、ですか」
「……俺は、お前達が妖獣と呼ぶ者達の主。かぐやの息子」
「はぁ?じゃあ、お前がこいつらを操ってたのか?」
「操ってはいない。彼らは自分達の意思で行動する。俺は、ただ願うだけ」
「かぐやの息子とは何だ」
「そのままの意味で考えてくれれば結構。それより……」
彼は足音を立てず、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
思わず武器を構えると、彼は苦笑しながら透明な壁に触れ
「すまないが、ここから出してくれ。彼女を渡そうにも、話をしようにも、この壁が邪魔で仕方ない」
そう言って腕の中の響ちゃんの頭を撫でた。
響ちゃんは彼の腕の中で、すやすやと眠り続けている。その無垢な笑顔に戦おうという感情が、徐々に無くなっていく。
「彼女は本当に呑気ですね」
「だが、彼女の笑顔は久しぶりだろう?白夜紗那」
「……何故僕の名前を知っている」
「それは…今は秘密にしておこう。ここから場所を変えた後で、ゆっくり話そう」
輝く金髪の、妖獣の主と言った彼は、そう言いながら楽しそうに首を傾げた。
その顔が、まるで新しい友達と遊ぶ小さな子供のように見えたのは、私だけだろうか。




