四十八回目
「……またここか」
目を覚ますと、やっぱりシャンデリアだった。
豪華な天井。豪華なベッド。豪華な絶望。
私はしばらく、仰向けのまま動かなかった。
のろのろと起き上がる。
サイドテーブルに手を伸ばして、ティーカップを取る。
一口、飲む。
「……ふぅ」
温かい。
さっきまで、シャンデリアに潰されていた気がするのだけれど。
「……もう嫌」
和解した。
争わなかった。
王子に抱きしめられて窒息しかけた上に、シャンデリアで圧死した。
あまりにも情報量が多すぎる。
私はのろのろと起き上がり、鏡をのぞき込んだ。
「……うわ」
今回のドレスは淡い紫色だった。
ただし肩に謎の羽根がついている。しかも左右非対称。
私は令嬢であって、飛翔準備中の珍鳥ではない。
「……結局、何をやってもダメじゃないのよ」
私はベッドに座り込んだ。
戦ってもダメ。
逃げてもダメ。
和解してもダメ。
この世界、あまりにも執念深く私を殺しにくる。
――いや。
「……違う」
私はゆっくり顔を上げた。
あの時。
シャンデリアが落ちてきた、あの瞬間。
(あの人……)
コンコン、と扉がノックされた。
「失礼いたします」
この声は、ローラではない。
私は答えなかった。
それでも扉は、静かに開いた。
そこに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべた医者――アルベルトだった。
「お加減はいかがですか?」
「最悪よ」
にこやかな笑み。
私はじっと彼を見た。
「あなた」
少しだけ声を落とす。
「……あの時、驚いてなかったわよね」
沈黙。
ほんの一瞬だけ。
彼の目が、こちらをまっすぐに見た。
それは今までの“医者の目”じゃなかった。
でも次の瞬間には、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
「何のことでしょう」
「とぼけないで」
私は立ち上がる。
「周りはみんな騒いでた。王子も、マリアも。でもあなたは違った」
一歩、距離を詰める。
「普通、ああいう時って、もっと慌てない?」
「どういう時でしょう」
「シャンデリアが人の頭に落ちる時よ」
一拍。
ほんのわずかに、空気が止まる。
「……ああ」
アルベルトは、ゆっくりと頷いた。
「確かに、あまり日常的な出来事ではありませんね」
「でしょ?」
「ですが」
彼は変わらず穏やかに続けた。
「お嬢様は、もう慣れておられるかと」
「慣れてないわよ」
沈黙。
アルベルトは、ふと薬瓶に目をやる。
そして何気ない調子で言った。
「さすがに四十八回目ですから」
「……え?」
私は顔を上げた。
「四十八回目?」
医者の表情が、ほんの一瞬だけ止まった。
「あ……」
その小さな間に、部屋の空気が変わる。
「……先生?」
私は薬瓶を握ったまま、彼を見た。
「今、何て――」
「お休みになったほうがよろしいですね」
医者は、いつもの穏やかな微笑みに戻っていた。
でも、何かが違う。ほんのわずかに、決定的に違う。
私は立ち上がろうとした。けれど、頭がくらりと揺れた。
「なに、これ……」
視界が滲む。
医者の顔が、光の中で少しだけ遠ざかる。
「大丈夫ですよ」
その声だけが、妙にはっきり聞こえた。
「どうか、今はお休みください」
「先生……あなた……」
その先は言えなかった。
視界が、ふっと暗く落ちる。
**
**
エピローグ
「しんど……」
モニタールームに、男の声が響いた。
「この子、ほんまにしんど……」
大型モニターが並ぶ薄暗い部屋。
そこには、豪華なベッドの上で眠るエリザベスの姿が映っていた。
「普通、二十回くらいで諦めるやろ」
別の男が、紙コップのコーヒーを片手にぼやく。
「それが毎回ちょっとずつ変えてくるんだよ。追放回避、舞踏会欠席、和解ルート、自己犠牲、カフェ開業……全部踏みにいく勢いや」
「そら追うこっちもしんどいわ……」
「でも、根性あるよな」
その一言に、部屋が少しだけ静かになった。
「たしかに」
「普通の被験者、もっと早く折れるしな」
白衣を脱いだ若い男――さっきまで医者だった男が、気まずそうに頭をかいた。
「……お前さあ」
コーヒーの男が呆れた顔でそちらを見る。
「四十八回目って言うなよ。干渉NGやで。リスポしても記憶、完全に飛んでるわけちゃうんやから」
「いや、つい」
「“つい”で言う数字ちゃうやろ」
「でも、あれくらいじゃ完全には気づかないと思う」
「“と思う”で回してんのが怖いねん、このプロジェクト」
別のモニターには、複雑に枝分かれしたフローチャートが映し出されていた。
無数の分岐。
無数の失敗。
無数の死亡ログ。
そのどれもを、エリザベスは少しずつ違うやり方で踏んできた。
「……もうさ」
「ん?」
「バグ探すより、この令嬢がループ抜け出すルート探すゲームにした方がええんちゃう?」
数秒の沈黙。
それから、誰かが吹き出した。
「何それ、企画変わってるやん」
「でもちょっと面白いかも」
「ていうか、もう半分そうなってるやろ」
白衣の男は、モニターの前に立った。
眠るエリザベスを見つめる。
「……次は俺が入るわ」
「また医者役?」
「いや、もう少し別の角度から接触してみる」
「お前、あの子に肩入れしすぎちゃう?」
「してへんわ」
「してる顔やで」
モニターの片隅。
薄い光の中に、機械につながれた若い女の影が横たわっていた。
顔までは見えない。
ただ、規則正しい呼吸だけが、静かにそこにある。
「まあ、ええわ」
コーヒーの男が肩をすくめる。
「もうちょい見てみよ。この子、諦めへんし」
白衣の男は、小さく笑った。
「案外ほんまに、抜けるかもしれんしな」
画面が暗転する。
そしてまた、どこかでシャンデリアの光が灯った。




