第2章8話〜行きましょう〜後編
朝日が白い砂浜に乱反射して輝いている。その強烈な光に巨大なヤドカリが眩しそうに顔を出したり引っ込めたりしている。大平原にいた火を吐く鳥も再びこの海峡にいるが、そのレベルは先ほどの大森林ですら、比べ物にならないほど高い。
ユカちゃんはその刺激的な光景に目を奪われ、最初は興味深げに目を輝かせていたが、すぐに浮かない顔へと変化する。一人大森林に取り残されたレンタロウの事を思い出したらしく、不安そうに俺を見つめてくる。
「タロちゃんは大丈夫でしょうか...。私の部屋からちょっと呼びかけてみたんですが、反応ないですし、ギルドチャットに何も書き込みもありません。タロちゃんのHPも少しずつ減っていってしまってます。見に行ってきた方が良いでしょうか?」
パーティメンバーであるレンタロウのHPゲージを確認すると、確かにレンタロウのHPゲージは五割程度にまで減っていってしまっている。ユカちゃんが心配するのも無理もない話だ。けれど。
「十中八九問題ないな。ただ、あれだけの数を捌いてる中で、話しかけられたら集中力も途切れるだろうし、見に行くのはやめときな。楽勝じゃねーから、ユカちゃんの声に反応したり、キーボード打つ余裕は無いだろうが。まぁ、レベル70超えだ。負ける事はないはずだ。」
俺の言葉にユカちゃんはほっとしたようで、胸に手を当て、ふぅ、と軽く息を吐く。
「レンタロウが来るまで、ここのエリアについて話そう。海峡で襲いかかってくるモンスターはウミネコだな、サイズは鷹サイズだが。あいつらはニャーニャー叫びながら来るから分かりやすい。今も遠くで鳴いてるのが聞こえるだろ?」
俺の言葉にユカちゃんは、「はい、遠くの方で鳴いてるのが聞こえます。」と言って頷く。
「それと稲妻クラゲだな。こいつは砂漠の中に潜ってるから、ちょっと気をつけなきゃいけない。砂丘の中にボコボコしてる所あるだろ?あそこに稲妻クラゲが隠れてる。」
俺は砂丘にある凹凸に向かって指さすと、ユカちゃんはじっと目を凝らし、「ありますね。」と答える。
「最後は巨大ラクダだ。ここからじゃ、まだ姿は見えねーけど。クソでかいから、遠くからでも一発で分かる。近づかないようにするのは容易い。まぁ、こいつに絡まれる事は無いだろう。」
「何だか、大森林の方が緊張感ありましたね。」
少し拍子抜けしたように、ユカちゃんは苦笑いを浮かべる。
「確かにな。ここは俺達のレベルだと一撃でやられる恐怖はあるけど、難易度的には圧倒的に大森林の方が難しいのは間違いないな。」
俺がユカちゃんに同意していると、ガサっと足音が聞こえてきた。後ろを振り向くと、HPを残り三割程度まで減らした傷だらけのドワーフ族がそこにいた。レンタロウだ。
「お、二人とも死なずに済んでるな。お待たせ。」と、冗談混じりに俺達に言う。
「タロちゃん心配したんだよ。部屋から呼びかけてるのに何も反応してくれないし。」
「そりゃ、レベル70超えてんだぞ。あの程度の敵にはやられねーって。お!さんきゅ!」
俺がレンタロウに初級のヒールをかけた事でレンタロウは俺に礼の言葉を言う。とはいえ、俺とレンタロウでは相当なレベル差がある。俺の使える初級魔法では何度もかけないと、レンタロウのHPは全回復しない。何度もヒールをかけ、七割程度回復出来たところで、「もう大丈夫。」とレンタロウは手を前に出し、ヒールを断る。
「海峡は大したモンスターもいないし、HPはこんだけありゃ大丈夫。時間もなくなってきてるし、そろそろ行こう。」
俺とユカちゃんはレンタロウの言葉に頷き、ヴォルトシェル王国までの最後のエリアである海峡を歩き始める。ヴォルトシェル王国に近いところの為か、「初心者さん頑張って!もう少しですよ!」と俺達に声をかけてくるプレイヤーも増えてきた。
「はい!ありがとうございます!」と、ユカちゃんは笑顔で大きく叫んでいる。
ここにいるモンスターは大森林に比べると、見た目も可愛らしいものが多く、襲いかかってくるモンスターの数も少ない。多分、そんな気の緩みだったのだろう。そして、何より遠くに見える目的地の影が俺達の気を早まらせ、ヴォルトシェルに着いた同然と思い込ませてしまったのだ。
突如、ユカちゃんの足元の白砂の中から青色透明のゴミ袋のような物体がふわりと飛んできた。稲妻クラゲだ。俺の前を走る二人は砂丘の膨らみを見落としていたらしい。レンタロウは高レベルの為、モンスターは反応しなかったが、低レベルのユカちゃんに対してはそうはいかない。先頭を走っていたレンタロウはまだ稲妻クラゲが現れた事に気づいていない。咄嗟に俺はユカちゃんの前に飛び出し、「逃げろ!」と叫び、背負っていた金砕棒を固定していたベルトから外し、稲妻クラゲへと叩きつける。間一髪だったが、何とかクラゲのヘイトはユカちゃんから俺へと移ったようで、クラゲは俺に向き直ってくる。
良かった。間に合った。
次の瞬間、クラゲの無数に伸びてくる触手から放たれた電撃で俺のHPゲージはゼロとなり、砂丘の白砂の上に仰向けで倒れ込む。もはや、俺は指を一つ動かす事も出来ない。このどこまでも続くような青空しか、VRゴーグルのモニターには映らない。しかし、そんな事はどうでも良かった。俺は急いでパーティメンバーのHPゲージを確認すると、ユカちゃんのHPゲージは一ミリも減っていない。どうやら、ユカちゃんは助かったようだ。
数分後、ギルドチャットにユカちゃんからのメッセージが流れてきた。多分避難は出来たのだろうが、俺にボイスチャットが届かない位置にいるせいだろう。
『ごめんなさい。私が絡まれてしまったせいで。』
『気にすんな。むしろ、一番重要なユカちゃんが戦闘不能にならないだけ幸運だ。二人でヴォルトシェルへ行きな。もう時間もないだろ。俺はお前らがログアウトした後で、一人で行くから大丈夫だ。』
俺はそう言い、上空に浮かぶ【リスポーン地点に設定されている町に戻りますか?】というウィンドウにカーソルを合わせようとしていると、
「...おっさん!」
倒れているせいで見えはしないが、多分俺の隣にレンタロウはいるのだろう。横から声が聞こえてくる。俺は寝転がったままその声に答える。
「どうした?」
「...ダンデリオンに帰るなよ?蘇生屋探すから、絶対にそのままでいろ。」
「わーったよ。」
俺はカーソルをウィンドウから外し、『レンタロウが蘇生してくれる人探してくれるみたいだから、戻らずにここで少し待機する。』とギルドチャットに書き込む。それから、すぐにレンタロウもギルドチャットにユカちゃん宛で書き込む。
『姉ちゃん、そこの岩陰に隠れててくれ。そこなら多分モンスターに見つからないはずだから。』
『うん、分かった。』
俺の横でレンタロウが現在地確認の為にMAPを広げたらしい。俺の目の端に微かにMAPが入り込む。
「蘇生貰えませんかー?B 5 モノーキー 三千G。」
レンタロウが俺の倒れてる地点の位置情報を付け加えた蘇生依頼を叫び出すと共に、周辺のプレイヤーに表示される共通チャットにも、
【蘇生貰えませんかー?B 5 Monokey 3000G】と、同様の書き込みをする。
『もうここはヴォルトシェル周辺だ。高レベルの僧侶くらいいるはずなんだ。おっさん、姉ちゃん。ちょっと待っててくれな。』と、レンタロウがギルドチャットに書き込む。
『なるほど。凄いですね。考えつきもしませんでした。お金を払って蘇生魔法を貰うなんて。』
感心し切りのユカちゃんの書き込みに、俺は補足を込めて、ギルドチャットに書き込む。
『あぁ、蘇生屋な。僧侶はソロだとバトルに弱いから、こうやって自分の使える魔法で金策をするのも一つの手なんだ。MMOではよくある稼ぎ方だ。』
『命の沙汰も金しだいって事なんですね。』
『まぁ、既に死んでっけどな。』
距離が離れた俺達はギルドチャットにキーボード入力をして、そんなやりとりをしていると、俺の隣に立っているであろうレンタロウから、
「全然反応がないな。おっさん、ここに一人残しても平気か?」と問いかけが来る。
「大丈夫だ。」
俺は即答する。レンタロウは中々連絡が来ない現状を打破するべく移動するつもりなのだろう。確かにここで叫んでいても海峡は広いエリアである為、声や共通チャットが届かない位置がある。それに、ヴォルトシェルの方に近づけば近づくほど、蘇生魔法の使える僧侶や蘇生薬を扱える薬師がいる確率も上がるだろう。
「もう少し、ヴォルトシェル方面に行って、叫んでくる。」
「了解だ。」
足音がどんどん遠くなって行き、遠くの方で微かにレンタロウの俺の蘇生を求める声と共通チャットが流れてくる。
近くに蘇生使える奴、いてくれると良いんだけどなぁ。
そんな事を考えていると、先ほどの遠ざかる足跡とは逆に、今度はどんどんと俺の元へ近づいて来る馬の足音が聞こえる。
...誰だ。
誰が近づいてきたのかと確認しようにもHPの尽きた俺は一切身体を動かす事は出来ない為、確認が出来ないのがもどかしい。馬の足音は俺のすぐ真横にまで来て止まった。馬から降りて、近づいてきた人物が仰向けで倒れ込んでいる俺に対して口を開く。
「モノーキーって名前聞き馴染みあるなと思って来てみたら、アルゴ、アンタこんなところで何やってんのよ。」
全プレイヤーの中で一番会いたくなかった顔が俺を見下ろしている。
「うるせぇよ、メズ。」
毛先だけ薄桃色に染められた肩甲骨ほどまで伸びたブロンドの髪が海風によって大きく靡いている。エルフ特有の透き通るほどの白い肌と長い耳。そして、俺を覗き込む恐ろしく整った顔が腹立たしいほどによくこの青空とマッチしている。
「メインアカウントが停止されてるって噂本当だったのね。久々にこのモノーキーってキャラ見たわ。完全に怪物じゃない。アンタには似合わないわ。」
そう悪態をつきながらも、メズは俺に蘇生呪文を唱え始める。彼女の蘇生魔法により、俺の体が光に包まれると、少しずつだが俺の体が動かせるようになってきている。メズの詠唱が終わる時には、完全に俺の体は元通りになり、俺は上体を起こす。
「使い慣れてくると、このオーガの姿も結構悪くないんだ。メズ、ありがとよ。助かった。報酬は五千Gで良いか?」
「んな端金受け取ったってしょうがないし、今回はタダで良いわよ。その代わり、次会った時ご飯でも奢りなさい。」
お澄まし顔でパンパンと身体についた白砂をメズは払いながら言う。
「んな、金ねーよ。俺が無職なの知ってんだろ。お前にメシ奢るくらいなら、ここでゴールド払った方が余程マシだ。」
「あら。まだ、アンタ無職なの?いい加減働きなさいって。」
「おめーも働いてねーだろ。」
「あら?私は働いてるわよ。ちゃんと稼いでいるもの。あ な た と違ってね。」
メズは顔を俺に近づけると、煽るようにわざわざ区切って、いやみったらしく強調してくる。
「つーか、あんたがロクでもない事してラビッツフット追い出されたせいで、あのバ⚫︎が暴れ回って、私大変だったんだからね!?マジムカつく!」
メズが思い切り砂丘を足で踏みつけると、白砂が再び空にふわりと舞う。
「ナイトアウルの拠点、ラビッツフットに奪われたんだってな。他のギルドに拠点奪われるのいつ以来だ?ネットニュースになってたぞ。ま、隙を与えたお前が半分くらいは自業自得だけどな。」
俺は肩をすくめながら言うと、メズはムッと顔を顰める。
「るっさいわね。あれからずーっとログイン中は個人チャットに知らない奴らから暴言が飛んでくんのよ。片っ端からブロックしてるんだけどキリがないわ。」
「お互い嫌われ者で大変だな。ま、それじゃ俺になんか構ってねぇでさっさと行きな。」
「ふん、もう行くわよ。じゃあね。」
メズは横にいた馬に飛び乗るように跨ると、ブロンドの髪を靡かせながら、勢いよく飛ばして行く。嵐みたいな女だ。それから、俺はメズと話してる間にレンタロウとユカちゃんがギルドチャットに書き込みをしていた事に気づいた。
『お!おっさん蘇生貰えたのか。良かった。姉ちゃん連れてそこに戻るわ』
『モノーキーさん、良かったです!本当にごめんなさい!!今からタロちゃんと一緒に向かいます!』
パーティを組んでいる為、俺のHPゲージが回復した事に気づいてこう書き込んだのだろう。俺もさっさと返信しなきゃいけないな。
ただ、その前に、「すみません、蘇生いただきました。お騒がせしました!」とフィールド上に叫んでおく。これでもう大丈夫だろう。
『二人とも蘇生貰えたからもう大丈夫だ。叫んでくれてありがとな。』と、俺はギルドチャットへ二人宛に書き込んだ。
―――
ユカちゃんは俺と再会後、「蘇生にかかったお金はギルド運営費から払います!」と言って、ギルド運営費からお金を出そうとしている。俺はかぶりを振り、「タダでやってくれたから、大丈夫だ。」と言い、そのユカちゃんの申し出を断る。
「本当ですか!?優しい人もいるものですね。」
「今時、タダでやってくれる人なんて、滅多にいないのに。超優しいな。」
二人は俺を蘇生してくれたプレイヤーであるメズを優しいプレイヤーだと口々に言うが、俺からしてみりゃ、あいつは俺がアバンダンドで出会ったプレイヤーの中でも一、二位を争う程ロクでも無い奴なんだけどな。
ま、それでも今はこう言っといてやるか。
「ああ、そうだな。優しい人だったよ。」
―――
ユカちゃんは、「もう気は抜きません!」と宣言をし、目が血走ってるんじゃないかと思うほど目を大きく開けながら、首を横にブンブン降りまくっていた。思わず、「鶏みたいだな。」と言ったら、顔を真っ赤にして怒っていた。
自分のしてしまったミスで大分落ち込んでいたようだったが、もうこうなったのなら大丈夫だ。いつも通りのユカちゃんに戻っている。
既に俺達の目の前には、縦に四つ並んだ巨大な円盤型の巨大な建造物が上空に浮かんでいる。上に行けば行くほど円盤は大きくなっている。各層の間には相当な空間が空いているのだけれど、この俺達の位置から見るとまるでコマ、巻貝、もしくはネジのような形状に見える。
ヴォルトシェル王国から出てくるプレイヤーは、「お、ルーキーさんだ。」「おめでとう!」「これで初心者終了だね」と、俺達に沢山声をかけてきてくれる。その言葉一つ一つがこの国に到達するという事の大変さ、ヴォルトシェルという国の特別さを表しているようだ。
「ここがヴォルトシェル王国...。」
ヴォルトシェルに辿り着いたユカちゃんが顔を上げ、天まで続くような巨大な建造物に圧倒されながら呟く。
現在の時刻は二十三時十分。少しだけ目標時間には間に合わなかったが、帰ってきたぞ。ヴォルトシェル。
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。




