64話 最後の抵抗のようです
翌日の朝、昨夜のマトモス&その客である俺達の暗殺事案を処理した所為か若干寝不足感が否めなかった。
すでに起きていたマトモスは着替えを終わらせていたようで、俺が起きてきたのに気がつくと朝早くから清々しい笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございますシーツァさん。昨夜は大変だったみたいですね」
「いや、それほどでもなかったな。さほど強くはなかったし、速攻で無力化できたから気がつかなかったろ?」
足元に転がっている今だ麻痺の解けない覆面の襲撃者を軽く足で小突く。
小突かれた襲撃者は軽く呻いたがそれ以上のことは痺れているためできないらしかった。
んー、初めて【強痺撃】使ったけど結構長持ちするんだなー。これならもっと早くから使ってスキルレベル上げとけばよかった。
「それで、これからどうするんだ? この覆面共を衛兵あたりにでも突き出すのか?」
「いや、その必要はないよ。ほらやっぱり」
マトモスが転がっている襲撃者のうち、1人の覆面を剥がすとそこから出てきたのはオールバックにした白髪と口元に髭を生やしたいかにも執事的な人だった。険のある顔つき以外は。
他の3人の覆面も剥がしていくと、マトモス曰くギール家の中でもローヒス側のメイドと執事らしかった。
「多分他の部屋を襲ったのも姉上の側の人間だろうね。全員生かして捕らえてくれたのは助かったよ。姉上達にはきつい沙汰を下さないとね」
それだけ言うと近くのテーブルに置いてある小さいハンドベルを鳴らす。
すぐに扉の向こうからノックの音と男性の声が聞こえ、マトモスに命じられ部屋に入ってきたのは第一印象から執事なナイスミドルなおじさんだった。
温和な表情と優雅な礼をする姿はとても様になっており、違和感の欠片も抱かせないほどだった。
てか、ハンドベル使って人を呼ぶところを実際見ることになるとは思わなんだ。なんか改めて異世界に来たことを実感した気がする……。
「セバス、人を呼んでくれ。私と客人が寝込みを襲われた。襲ってきたのはジェームズ達姉上側の人間だろう。エントランスにこの者達を運んだら悪いが姉上達を呼んできてくれないか」
「かしこまりました。それでは5分程お待ちください」
そう言うとセバスは軽々と4人の襲撃者を持ち上げるとそのまま運んで行ってしまった。
パッと見筋骨隆々と言った感じではなかったが、恐らくかなり高密度に引き締まった筋肉をしているのだろう。
異世界の執事は強くなきゃ勤まらんのか? ジェームズとか言うおっさんだって俺の【闇の呪縛】避けてた訳だしな。多分ステータス的には俺のが勝ってるんだろうけど……、戦いたくは無いな……。
きっかり5分が経過し、当事者全員がエントランスに集められた。
ローヒスやヒドスは朝早くから突然呼び出されたことに相当ご立腹な感じであった。
「いったい何の騒ぎですかマトモス! こんな朝早くから私達を呼びつけるとはいくら当主といえども無礼でしょう!」
「いえ、昨夜私と私の大事な客人であるシーツァさん達が寝ているところを襲撃されましてね。その件で姉上達に朝早くから起きてきて頂いたわけなんですよ」
「な、なぜ私達が呼ばれなければならないのですか! 関係ないでしょう!」
呼びつけられた理由を聞いたローヒスは一瞬動揺したようだったが、すぐに声を荒げ動揺を隠そうとした。
そんな姉の姿を見て、昨日までは推測の段階だったものが確信に変わったマトモスは俺達に昨夜の襲撃者を運んでくるように頼んできた。
通路に転がしてあった襲撃者を【物理魔法】を使い次々とエントランスに運び込んでいく。
遠慮なく床に落としたため、身動ぎすることしかできない襲撃者達は受け身を取る事すらできず、ある者は背中から落ち、ある者は顔面から落ち床と熱い口づけを交わす羽目になった。
「この者たちがな、何だと言うのです」
「だから先程も言ったではないですか。昨夜我々を襲った犯人ですよ。姉上も知っている顔でしょう?」
マトモスを含めた5人で襲撃者達の覆面を外してやると、中から出てきた顔に徐々に顔色が悪くなっていったが、最後の1人の覆面を外した時若干顔色が良くなったのが気にかかった。
「確かに殆どが私の配下の物ですわね。ですが私はそんな指示を出した覚えはありません。その者達が貴方を当主に相応しくないと思い勝手にやったのでしょう」
ローヒスの言葉に襲撃者達の顔色が蒼白になる。
1人を除き全員が麻痺した体で出せる精一杯の声をあげるが、誰一人としてまともな言語にはなっていなかった。
「それに、そこで顔を下に向けているメイド……、それはあなたの配下ではありませんか? 自分の配下にすら当主に相応しくないと思われているなんて……、当主失格ですわね!」
鬼の首を取ったかのようにドヤ顔で嘲笑してくるローヒス。
そんな彼女の言葉を聞いたマトモスは、俯いたまま動かないメイドのそばまで来るとしゃがみこみ、彼女と同じ目線になる。
自分の主が近づいたことにより、ビクッと体を震わせたメイドに対してマトモはやさしく語りかける。
「サリー、君から見てそんなに私は当主に相応しくなかったかい?」
マトモスの問いかけに答えようとするが体が麻痺しているためちゃんと喋ることが出来ないでいるメアリーを見てマトモスはこちらに顔を向けてくる。
すぐにその意味を理解した俺は【回帰魔法】でサリーの麻痺を治してやるとマトモスは頭を下げて動作だけで礼をすると再びメアリーに向き直った。
「申し訳ありませんマトモス様! あなたが当主に相応しくないだなんてそんなことあるはずがありません! ただ……」
力一杯にローヒスが言ったことを否定するサリーの声が最後の方になると一気にトーンダウンしてしまう。
「ただ……、なんだい?」
「ただ……、昨夜マトモス様が帰ってこられて部屋に戻られた後、ローヒス様に呼び出されたのです。私を呼び出されたローヒス様は、マリーを、妹のマリーを人質として監禁しているとおっしゃられました。それで今回のマトモス様の襲撃を教えられ、「妹を開放してほしければどうすればいいか分かっているな?」と言われ、それでマトモス様を襲う者達に加担してしまったのです! 申し訳ありませんでした! 私はどうなっても構いません! ですからどうか妹だけは! マリーだけはお救い下さい!」
昨日からの事情を全てマトモスに話し、妹の助命を嘆願する為にミノムシ状態のまま床に額を擦りつけるようにして涙ながらに懇願しているサリー。
マトモスはそんな彼女の頭をあげさせ、肩をやさしく抱くと特に怒るでもなく穏やかに語りかけた。
「サリー、事情はよく分かった。辛かっただろう? 安心しなさい、マリーは必ず助けるしサリー、君を罰することもしないよ」
マトモスの言葉にサリーは大粒の涙を流しながらまるで子供の様に泣き始めた。
もう必要ないので【蜘蛛糸】を解除して身体を自由にしてやると、マトモスに縋り付きそのまま泣いていた。
「シーツァさん」
泣いているサリーの頭をやさしく撫でながら顔だけをこちらに向けてきたマトモスの意図を読み取りすぐに【気配察知】を屋敷全体を覆う程の広さまで広げる。
すると屋敷の一番上の所に1人の女性と、2人の男性がいるのを確認した。
すぐにマトモスにその旨を伝える。
俺の言葉が聞こえたローヒスとヒドスはもう死人かと勘違いしてしまうほどに顔色が酷い有様だった。
すぐさま駆け出し通路の奥に行き人目のつかない所までたどり着くと、【霊体化】と【空間機動】を使い天井や壁をすり抜け目的の場所へと急行する。
マリーが監禁されていると思しき場所にたどり着いた俺の目に飛び込んできたのは荒縄で手を後ろ手に縛られ、徐々に迫りくる男共から必死で距離を取ろうとしている女性と、目がギラつき厭らしい笑みを顔に浮かべて、か弱い獲物を徐々に追い詰めている2人の男だった。
「おい」
「あ゛!? なんだてべっ!」
片方の男に近寄り【霊体化】を解除すると、ガシッと左手で肩を掴む。
男は振り向いた先にいる男に威嚇を含めた誰何をしようとするが、その問いかけは無慈悲にも振り抜かれた拳によって無理矢理中断させられた。
殴りつけられた勢いで壁に激突した男は手足を弛緩させそのまま気絶した。
「タッパ!? テメェよぐぼ!」
もう片方の男が腰の剣を抜こうとしているのを見てこちらも容赦なく殴り飛ばす。
先程吹き飛んだ男とは反対の方向に吹き飛んだ男も同じように気絶した。
「ヒッ! やめて! こないで!」
自分を追い詰めていた男達があっさりと倒されたことに動転した女性は先程よりも必死に逃げようとするが、背中を押し付けている壁が無情にもそれを許さない。
怯える女性に近づき、手を縛りつけている荒縄を魔法で切断し手を解放してやると先程までの怯えは消え失せ、ポカンとした顔で固まっていた。
「大丈夫か? 助けに来た。とりあえず聞くがあなたがマリーであってるか?」
「え、ええ、あってます。私がマリーです」
「そうかそれは良かった。サリーが心配している。すぐにエントランスに行こう」
近くの窓を開け放ち、昏倒している男2人を窓から放り投げると【物理魔法】で持ち上げたマリーと一緒に窓の外へと飛び出した。
「え!? 嘘!? ここ3階――、キャァァァァァァァァァァ!!」
魔法で固定されているとはいえ突然空中に放り出されたマリーの悲鳴が周囲に響き渡った。
地面に激突する寸前の男共を【物理魔法】で受け止め、宙に浮かべたままのマリーと共に屋敷の中へ入っていく。
「ただいまー」
扉を開け放ち屋敷に入るなり放たれたのんびりとした言葉がそこにいる全員の視線を集める。
「お帰りなさい。どうでしたか?」
「ああ、きっちり助けてきたぞ。ちょっと遅かったらヤバかったけど」
マトモスに結果を報告し、マリーを床に降ろしてやるとマトモスのそばから1つの影がマリー目掛けて飛び出して来た。
「マリー!!」
「姉さん!!」
お互いを強く抱き合い、子供のように大泣きする2人の女性を見て安堵の溜息を吐いたマトモスが目つきを鋭くしてローヒス達に向き直る。
当のローヒスは顔を俯かせ、微かに震えているように見えた。
「さて、これで姉上のしたことは明らかですよね? マリーを襲おうとしていたこの者等も姉上の配下の兵士ですし。さあ、もう観念して裁きを受けて――」
「ええい! 黙れ黙れ! 弟の分際で姉である私をここまでコケにしおって! 者共出会え! 目の前の者達を皆殺しにせい! ただし女共は貴様等の好きにして構わん! マトモスの首を取った者には金貨10枚払おうではないか!」
ローヒスの下へ集まった兵士達がソーラ達への劣情と報酬の金貨に一気に色めき立つ。
「こうなったわけだけど、どうすんだ? こいつら殺してもいいのか?」
「はぁ、仕方ないでしょう。ですが姉上と義兄上は出来れば生きたまま捕らえて頂ければありがたいです」
目の前の姉の愚行に溜息を隠すことできないマトモスはそれでも血を分けた家族である事への情けか、出来る限り生きたまま捕らえることを望んでいた。
しかし情けを掛けられた当の本人達は更に怒りをヒートアップさせ、先程まで死人同然だった顔色が真っ赤なリンゴ以上に赤くなっている。
「ええい! 姉である私を舐めおって! 殺せ! あの愚か者共を血祭りにあげよ!」
「「「「「おおーーーーーーーっ!!」」」」」
ローヒスの号令の下配下の兵士達が一気呵成に突撃してきた。
全員が劣情と金に目を眩ませ、血走った目で己の欲望を隠そうともせずに。
なんだか今回のラストと次回の序盤は某8代将軍が大暴れするBGMが流れてきそうですね。
若干ローヒスが前に出ているのでヒドスが影薄いです。
作中では妹として表現していますが、サリーとマリーは双子設定です。だからと言って物語に係ってくるかと言われれば関わってきませんが……。
やっぱり身内を人質として取るのはこういったタイプの悪役では鉄板だと思ったので、2人には申し訳ないですがこんなことになりました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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これからもお暇なときに読んでいただければ幸いです。