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12番外編◇あなたに恋をすること01

※信じられないくらい、セルゲイがかわいいと連呼しています。ご注意ください。

 結婚式から逃げ出しセルゲイと再会してから、早一週間。

 ラウラはクロウ家の元使用人を大量に引き連れて、フォレスター家の離れに帰ってきていた。主人に楯突いたとして大量解雇されてしまったのだ。セルゲイに聞けば、快諾してもらった。

 ちなみにクロウ家の面々は、使用人たちの証言で家族であっても軟禁は罪に当たるとして、法に基づき罰が下ることとなった。

 その際家族とは縁を切って、今の彼女はただのラウラである。しかしまたすぐに、ラウラの慣れ親しんだ名前に戻るだろう。


「またよろしくお願いしますね、義姉上」


「はい、よろしくお願いしますね」


 期間のない婚姻届けにサインをすれば、当主に温かく迎えられた。


「結婚式は盛大にしましょう」


「そうだな、一番大きな教会を押さえよう」


「それ王族の方とかが使用する教会では……」


 というわけで、ラウラとセルゲイの結婚は二年後に行われることとなった。


「ずっと先のような、あっという間のような……」


「寝たらすぐだ」


 セルゲイからしたら本当にそうだろう。寝て起きたら初対面の妻との結婚式が急に開催される。

 慌てふためくセルゲイを想像しくすくす笑えば、セルゲイもつられて笑った。



 元通りとはいかないが、少し変わっても日々は進んでいく。


「お、奥様美味しそうなチョコチップクッキーですね」


 チョコチップクッキーが山盛りになった皿を持ちセルゲイの執務室に向かっていれば、セルゲイから命令を受けたのであろうイヴァンと合流する。

 行儀悪く手を伸ばそうとするイヴァンの手を、現れたセルゲイが止めた。どうやら心配で追いかけてきたらしい。夫は今日も妻に一目ぼれをしたようだ。


「イヴァン、そのクッキーはすべて私のだ」

「げぇ、旦那様独占欲強すぎですよ。俺のチョコチップクッキー……」


「うふふ皆で食べましょうね、独り占めは駄目ですよ」


「ラウラがそう言うなら」


 ブツクサ文句を言うイヴァンだったが、その顔は優しかった。ラウラとセルゲイを見守っている。彼の今の目標は、二人より長生きすることらしい。頼もしいことだ。今度健康にいいお菓子でも開発しようか。


 と、そこでツェツィーリヤがやって来た。お茶会に招待していたのだが、想定より彼女は早く来た。


「あら美味しそうね。これぜーんぶわたくしの?」


「ツェツィーリヤ、独り占めは駄目ですよ」


「旦那様、さっきまで自分がやろうとしていたのに、よくそんな堂々としていられますね」


 皿の上に載ったチョコチップクッキーを吟味し、何枚食べれるか真剣に考えるツェツィーリヤの薬指には銀の指輪が光っている。


「ようやく彼の家に行く決心がついたの」


 とは、ラウラとセルゲイが改めて結婚した後にツェツィーリヤが話してくれたことだ。あの後、ラウラとセルゲイが出会えたと知り、踏ん切りがついたらしい。


「彼の両親に、銀の指輪を貰ったわ。戦争が終わって、両国のわだかまりが薄れたらまた改めてわたくしにプロポーズするつもりだったのね。馬鹿な人、わたくしまだまだ人気者なのに、それまで売れ残っていると思っているなんて」


 心の内を晒すように、ツェツィーリヤは大声を上げて笑った。きっとこれも淑女にとっては十分とっておきだから、ラウラは彼女を甘やかすためケーキを大きく切り分けた。


 ――なんて思い出に浸っていると、セルゲイに名を呼ばれる。

 ラウラはチョコチップクッキーが載った皿をイヴァンに預け、セルゲイの肘に手を乗せた。


「じゃあ、行こうか」


 二人は歩幅を合わせて歩いていく。初夏の風が心地いい、昼下がりのことだった。



 夜。

 セルゲイの部屋におじゃましていたラウラは、彼がなにか書いているのを発見して覗き込んだ。胸ポケットに入るサイズの手帳には、ラウラのことが書かれていた。

 好きな食べ物、嫌いな食べ物、癖、利き手、似合う色――

 事細かに書かれている。


「なんで私が何回あくびをしたかまで書かれてるんですか!」


 悲鳴を上げれば、セルゲイが「怒ってもかわいい」と付け足すものだからぐぬぬとこぶしを握り締めた。


「毎朝読んでいるんだ。幸せな気分になれるんだよ。ここに書かれているラウラを見つけるのも、ここに書かれていないラウラを見つけるのも」


(なんて天然たらしなの……)


 ラウラは今日も胸がきゅんきゅんだ。


「……ずっと、私はこういう日記のようなものを付けてこなかった。恐れていたんだと思う、自分が知らない記憶を見るのが。でも今は凄く楽しいんだ、ありがとうラウラ」

「どういたしまして」


 手帳を閉じたセルゲイに、おやすみを告げる。

 永遠の別れではない。また明日出会うためのおまじないだ。


「おやすみなさい、また明日!」



◇◇◇



 花畑に、誰かがいる。白いワンピースに身を包んだ、亜麻色の髪の女性。

 顔はぼやけてよくわからないが、きっと笑っているのだろう。明るくていつまでも聞いていたくなるような笑い声を、青空が吸い込んでいく。


 気づけばセルゲイも、白いシャツに身を包んでいた。

 顎を骨ばった手で覆えば、口の中が甘酸っぱいレモンの味がした。


 楽しそうに彼女は歩き出す。


「……っ待ってくれ!」


 手を伸ばし走ろうとするが、いつの間にか草が足に絡みついていた。身動きが取れず転ぶ。


 叫び続ける。しかし亜麻色の髪の女性はそのまま去っていく。


 景色が暗転した。



 

 ――朝。

 怖いくらい静かで、鳥のさえずりが聞こえる。怒号も悲鳴も聞こえない。柔らかな日差しがセルゲイを優しく揺り起こした。


 勢いをつけ体を起こし、周囲を警戒する。……すぐに肩透かしを食らった。昔弟と一緒によく行っていた、本邸にほど近い離れに今自分がいることに気がついたからだ。

 いささか緊張が解けたが、戦時中ではなかったのかと焦りは絶えない。


(落ち着け……、焦りは命取りになる)


 大きく吸って吐く。戦場で最も学んだこと。それは焦らないことだ。


 首にかけているペンダントを取り出す。幼い弟と自分と、今は亡き両親が写った写真が入ったペンダントを見ると不思議と心が休まるのだ。毎朝のルーティーンであるそれを開けば、中からひらりと一枚の小さな紙が落ちてきた。拾って広げてみれば、


『戦時中事故に遭い、以降記憶が二十四時間でリセットされる』


「…………」


 何度も何度も読めば、じわじわと今の状況を吞み込めてくる。


(そうか、戦争は終わったのか)


 安堵が押し寄せた。同時に、あれから何年経ったのかという恐怖が背筋から這い上がって来る。体が震え、目を見開いているはずなのに視野が狭窄していく。

 荒い呼吸が収まらず、無理矢理抑えようとすれば余計に汗が噴き出て心臓の鼓動も早まった。


 手から滑り落ちた紙を拾い上げれば、下の方に一文が足されていた。先ほどの文は弟の字だったが、こちらはセルゲイの字だった。


『引き出しの一番上に入っている手帳を読め』


 それをする意味はわからなかったが、このままじっとしていると気がおかしくなりそうだったため、素直に指示に従うことにした。

 引き出しに入っていた手帳は茶色の革製で、胸ポケットに入るくらいの大きさだった。なんの気なしにぺらりとめくる。


『私の妻、ラウラ・エルゼ・フォレスターのかわいいところ』


「なんだこれは」


 一ページ目に大きく書かれた題名と思しきものは、そんなことが書かれていた。自分には妻がいたのかとか、名前はラウラなのだとか、そういうことを飛び越えて思うのは、なんだこれだった。本当になんだこれ。


 もう一ページめくれば、日記のようにその日一日ラウラという女性を見ての感想が事細かに書かれていた。書き始めたのはここ最近の日付から始まっているのに、もう一冊使い終わりそうな勢いで書き込まれている。


 ――ラウラはチキンを美味しそうに食べていた、かわいい。

 ――オリーブは苦手そうにしていたから代わりに食べたら喜んでくれた、かわいい。

 ――紫色が好きだと教えてくれた、かわいい。

 ――笑顔がかわいい。


 毎日毎日飽きもせず、かわいいと書かれている。

 セルゲイは自己卑下をすることはあまりない。しかしこんなにもかわいいと連呼している自分のことは、


(少し気持ち悪くないか? そもそもこの女性は本当に妻なのか? 妄想とかではなく?)


 かわいいかわいいと書かれていて、最後はどの日付も同じ内容が綴られていた。


 かなり引いてしまった。胸焼けしそうで、手帳を閉じる。馬鹿馬鹿しいと一蹴した。


 そこで馴染みの騎士であるイヴァンが入って来た。


「おはようございます旦那様。さあさあ、今日は奥様がマドレーヌを焼いてくださるそうなので早く着替えましょうね~」


 自分を幼子のように扱うイヴァンに若干思うところはあるが、それより気になるのは妻という部分だった。着替えながらそれとなく探りを入れる。


「おい、その妻だという女性の名前はラウラか?」


「そうですよ」


 笑顔で答えられる。


「どのような女性なんだ??」


「それは見て確かめた方が手っ取り早いかと」


 イヴァンはそれ以上は語らなかった。というよりも、こちらの反応を楽しんでいるに違いない。にまー。口角を上げている。


「大丈夫、だいじょーぶですよ」


(なにが大丈夫なんだ)


 苛立ちを抱えながら、朝食をとるため食堂に向かうことにした。



◇◇◇



 外に出る。以前より屋敷の中が華やかな気がして、それはラウラという妻の存在があるからなのかもしれない。


 まだ眠い目を擦る。


「――あ、セルゲイ様ぁ!」


 柔らかな声だった。心臓が音を立て、声のする方に視線を向ける。


 ――そこには、天使が手を振っていた。


 こちらに向かって歩いてくる天使は、頬を紅潮させ、亜麻色の髪をぱやぱやと揺らしている。まだ眠たそうな青い瞳は優しげで、肌はミルクを溶かし込んだように白かった。体は柔らかそうで、力いっぱい抱きしめたくなるが、同時にこの世のなによりも大事に丁重に扱いたいとも思う。

 一目ぼれとは本当にあるのだと知った。後ろから、イヴァンのにやにやした視線が突き刺さるが、それすら気にならない。


 自分目掛けて一直線に来てくれる彼女がかわいい。もうすべてがかわいかった。


 記憶のない自分が、初めて会う妻を愛することなんてないと思っていたのに、あっという間に恋に落ちてしまった。


「おはようございます、セルゲイ様。私はラウラ・エルゼ・フォレスター、あなたの妻です」


「かわいい」


 かわいいと言われ慣れているのか、顔色一つ変えない彼女もかわいい。自分と同じ姓を名乗る彼女もかわいい。

 

 もう、完敗だった。



 ラウラが作ってくれたのだというマドレーヌも、バターの風味が豊かで美味しかった。自分の妻は料理も上手なのかと感心する。

 同時に、ラウラの他のお菓子を食べたことがあるであろう過去の自分に、焼けつくような嫉妬を覚えた。もう一個、とマドレーヌに手を伸ばすイヴァンを制しながら、どうにか精神を落ち着かせる。

 ラウラのお菓子が食べられていない日の自分の方が、圧倒的に数は多いのだ。食べれているだけ、自分は幸福なのだろう。食べたいとねだったら、健康に悪いからと頑として断られたと書いてあった。意志の強いラウラもかわいい。


(駄目だな、すべてがかわいい)


「? セルゲイ様、どうかされましたか?」


「いや、幸せだと思っただけだ」


「よかった! あのね、私毎日セルゲイ様に幸せと言ってもらうのが目標なんですよ!」


 花が綻んだような笑顔に胸を撃ち抜かれ天を仰いだ。ラウラの仕草一つ一つを眺めるのが楽しい。

 こんなかわいい妻と話す時間が楽しくないと言う日の自分がいたら、必ず殴りに行こうと誓った。



 夜。

 

「おやすみなさい」


 と寝に行ったラウラを見送ってから、この幸せな日が終わるのだという虚しさに駆られていた。

 明日の自分は、またラウラを忘れているのだ。こんなにも愛しているのに。


 悔しくて歯を食いしばる。握り締めた手は血管が浮き、指先は白く染まっていた。


 今日が終わらなければいいのに。そう考えてから、手帳の存在を思い出す。


(――あぁ、だから私は、)


 毎日ラウラの日記をつけていたのか。


 愛する妻との幸せな記憶を、形に残すために。


 過去の自分がそうしたように、手帳とペンを手に取る。今日会ったラウラのかわいいところを心行くままに書きながら、自分もまた同じ内容で手帳の最後を締めるのだと思った。



『今日もまた、ラウラに一目ぼれした』



◇◇◇



 ――それから、何十年もの月日が流れた。


 セルゲイとラウラ、二人が生きる時間の流れは違う。セルゲイが速かったのか遅かったのか、ラウラが遅かったのか速かったのかは定かではないが。

 しかし長い時間を生きる中で二人の時間の流れは近づき、また離れて行った。


 亜麻色の髪に白髪が混じるようになったラウラは、今さっき起こったことすら覚えてられない。


 朝起きて。ぼんやりとメイドたちにお世話されてから、食堂へと連れていかれる。夢うつつのまま廊下を歩く彼女の視界に、一冊の手帳を広げ読む老人が映った。

 老人もラウラに気がつくと手帳をしまい、いそいそと側に来る。


「おはよう、私はセルゲイと言う者だ。食堂までご一緒してもよろしいか?」


「えぇ、いいわよ。うふふ、嬉しいわ」


 ラウラはセルゲイをまじまじと見上げ、頬を赤らめた。恋する乙女のように。


「不思議ねぇ、あなたとは初めて会った気がしないの」


「私もだよ。夫婦なのかもしれない」


 しみじみとして言った彼女を、セルゲイは優しいまなざしで見下ろす。

 ラウラは花が綻ぶように笑った。


「夫婦、いいわねぇ」



「――じゃあ、行こうか奥さん」

「えぇ、あなた」


 二人はずっとそうしてきたかのように、自然な動作で肘を差し出し手を乗せ、また歩き出した。


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― 新着の感想 ―
この作品を読んで「50回目のファーストキス」と言う映画を思い出しました。 毎朝辛い思いをするけど、それ以上に幸せを感じさせてくれる愛情と思いやりが素敵でした。 前回の完結でもう少し二人の先が見たかった…
最後〜〜!! でもまぁそういうこともあるよね…。そうなるまで長生きできたことの証しでもあるもんなぁ…。 子供が生まれて、大きくなって、そだって家をでて、また二人になって。近づいて遠ざかってまた近づいて…
とても愛しくて哀しいお話でした。 どれだけ愛しても忘れてしまうのは、身を引き裂かれるようですね。 子どもを作ることは叶わなかったのかなとも思いました。 いつしか朝名乗ることも忘れていって初めて二人が同…
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