1話 日常
突然だが俺たちは今ダンジョンにいる。
50年くらい前に偶然発見したのがきっかけだったらしい。
その時から人類に能力って呼ばれるものが発現したとかなんとか。
詳しいことはよくわからないんだけどね。
そんなこんなで俺たちが今いるのは横浜ダンジョンの第8階層だ。
ダンジョンの空気は、いつも少しだけ重い。湿っているわけでもないのに、肺の奥に沈んでくるような感覚がある。それでも慣れてしまえば、呼吸と同じだ。俺は足元の岩肌を踏みしめながら、前を見据える。
「前方から3体来る。人型だな」
後ろから飛んできた声に、短く返す。
「了解です」
——軽く息を吐く
(大丈夫、いつも通りに)
視界の端に、配信用のドローンが浮かんでいる。
俺たちはダンジョン専門配信アプリ「Dive Live」で配信をしている。
ドローンに目をやれば自分たちのライブが流れており、その隣にライブの対するコメントが流れている。
最初は自分を見られることに忌避感を覚えていたが、探索者として一年以上活動しているためもう慣れてしまった。
『今日も安定してんなぁ』
『見てて安心できるわ』
『画面越しとはいえ人が傷つくのは来るものがある』
『わかる』
『それな』
俺は前に出る。
役割はシンプル
前衛で敵を受け止めて、捌きながら後衛に繋ぐ—―
『いつ見てもいい連携してるけど…前衛の人若そうな見た目してんのに強いんだよな』
『恒くんか…高校生だっけ?若いのに強いってうらやま』
『若っ、大学生くらいかと思ってたわ』
『俺らなんかとは違うのよ』
『やめろ現実を見せるな悲しくなる』
——そう言われると、少しだけ肩の力が抜ける。
「来るぞ」
パーティに声をかけたのは、このパーティのリーダーである高橋弘人
声をかけられた直後、岩陰から緑色の影が飛び出してくるのはオークと呼ばれる筋肉が発達したモンスター。低層では珍しくない個体だが、少しパワーがあって今のように仲間と行動するくらいの知能はある。
(問題ない)
足を踏み込み、距離を詰める。
振り下ろされる棍棒を、半歩だけ体をずらして避ける。
同時に、腕に力を込めた。
「…ふっ!」
体の内側が軋み、足が地面に沈む感覚。
自分の能力を発動しながらさらにオークに肉薄する。
——自分の腕に、錘を乗せるイメージ。
拳がオークに当たった瞬間——ガンッ、と鈍い音が響いた。
オークの体が吹き飛び、壁に叩きつけられてそのまま動かなくなった。
『うわ、今のカッコよ』
『シンプルに強い、っぱパワーこそ正義よ』
『魔法もいいけど、男はこういうのにあこがれる宿命なんだなって』
『やはりこのパーティを語るうえで神谷君は欠かせない』
『いいやわかってないな、澪さんに決まっている』
『お前こそわかってない、詩織様こそ至高』
『名前すら上げられないリーダーに涙を禁じ得ない』
(流石にオーク相手だと手間取らないな)
ほっとするのと同時に、すぐに次へ意識を切り替える。
「ナイスだコウ!残り2体だ!」
「任せて!」
後衛の魔法が飛ぶ。
杖を振り魔法が飛び、残りのオークが焼かれる。文字通りあっという間に終わった。
「ナイスです、澪さん」
「そっちもね、コウ!」
「肩慣らしにはちょうど良かったか?今日もいい感じだな」
「そうね、でももう少し正確に探知してほしかったけど」
「無茶言うな、俺はそんな魔法は得意じゃねえ」
「でも弘人さん、私たちは動けませんでしたね…」
「こっから嫌でも戦えるから落ち着け」
軽い会話で場が和んでいくいつもの空気。
これが、俺たちのダンジョン配信だ。
『この空気好き』
『結構理想よな』
『友達みたいな感じ、ギスギスしないの良き』
『実家みたいな安心感ある』
『それはあり過ぎやろ』
『俺もこういう会話したくて犬に話しかけてる』
『世間が産んだ悲しきモンスターなんよ』
『せめて人であれ』
コメント欄も盛り上がって(?)いるようで、少しだけ口元が緩む。
そういえば自己紹介がまだだったな、改めて名乗るなら俺はこのBランクパーティ『尭尋』の前衛を務めている神谷恒、高校三年生だ。
そして何を隠そうこのパーティで、前衛である俺が一番弱い。
(いやマジで)
は?と思った人もいるだろうが聞いてほしい。
このパーティは強い。それもとんでもないくらい。
それこそさっき魔法を打った澪さんと戦えば、近接で善戦できるくらいで基本負ける。
(……いやいや意味わかんなくない?魔法使うんだろ?近接は弱くあれよ)
それにさっきBランクって言ったけど、個人の方だとAに上がったって言ってたんだよなぁ…弘人さん
このパーティの人たちって、探索者協会から「パーティのランクAに上げませんか?」って打診が来るくらいには強い、断ってるけど。
「なんでですか?」って聞いたら「お前がいるのに無暗に上げられない」って、最高かよイケメンすぎだろふざけんな。
ランクが上がるとその分協会から依頼される難易度が上がるんだよね。
高校生の俺がいるからパーティの総意で上げない選択をしてくれた人格者たちです、優しいね。
でも同時に——
(足引っ張ってるの、俺なんだよなぁ)
ダンジョンを探索するには探索者にならないといけないんだが、【16歳以上】って年齢制限があるんだ。
俺はまだライセンス取得してからやっと二年経つくらいだし、そもそもランクがまだBになりたてホヤホヤなんだよ。
世間からしてみれば「凄」ってなるかもしれないけど、この人達はその道のプロ。
追いかけるだけで精一杯だし、一緒にいると自分の実力不足を痛感する…
(なんでパーティ組んでくれてるのかわかんないなぁ…)
「さて、雑談もここまでにして先に進むぞ」
「はーい」
「了解です」
「わかりました、早く戦いましょう」
「落ち着けって言ったろ?」
「相変わらずの戦闘脳ね…あんたには呆れるわ詩織」
「…あはは」
「むぅ、皆さんだって戦いたいくせに…」
「俺たちをお前と一緒にするな」
『詩織さんは相変わらずのようで』
『これが様式美まである』
『それはさすがに言いすぎ……でもないか…』
『見た目にそぐわない戦闘狂…あり寄りのあり』
『ただのありじゃねえか』
(コメントが大喜利を始めてしまった…まあいいか)
詩織さんは紺色の髪を鎖骨まで伸ばし、ハーフアップにしてまとめている。
優しそうな雰囲気と相まって俺も最初は勘違いしていた。
この人、根っからの戦闘狂なのだ
先ほどの発言から怪しい匂いはしていたと思うが、これが素なのだ…
残念美人というのか、なんというか…うん。俺の言いたいことはわかってほしい。
視聴者には人気なんだけどね…
しかも困ったことにこの人、こういう時は必ず——
「コウ君は私の味方ですよ。戦うの好きですから」
こんな感じで巻き込んでくるのだ。
勘弁してほしいものである。
「こらコウを巻き込まないの詩織」
「そうだぞ、年下困らせんなよ~」
「そうですよ、俺は詩織さんと一緒じゃないです」
「こういう時は年上を敬って話に乗るんですよコウ君」
「余計な事言わない!進むわよ!」
「日が暮れちまうよ」
『絡まれるコウ君かわいそう』
『俺は羨ましい』
『いやあれは…しんどいんじゃない?』
『いや羨ましいだろ、詩織さんが』
『まさかのコウ君狙いだった』
『予測不可…回避不能……』
『実際俺もコウ君と話してみたい気もする』
『俺は澪さんがいいわ、面倒見いいし養ってほしい』
『ヒモは帰れ、認めんわ。俺が澪さんをもらう、あんなオタクに優しそうなギャルはなかなかいない』
『後方父親面兼オタクな時点でアウトなのでは……?』
『言いすぎやしねえか、坊主』
『この言葉は……俺に効く…』
『おっと、言葉には気をつけろよ?』
『屋上に行こうぜ、キレちまったぜ久々によぉ』
『まぁまぁ落ち着こうよ、オタクに優しいギャルなんて二次元だけってそれ一番言われてるから』
『擁護してるように見えてえげつないこと言ってるやん』
『とどめどころか死体蹴りまで…ヒェッ恐ろしい子』




