幕間 —ヴィルヘルム王子の胸中—
死体愛好家ヴィルヘルム。
そんな未来の夫をぼんやりと見つめる小さな少女を、彼はつぶさに観察していた。
雪の如く真白の肌に、けぶるような睫毛。林檎のように、紅を塗らずとも赤い唇。そして煌めく漆黒の髪。
真っ直ぐにこちらを射抜く同色の瞳に、何か侵し難いものを感じる。
綺麗な姫だ、としみじみ彼は思った。
なんだかんだで簡単には折れなさそうな精神が、滲み出ている。骨の形も素晴らしい。死体に変わればさぞ自分好みの娘だろう。エンナも王も、随分上等な相手を探してきたものだ。
「姫、何か欲しいものはありますか?」
視線を逸らさない少女に向かって、そう、柔らかに問いかける。彼女はきょとんと瞬いて、ことんと首を傾げた。……癖なのだろうか、彼女は何かを尋ねる前や、疑問を持った時、先ず首を傾げているような気がする。まだ会ったばかりで定かではないが。
「欲しいもの、ですか?いいえ、特には……どうしてでしょう」
「この国では、婚礼後に、相手に贈り物をするのですよ」
「贈り、物ですか……? 指輪ではなく」
ヴィルヘルムは苦笑した。
「もちろん、指輪はありますよ。けれどそれは婚礼中に交わし合うのです。……エビリスは違ったのでしょうか」
ふと疑問に思い聞くと、彼女はふるりと首を横に振った。
「いいえ、同じです。ただ、贈り物の習慣はなかったので」
「なるほど……」
まぁ、面倒な作業ではあるが。好き合っているならばともかく、自分たちのように嫌い合ってはいないがよく知りもしない相手では、やり難いことこの上ない。
この姫君も、何処か心惹かれるものはあるが、だからといって熱情も仄かな恋情も抱けない。
もう暫くすれば違うのかもしれぬが、今は。
「——では、殿下は何か欲しいものはありますか?」
唐突に落とされた囁きに、危うく思考が停止しかけた。寸でのところで踏みとどまり、微笑みながら訊き返す。
「え? 私、ですか?」
何故。
と、彼女は当然のように言った。
「だって相手に贈り物をするのでしょう。私も何か貴方に差し上げなければ。何がよろしいですか? あまり持ち合わせがないので、たいしたことは出来ませんが……」
少し申し訳なさそうに。
ヴィルヘルムは驚いた。相手、と言ってもこの習慣は、大体男が女に贈るものだ。女は家庭に入れば嫌でも多くのことを奉仕することになるので、これは前払いの意味もある。
だから、まさかそんなことを言われるとは露も思っていなんだが……——
(面白い姫君だ)
異国から来たのだから当然なのかもしれないが、それにしても面白い。彼の発言にも決して動じた様子を見せなかった。どちらかと言えばエンナの血圧の上がり具合を心配しているようであった。
「姫」
「はい?」
期待に満ちた目が向けられる。恐らく、何か欲しいものを告げてくるのだと思っているのだろう。ヴィルヘルムは再び苦笑した。
「姫、私は貴女の欲しいものを聞いていませんよ」