婚礼、そして婚礼前のひと苦労
あんまりな前日と違い、婚礼は粛々と清やかに行われた。
アルマリアは真っ白な婚礼衣装を脱ぎ捨て、さっさと簡素なドレスに着替える。
「婚礼って、面倒ですね……」
誰にともなく彼女は呟いた。
しんと静まり返る室内には、侍女のひとりも居ない。アルマリアが暫く一人で、と願ったからだ。
そうしながら、彼女は婚礼中と、その少し前に、思いを馳せた。
*
大抵のことには動じぬアルマリアと言えど、やはり婚礼となればそれなりに緊張していた。
すぅ、はぁと息を整えつつ、着替えに向かおうと歩を進めていた、とき。
『姫、大丈夫ですか』
ヴィルヘルムに声をかけられたのだ。
吃驚して振り向くと、少々申し訳なさそうな表情の王子が立っていた。
アルマリアは首を傾げつつ、はい、と頷く。だが王子の顔は晴れない。依然として曇ったままだ。
『あの……?』
堪らずアルマリアが尋ねると、彼は困ったように片手で両目を覆った。
『婚礼の儀では、誓いの口づけをしなければなりません』
『……はい?』
まぁそうでしょうね、と彼女は思った。——それが如何したのだろう。
と。
『いいのですか? 貴女は私を好きな訳ではないでしょう?』
そう続けるヴィルヘルムに、アルマリアはゆっくりと目を瞬いた。
『殿下、随分と純情なことを仰りますね……』
驚きのあまり、彼女はうっかりそう口を滑らせてしまった。はっとして慌てて口を押さえる。だが、王子は気にした風もなく、ただ困ったように微笑んだ。
『いえ……私はいいのですが。貴女がお嫌でしたら、申し訳なくてですね……』
『それでも、わたしは王女ですから』
分かり切ったことだ。そして、考えてはならないこと。幸い相手は奇癖と嗜好を覗けばそれなりに好感の持てる人間だ。だからきっと、いつか彼を好きになれるかもしれないし、例え好きになれずともそれなりに平穏に暮らせるだろう。燃えるような禁断の恋もする相手が居ないので、そこも安心だ。
『ですが……』
にこりと微笑む彼女に、しかしヴィルヘルムはまだ不安気にしている。
『口づけをするとき、貴女は固まってしまいませんか?……その、もし初めてなら』
……アルマリアは今固まった。
確かに、彼女は口づけというものをしたことがない。そもそも異性と至近距離になるような状況に陥ったことすらない。——これは、確かに、少し不安だ。というか一応淑女にそんなこと聞かないで欲しい。あぁでも危ういのも確か。ど、どうしよう。
その思いが顔に出てしまったのか、王子はやっぱり、というような表情をした。
『どうしましょうか……』
『だ、大丈夫ですよ、きっと』
『しないわけにはいきませんし……』
『…………あの』
聞いていない。
アルマリアは困ってしまった。口づけのこともだが、ここでうだうだしている暇もない。気がする。
再び声をかけようと試みたとき、ぱっと彼はこちらを見た。どっきりした。
『今、練習しましょうか』
『————はい!?』
『ですから、本番で固まってしまわないよう、今……ああ、すみません、やはりお嫌でしょうか』
『えっ、い、いえ……! そんなことはありませんが……その、良いのでしょうか』
口づけの練習、なんて。
何故か分からないが、どきどきと胸が高鳴り、彼女はさらに困惑を極めた。だが。
『本番で固まってしまうより、ずっと良いと思うのですが……どうでしょう』
困ったように言う王子を見て、アルマリアは決心を固めた。
ぐっと拳を握り締め、毅然と顔を上げる。
『えぇ、では、宜しくお願い致します』
ヴィルヘルムはほっとしたように微笑んだ。
……はっきり言って、二人して色気も甘さの欠片もなかった。
だが。




