ニトさんがおこした至上の奇跡
「──という経緯で、謎が解けたんです!」
さも自分の手柄であるかのように、優香が胸を張った。
「……うーん、気を失っていた身としては、瞬殺された気分だなあ」
ベッドで片足を吊った状態の、ニトさんに向かって。
病室で初めて対面することになったニトさんは、麻酔の効果もあって元気そうだった。骨折があるからしばらく入院が必要だが、四月になるころには退院できるという。
「ま、高三の黎明期は松葉杖暮らしだそうだけど」
キャー不良っぽい、と一昔前の漫画のキャラのようなことを口走るニトさんの前で、あたしたちは改めて安堵の気持ちで胸がいっぱいになった。
「あの、面白かったですよ、『シネマリバイ』。ちゃんとミステリになってました」
あたしが言うと、「えーっ、本当? 書いててさ、これ小説じゃないじゃん! 新聞記事じゃん! って愕然としたんだけど」
「そこは既に突っ込み済みです!」言い切る優香にはチョップ。
「だって、私なんかじゃ真相に至れませんでしたよ~」
雪風が頬を膨らませると、ニトさんは、そうか、書いてよかったよ、と笑顔を見せた。
「……まあ、アレだ。ミステリ知らない人間が書いたにしては、良かったと思う」
ぼそりと相川先輩もこぼす。何か言い返すのかと思いきや、
「えへへ……」
と照れだすものだから、気持ち悪いなオイ、と先輩は青ざめていた。
「でも、ページの順序が間違って渡されていたからややこしくなったって、なんかごめんね」
ニトさんが謝る。確かに、あれのせいで問題が非常に複雑になったのだ。一次関数でよかったところが、四次関数になったような進化だ。数学は本当に苦手だから、喩えただけで嫌になる。もっとも、それをいとも容易く解いてしまう人もいたが。
「ホントですよね」優香が笑った。「間違って番号振るなんて、おっちょこちょいだなあ」
「え?」
急に、ニトさんが真剣な顔つきになった。
「私、番号なんて振ってないよ? たった五枚だし……」
そんな馬鹿な。だったらあれは、誰が?
「……ああ! やっぱり私、振ってた!」
……なんだ、びっくりさせる先輩だなあ。
と思っていたら、次の瞬間、ニトさんの口から思いもよらない言葉が飛び出した。
「私、あれ、車にはねられてから振ったんだ!」
「なんだって?」
さしもの相川先輩までもが驚きの表情を見せる。レアだ。いや、それどころではない。
「ど、どういうことですか、ニトさん!」
あたしが叫ぶと、外にいた三上先生が飛んできて、何事かときょろきょろした。それにも構わずニトさんは頭を抱えて、絞り出すように言った。
「えっと……車にはねられた、って思ったときには、頭に衝撃が来てて……でも、車が去っていくのは分かったんだ……で、ひき逃げかよ、って思って、でも、ナンバーは見えたから、何かに書いておかなきゃ、とも思って、それで丁度歩きながら読んでいた、私の原稿が、扇状に広がっているのが目について……書いたの。『ち』の42―31って」
1・3・2・4・5、ではなくて、逆さから「ち」の4・2・3・1だって?
確かに原稿を見てみると、5の部分は「ち」にも見える。つまり、これ……
「番号の振り間違いじゃなくって、ダイイングメッセージだったんですね!」
いや、死んでないけどさ優香ちゃん、とニトさんは言ったが、一拍置いてから、でも確かにそうだねえと肯定した。
「ちょ、これ警察に言うべきことじゃないですか!」
にわかに病室が騒然としはじめる。しかし相川先輩も言っていたが、なんという奇跡だろうか。書きつけた車のナンバーが、ページ番号のように見えた、とは。しかもそれがうまいことページをシャッフルして、かつ読める状態のまま残される、だなんて。あまりのことに、ここが病院だということを忘れて爆笑してしまいたくなる。いや、いっそ笑っちゃおうか。
そんな風に脱力してしまったからか、突如あたしのお腹がぐうと鳴った。
「……あっ」
一転、羞恥心が脳内勢力を増す。ただ、それがイジられることはなかった。どうやらみんなも空腹を感じていたらしい。
「そういえば、お昼まだだったな。細川、今何時だ?」
相川先輩が訊き、雪風は手にしたデジタル時計を見る。そしてぷっと噴き出して、
「五秒だけ待って下さいねー」と告げて、きっかり五秒後に宣言した。
「十三時二十四分です!」
1・3・2・4。なるほどね。
……って、どこまで絡んでくるのよ、この数字は!
あはは、とやわらかい笑い声が病室を包む。
なんだかよく分からないけれど、来年の数学の単位は安泰なような気がした。
"Two and three" ends happily!!