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エピローグ②「未来航路 空蒼し」

■ゲーム終了より七日後の五月二十二日




「おぉ~、ココが世界最大級のスカイ・ターミナル『グランド・ラピュタ』! 来る時に使った安い長万部空港とは段違い!」

 カノンは空港内に一歩入っただけで大はしゃぎであったが、気持ちはオレも同じである。

 何故なら、ラーノス市民であるオレも初めて訪れた点では同じだからだ。


 大陸都市ラーノスにある世界最大規模を誇る音羽島国際空港、通称『グランド・ラピュタ』。

 空港は総工費六十億カルマン(約六千億円)かけて建造された人工島であり、全ての機能が空の交通に連動している。

 空港内には二つのホテルに四十店のレストラン、約三百店舗のブティックがあり、他にも時間を効率よく潰せるように映画館・遊園地・水族館・図書館・カジノ・スポーツジムなど、およそ思いつく施設は完備されている。

 何故これだけ至れり尽くせりのショッピングモールが人工島にあるかといえば、ターゲットとしている客は空港利用客だけではないからだ。


 アクセスについて時速四百キロのリニアトレインがラーノスの主要市街地全てに接続されていて非常に便利であり、施設利用客に対して特別割引の交通券を発行しているので交通費も安価である。


「ブティックもブランド店がズラリ! スゴイねぇ。ここで買えないものはないみたい」

 カノンが案内板を見上げながら、ほへぇーと感嘆していた。

 ちなみに、ここで買えないものはないと言っても過言ではない。

「ホテルも一泊二百カルマンだから、相当な高級志向ね。タクシーで十五分もいけば、半額以下でビジネスホテルに泊まれるのに」

 貧乏少女であるカディは、万事において高額設定の『グランド・ラピュタ』には呆れたようだ。

「でも、たまにしか来ない場所なら、目一杯お金を遣うのもアリだと思うな」

「カノン、それは貴女がお金持ちだからよ。大多数の人は日々の食事だって事欠くの。特に船団都市ではね。だから、あまりそういう事をいわないで」

「はい……ごめんなさい」

 カノンはシュンとしてしまったが、オレはそんな二人の肩に手を乗せた。


「ま、カディのいう事も分かるけど、今日は“壮大なる大陸都市ラーノス”との別れだ。賑やかにいこうよ」

「そうね、貴方の振る舞いだもの。気持ちよくタップリいただくわ」

 カディは明るく言い、カノンの手を握る。

 カノンも嬉しそうに握り返し、ニッコリする。

「はい、楽しみです!」

「ああ、遠慮しなくていいよ」

 オレも釣られて笑うと、カノンはピシッと案内板の一箇所を指差す。


「じゃあ、私、この『イスパハン』に行きたいです!」

 前言撤回。

 そこは一番高いお店です。

 キミは少しエンリョを覚えてください。


 カノンご希望の『イスパハン』は『グランド・ラピュタ』でも最高級の部類であり、基本的に入店する客も身なりの良い金持ちと決まっている。

 三人ともカジュアルな姿に若いウェイターも内心で顔を顰めたかもしれないが、完璧な笑顔でオレ達を迎え入れた。

「船が一番よく見える空中テラスの角っこがイイです」

 カノンは迷わず店内最高の場所を指定する。

「少々お待ちを……そちらの席の予約を確認して参り――」

「はい、これチップ」

 カノンはポケットから出した百カルマン(約一万円)の銀貨を、見事なコントロールでウェイターの胸ポケットに放ってみせた。

 すると、若いウェイターは予約の確認をすることを突如として忘れたようだ。

「お嬢様、こちらへどうぞ」

 笑顔が十割増しとなり、オレ達を、というかカノンを特等席まで導いた。


「ふーむ、確かに一番のテーブルだ。何処に座ろうとも船がよく見えるわ」

 カディが感心するのも無理はない。

 通常、テーブルの配置は限られた空間を効率よく使うために窓と平行が基本であるが、このテーブルは斜め四十五度に配置されていて、どの席からも船がよく見えるように配慮されていた。

 また、足元はマジックミラーであり、停泊中の船の様子がよく見える。

 実にお金の力は偉大である。

「うーん、あのウェイターさんも親切ね」

 カノンは上座のお誕生日席に座りご満悦だ。


 一人一つ渡されたメニューを見ると、内容よりも価格帯に目が行く。

 なんというか、一言で総括すると「高い!」としか言いようが無い。

 なんだって一番安いモーニングセットで三十カルマンもするんだ!

 それも、パンと卵とサラダとコーヒーだけじゃないか!

 悲しい事に、さっきカノンが渡したチップの方が高いではないか!

 しかもこの時のオレは、この席はサービス料で二十%も取られる事をまだ知らない。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、決めました?」

 オレとカディが頷くと、若いウェイターが呼びもしないのに風のように現れた。

「それじゃあ、私、このパンケーキと卵とサラダのセット。卵はサニーサイドアップ、半熟ね。それとパンケーキのベーコンは生焼けで。カリカリに焼いたらダメですよ。飲み物はアイスカフェオレ、生クリーム増量でお願いします」

 若いウェイターは熱心にカノンのオーダーを聞き取り、ついでにオレ達のオーダーもメモもせずに承り、オーダー確認も淀みなく済ませていった。


 なんだかカノンのオーダーに圧倒されてしまったが、非常に素早く乾杯用のシャンパンが二杯とアイスカフェオレ(生クリーム増量)がサーブされる。


 オレは二人がグラスを持ったのを確認すると、掲げてみせる。

「それじゃあ、今日という日を迎えたオレ達と」

「私達が巡り逢えた奇跡と」

「新しい旅に」

「「「乾杯!」」」



 豪華な朝食も食べ終わりレストランを出ると、オレ達は乗船手続きが始まるまで空港内を探検して楽しんでいた。

 カノンは潤沢な資金を持っているようで、好きに買い物を楽しんでいた。

 時間になり、乗船手続きが始まると、オレ達は乗船待ちの列に並び、それほど待つことも無く船上の人となる。


 この時代の空中都市船籍は全て海空両用である。

 主流となる形状は西暦時代からのクルーズ客船型。

 データによれば、内部も西暦時代と変わりなく、数日間の旅を快適に過ごすために客室の他に、映画館・スパ・カジノ・図書館・ゲームセンター・プール・スポーツジムなどが備わっている。

 さながら、小型の街。

 空港も顔負けの装備である。

 当然、料金も高額であり、一番下の価格でも一泊五百カルマンもする。

 ちなみに、カディがラーノスに来た時はお金がないので、船でラーノス領海内にある港で『ヴァポレット』と呼ばれる運搬用の船に乗り換えて来たのだ。

 ヴァポレットは低額であるが、それでも百カルマンもする。


 動力となる主要機関は、磁場フィールドを展開し擬似重力場を形成し船を浮遊させられる『擬似重力エンジン』である。

 速度は空で約八十ノット(時速九十六キロ)。

 海を航行する時も七十ノットであり、通常の船の三倍近い速度であるが、海を航行する事例は事故と入港時以外では皆無である。

 カディの船団都市の船には『擬似重力エンジン』はないし、大きさでも負けている。

 正に空に在る天上人と海を這う下民との差を如実に表しているといえるだろう。



「お兄ちゃん、お姉ちゃん、デッキの陣取りが最初だよ!」

 カノンの脳内にあるバイオチップでは船内マップを登録済みのようだ。迷う事もなく、最短距離でデッキに到着する。

「一番乗りー!」

 カノンは特等席ともいうべき先頭の左舷側に陣取る。

「二人ともー、早くー」

「まだ誰もいないわよ」

 それでも急ぎ足で側に寄るカディ。

 オレは出迎えの甲板員から歓迎用のドリンクを受け取る。

「ホラ、オレンジジュースだよ。まだ少し時間はあるから」

 オレとカディは重たい荷物を下ろす。

 着替えの入ったキャリーケースは登場手続きの際に預けていて、既に部屋に届けられているハズだ。

 だが、『こちら』のリュックは手放せない。カディにとって命よりも大切なものが入っている。


「カノンは空中客船に乗るのは初めてじゃないだろう?」

「今回で二度目。前回はラーノスに来た時だよ」

「意外だな。お金も持っているから乗り放題だろうに」

 そうなのだ。カノンはデイトレードで稼いでいて、世界各主要都市銀行に預金しているのだ。それもインゴットで!

 初めて逢った時にはお金がないと言って、ジャンク品を漁って日曜市でリサイクル販売をしていたが、それは目立たないようにするためのカモフラージュらしい。


「私の歳だと一人じゃ難しいし、誰何されるから高いのは使えないの」

「それもそうだね」

「だから来る時はたまたまラーノスに旅行するお姉さん達を見つけて、私の《シュミラクラ》で『妹』に成りすましてくっ付いてきたの」

 《シュミラクラ》は対象の記憶を『誤認』させられるシグルーンだ。カディもコレでカノンを『妹』と思わされていた。

「なんというか、非常に便利だね。子供の一人旅には必需シグルーンだ」

「極力使わないように心掛けてはいるけどね。あのお姉さん達も、行きで一緒に写真を撮りまくったから、今頃不思議がってるだろうなー」

「こらこら」

 そうこうしているうちに、デッキは客で満杯となった。



『エール・シュヴァリエ航空006便『ヌーベルバーグ』をご乗船の皆様へ。当船はロードス島経由、刀剣都市ダマスカス行きです。間も無く出航時刻となります。晴れ渡る絶好の旅日和の想い出に、デッキにて去りゆく大陸都市にお別れを告げてください。

 良い旅を(ボン・ヴォヤージュ)!』


 カランカラン!


 この船では甲板長を兼任する航海士がハンドベルを鳴らす。

 デッキにいる人々のどよめきと共に、『ヌーベルバーグ』号が出航する。

 デッキからは、渡された色とりどりの紙吹雪や紙テープを投げ、空港側からら見送る人々の大歓声が空で交じり合う。

 船はゆっくりと離れ、ラーノスの南側を通過しつつ、東側に浮かぶ天空海に差し掛かる。

 空に浮かぶ広大な海原には多くのクルーザーやヨットが浮かび、オレ達の空中客船を見上げている。

 視界には、最後に闘った晴海ビッグサイトのシンボル、二つの逆三角錐が並んだような会議棟が見えた。


「…………………………」

 オレもカディもカノンも、それぞれの感慨を込めた眼差しを彼の地に向けた。


「あそこで闘った夜が遠い昔のようね」

 カディがポツリと言う。


 オレにとって、あそこは分水嶺。

 長年の疑問であった両親を知り、『A・R・S』としての、スヴァーヴァとしての自分を識った。


 カディとカノンとの邂逅と激突。

 そして和解。


 ジン、オケアノス、“雷を友に走る男”、土門、エンクスといった強大な敵。


 そして、セレナとの別れ。


 また、あの二連逆三角錐を見るのはいつだろうか?


「……お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「なんだい、カノン」

「私ね、今まで誰にも負けたことがなかった。出来ないこともなかった」

「そうだろうね」

「でも、負けた。お兄ちゃんとお姉ちゃんに負けた」

 カノンは二度繰り返す。

「私は貴女に勝っていないわよ」

 カノンはカディに首を横に振る。

「お兄ちゃんは私が喚び出したオケアノスとヘングを破った。お姉ちゃんは私の命を救った」

 カノンは隣に立つカディを見上げる。

「この一週間、ずっと考えていたの。お姉ちゃんは誰も守れないと断じた私を、瀕死の私を救ってみせた。それは私が描いたシナリオ通りだと考えようと思った」

 聞いているカディの表情に陰がない。

 穏やかな凪だ。


「でも、それは間違いなの。誰も守れない人に、死にかけた人を助けられない。私は、自分のシナリオだと思いながら、その実、お姉ちゃんならなんとか出来ると信じていたって気づいた!」

 次第に声が大きくなったカノンの口元に、カディは細い綺麗な人差し指を当てる。

「私が助けられたのはカノンだけ。カノンだから助けられたの。決して貴女の考えは間違っていないわ」


 姉としての優しさに満ち満ちた微笑みは、妹の瞳を揺らす。


「ありがとう、お姉ちゃん。私を助けてくれて。

 ありがとう、お兄ちゃん。私を倒してくれて。

 私はやっと揺籠から出て、本当の外の世界を見に行けると思う」


 オレもカディも感じる。

 カノンからの無限の感謝を。


「カノンの笑顔こそオレ達の勝利であり、報酬であり、そして誇りだよ。もうそれだけで十分さ」

「うん!」


 晴海ビッグサイトのシンボルが遠くなる。

 いよいよ進路は東。

 新しい世界に飛び立つ。

 さらば、空飛ぶ大陸都市ラーノス。

 十六年間ありがとう。

 いつかまた帰ってくるよ。


 でも、オレはまだ知らない。

 オレがラーノスに帰還するのは、想像するよりも遥か未来さきの明日。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ん、なんだい?」

「いつかの未来だけど、もし三人でラーノスに行って、あの逆三角錐の建物があったら、私と闘って」

 オレとカディを見上げる紫闇の瞳は真剣だ。


「それは鬼ごっことか隠れんぼじゃなくて、真剣勝負の方かい?」

「うん。私の誇りと敗北の払い戻し。そして、私の存在全てを懸けて二人に挑みたい」

「命の遣り取りをしないとダメかな?」

「うん」

 迷いない返事に、オレとカディは視線で会話する。

「そうしたいのなら、仕方がないね」

「ええ、大切な妹が望んでいる事だもの」


 そう、答えは決まっている。


「「受けてたつ!」」



 大陸都市ラーノスは後方に流れていく。

 オレ達三人が交わした未来の約束。

 それがきっとオレ達の、明日への第一歩。


 天空海と同じ色をした蒼穹の空の中、オレ達は約束の刻に向けて、未来への舵を切った。


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