幕間 リュクスの事情1
リュクスがフェードアウトしたまま帰って来ません。
このままではリュなんとかさん扱いにされかねない、というわけでリュクス側の話を幕間として不定期投稿させていただきます。
2016/09/30 改稿は極僅かです。
アゼルニア王国。異世界フォアネム東大陸の北東に位置するこの国は、人類の生存圏の最果てに位置している。
隣国へと続く南西を除き、草木の生えない死の荒野に囲まれていた。さらに、北の荒野を越えると魔族の住む北大陸へと接続される巨人の大橋が存在している。
長く続く魔族との戦争によって国境線を前後させながらも、存続を続けるこの国の軍事力は人類屈指であった。
周囲こそ劣悪な環境とは言え、アゼルニアの地自体は多様な鉱物資源に富み、裕福な国であったからだ。
しかしある時、この国の王女アセリアが、魔族の国が彼らにとっての勇者である「魔王」を召喚しようとしている事を神託により知る事となる。
このことを重く受け止めた人類側諸国は、「勇者」を召喚し対抗する事に合意したのだった。
「う……あ?」
少女が目を覚ますと、そこは豪華な一室であった。きらびやかな調度品に美しい絨毯。そして、大きく、柔らかな寝具のベッド。
柔らかな布に包まれ、少女はそこで眠りについていたようだ。
「ここ……は?」
薄もやがかかった頭の中を、振り払うように思考を巡らせる。
確か、勇者として召喚されたスグルという青年にスキルを付与して、そして……。
「勇者様、お気づきになられましたか!?」
脇に控えていたのであろう。一人のメイドがそう声をかけ、立ち上がる。起き上がろうとする少女に静止をかけ、少々お待ちください、と言い部屋から出て行った。
どこか立派な建物の中である事は間違いないのだが、なぜ自分がそんな所にいるのかが全く理解できなかった。
管理者の空間から一度も出たことが無いのだ。そして、この見知らぬ部屋。不安だけが募っていく。我慢が出来ず、起き上がろうとしたとき、再び誰かが部屋へと入って来た。
「勇者様!」
入ってきたのは、15歳くらいの少女と初老の男性であった。よほど慌てたのか、その少女は息を切らし、大きく肩を上下していた。
その肩に吊られた胸は、放漫であった。少女は、眉を顰めながら自分の胸へと視線を動かし……とりあえず見なかったことにした。
「王女殿下、はしたないですぞ。そのような真似はおやめください」
「ええ、フルフロウ、ごめんなさい。勇者様が目覚められたと聞いて、居てもたってもいられなくなりましたの」
勇者。先ほどのメイドもリュクスの事をそう呼んでいた事に気が付く。勇者とはスグルの事ではないのか。
「ワシが、勇者じゃと?」
年寄りのような喋り方に面喰ったのか、二人が一瞬硬直する。しかしすぐに気を取り直し、リュクスに説明を始めた。
「はい。貴方様は、勇者……魔王を倒していただくために、お呼びいたしました」
「王女殿下。まずは、我々の自己紹介を」
「あ……そうですね。勇者様、私はアセリア。このアゼルニア王国の王女でございます。召喚術で貴方様をお呼び立てしましたのは、私でございます。
こちらは宮廷魔導師長のフルフロウ。彼もこの召喚に携わっていました」
「フルフロウでございます。お見知りおきを」
「……うむ。ワシはリュクス。ある場所の管理人をやっておった」
この世界に管理者と言う概念は本来存在しない。この世界を作った創造神が、後々になって作り出したものだ。その為地上の人間や魔族たちはリュクスたちの事を知らないはずだった。
管理の概念を気づかれないようにするためか、その存在を考える事すら制限されている。所謂NGワードと言う奴だ。
もちろん本人であるリュクスには関係が無いし、異世界の存在である召喚者も精々言葉に出せない程度の影響だろう。
「すまんが、もう一つ聞く。スグルと言う男を知らないかのう?」
再構成の直前、不意をつかれてあの青年に抱き付かれたことを思い出す。思いがけない行動だったので回避できず、恥ずかしさのあまりかやけに動揺してしまったのだ。なぜかあの事を思い出すと体がむず痒い。
どうやらその動揺が、どうしてかリュクス自身も地上に再構成されるという事態を引き起こしたようだった。抱き付かれ接触していた事もあるだろうが。
「その方が、どうかなされましたか?」
「まぁちょっとした知り合いじゃよ。出会ったばかりじゃったがな。少々行き違いもあったが、目をかけている奴じゃ」
「そうですか。残念ですが、存じ上げておりません」
その言葉に含まれる、わずかな動揺をリュクスは見逃さなかった。
―――嘘看破(限定)
スキルの発動。管理者であるリュクス自身は、基本的に管理に必要なスキルしか持っていない。そして、基本的に人と関わらないリュクスに、嘘看破と言うスキルは必要なかった。
そして、このスキルはスグルに与えたものであるとすぐに思い当る。
(何でもかんでも発動してしまえば人間不信になりかねないからのう、かなり限定的な発動対象に絞っておいたのじゃが……)
限定的な発動。それは、命に係わる嘘。スキルを持つ本人だけでなく、会話内で対象の人物が居ても効果を発動する。
右往左往するスグルを見て楽しもうという趣味の悪さはあったが、流石にスグルに死んで欲しい訳や、壊れて欲しい訳では無かった。
そのためスキルの付与をする光景を見てスグルが楽しそう、と感じたのは間違いでは無かった。リュクスとしては多少の穴は残しつつも、基本的には生存能力、防衛能力を重視して真面目に考えていたのだ。
そのスキルの一つをリュクスが所持し、なおかつ発動した。あとで自分のステータスを確認するにしても、スグルに付与したはずの力がリュクスの物になっている事は、間違いなさそうだった。
(どうもかなり面倒な状況のようじゃのう。しかし、ワシが勇者か……)
初めての勇者召喚に立会い、割と楽しかったのだがまさか自分が勇者になるとは。思いもよらない事態に、リュクスは眩暈がした。
「そうか」
「申し訳ございません、勇者様」
いけしゃあしゃあと、申し訳なさそうにそう言い放つアセリアに、リュクスは不信感を募らせる。ここで問い詰めるべきか、しばらくは様子を見るか。嘘看破が発動したという事は、スグルの命にかかわっているという事だ。
迷っている時間は無いかもしれない。何かあっても力技で切り抜けられるほどのスキルはあるはずだ。そう思ったリュクスは、彼女を問い詰めようと口を開く。
「ところで、だ。ワシには嘘看破と言うスキルがあってな」
アセリアとフルフロウの顔色が変わる。思わず二人で顔を見合わせ、言葉を考えているようだった。
「それで、スグルはどうしたのじゃ?」
「そ、それは……」
なぜ、隠す必要がある。なぜ、言いよどむ。
考えられる最悪の可能性を考慮し、リュクスは苦い顔をする。
「スグルと言う方は……魔族に……」
「なんだと?」
アセリアとフルフロウの説明はこうだった。
召喚を行ったのは昨日。召喚時なぜか二人の男女が召喚され、まるで男が少女……リュクスを暴行していた疑いがあった。アナライズした所、勇者は少女。男は大したスキルも持たぬ一般人だと判明。
念のために男を牢に入れて隔離していた。
その直後、城が魔族の襲撃にあった。勇者の召喚をかぎつけたのかはわからないが、魔族は何か勘違いしたのか、男を誘拐し消えて行った。
「魔族にさらわれたというのか」
「お、恐らくは勇者様と間違われたのだと」
実際は間違いではないのだが、スキルが全てリュクスの物になっている以上、実質一般人であろうか。
「も、もちろん追っ手は差し向けていますが、何分高速で飛行して行ったので……」
「なぜ隠したのじゃ」
「お、お連れ様を牢にいれた事と、むざむざ魔族に誘拐されたという大きな失態でしたから……」
当然だがこのような会話で何か嘘を言っていたとしても、嘘看破は発動しない。任意発動の嘘看破(完全)があれば良かったんじゃがなぁ、とリュクスは心の中でため息をつくが、無いものねだりをしても仕方が無かった。
スグルが色々と警戒するのも、これでは仕方がないなと思いながら、沸騰する頭を鎮めながらリュクスはこれからの算段を考え始めた。
管理者としての力が使えればスグルはすぐに発見できるか……そう思ったが管理者スキルは使用できないようだった。自らにアナライズをかけ、スキルを確認する。見事なまで勇者仕様に変わり、何一つ、管理者としての形跡が無かった。
もっとも管理者の形跡があれば、彼らの対応ももう少し変わっていたであろうが。
そうなると、地道に探すしかない。無事に探し出せるのか不安に眩暈がする。しかし、彼を見捨てるつもりは無かった。ただの罪悪感からではあるのだが、この国の対応を思うと余計に彼が不憫でならなかったからだ。
結果的に彼らの思惑通り、魔族と敵対する事になるだろうがそれは仕方が無かった。力はあるので取りあえずは問題にならないだろう、とやや楽観的に考えをまとめる。
まさかアナライズもせず誘拐するわけはないし、何か思惑があっての誘拐だろう。そうであればすぐに殺されることは無いはず……そう考えるしか無いのであったが。
☆☆☆
身分証などを受け取り、冷めたまなざしでリュクスが旅立った後の王女の執務室。
苦悩するように頭を抱えるアセリアと、フルフロウの二人が向かい合い座っていた。
「これで、良かったのでしょうか?」
「はい。勇者と言うものはどうにも我々の都合よく動かないと伝わっております。であれば、上手い事矛先を魔族へ向くように仕向けてやればよいのです」
「しかし、これでは王家に対する不信感が……」
「我々の手を煩わせないのであれば、それに越した事はありませんよ。召喚に二人も現れた時は驚きましたが、結果的には都合が良かった」
リュクスに対する対応は、芝居であった。スグルを捕えた事も、スパイ容疑のある不法入国者の向かいの牢にいれたのも。そして、処刑しようとした事も。
最終的に魔族に矛先を向けさせるための布石。いくつかの道筋を考えていたが、まさか不法入国者の少女が怪物であったのは予想外だった。もっとも、逆に都合がよくなった。なにせ、最低限の嘘をつくだけで済んだのだ。
「我々を値踏みするような眼をしていましたがあの勇者サマ、間抜けですな。アナライズされて嘘看破のスキルを持っている事は我々の知るところにあるのに、あのように嘘をつくなど無意味だったと気が付かないのですから。まぁ、どうやら思ったより限定された看破スキルだったようですがね」
「正面から魔王討伐をお願いするのではダメだったのでしょうか……」
「文献ではそれでうまくいった試しがありませんでしたからな。勇者と言うのは疑い深く、それでいて自分勝手な物なのです」
下等なものを見るかのような目で、フルフロウは中空を眺める。事実これまでの人類の歴史の中で勇者が素直に従ったという記録は無かった。最終的に魔王を倒す、倒されるにせよ、各国の王家は勇者に振り回されていた。
「あとは魔王さえ倒してもらえば強制送還すればよいのですから。多少の泥は被って、あとは勝手にやってもらいましょう」
「ああ、神よ……。罪深き我々をお許しください……」
(神、か)
スグルをアナライズした時の事を思い出す。
[異世界言語理解]は召喚された者に自動で付与されるスキルだ。これは問題ない。
[快楽の指(ロリ限定)]は他人の素肌に直接触ると快感を与える性的なスキルだったはずだ。ロリ限定の意味はよくわからないが、これもまあ、良い。不愉快なスキルだとは思うが。
[ライドオン]これも効果は分からない。字面からすれば騎乗スキルの類だろうか? 警戒はしておいた方が良い。
問題は、アナライズした直後に一瞬だけ見えたスキル。
文字が壊れていて何と書いてあるのかろくに読めなかった上、なぜかすぐに消えた。
辛うじて読み取れた文字は「神」であった。フルフロウが知る限り、スキル名に神の文字がついたものは無い。王や大臣に報告はしたが、なにせすぐに消えてしまったのだ。見間違いか勘違いだと一笑に付されてしまった。
「おかしな事にならなければいいんですがね……」
このような手を使い勇者を焚きつけたこと自体に拒否反応は無い。たとえ男が処刑されていても、死んでいてもフルフロウ達にとっては大した問題だとも思っていなかった。一番大事なのは人間の国、もっと言えばこのアゼルニア王国が存続できればそれでいいのだ。その為の犠牲はいとわない。しかし……。
「……もう少し、追跡調査をしておきましょうか」
もちろん国は追跡者を放ってはいるが、それだけでは心もとなかった。そもそも、ただの兵士たちだ。自らの手の者を放つことを考え、彼は執務室から静かに出て行った。
本編は通常通りに投稿予定です。