第5話 ゴブリンとスグル
2016/09/30 改稿は極々僅かです。
薄暗くなって来た空を黒い影がはしる。
眼下を眺めていると、ものすごい勢いで下界が流れて行く。森を越え、草原を越え、山を越え。
グラツの飛行速度はかなり早かった。少なくとも自動車よりは確実に早いだろう。新幹線となるとあまり乗った事が無いのでよくわからない。飛行機とは……高度が違いすぎてこれもよくわからないな。
とにかくそんな速度でかっ飛ばしていたのだが。最初のうちは人里の明かりか、旅人のキャンプか。時折それらしき明かりを見かけていたのだが、いつの間にかあたりの風景が変わっていた。
「グラツ、人が住んでそうな気配が無くなってきてないか?」
「え? ……あ、そうか。水も緑も少ないと人間には暮らしづらいんだよね。ごめんごめん、いったん降りようか」
相変わらずのうっかりさんめ。でもごまかすように笑うその笑みが可愛いので不問です。何様だ俺。
これで子持ちとか……! 犯罪だ! 可愛すぎてな!
子供はどんな子なのだろう? やはりグラツと同じように金髪褐色肌で黒の甲殻を持ったドラゴンなのだろうか? できれば俺としても、一度お会いしたい所だ。
そこまで考えて、ずいぶんと下心がある事に自己嫌悪を覚える。グラツの抱える思いに対して、動機が不純すぎだ。俺ってここまで軽かったかな? どうも今までの展開に、なんだかんだで浮かれてしまっているようだ。
「ねえスグル。君は私が着地するたびに呆ける癖があるのかい?」
グラツの言葉にハッとなる。またやってしまった。すぐ近くに彼女の顔があるとどうしても見入ってしまい、そのたびに思考が迷走する。
これは可愛い女の子に思っていた以上に免疫が無かったという事なのだろうか? 元の世界じゃ事案発生だな。くわばらくわばら。
そんな馬鹿な事を考えながらグラツから降りると、辺りは草木の生えない荒野だった。乾いた風が砂埃を巻き上げ、口に入る。
「げっほげほ……。いくら飛んでたとは言え、王都?から随分近い所にこんな場所があるもんだな」
赤茶けた大地。薄暗いのであまり遠くまでは見えないが、ほぼ何もないその荒野は見通しは良かった。飛んできた方向を見ればチラホラと植物らしきもの見えるが、前方にそういったものは一切見えない。まさに不毛の大地と言った所か。
「イメージ的にこう言う不毛の大地は魔族の領域、とかだったりしそうだけど」
「魔族の国とは逆方向だし、流石にこんなに近くは無いよ。
それと、魔という言葉から抱く偏見に満ち溢れてると思うんだけど?」
眉を顰めそうたしなめるグラツ。うう、確かに。お約束という事に意識を取られ過ぎている。
「実際魔族の国こんな感じだったけど」
「こんな感じなのかよ!」
お約束通りで間違いなかったようだ。しかし、グラツは表情を変えず言葉を続けた。
「でも私たちの住んでいた島は自然が満ちていたからね」
俺の言葉を流しながら、グラツは遠い目でそう言った。俺の言葉は、彼女自身を偏見の目で見るものだったのだろうか。
無意識の言葉が、彼女に強い不快感を与えるかもしれない。
「ついでに瘴気にも満ちてるけどねっ」
「結局人間住めねえじゃねえか!!」
「あっはっは」
完全にわざとやっていたようで、ごめんごめんと笑いながら謝って来た。
はー。まぁ、今回はオチたけど気を付けよう。軽い気持ちで言った事が、彼女をも蔑ろにした発言になりかねない。
でも良くも悪くも大体イメージ通りなんだろうな、この世界。
「それはそうと、どうするんだいスグル」
「戻るしかないと思うけど」
異形の右手をアゴにあて、屈託のない笑顔を向けてくれるグラツ。その笑みに心満たされながら答え、視線を外し空を見上げる。完全に暗くなるのは時間の問題だろう。
「流石に暗くなってきたなぁ」
「ここでキャンプしてもいいんじゃないかい? テントや寝袋も確か出せた筈」
ドラネコロボットのポケットばりである。俺何の役にも立たないな、ほんと。まさに青狸と眼鏡の子どもか。でもあの眼鏡射撃の腕は超一流だからな。負けてるわ。
しかし、出せた筈って出せるものと出せないものの違いは何なのだろう?
「性能鑑定した事がある物品だね。あともちろん、非生物。でも生きていなければ出せるから、加工済みの薬草や、革製品とかは大丈夫だよ」
ただ、生活用品程度ならともかく多量の金属や魔法の絡んだ品物を出すと消費が激しいらしい。ため込んでいるとはいえ、強力な武具を出そうとするのなら慎重になるべきだという事だ。
「という事は食事も出せるのか」
「出せるけど暖かいものは出せないからね。まぁ、それは温めればいいんだけど……。ただ、どうも味には気が回らないらしくてね。その、おすすめはしない」
そう言って苦笑いする。完璧な能力とまでは行かないか。それを補って余りあるほどの能力だとは思うけど。
水なら特に問題ないようなので、さしあたって困ることはなさそうだ。1食抜くくらいなら問題ない。
「いや、私は嫌だね」
「じゃあここでキャンプするって選択肢ないじゃん」
この荒野で食べるものを探すのは少々骨が折れそうだ。少し戻って人里か森をあてにした方がいい。
「私たちを取り囲んでる連中から何か貰えないかな」
「なっ!?」
グラツがそう言ったとたん、付近からゲギョッ、ゲギョ! と言う鳴き声が上がる。全く気が付いていなかった。
「鈍いねえ」
「一般人は気配とか読めないんです!」
「あはは。さて、私達に害意が無いなら出ておいで。でなきゃ……安全は保障しないよ?」
「友好的接触とは!?」
色々と台無しな、あんまりな発言に思わず叫んでしまう。その声に驚いたのか、ゲギョッ!? と言う鳴き声も聞こえた。
「人間や魔族じゃなさそうだし、分かりやすい方が良いと思ったんだよ」
辺りが暗いせいでその笑みが幾分邪悪に見える。気のせいか、威圧感のような物も感じる。
ていうか彼女も大概相手をイメージで見ているような気がする。……ああ、そもそも不快そうにしたのはジョークか。ノリと勢いで生きてるな。
「なにか失礼な事を考えている気がするよ」
「気のせい気のせい」
「ア、アノウ……。デテキマシタノデ、ミノガシテモラエナイデショウカ……」
「うわびっくりした!?」
そう言って現れたのは、俺の胸辺りくらいの身長をした人影だった。背が曲がり、しわしわのその肌を見て一瞬老人かとも思ったが、よく見るとその肌は緑色をしているようだった。
ボロボロの服と、薄汚れた胸当て。こいつは恐らく……。
「ゴブリン?」
「ア、ハイ、ソウデス」
「え……こいつらがゴブリン……?」
困惑の声を上げたのはグラツだった。どうも彼がゴブリンと聞いて戸惑っているようだ。
「グラツの世界じゃゴブリンはこう言うのじゃないの?」
「ああ。見た目は殆ど人間と変わらないね。額に一本、角が生えてるくらいだよ。大人で今の私と同じくらいの見た目かな。可愛い奴らだよ。鍛えれば、力はダントツだけどね」
女の子モンスター……。そんな言葉が頭をよぎる。そもそもグラツだってドラゴンと言いながら顔とボディは美少女なのだ。他の魔族だのモンスターも同じようなものの可能性は大いにあった。
やはり、行ってみたいな、グラツの世界!
「ソノ、トツゼンソラカラ、アラワレタノデ。ヨウスヲミテイタダケ、ナノデス。アナタサマノヨウナカタニ、テキタイスルツモリハ、アリマセン……」
そう言ってゴブリンは足元にひれ伏した。この敬意はグラツに向けられているはずなので、同じ側にいると少々居心地が悪い。
「うん、そこまでしなくてもいいよ。突然現れたのなら警戒するのは当然だからね。私達こそ驚かせて申し訳ない」
そう言ってはにかむグラツから、先ほどの威圧感は消えていた。
「ア、ハア。ソレニシテモ、ニンゲンノカタモ、ゴブリンノコトバ、ワカルトハメズラシイデスネ」
「え、あれ?」
「ああ、私達には通訳の魔法がかかっているからね」
「全然気が付かなかった……」
「どうして現地の人達や私と言葉が通じていると思ったんだい?」
言われてみれば確かに。スキル類は全て受け取れなかったと思っていたからか頭からすっぽ抜けていた。
グラツが言うには、召喚術そのものにこのスキルを与える効果があったらしい。だから、管理者からのスキルとは別口で得られていたようだ。
しかしゴブリン語とか、もしかしたらこの世界に存在するすべての言語が通じるのだろうか?
「その割には片言に聞こえる」
「私にはきちんと聞こえるけどね? おそらく音がよく聞き取れてないんだろう。テレパシーという訳では無いだろうからね」
「む、それは悪い事を言いました」
「イ、イエイエ、キニシナイデ、クダサイ」
ゴブリンとお互いに頭を下げ合う。これきっと、この世界の人から見たら何馬鹿な事やっているんだって光景なんだろうなぁ。というかゴブリンにも頭を下げるという文化があるんだな……。
「しかし、ゴブリンには私の強さが理解できたようだね。はは、魔族より賢いんじゃないのかい?」
嬉しそうにそう笑うグラツ。まだ根に持っているようだ。まぁ、何かの慰み者にしようとされたのなら、怒って当然だろう。豚頭の人間、って言っていたからオークあたりだろうか。
「アイテノツヨサヲ、ビンカンニカンジトレナイト、コノコウヤデ、ワレワレノヨウナジャクシャハ、イキテイケナイデスカラ」
「ここは君たちの縄張りだったんだね。迷惑そうだからすぐに出ていくよ。邪魔したね」
「あっ……ちょっとまってグラツ」
話を切り上げようとするグラツに、ストップをかける。不思議そうな顔をする彼女。首をかしげる姿もまた可愛い。いや、そうじゃなくて。
「折角友好的接触出来たんだから、情報もらった方がいいんじゃないの?」
「ああ、頭いいなスグルは!」
この程度でそんな事言われても喜んでいいのかわからない。でもお互いボケてる気もするので、あまり人の事を言えないかもな。
「エエト?」
「うん、申し訳ないんだが、色々と聞かせてほしい事があるんだ。もちろん、断ってくれても構わないよ。まぁ、私がそう言っても脅されているように感じてしまうかもしれないが……」
「イエ、トンデモナイ! ワレワレデ、ヤクニタツコトガアルナラバ、ドウゾオッシャッテクダサイ。コウヤハ、コロシアイ。ソシテ、タスケアイナノデス。ワタシハ、ゴブリン・アギレオゾクノオサ、ベビルー、トイイマス」
「申し遅れた。私は、ディスグラツィア。グラツと呼んで欲しい。種はアビスドラゴンと言うのだが……理解されないだろうな」
自分の種に誇りがあるのだろう。少し悲しそうな顔でそう言うグラツ。ドラゴンだ! とゴリ押ししたりしない辺り空気は読んでいる。魔族と出会ったらゴリ押ししそうな気はするけどな。
「ハジメハ、ドラゴニュートゾクヤ、リュウジンゾクカトオモッタノデスガ……ナニカジジョウガアリソウデスネ」
「そう理解してもらえるなら十分だよ、ありがとう」
一転晴れやかな表情で手を差し伸べるグラツ。魔族の反応はよほど腹に据えかねていた上に、悲しかったのだろう。ベビルーはその小さな手で親指の爪を掴み、握手?した。
「それでこっちはスグル。スグル……ミヤビだったかな? 見ての通り人間で、私の仲間だね」
「スグル・ミヤビです、よろしくお願いします、ベビルーさん」
「ハイ、ヨロシクオネガイシマス。ニンゲンノカタト、コウシテオダヤカニカイワデキルノハ、ハジメテデス」
握手するその手は、小さいながらも力強かった。やはりこの世界ではゴブリンはモンスター扱いなのだろうか? こうして意思疎通できるとなるとこの世界の常識に合わせるのが難しくなるかもなぁ。
「グラツと違ってただの一般人ですけどね」
「ソレナラバ、ワレワレハ、オソロシクナイノデスカ?」
「そこらへん事情があってちょっとよくわからないのが正直な所ですね。見た目は確かに俺と違いますけど、それを言ったらグラツもですからね」
見た目はいかにもなゴブリンなのだが、別段禍々しい気を発していたりするわけでもないのであまり気にならない。性格も穏やかな人(?)のようだし。
着ている物はぼろぼろで薄汚れてはいるが、不衛生という訳でもなさそうだ。こんな場所に住んでいれば、清潔にしていてもこうなってしまうのだろう。
「ナルホド。ソレデハ、ココカラスコシ、アルクコトニナリマスガ、ワレワレノシュウラクマデ、アンナイシマス。
グラツサンナラ、モンダイハナイデショウガ、ヤコウセイノ、オソロシイヤツガコノアタリニハ、デルノデス。アンゼンナバショマデ、イキマショウ」
「心得た」
「案内お願いします」
そう言って俺たちは、ゴブリンの集団に導かれてその場を後にした。ベビルーさんが歩き出した途端、辺りの影からぞろぞろとゴブリンが出てきた。なんでも影に潜めるスキルがここに住むゴブリンには伝わっているらしい。
出て来るわ出て来るわ総勢30人。スキルとは言えそれだけの数に囲まれてて気が付かないとは、いよいよ一人で生きていけそうにない……。
ちなみに道すがら、必死にゴブリン語の発声を聞き留め集落に付くころにはきちんと聞き取れるようになった。綺麗に聞き取れるようになって分かったけどベビルーさん若い女性だったわ……。
本日の投稿は以上です。ここまでお読みいただきありがとうございました。