1.プロローグ
暗闇の中で蝋燭のともし火が揺らめく。部屋の中で唯一の明かりだった。
小さな教会から離れた一室でクリスはまともな明かりも点けず、黙々と作業を続けた。
ボーン、ボーン。
壁に欠けられた古めかしい時計が時を告げた。針は深夜を回っている。秒針が再び規則正しい音を奏でる。
チッ、チッ、チッ。
まるで、自分の焦りようだなとクリスは思った。
さらさらと流れる金の髪に、青い瞳。墨のような真っ黒い衣に身を包んだクリスは、誰が見ても神父に見える。
首に掛けられた十字架が小さく揺れる。
いつもの温和な微笑みは消え、彼の目にはつややかで底知れない深い光が広がっていた。
今の彼は心に闇を抱えていた。それは重々しくクリスを責める。
これまで何度も使える主に祈りを捧げてきた。神父である彼にとっては当たり前とされる行為。幾朝、幾晩、そして長い年月が経っても彼は祈った。だが、いくら神に祈ってもその想いから開放されることはなかった。
クリスは「神は自分を見放した」とは思わなかった。彼の神への忠誠心がその考えを拒絶していた。だが、同時に別のモノにすがりたくなったというのも事実だ。
(僕は間違っていたのだろうか…)
クリスは瞳を閉じ、16年間の人生を振り返った。
若すぎる昇格。クリスは救いたい一心で教団の勤めを果たしてきた。残された肉親を誰よりも守るために。
窓からかすかに月明かりが照らす中で、クリスはひたすら書物を漁った。古い本独特のむせるような匂いがしたが、クリスはそれを気にも留めなかった。
(もう時間がない…)
神父服に似合わず、クリスが手に持っているのは魔道書。しかも、悪魔召喚の書であり、教会に属するクリスにとっては禁忌にあたる。
それが背徳行為であることをクリスは十分理解していた。だが、これから望むものはそれの力を借りなくてはならない。人外の力が必要だった。
黄色く変色したページをめくっていた手がピタッと止まる。
開かれた本のページには、古代文字で記されたた魔法陣が描かれていた。
「もしも、あの娘の止められた時間を取り戻せるのなら―」
クリスは愛しいものを触るように指で魔方陣をなぞる。
「僕は魂を悪魔に渡してもかまわない」
そう呟くクリスの顔は聖職者の物ではなかった。