十二章 春詠・十四
さてまた行ってみようか。
今朝の私は体調も良いので、散歩も兼ねてあの世界へ行くことにした。
皓緋の事が片付いて以降、どうも体調の波が激しく部屋から出られなかった。
双子によると、順調に身体が双子達の元で働ける様な状態に成りつつあるらしい。
実感としては何も無いのだけど、ただ疲労に負ける様な感じは減ったとは思う。
はあ……あと何十年、何百年働くのかねぇ……。
それを考えると、何とも言えない世界の無常感を感じてしまう。
まあ、いい。
今は散歩に行って気分転換をしよう。
私は机に置いた指輪を取り、右手の人差し指に嵌め、あの世界に行きたいと念じた。
また森の中に着いた。
暖かい陽光が木々の隙間から、差し込む。
辺りを見回すと氷蓮がいた。
氷蓮は作業台の様な岩で、黙々と草の選別をしていた。作業台には大量の草が置いてあった。
(おやまあ。あの氷蓮がこんな地味な事をしているなんて。いやそもそもこんな事ができるとは思って無かったが、正しい、かな)
まあ眺めているよりは揶揄ってみようかね。ふふ。
私は氷蓮の方へ歩き出した。
私に気づいた氷蓮が変なものを見た様な顔になった。
「どうしたんだい、そんなに驚いた顔をして」
すぐに眉間に皺を寄せた氷蓮が無愛想に答えた。
「可愛い従兄弟の敵の不様な姿を見に来る程暇なのかと思って呆れただけだ」
嫌味をのせて、鬱陶し気な視線を氷蓮は向けた。
「ふふ。暇ではないけれど、散歩をする時間ぐらいはあるよ」
「散歩か」
氷蓮は冷たい視線を向け、苦々しい表情になる。
「そう。散歩途中、たまたま会った人と世間話をするだけだよ」
「はぁ……。なら、散歩の邪魔はしないでおこう」
氷蓮は私を無視する事に決めたらしく、今していた作業に戻る。
淡々と草を選別する。ただそれだけの単純作業の繰り返し。
草は食べられる物と食べられない物に選別している様だ。
(ああ、あの野草は食べられるね。少し苦味が強いけど一日水に晒せば苦味は抜ける。……こうして見ていると、裂かれる前の静欒にあった野草もそれなりにあるみたいだね。初めてみる物もあるけど)
昔見た物が新しい世界にも有ると、以前と同じではないけど全く別物でもないのだなと思う。
ふと氷蓮の晒された腕に視線が行く。
あの日負った火傷はきれいに治っていた。
それに表情も雰囲気もどこか険が抜け、少し神経質……気難しそうな青年になった様な感じだ。
「随分と手慣れているねえ」
私はふと、あることに気づいた。
「あれ、君の姉君は?」
氷蓮の手がぴたりと止まる。
「歌蓮に何をする気だ」
強い敵外心を込めた目で私を見上げる。
「怖いなあ。いつもいちゃついていたのに、そういえばいないなぁって思っただけ」
軽く笑いながら、ひらひらと手を振った。あんな女を相手にする程暇じゃ無いし、悪趣味じゃないよ、私は。
「……通りすがりの者に教える必要などないな」
おやおや、嫉妬かね。可愛いねえ。
私はくすっと笑うと氷蓮の側から離れ、辺りを見回した。
近くに岩山があり、白い布、いや白かったであろう少し薄汚れた大きな布が暖簾の様に垂れ下がっていた。おそらくあそこは洞窟になっていて、二人の住居なのだろう。
そこから少し離れた所は木が無く、力強い陽光が地面を照らしていた。その場所は自力で切り拓いた様で、切り株がいくつか残っている。そこは物干し場になっている様で、木で作った物干し竿があり、洗濯したタオルや衣装が干してあった。
それら以外にも、周りには生活するために必要な工夫等が見られ、思わずふっ、と笑みが浮かんだ。
「さて、そろそろ私は帰ろうかな。ああそうだ、重い荷物は捨てて行こう」
私は軽く手を振ると、前回餞別として置いていった木箱と同じ木箱を二つ転移させた。
木箱が地面に着地した音に気づいた氷蓮が音の方に顔を向けた。
「おいっ!?」
私は返事を聞く事なく、今の住まいへと戻っていた。
ちゃんと真っ当に生活していた事に驚いたが、まあとりあえず無事だった様だ。
また暫くしたら様子を見に行こう。
私はソファに座り、目の前のテーブルに置いておいた本を取る。双子達の世界の本だ。双子達の世界の文字はまだ読めないので、双子が作った私専用の辞書を使いながら本を読む。
「ふふ、面白いねえ。知らない事を知るのはやっぱり楽しくて嬉しい」
私は未知の知識を得る興奮と達成感を感じながら、本を読み進めた。