十二章 春詠・十三
円陣の中は静かで本当に皓緋と繋がっているのか疑心を抱く。でも双子が失敗するはずも無いので、とりあえず名を呼んでみる。
「皓緋」
なんだ?
頭の中に皓緋の声が響いた。
ああ、ちゃんと繋がっているね。それなら。
「うん。最後に何か訊きたいことでもあるかなと思ってね」
無いな。……ああだが、今の俺は『本当の俺』なのか?
「そうとも言えるし違うとも言える。今のお前は私の施した教育が抜けた——本来のお前になっただけ。『皓緋』というお前自身は何も変わっていない。そうだな……今までのお前は衣装を着ていて、今のお前は衣装を脱いだ状態、だな」
成程
「他には? 無ければもうお前は彩音ちゃんの世界に行って、幸せになるといいよ」
他に……。ない、ああいや、春詠……お前は何がしたかったんだ?
何がしたかったか、ね。
改めて問われるとね。
初めの頃は、家族の言う通りに向こうに帰る為に研究してた。
けれど時間が経つにつれどうでもよくなった。
精神が磨耗したのか、疲弊したからか、先の見えない到達点に進む事に飽きたのか。
でも……
「何も。強いて言えば、お前達を創造することが楽しかった。そして色々飽きた。だから全てを終わらせるため、お前を創ったんだよ、皓緋。私はね、ただ裂かれた世界を元に戻したかっだだけ。復讐とか、そんな気持ちは塵程も持ってないよ。そして、裂かれた世界は一つになった。だから、私ももう自由に生きるさ。……他には?」
無い
皓緋はすっきりした様な声音で答えた。
それならもう私も言う事はない。
「そう。じゃあ、さよならだ」
ああ
私は双子に視線を向けると、足下の円陣の光が消えた。
「もうそこから出ていいよ。皓緋とのリンクは切ったから」
遊焔が言い、私は円陣から出た瞬間、何も無い空間から私が住んでいる部屋に戻って来た。
「どお? 可愛い子供を異世界へ送った気分は」
ととと、と遊焔が近づいて来て訊いて来るけど、特にこれといったものはない。
「いや別に。一仕事終わったなぐらいかね」
「なんだーつまんない」
「つまんないと言われてもね」
何を期待していたんだか。
「今は何ともなくても、時間が経てば何か感じるかもしれないぞ」
燥焔がすこし離れた場所で言う。
「何かって、何だい?」
「うーん。悲しいとか寂しいとか、つまんないとか?」
遊焔が小さく首を傾げて言う。
「はあ。そんな感情は湧いてこないと思うよ」
私はどうでもいいし、興味はないという態度で答える。
「さて、これでもうやる事は無いなら、私は少しゆっくりしたいんだけどね」
にっこりと双子に微笑んだ。
「え、酷いこと言うなぁ、ハルは。雇用主に邪魔だから出てけなんて」
「そんな事は言ってないけど、そう感じたなら早く出て行って欲しいな、二人共。それにまだ雇用契約は結んで無いよね」
笑顔は崩さずはっきり言う。それは私の身体を作り変えが終わってからの話のはず。
「ユウ。ハルは休ませないと駄目だ。わかってるだろう。それに……」
燥焔は遊焔の方へ行き、甘える様に抱きついた。
「俺はユウと……」
遊焔の耳元で囁いた。ついでに軽く右の耳朶を触れる様に舐めたのも見えてしまった。
「もーしょーがないなぁ、ソウは。うん、ここ最近なんだかんだで忙しかったからね。いいよ、俺もソウが欲しい、うん? それとも受け止める?」
「うん、俺を甘やかしてよ、ユウ」
燥焔の声が少し甘ったるくなって来た。
「わかったよ、ソウ」
遊焔は燥焔を抱きしめた。
「じゃ、そゆことだからまたね、ハル」
「ああ」
返事を聞く間もなく二人は消えた。
暫くは静かに過ごせそうだ。
私はベッドに腰掛け、そのまま後に倒れた。
ふかふかの布団に沈むこの感触が堪らなく良い。寝具がこうも快適だと睡眠の質も上がるものだと身を持って感じている。軽く息を吐いてから、双子を見てぼんやり思い出した。
(そういえば私も梔冬に強請られて抱いたなぁ。ほんの少しだけ身体は幼かったけど、感度はどの女よりも一番良かった。とはいえ私は梔冬に対しては家族愛はあるけど恋愛感情はない。私を勃たせる程度の身体ではあったから抱けただけ。梔冬は私に対して恋愛感情を持っていたから、女として愛する事は無いと伝えた上で抱いたし。それでいいと言われれば私も拒否する理由は無かったしね。まあ私も壊れているけど、あの双子は輪をかけて壊れているね。でもちゃんと常識……というか、相手の価値観に合わせて行動できるから、何の問題も無いという所かな? 商人ならそこら辺は柔軟に対応しないと仕事にならないだろうし)
私はこのまま眠ってしまいたい誘惑を振り切って、起き上がる。
ちゃんと眠るなら湯浴みをしてから、と決めているので浴室に向かう。
(皓緋の事は片付いたけれど、あの子、上手くやれるのかねぇ。教育の抜けた状態だと心配な部分もあるけど、失敗するのも成長には必要だからね。ああでも失敗する様を見れないのは少し残念だ。ふふ)
浴室に入り、準備を整え終えると衣服を脱ぎ、癒しの空間へと足を踏み入れた。