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十二章 春詠・十二

部屋に戻ると双子がいた。


「おかえり〜」


遊焔がソファに座ったまま私を迎えた。


「体調はどうだ」


燥焔はソファから立ち、私の側まで来ると右手を取る。互いの掌を重ねるだけで、体調やら何やら解るそうだ。この双子、商人とは言っているがただの商人では無いのは今までの行動から明白だ。

「うん、もうすぐで薬が切れるな。ハル、ベッドへ行け」

「わかったよ」

私はベッドの縁に座り、左腕を燥焔に出す。

燥焔は注射を打つ。

ここ最近はこれの繰り返し。 

本当は先に皓緋の方を終わらせたかったけど、まだ準備中だと双子が言うので先にあの世界に行った。だから氷蓮に言った事は半分本当で半分は予想図の事。

「あ、そうそう。皓緋の方、準備整ったよ。ハルが寝て起きる頃には大体終わるよ」

遊焔がソファでだらけながら言う。

「おや、そうかい。進めてくれて構わないけど、この部屋で皓緋の姿は見れるかい?」

「ああ、わかった」

燥焔が答えた。

「んじゃ、ハルが起きたら始めるよ。それまでおやすみー♪」

遊焔はソファからひらひら手を振り、燥焔が私を寝台——双子はベッドと言うが、に押し込まれた。本当は着替えたかったんだけど仕方ない。

私は大人しく布団を掛け、目を瞑る。

まだ眠くは無いのに、身体は正直なもので疲労か治療の効果か両方か、が意識を奪いあっという間に眠りに落ちた。


どれぐらい寝ていたのかはわからないが、目が覚めたのでベッドから降りて、テーブルの上に置いてあるグラスを手に取ると、空だったグラスに瞬時に飲み物が満たされる。

それを一口飲むと、すこし冷えた薬草茶——ハーブティーだった。

ここ最近何度も飲んでいる慣れた味だ。

このグラスには術がかかっていて、グラスを掴んだ瞬間に掴んだ者に今一番最適な飲み物が生成されるそうだ。

今の私には身体を整える飲み物がまだ最適、という事か。

椅子に座ると机に透明な大きな板が現れ、双子が映し出された。


「お、ハル起きたな。じゃあ今から始めるからそこで見とけな」


遊焔がニッと笑って言った。


「ああ。よろしくね」


双子が皓緋と話し始めた。

皓緋は納得いかないとゴネ出し、終いには


「それは本人に説明させればいいだろう。ほら」

「えー、私に丸投げかい。酷いなあ」


快適な部屋から瞬時に皓緋の前に引っ張り出された。

この溜めの無さというか、心構えをする時間など無い対応になんと言うべきかねぇ……。はあ。

私はもう、全身で面倒という感情と態度を堂々と表した。


「春詠」


皓緋が呼んだので、視線を向けると何やら緊張している様だ。おやおや。

施した教育が抜けてきているのかな?


「お……ん、んんっ」


「ふふ。どうしたの、皓緋。水でも飲むといいよ。ね?」


私は双子に視線を向けると、察した燥焔が皓緋に水を用意した。

「どうぞ。別に何も入ってないよ。ねぇ?」

「ただの水だ」

燥焔は気を悪くした風もなく、淡々と答えた。

皓緋は警戒しながら一口水を含み、それから飲み干した。それで幾らか落ち着いたらしく、改めて私に視線を向けて来た。


「お前は一体何をした、春詠」

 

おやまあ、なんて答えようかね。

私はにこりと微笑を浮かべた。


「何をした、ね」


私は少し首を傾けた。

特に話す必要も無いのだけれど、最後だしね。まあいいか。

「そうだ。お前には留守を任せたはずだ。それなのに何故こっちに来たんだ」

「緋月が勝手に出て行ってしまったから、一応ではあるけど保護者としては放っておけないからね。双子の手を借りて処分しようと思って来たのさ。お前達の邪魔をさせないためにもね。まあ邪魔にはなったけど、あの獣が処分してくれたから良かったよ。その流れで苦戦しているお前達を見て、助けに入っただけさ」

「成程。話の筋は通っているが、お前が留守を守らなければ誰が守る? お前がいない間に国に何かあったらどうする気だ」

「どうもしないよ。だって国も国民も、もういないからね」

「は……?」

何故ここで驚くのか。世界の合一なんだから犠牲が出るのは当たり前。それは知っているはずなのに。……ああ、全員死ぬとは思って無かったのかね。

「春詠……お前は……」

「ん、なんだい? ああ、朱艶と陽織も死んだよ。こちらで生きているのはお前と私だけ」

「お前はっ……お前は朱艶達が死んだのに悲しくはないのかっ!? お前の弟達だろう!」

皓緋は私につかつかと近付き、衣装の胸元を両手で乱暴に掴んで来た。

「どうなんだ、春詠!!」

「どうもしないし、何とも思わない」

おやまあ、随分と私に怒りをぶつけてくるね。まあ教育のたまものだけれど面倒だねえ。私は笑顔で自分を掴む皓緋の両手を掴んで強引に剥がす。

「それにね、本来お前も『怒り』や『悲しみ』なんて感情はないんだ。いや、無いわけではないけど、感情そのものの起伏が物凄く低いんだ。だが、王となるべき者が人の感情に疎い様では困るからね。こういう感情をぶつけられたらこう返すんだよと、私が教育したんだよ。お前は覚えてないだろうけど」

「は……? 何を言ってるんだ、お前は……」

「何をって、事実をだよ。まあ、信じられないのは仕方ない。この事は忘れるように処置したからね。ふふ、でもここまでちゃんと自然な反応、反射を体現できているのだから凄いな。自分で言うのもなんだけど、予想以上の最高傑作だ」

ふふ。驚いてる驚いてる。それはそうだよね。自分が自分じゃないと言われたのだから。そういう傷ついた顔、見ると楽しくなるね。私の教育は完璧だったと。

だけど皓緋は私に得体の知れない何かを感じたのか、じりじりと私から距離を取り始めた。   

おやまあ悲しいねえ。まあ別に構いはしないけど。


「ハル、向こうへ送る準備は終わったがどうする?」


「おやまあ。んーそうだな。もう少し待ってほしい。この子が理解できてないし納得してないからね」


「わかった」


燥焔が唐突に会話に入って来たが。


「ハル?」


皓緋が不思議そうな顔で問う。


「ん? ああ、そうだよ。私は双子の仕事を手伝う事になったんだ。だから名前も変えて、心機一転しようと思ったのさ。もうお前の望みも叶ったし、私の望みも叶ったからね。今までの人生はきっちり終わり、後は後始末だけなんだよ」

「後始末……」

「そう。お前の事だよ、皓緋」

お前とあの世界の後始末。

こんなに悪態つかれたり、警戒されてもやっぱり最高傑作である皓緋は別格で可愛い。

私は皓緋に近寄り頭を撫でた。


「止めろ!」


反射的に皓緋は私の手を強く払いのける。

「酷いなあ。お前と逢うのもこれが最後なんだから、目一杯可愛がってやりたいのにね」

「嘘くさい」

「可愛くないねえ、お前」

「そう育てたのはお前だろ」

「可愛い気をなくす様な育て方はしてないはずだけど。まあいいよ、お前はこれから彩音ちゃんのいる世界で暮らすんだ。幸せにね」

「駄目だ!」

皓緋は間髪入れず拒否した。

「民や朱艶達を犠牲にして一つにした静欒さいらんをそのままにするのか!? そんなことできるわけがないだろ! そもそも静欒の合一の主導は俺だ。俺が新しい静欒に住み、世界を整えるのが筋だ。俺を新しい静欒に連れて行け、春詠。その後はお前は好きにすればいい」

「駄目だ。お前は彩音ちゃんの世界に行かせる。否は許さない」

「できない、できるわけがない! 国民の命を奪って成し遂げた合一だ! それを主導した俺が、合一は果たした、これで終いだなんて無責任な事ができるわけがないし、俺自身が許さない。お前は俺を新しい静欒に連れて行けばいいんだ。それとも、新しい静欒なんて嘘なのか? 本当は合一に失敗して静欒という世界なんて消失したんじゃないのか」

「酷い侮辱だなー。俺達の仕事に失敗はないぜ」

「ああ。契約は完了した。だからお前の手から紋章が消えているだろ」

静観していた遊焔と燥焔が入って来た。

皓緋は左手の甲を見ると、契約の紋章が消えている事を確認した。

「ちょっとだけ対価が足りなかったけど、ハルといういい人材も入ったからな。その分まけといたよ〜」

遊焔が満足気ないい表情をしたが、こっちはこき使われる事が決定して溜息ものだけどね。

「そうか。それなら尚更何故、俺を新しい静欒に行かせないんだ、春詠」

「あそこではお前は生きられない。無駄死にするだけだからだ。だから、むこうには最適な人間を置いてある。お前の役目はもう終わったんだ。後は彩音ちゃんと幸せになりなさい、皓緋」

「駄目だ。お前が何と言おうと俺は静欒に行く。お前が俺を移動させないならまた新たに契約をするだけだ」

「はあ……。完璧に教育をした自分を素晴らしいと思うけど、今この時だけは失敗したなと思うよ」

大きく溜息を吐いて、私は腕を組んだ。自分の有能さを少しだけ恨んでしまうね。

「っははっ! どうすんのさ、ハル」

にやにやとしながら遊焔が言う。

「どうしようかね。まあ面倒くさいからもう彩音ちゃんのとこに送ってよ」

私は言うべきことは言ったし、本当は皓緋と会うつもりもなかったんだ。それにこれはちゃんとした依頼なんだ。しっかり遂行して欲しいね。

「本当にいいのか。まだあいつは納得してない様だが」

燥焔が問う。

「ああ、いいよ。あとは最後の時にでも言うよ」

「わかった。ユウ」

「くそっ!」

皓緋は双子に拘束され、すぐに動けなくなった。

「では始めるぞ、ユウ、ハル」

「オッケー」

「よろしくね」

私は双子に任せ、あとは見物しよう。

「待てっ! 俺は行かない! 止めろっ!」

けど皓緋は大声を出しながらなんとか身体を動かし、逃げようとするけど身体は少しも動かない。逃げられる訳ないのにね。

「無駄だよ、皓緋。お前の意思など関係ない。私が決めたのだからね」

私は燥焔の隣に移動しながら話す。

皓緋は大声で離せとか止めろとか、まあ色々言っているけどそんな事、聞き入れるなんてしないよ。わかっているだろう、皓緋。ふふ。

そうこうしている間も、双子の術は展開していく。見知らぬ文字が空中から現れては流れ落ちて行く。暫くして、流れ落ちてくる文字や足元の円陣が強く輝き始める。


「ユウ」


「オッケー」


「「転移・転生」」


双子がそう言うと円陣が勢いよく輝き、叫ぶ皓緋を呑み込み、円陣ごと消えた。


「はい、終わりー。じゃ次」


遊焔が手を下に翳すと、人一人入れる大きさの円陣が浮き出た。

先程と同じ、見知らぬ文字で構築されている。

円陣は淡い白銀に光っている。

「これがオレンジ色になったら中に入って。そうするとあいつと意識が繋がるから。今は、ハルの説明と俺達の設定を流し込んでる最中」

「成程」

五分か十分程経つと、円陣がオレンジ色に淡く輝き出した。

「うん、大丈夫。あいつと繋がってる。これが最後の会話の時間だよ、ハル」

「ありがとう」

私は躊躇いなく、円陣へと足を踏み入れた。

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