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十二章 皓緋・十一

あれから——

彩音が走り去った後。


俺はあまりのショックで暫くその場から動けなかった。

あんな風に全身で拒絶されるとは、0.1mm程も思いもしなかったからだ。

だって彩音だぞ?

彩音は俺に好意を持っているんだ。

だから照れや恥ずかしさで少し挙動が落ち着かなくても、今みたいに全身で拒絶することは無いんだ!

なら何故——

………………ああ、そうか。そうだったな。

彩音は確かに彩音だけど、俺の知ってる『彩音』ではないんだ。

あっちの世界で過ごした『彩音』ではない。

爛熯らんぜんの言う事を理解していたはずなのに、彩音といるとついその事を忘れてしまう。

「はあ……。少し頭を冷やすか」

本当は今すぐ追いかけて——いや、追いかけてもどうしようもないだろう。そんな事をすれば、彩音をますます追いつめて嫌われるだけだ。

「この俺が一人の女にこんなに心を滅茶苦茶にされるとはな」

俺は自嘲したが、不愉快とかではない。

逆に嬉しいだけだ。

俺にこんなに感情があったんだなと、幸せで、苦しくて、泣きたくて、なんて。

昔の俺——というより、春詠はるよみの教育がリセットされた俺に、だ。

「とりあえず、出口に向かうか」

俺は思考を切りかえて、これからの事を考える事にした。


彩音達と別れ帰宅するとすぐに自室に行く。父親達はデートで帰りも遅いだろう。

俺は部屋着に着替え、すぐにスマホをリュックから出した。

今すぐにでもメッセージを送りたいが、まだ時間をおいた方がいい。

俺は握ったスマホをデスクに置き、パソコンを立ち上げ仕事をする事にした。


夜。

二十一時を過ぎた頃。

俺はパソコンチェアに座ってスマホを弄る。

そろそろいいだろうと思い、彩音にメッセージを送った。


『今日は怖がらせてごめん。本当は電話で言いたかったけど、それだと彩音ちゃんをまた怖がらせるかもと思ってメッセージにした。本当にごめん。じゃあまた』


俺も今日は焦り過ぎた自覚はある。

だから今後のためにも率直に謝罪した。

嫌われていないといいんだが。

俺はスマホをデスクに置いて、パソコンチェアに深く身体をあずけた。

暫くするとスマホから通知音が鳴る。

すぐにスマホを取ると彩音から返事が来た。


『こっちこそごめんなさい。怖かったわけではないです。正直に言います。私に構わないで下さい。皓緋さんのことは嫌いじゃないです。顔を見て話せないのは、皓緋さんがカッコ良すぎるからです。見てるこっちが恥ずかしくなるので無理なんです。だから、そういう理由なんです。それでは失礼します』


俺は絶句した。

彩音にこんな風に思われていたとは。

俺はショックのあまり、暫く思考が停止した。

この現実を受け入れる事ができなくて。

彩音が俺を嫌う?

いや、このメッセージだと嫌われてはいないが、それに近い位置にはいる……と思われる。

俺は深呼吸してからもう一度スマホを見るが、改めて現実を突きつけられただけだった。

敬遠される理由が俺の容姿だとはな。

それなら認識阻害を彩音にかけるか?

いや、駄目だ。

彩音にはありのままの俺を好きになって欲しい。

できないはずはない。

だって、彩音はちゃんと俺を好きになったんだ。

できないはずはない。

だから——


『返事ありがとう。嫌われていない事がわかって、とりあえず安心した。

けど、俺の容姿が良いのは慣れて欲しい。いや、慣れろ。これからも会うんだからな。それじゃ、また』


俺はメッセージを送った。

俺はそんなことで諦めない。

絶対にな。


返事はすぐに来た。


『ご連絡ありがとうございます。

私は構わないで下さいとお願いしました。だから別に皓緋さんに慣れる必要はどこにもありません。もう一度言いますが、構わないで下さい。では』


「ははっ。可愛いなぁ、彩音は。だけど俺がそんな言葉程度で引き下がるとでも?」


俺もすぐにメッセージを送る。


『却下だ。

俺はお前を構いたい。慣れろ。おやすみ』


暫く待ったがメッセージはもう来なかった。

諦めたのか、寝てしまったのか。

ただ俺はもう彩音の気持ちが傾くのを待つなんて事はしない。

どんな手を使っても俺に向けさせる。

それが彩音の意に沿わなくても。

だって俺は本当にもう、彩音がいないと駄目なんだ。

俺にこんな感情——愛情、慈愛、そんな他者を慈しむ様な気持ちを目覚めさせた彩音が傍にいないなんて、俺のものじゃないなんて耐えられない。

以前の俺なら——『教育』されていた俺なら、もっと穏便に事を進められただろう。

でも今の俺は『本当』の俺だ。

そんな優しい気持ちや思考なんてない事がよくわかる。

よくわかるが故に、俺は『人間もどき』なのだなと認識してしまう。

肉体は人間でも精神や魂——、そういったものはこの世界のものとは違うのだなと。

だからと言って悲観しているとかではない。

そんな違いはどうでもいい。

ただ、それが彩音の心を傷つけるとわかっている事に罪悪感を感じるのだ。

何よりも傷つけたくない存在に、俺がそれをする。でも傷つけるのが俺ならいいかとも思う。

色々矛盾があっても、考えても答えは同じ。

なんとしても彩音を手に入れる。

その過程がどうあろうともだ。

俺はパソコンチェアから立つと、ベッドへ入る。

できれは夢の中で彩音に出逢えればいいと願いつつ、眠りについた。

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