十二章 皓緋・八
昼食も終わり、皆がリラックスしだし始めた頃。
彩音が席を立ち、冷蔵庫の方へと行く。
何やら困った様な顔で小さく首を傾げている。
可愛い。
本当に可愛い。
どんな小さな仕草も可愛らしくて仕方がない。
彩音は冷蔵庫を閉め、こちらを向いた。
「お母さん、私ちょっとスーパー行ってくるね」
「あら、どうかしたの?」
「うん、牛乳無かったからちょっと行ってくる」
「あらそう。気をつけていってらっしゃい」
何だと? 俺がいるのに一人で買い物になんて行かせられる訳がない。
「あ、それなら俺も一緒に行くよ」
「はっ!?」
彩音は驚いたのか、若干強張った顔でこちらを見ている。
「え、ええっと……?」
終いには小動物が忙しなく動くような感じで狼狽し出した。
そんな姿もやっぱり可愛い。
「荷物持ちするよ」
俺は当然の事として席から立ち上がるが、彩音は何故か必死に俺を止める。
「いえっ! 大丈夫です! 牛乳だけだし近所なので大丈夫ですっ!」
「あら、荷物持ちしてもらえばいいじゃない」
彩音の母親がサラリと言う。
「いいよ! 牛乳だけだし大丈夫!」
「じゃあ牛乳以外にも買えばいいじゃない。他にも買いたい物、あるんでしょ?」
「ない! 昨日買ったからないっ!」
「駄目かな? 邪魔はしないから」
中々同行を許さない彩音に俺はショックを受けた。
愛しい彩音に拒否されるのは、些細な事でも辛い。
「いいじゃない。意地悪しないで連れてってあげなさいよ。これからいとこ同士になるんだし」
「い、意地悪って……」
「彩ちゃん、駄目かな?」
「わかった……。でも本当に近所だし、何も無いですよ……?」
再婚相手も加わり、これ以上拒否するのは無理と悟った彩音が折れた。
同行を許された俺は嬉しくなり、一瞬前の辛さも吹き飛んだ。
「うん、いいよ。じゃあ行こう、彩音ちゃん」
俺は彩音の後に続いて靴を履き、外に出た。
「お待たせ」
「い、いえ」
彩音はそのまま門を開けに行き、俺を先に行かせると「こっちです」言い、スーパーへと向かった。
スーパーに着くと、俺はカゴを取った。
「俺が持つから買う物中に入れて」
俺がカゴ持ちをするのは当然なのに、彩音は物凄い勢いでカゴを奪おうとして来た。
「え、ええっ!? いいですいいです、大丈夫です!」
遠慮する事なんてないのに彩音は必死にカゴを取り返そうとしてくる。その姿がまた可愛いくて可愛いくてずっと見ていたくなるが、俺からカゴを取り返すのは無理と判断したのか、新しいカゴを取ろうとしたがそうはさせない。
俺は彩音の左手首を軽く掴んだ。
「ひゃっ!?」
彩音は驚いた様で大きく目を見開き俺を見上げた。ああ、可愛いし嬉しい。
彩音の瞳に俺がしっかりと映っている。
「ほら、いつまでもいたら邪魔だからね。行こう」
俺は彩音の手首を掴んだまま、スーパーの中へ進んだ。
「え、えっ? あ、あのっ……!」
だけど彩音は俺に手首を掴まれているのが嫌なのか、なんとか外そうと手を振ったりしているが、離す理由なんて俺にはないんだよ、彩音。
俺は嬉しさのあまり、つい笑ってしまった。
買い物も終わり、俺達はスーパーの前にあるベンチに座ってアイスを食べている。
「美味しいね」
「あ、そ、そうですね」
彩音はまだ緊張しているのか、固い表情と声をしている。
アイスでも食べれば少しはリラックスするかと思ったんだが駄目な様だ。
そういう理由でアイスを食べようと進めたんで、正直味には期待していなかったんだが。このアイスはかなり美味い。
俺はそんなに食に拘りは無いが、こうして美味いと感じるものに出会った時は嬉しいと思う。
——そう思い、感じられる事が自然にできる様になった。それが当たり前になった事が普通の『人間』に、彩音と同じ『人間』になっている様で嬉しくなる。
気がつくと最後の一口だったらしく、カップが空になった。
彩音の方を見ると丁度食べ終わった様で、俺は空になった彩音のカップも持ち上げた。
「あ、あのっ……」
驚いた様で、どうすればいいのかわからない表情で彩音は俺を見上げた。
大した事はしていないのにいちいち驚く彩音が可愛らしいが、こんな事に気を留めなくてもいい事を早く覚えてもらわないといけないな。
ああそうだ、アイス、父親達にも買って行かないと。彩音の家族には印象を良くしておかないと。印象の悪い男に娘を嫁に出したい親はいないだろうからな。
「ちょっと待ってて。父さん達のも買って来るから」
俺はそう言ってアイス屋に向かった。
店の側にあるゴミ箱にカップを捨て、店員に注文してアイスを買い、彩音の元に戻った。
「お待たせ」
俺は彩音の足元にある荷物の入ったバッグを持った。
「帰ろうか」
「あ、はい」
帰り道、片手に買い物バッグ、片手にアイスの入ったビニール袋を持って歩いていると、彩音が「持ちますよ」と申し訳なさそうに言ってくる。
「重いから。気にしないで」
と、都度断るが俺だけに荷物を持たせるのが気になる様だ。
俺からすれば、こんな重い荷物を彩音に持たせる事なんて絶対にさせたくないし、させない。
彩音も俺が譲歩することはないと悟ったのか諦め、暫く無言になった時。
「アイスいっぱい……」
と小声だったが、ぽろりと彩音が呟いたので彩音の方を見ると視線が合い、ぼっと一瞬で顔を林檎の様に真っ赤にさせた。
俺はあまりの可愛いさに笑みが溢れた。
「ああ、美味しかったからな。それに十個買うと一個オマケとか言われると買いたくなるんだよな。オマケ分は彩音ちゃんにあげるよ」
「え、え、あっ、ありがとう、ございます」
俺は左手に持ってるビニール袋を少し持ち上げ、笑顔で言った。
その後は彩音は恥ずかしさから俯いてしまい、話しかけてもはい、いいえの返事しかなく、会話にならないままあっという間に家に着いたのだった。




