十二章 皓緋・六
唐突に爛熯がやって来た。
いつもの事だし、見られて不味い事をしていた訳でも無いから構わないんだが、まあ事前連絡の一つは欲しいと思ってしまう。言っても無駄なのはわかっているが。
「元気そうだな。元気なのはいい事だ」
「お前もな」
自室でパソコンを使っている時に、爛熯がベッドの上に現れた。こいつも相変わらずだ。
俺と初めて会った時から姿が全く変わらない。
肩までかかるやや暗めの栗色の髪と精悍な容姿。身体も鍛えられてはいるが筋肉質な感じではない。洋服は黒シャツに黒いズボン。足は裸足。以前、靴のまま部屋に来たので、俺の部屋に来るなら靴は脱げと説教したことをちゃんと覚えていたようだ。
こんなラフな装いでも、いや、ラフだからこそこいつの持つ、どこか危うい色気が倍増するのか。
「ふっ。相変わらずつれねぇなあ、皓緋」
ククッと小さく爛熯は笑った。
「こちらは特別用も無いからな」
用も無い相手に対応する必要は無いからな。
「何だよ、せっかくいい話を持って来てやったのに」
「彩音か!?」
俺はパソコンチェアから一気に立ち上がり、座る爛熯の両肩を掴んだ。
「うおっ、お前本当にブレねえな。まあ、その通りだ。道は繋がり始めた」
「いつ、どこでだ! 俺はいつ彩音に逢える!?」
「うおっとっと。落ち着け、皓緋。近いうち……こっちの時間だと大体三ヶ月以内、だな」
「三ヶ月、あと三ヶ月で俺は彩音とちゃんと逢えるんだな!?」
「ああ。だから絶対に余計な事はするなよ? お前が手を出したせいで嬢ちゃんとの縁がばっさり切れて消滅するからな?」
爛熯の両肩を掴む両手に、無意識に力が入る。
「っつ。おい、いい加減俺の上から退け。俺は男に抱かれるのがイイっていう性癖じゃねえんだ」
「俺だって無い」
が、確かにこれは無いな。自分でやっておきながらなんだが。
俺は勢いあまって爛熯をベッドに押し倒していた。俺はさっと退き、またパソコンチェアに戻った。
「はあ。お前、嬢ちゃんの事になると、本当に見境ないな」
「当たり前だ。彩音は俺の唯一だ。それを目の前にして手に入れられないもどかしさがわかるか? 毎日毎日、遠くから彩音の姿を見守るだけの苦痛が」
「言っとくけどな、それだって本当はマズイんだからな。俺達見ない、知らないフリしてやってんだからな。感謝しろよな」
爛熯が立ち上がり、パソコンモニターの角を人差し指でコツリと叩く。
モニターには彩音の可愛らしい姿が、分割画面で色々なアングルから映っていた。
「お前は他人事だからそう簡単に言えるが、もし彩音が変な男に襲われたり、事故に遭って怪我でもしたら俺は正気ではいられない。彩音を守る為にもこれは絶対に必要なことなんだ」
「はあ……。そうかいそうかい。まあ、実際に嬢ちゃんに会ってもがっつくなよ。相手はまだ子供なんだからな」
「わかってる」
本当かよという視線を感じるが、当然だ。
俺は彩音に嫌われたくはない。
それに今の彩音に俺の記憶は無いのだから、最初の出会いでこれから不利になる様な事は絶対にしたくない。
「その言葉、信じとくぜ。一応、な」
ふっ、と爛熯が目の前から消え、俺の部屋は静けさを取り戻し、またじっくりとパソコンモニターに集中する。
「うん、無事に学校に着いたな。良かった」
同じ制服姿の中から彩音を見つけ、その姿が校門をくぐるのを見届ける。
「ああ、彩音。早くお前に逢いたいよ」
俺は軽くパソコンモニターを撫で、俺と彩音の出逢う日が、ただただ待ち遠しくて仕方なかった。




