十二章 皓緋・五
俺が五歳の時、両親は離婚した。
まあ俺が離婚の後押しをしたんだが。
母親が家で俺に構うより、外で仕事をしたいからだという。
俺は全く構わなかったが、父親が反対した。
「人生で子供の時間なんてあっという間なんだ。もっと皓緋の事を優先してくれないか? 君は母親だろう?」
「そうよ、私は皓緋の母親よ! でも私は自分の人生も大事なの! どっちも大事なのよ!」
と、こんな感じで毎日喧嘩をしている。なので俺から離婚すればいいのにと、喧嘩の最中に割って入ったらその場が凍りついた。
まさか自分達ではなく、五歳の子供から言われるとは思わなかったのだろうな。
「皓緋……、ごめん、ごめんな。心配させてしまって。お父さん達はもう喧嘩しないから」
父親が跪いて、俺をぎゅっと抱きしめた。
母親は複雑そうな顔で俺を見ていた。
俺は父親の背中を叩き、離して欲しいと言外に訴える。
「ああごめん、苦しかったね」
父親が離れる。
「平気。さっきの話の続きだけど。お父さんとお母さんは離婚した方がいい。お父さんとお母さんは大事なものが違うんだ。このまま一緒にいても、お互いが嫌いになるだけだよ」
父親の顔が強張った。
「皓緋……」
父親は何をどう言えばいいのかわからない、苦い表情で少し俯いた。
「皓緋、わかったわ。私達は離婚する」
母親も跪いて、俺の顔を見てはっきり言った。
「莉里夏! 何を……むぐっ」
俺は父親の口を手で塞いで黙らせた。話が進まなくなるからだ。
「皓緋、あなたにこんな事を言わせてごめんね。もっと前にお母さん達が言わなきゃいけない事だったのにね」
母親は俺の頭を撫で、どこか淋しそうな笑顔で言った。
「皓緋の事、勿論大好きで大事よ。愛してる。でもね、お母さん、自分の事も大好きなの。だから、いつも皓緋を一番にしてあげられないの。……ごめんね、皓緋」
今度は母親がぎゅっと抱きしめてきたけど、ちゃんと力加減はされているので会話することができる。
「うん、知ってるよ。お母さんもお父さんも俺の事が大事なのはわかってる。だから、自分の事を犠牲にして俺を一番優先にしなくてもいいよ。逆に自分の事を犠牲にして俺を優先されても嬉しくない。だから離婚してお母さんは自分のやりたい事、やってよ。俺はお父さんと暮らすから安心して」
「皓緋……。あなた本当に五歳なの? しっかりし過ぎよ」
確かに肉体は五歳だが、中身は百歳以上だ。子供らしくないのは仕方ない。
母親は泣き笑いのような声で、俺を抱きしめながら答えた。
「皓緋! そんな悲しい事を言わないでくれ。お父さんは皓緋が一番で、もっと皓緋と一緒にいたいんだ」
父親は黙っていられなくなり、俺の手を口から退かして話し出した。
「うん。お父さんはそれでいいよ。でもお母さんにそれを強要しないで」
父親ははっとし、眉間に深い皺ができ罪悪感に満ちた表情になり、少し俯いた。
「ありがとう、皓緋。お母さん、離婚するけどちゃんとお父さんと話をするからね。それと皓緋」
母親は俺から離れ、しっかりと俺の顔を見る。
「お母さん、皓緋の事、ちゃんと愛してるからね。離婚してもそれは変わらないからね」
「うん。わかってる。じゃあちゃんと二人で話し合ってね」
「ええ」
「ああ」
二人は返事をし、俺はリビングを出て自室へと行った。
その日の夕方、リビングで二人は離婚することに決めたと俺に報告した。
親権は父親。
母親は家から出て、会社に近い所に引っ越す事にしたと。とは言っても、手続きやら物件探しやらで出て行くのは一ヶ月後か、もう少し先かだそう。
「勿論、お母さんに会いたくなったらいつでも連絡してね。お母さんも皓緋に会いたくなったら連絡するからね」
「うん」
「お父さんは今まで通り、皓緋を一番優先して行くよ。ただ、お父さんだけになるから不便な事も増えるかも知れないけど」
「いいよ。食事や洗濯だって自分でやるし、宅食だってある。それに家事代行サービスだってあるんだから、問題ないよ。ただ、お金はかかるけど」
「皓緋……。お前、本当にしっかりし過ぎだよ。お父さん、別の意味でお前が心配だよ。もっと甘えたり我儘言っていいんだからね?」
父親がしょんぼりと不安そうな表情で言う。
しっかりしてるのは見た目通りの年齢じゃ無いしな。
「お父さん、こんな情報なんていくらでも拾えるよ。ネットやテレビや雑誌や色々あるんだから」
「そうだけど。それはそれで心配になる。悪い情報だって沢山あるからな」
父親は渋い顔になり、腕を組んだ。
「わかってる。気をつけるよお父さん」
「ああ、十分気をつけるんだよ」
「うん」
そのまま軽く雑談をし、細かいことはまた後日という事で、その日は家族で食事を作った。
父親は簡単なものぐらいは作れるし、俺も両親どっちかがいれば料理をしていいことになっている。だから父親と同じで、俺も簡単なものは作れる。
だがこれからはそうはいかない。一人でも料理ができるように、今日から母親主導の料理教室が始まった。
そうして作った料理は中々上出来で、家族揃って美味しく食べた。
あと何十回かで終わる家族の食卓が、今日はやけにきらきらと輝いて見えた。




