十二章 皓緋・二
「何をした、ね」
春詠は少し首を傾け、考える素振りをしている。
答える気のない見慣れた態度だ。
別に話さなくてもいいだろう、と。
今までなら春詠だから仕方ない、で追及することはなかった。俺が王であっても、春詠が一番歳上で、幼い頃から面倒をみてもらっていた為、誰も強くは出れなかった。
言ってしまえば、もう一人の王の様なものだ。
だが今は、春詠であっても追及しなければならない。
俺は腹に力を込め、再度問う。
「そうだ。お前には留守を任せたはずだ。それなのに何故こっちに来たんだ」
俺が引く気はないと察した春詠が仕方ないといった表情で話し出した。
「緋月が勝手に出て行ってしまったから、一応ではあるけど保護者としては放っておけないからね。双子の手を借りて処分しようと思って来たのさ。お前達の邪魔をさせないためにもね。まあ邪魔にはなったけど、あの獣が処分してくれたから良かったよ。その流れで苦戦しているお前達を見て、助けに入っただけさ」
「成程。話の筋は通っているが、お前が留守を守らなければ誰が守る? お前がいない間に国に何かあったらどうする気だ」
「どうもしないよ。だって国も国民も、もういないからね」
「は……?」
俺は言葉が出なかった。
何もない、だと……?
いやでも、国を、世界を一つにするのだ。国民だって無事でいるとは限らない。その危険性は術を調整しているときに、双子からも言われていたし自分も認識、覚悟していた。
だからそれは仕方のない事ではある。だが何故春詠は、そんなに簡単に言う事ができるのだ?
数百人の命が、同胞が、庇護するべき国民が亡くなったというのに、何故そんなにこともなげに言えるのか。
「春詠……お前は……」
俺は春詠に感じたことの無い程の怒りが込み上げた。
「ん、なんだい? ああ、朱艶と陽織も死んだよ。こちらで生きているのはお前と私だけ」
「お前はっ……お前は朱艶達が死んだのに悲しくはないのかっ!? お前の弟達だろう!」
俺は春詠につかつかと近付き、春詠の衣装の胸元を両手で乱暴に掴んだ。
「どうなんだ、春詠!!」
「どうもしないし、何とも思わない」
にこっと笑い、自分を掴む俺の両手を掴んで、自分から強引に剥がす。
「それにね、本来お前も『怒り』や『悲しみ』なんて感情はないんだ。いや、無いわけではないけど、感情そのものの起伏が物凄く低いんだ。だが、王となるべき者が人の感情に疎い様では困るからね。こういう感情をぶつけられたらこう返すんだよと、私が教育したんだよ。お前は覚えてないだろうけど」
「は……? 何を言ってるんだ、お前は……」
「何をって、事実をだよ。まあ、信じられないのは仕方ない。この事は忘れるように処置したからね。ふふ、でもここまでちゃんと自然な反応、反射を体現できているのだから凄いな。自分で言うのもなんだけど、予想以上の最高傑作だ」
春詠はにこにこと満足気に笑うが、俺はその姿に寒気を覚えた。
国民はともかく、兄弟である朱艶や陽織に対しても何の感情も湧かないというのはおかしいし、怖しい。
俺ははじりっ、と後退り、春詠から距離を取ろうとした。
今までの春詠とは違うと確信したからだ。
外見は同じであっても、中身は違う。いや、今までの春詠ではあるけれど、それに俺の知らない春詠が足されて、全幅の信頼も信用もできないのだ。
敵ではないが、敵になるかも知れない危険性を持った春詠、という所だ。
春詠の方はそんな俺の心情はわかっているのだろう。
特に何も言わないが、仕方ない子だねという風な表情で微苦笑している程度だ。
「ハル、向こうへ送る準備は終わったがどうする?」
「おやまあ。んーそうだな。もう少し待ってほしい。この子が理解できてないし納得してないからね」
「わかった」
燥焔が唐突に会話に入って来たが。
「ハル?」
その呼び名に違和感を感じて、俺は春詠に問う。
「ん? ああ、そうだよ。私は双子の仕事を手伝う事になったんだ。だから名前も変えて、心機一転しようと思ったのさ。もうお前の望みも叶ったし、私の望みも叶ったからね。今までの人生はきっちり終わり、後は後始末だけなんだよ」
「後始末……」
「そう。お前の事だよ、皓緋」
春詠が近寄り、俺の頭を撫でた。
「止めろ!」
反射的に俺は春詠の手を強く払いのける。
「酷いなあ。お前と逢うのもこれが最後なんだから、目一杯可愛がってやりたいのにね」
「嘘くさい」
「可愛くないねえ、お前」
「そう育てたのはお前だろ」
「可愛い気をなくす様な育て方はしてないはずだけど。まあいいよ、お前はこれから彩音ちゃんのいる世界で暮らすんだ。幸せにね」
「駄目だ!」
俺は厳しい声で即座に拒否する。
「民や朱艶達を犠牲にして一つにした静欒をそのままにするのか!? そんなことできるわけがないだろ! そもそも静欒の合一の主導は俺だ。俺が新しい静欒に住み、世界を整えるのが筋だ。俺を新しい静欒に連れて行け、春詠。その後はお前は好きにすればいい」
「駄目だ。お前は彩音ちゃんの世界に行かせる。否は許さない」
春詠から緩い雰囲気が消え、冷たい表情で春詠は言った。
俺は初めて見た感情のない春詠にのまれ、一瞬言葉に詰まったがすぐに言い返す。
「できない、できるわけがない! 国民の命を奪って成し遂げた合一だ! それを主導した俺が、合一は果たした、これで終いだなんて無責任な事ができるわけがないし、俺自身が許さない。お前は俺を新しい静欒に連れて行けばいいんだ。それとも、新しい静欒なんて嘘なのか? 本当は合一に失敗して静欒という世界なんて消失したんじゃないのか」
「酷い侮辱だなー。俺達の仕事に失敗はないぜ」
「ああ。契約は完了した。だからお前の手から紋章が消えているだろ」
静観していた遊焔と燥焔が入って来た。
俺は左手の甲を見ると、確かに契約の紋章は消えていた。
「ちょっとだけ対価が足りなかったけど、ハルといういい人材も入ったからな。その分まけといたよ〜」
遊焔が満足気ないい表情をした。
「そうか。それなら尚更何故、俺を新しい静欒に行かせないんだ、春詠」
「あそこではお前は生きられない。無駄死にするだけだからだ。だから、むこうには最適な人間を置いてある。お前の役目はもう終わったんだ。後は彩音ちゃんと幸せになりなさい、皓緋」
「駄目だ。お前が何と言おうと俺は静欒に行く。お前が俺を移動させないならまた新たに契約をするだけだ」
俺は双子の方に視線を向けた。
「はあ……。完璧に教育をした自分を素晴らしいと思うけど、今この時だけは失敗したなと思うよ」
大きく溜息を吐いて、春詠は腕を組んだ。
「っははっ! どうすんのさ、ハル」
にやにやとしながら遊焔が言う。
「どうしようかね。まあ面倒くさいからもう彩音ちゃんのとこに送ってよ」
もう面倒で後は任せたと、春詠は遊焔に丸投げした。
「本当にいいのか。まだあいつは納得してない様だが」
燥焔が問う。
「ああ、いいよ。あとは最後の時にでも言うよ」
「わかった。ユウ」
嫌な気配を察知した俺は距離を取ろうとしたが、反応が遅れた俺を燥焔が拘束する。
「くそっ!」
拘束と言っても俺に向けて手を翳しただけだが、俺はすぐに動けなくなった。
遊焔は燥焔の正面、俺の背後に移動した。燥焔と遊焔の間に俺がいる配置だ。
「では始めるぞ、ユウ、ハル」
「オッケー」
遊焔も燥焔と同じ様に俺に向けて、手を翳す。
「よろしくね」
「待てっ! 俺は行かない! 止めろっ!」
俺は大声を出しながらなんとか身体を動かそうとするが、身体は少しも動かない。
「無駄だよ、皓緋。お前の意思など関係ない。私が決めたのだからね」
春詠が燥焔の隣に移動しながら話す。
俺は大声で問うが春詠には聞こえていない様で、ただ微笑しているだけだ。
俺が春詠に問い続ける間も、俺の回りを見知らぬ文字が空中から現れては流れ落ちて行く。
何種類かの見知らぬ文字が、淡く光りながら流れ落ちる。流れ落ちた文字は俺の足元に円陣を作り、文字や立体的な形を成して行く。
暫くして、流れ落ちてくる文字や足元の円陣が強く輝き始める。
「ユウ」
「オッケー」
「「転移・転生」」
双子がそう言うと円陣が勢いよく輝き、叫ぶ俺を呑み込み、円陣ごと消えた。
「はい、終わりー。じゃ次」
遊焔が手を下に翳すと、人一人入れる大きさの円陣が浮き出た。
先程と同じ、見知らぬ文字で構築されている。
円陣は淡い白銀に光っている。
「これがオレンジ色になったら中に入って。そうするとあいつと意識が繋がるから。今は、ハルの説明と俺達の設定を流し込んでる最中」
「成程」
五分か十分程経つと、円陣がオレンジ色に淡く輝き出した。
「うん、大丈夫。あいつと繋がってる。これが最後の会話の時間だよ、ハル」
「ありがとう」
私は躊躇いなく、円陣へと足を踏み入れた。




