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十二章 彩音・九

彩音は二十二歳で結婚、二十五歳で出産です。

皓緋とは五歳差です。

痛い、痛い、いたいいたいいたいーーっ!!


静賀さいがさん、ほらいきんで、今っ!! そうそう、あと少しだから、頑張って!!」


遠くで先生や助産師さんの声がするけど、あたまがぐわんぐわんしてよくわからなくなってくる。

でも、この子だけはちゃんとうまなきゃ……。


なんどかいきんでがんばって、おなかからでたかんしょくがする。


「静賀さん、おめでとうございます! 男の子ですよ!」


じょさんしさんが、あかちゃんをみせてくれてるけどよくわからない。でも、ぶじならいいや……。


「静賀さん!! 輸血の……」


さむくなってねむくなっておきれなくなって……。

でもなんかどこかでわたしをよんでて……。

だれだろ…………。


彩音っ!!


祥護!?


そうだ、祥護だ!!

祥護、しょうごしょうごしょうごしょうごっ!!

馬鹿っ!! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!

何で、何で死んじゃうのよっ!! 何でここにいるの!? ううん、どうでもいい、もうどこにも行かないでよ!!


姿の見えない闇の中、お互い声だけの存在。


「相変わらずだな、彩音は」

懐かしむような感じが、声から滲み出る。

「相変わらずで悪かったわね」

「相変わらずがいいんじゃねえ?」

「なによ、それ」

「ははっ! じゃあ俺はもう行く。これが本当に最後だ。じゃあな、彩音」

「待って、待ってよ! 行かないで、私を置いて行かないで!」

遠くなる祥護の声を、私は必死に呼び止める。

「何だよ、俺が居なくても大丈夫だろ。だってお前、結婚して子供も産んだだろ」

「え、何で知ってるの!?」

もうずっと会ってないのに。知ってで当たり前な感じでさらっと言う祥護。

「ははっ。俺はお前のことは大体知ってるよ。それに今度はすぐ会えるよ。ただ、お前の知ってる『祥護』じゃないけど」

「え、なに、なによそれっ!?」

祥護じゃない祥護? わからないよ!

「知りたきゃさっさっと起きろ。ほら、待ってるだろ、お前のことをアイツが。俺もお前がいなきゃ生きていけねーよ。だから、ほら……」

「待って、待ってよ祥護、待って……!」

遠のき、消えていく声に向かって、見えない手を伸ばす。逃がさない様に、離さない様に。

そして——


ぱっ、と目を開けた。


瞬間、誰かと目があった。

「先生、静賀さんが——」

「何!」

周りに先生や看護師さんが集まりだしたのを見、私はまだ起きていられず眠ってしまった。


二週間後。

私はやっと退院することになり、病室には皓緋とお母さん、頼子さんがいる。

それと——


「ああ、可愛いわねえ、赤ちゃんは」


お母さんが、抱っこしながらにやけている。

「彩音、本当に大丈夫か? 歩くのが大変——」

「大丈夫だって。何十回言えばいいのよ、全く」

「ならいいんだが」

皓緋がベッドに座っている私の前に立ち、抱き込んで来る。

「あらまあ、本当にブレないわねー、皓緋君は」

頼子さんが生温い目で見てくる。慣れてるけど。

「大丈夫だから、はーなーれーてー」

私はぐいっと皓緋を押し返すが、離れようとしない。だからこう言って剥がす。

「今から一週間、話さないよ」

皓緋はさっと離れた。

「本当に酷いな、彩音」

「全然」

不満と苦々しい表情で私を見下ろすけど、軽く流す。

皓緋は私の隣に座り、私をじっと見ているけど……監視とも言えなくない視線だけど……まあ、もう慣れた。皓緋の右手は私の左手を握ってきた。赤ちゃんじゃなくて自分を見て欲しいアピールと、私がどこかに行かないように繋ぎ止めているんだろうな。でも私は無視する。私達は親になったんだから、これからは赤ちゃん最優先よ。


今までの皓緋も過保護だったけど、出産後はさらに過保護になった。

仕方ないかなと思わなくもないけど、正直鬱陶しい。

原因は私が出産時に死にかけたこと。

その時の記憶は曖昧だけど、お母さんや頼子さんからの話だと、皓緋はもうただただ疲弊して絶望の状態で、私が死んだら絶対にすぐに後を追うっていうのは確信してたって。そして赤ちゃんなんて見もしないどころか、赤ちゃんのせいで私が死にかけたんだ、って憎悪すら感じたって。ていうか、憎悪してたわね、それ。

それも仕方ない。

だって、皓緋にとっては私だけが大事で私だけが全てだから。自分で言うのも恥ずかしいけど。

今まではふんわりそう感じていたけど、心の底からは信じられなかった。でも今はしっかりと確信を持って言える。


だって……全部思い出したから。


私が異世界に行ったこと。

祥護がいたこと。

祥護がいなくなったこと。

それに、皓緋が今の私に随分ストーカーしてたこと。

おまけに記憶を改竄して付き合い、結婚まで持ってったこと。

これ、十分犯罪なんだけど。

十七歳の女子高生をまるめこんで、彼氏にさせて、当然のごとく結婚だもんね。

いくら超イケメンだからって言語道断!! 犯罪者よ!!

でもまあ、思い出した後でも仕方ないかで済ませてしまう私もどうかとは思う。

それだけ皓緋のことを私も好きになって、愛しているから。

だって異世界から私を追いかけて来て、周りにいたはずの美女にも靡かずという執着ぶりならもうね、丸め込まれてもいいかなって。

それに、あっちの世界で私も皓緋に淡い恋心を持ってしまったし、ね。

私はお母さんの腕の中ですやすや眠る赤ちゃんを、ただ穏やかに眺めている。

あの赤ちゃんは——


祥護


ううん、正確には祥護だった子。

商人さんのサービスで、祥護を私の中に入れてくれて、傷ついた魂を癒していたんだって。

そして魂の傷が癒やされたら、私の子供として産まれてくることになってたらしい。

双子の商人さんと春詠はるよみさんが言ってたから本当なんだろう。

この三人、私が入院中の時、夢の中に現れて伝えに来たからね。

そこで今までのあれこれを訊き、皓緋の私への執着ぶりについても聞かされた。

でも聞いているとなんか……ひよこの刷り込みみたいな気もしなくもなく……?

初めてまともに接した女性が私だったから、そのまま他の女性には目もくれず、なのかなとか。だってそういうのでもなきゃ、あんなイケメンが私なんかに構うはずないんだから。

私の考えを読んだかのごとく、春詠さんが話し出す。


「彩音ちゃんが誤解しないように言うけど、皓緋はちゃんと彩音ちゃんを好きになった。だってほら、歌蓮を抱いたし、別の女性も抱いたけど、彩音ちゃんに対する様な感情は一切湧かなかったよ」


「へえ」


そうか。

そりゃあそうよね。私が初めてだなんて思っても無いけど、夫のそういう話はききたいものではない。


「おや、嫉妬した? 大丈夫、皓緋は彩音ちゃん以外勃たないから。歌蓮との時だって、薬使って勃たせたんだから、安心していいよ」


無意識で冷たい声で返事をしてしまい、それを嫉妬と受け取った春詠さんがフォローする様なこと言ってきたけどそれはフォローなの?


「安心、ですか……。安心、安心……? 危険の間違いじゃないでしょうか」


「あっははー! 確かに! 安心より危険だね! キミは正しいよ!」


「失礼だな、遊焔ゆうえん。皓緋は危険じゃない。ただ、一途なだけだよ。だから浮気もしない。安心安全な優良男性だよ、彩音ちゃん」


「え、えぇー……?」


春詠さんは優しい笑みという名の、強い圧を出してきたけど、これは素直にうんとか言えない。というか、あの頃の私ならこの笑顔に圧され流されていただろうな。強くなったなあ、私。


「伴侶の子が言うんだ、ハルより正しいだろう」


燥焔そうえんまでそういうこと言うんだ。皆わかってないなぁ」


「いえ、わかってないのは春詠さんです。あれ、本当に危険ですよ。私以外に」


「え、それならいいじゃない。彩音ちゃんは知らんぷりしていればいいんだよ」


「は? 駄目ですよ、そんなの! 私が困るんですよ! いいですか、私にちょっかい出してきた人は数日以内に大体謝罪に来るんです。しかもほぼ顔色悪くして、絶対に私と目を合わせないんです。これ、絶対普通じゃないですよね! あんな顔して二度しません、ごめんなさいとか言われてもすごい気になるんです、後味悪いんですよ! だから皓緋に何やったのか問い詰めても絶対に白状しないんです。そんな男のどこが安全なんですか!? もう心配しか残らないですよ、本当に」


はあ、とつくつもりがなくても溜息が出てしまう。そんな私の苦労なんてどうでもいいとばかりに三人は笑い出した。


「っははっ! アンタ、苦労してるね!」


「あいつがそんな風になるとはな」


「酷いな、彩音ちゃん。皓緋は彩音ちゃんを守るために虫を追い払っているだけなのに」


「は? 酷いってこっちが言いたいですよ。それで逆恨みとかされたら堪らないですよ」


女の嫉妬は怖いんだから。何かあったらどうするのよ。あ、男の人にも絡まれたわね。男の嫉妬も怖いなぁ。


「ははっ。大丈夫だよ、彩音ちゃん。皓緋はちゃんと徹底的に、そんな気も起こせないぐらいやるから安心していいよ」


「それ、全然安心できないんですけど」


「ええー。彩音ちゃんには直接害がある訳じゃないんだよ?」


「いやー、普通の子ならそういう反応だって。お前がおかしいの、ハル」


商人さんがつっこみ、もう一人の商人さんもうん、と頷く。

「失礼だなあ。それなら二人だってそうでしょう?」

「ああ、俺達はマトモじゃないぜ。勿論ラン兄もな!」

商人さん達は公言するけど、それもどうなのかなと思うんだけど。

「ま、皓緋のことはほっといていいよ。それよりも彩音ちゃんの記憶が戻るなんてね?」

春詠さんが含みのある言い方で、商人さん達の方を見る。

「それは俺達のせいじゃナイ。腹の中にいた子のせい。つまりはラン兄のせい」

軽そうな感じの商人さんが、言動も軽く言い切った。

「ああ。正確には腹にいた子の記憶が、そいつの深層域にある記憶を刺激して思い出すきっかけを作ったんだ。俺達は表層域の記憶は全て消したからな。通常であれば思い出すことはない」

「成程。通常ではない状況にあったから記憶が戻ったという事だね」

「「ああ」」

「ふうん。成程ね」

少し考えているような春詠さんだったけど、このことはもういいのか、私の顔を見る。

「ねえ彩音ちゃん。彩音ちゃんは記憶が戻ったこと、皓緋に話したの?」

「いいえ。話してないし、話すつもりもありません。話したら面倒が増えるだけですよ」

絶対にウザ絡みしてくる未来しか見えない。子育てもしなきゃいけないのに、余計な面倒はいらない、断固拒否。

「そう」

春詠さんはそう返事をすると、微笑んだ。

「さって、もう時間だ、ハル」

「ああ。じゃあね、彩音ちゃん。皓緋のこと、よろしくね」

「はい。まあ仕方ないので」

「ははっ。酷いなあ、彩音ちゃんは。でもそれぐらいの方がいいのかな? じゃあね」

ひらひらと手を振る春詠さんの姿が、だんだんぼやけていき、また周りは暗闇に侵食されていった。


「彩音?」


「はひっ?」


なんか間抜けな声が出た。

「大丈夫か? ぼうっとしたままだったから。まだ調子——」

「大丈夫、大丈夫だから! ほら、そろそろ帰ろう」

私は皓緋の言葉を遮り、ベッドから立ち上がった。

ついぼんやりとあの夢、というか春詠さん達との邂逅を思い出していた。

あれからあの三人は夢の中に現れてはいない。

そしてあの時言った通り、記憶が戻ったことは言うつもりはない。

あの時過ごした少しの時間より、今の皓緋と過ごした時間の方がはるかに長いから私にとってはもう意味のない時間で、痛くて哀しい想い出。

「あらもう帰る?」

頼子さんが立ち上がった私に気づいた。

「うん」

皓緋も立ち上がり、私に寄り添う。

「お母さん、寿ひさしどう?」

私はお母さんが抱っこしている赤ちゃん——寿を覗き込む。

「今目を覚ましたのよ。ふふ、きょとんとしてるね」

「そうね。わりと大人しい子なのかしら」

「どうだろうね」

私は祥護だった我が子のほっぺを人差し指で、軽くついた。

もちもちぶにぷに。

祥護もこんなだったのかなあ? ふふ。

でも今は私の可愛い可愛い大事な子供。

これからうんっと沢山愛して、可愛がって、育てるからね。いっぱい幸せにするからね。

それで、私達より絶対長く生きてね。

寿がにぱっとした。ふふっ、可愛い。うん。


お帰り、祥護。

産まれて来てくれてありがとう、寿。


「さあ、お家に帰ろうね、寿、皓緋」


寿はまたまたにぱっと笑い、皓緋も「ああ」と言う。

家族三人、これからは幸せしかないんだからねっ!!

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