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十二章 朔夜・一

「 十章 迷宮・八」の朔夜と愛華のその後。

意識混濁している朔夜の回想から。

朔夜九歳、愛華十一歳。

何だ、煩い……。頭に響く……のは……。

叫び声……いや……泣き声か……。

誰だ…………ああ、愛華か…………。

ここまで酷いのは、あの時以来……か……。

はっ! いいぞ、もっともっと泣き叫べ!

あの時以上に、もっと、もっと不様にみっともなく…………!


愛華が行方不明になって半日が経つ。

愛華は神殿の『試しの儀』を受けていた。

愛華は庶民なのに魔力があることがわかり、神殿の『試しの儀』を受けることになった。

本当に魔力があるかの確認儀式で、『試しの儀』のために用意された洞窟がある。

儀式は簡単で、洞窟の最奥部に祭壇があり、そこに供えてある石を取って持って帰るだけだ。

洞窟内部は迷路になっているが、魔力を持っていれば道順がわかる様になっていて迷子になる様なことはない。

子供の足なら往復一時間程度の広さらしい。

だから二時間経っても帰ってこないのはおかしいということで探しに行ったが、洞窟の中には誰もいなかった。

洞窟の出入口は一ヶ所だけ。

洞窟の中を隅々まで探したが誰もいない。

これはおかしいと、関係者が何度も洞窟内を探したが見つからない。

だからか、今日あいつに会ってもいないのに神殿の奴と愛華の母親が一緒にやって来て、何か知らないかと尋ねて来たが知らないとしか答えようがなかった。

一行はやや落胆した感じだったが、知らないものは知らない。


一夜明けたが、まだ愛華は見つからないそうだ。

あいつのことは気に入らないのでどうでもいいんだが、何かの役に立つかも知れないからと、母親に無理矢理一緒に神殿の洞窟まで連れて行かれた。

母親は神殿前にいるあいつの母親に声をかけ、持って来た弁当を渡した。

あいつの母親はだいぶ疲れている様で、母親が一緒に待機場に付き添って行った。


洞窟前では数人の大人達がまた洞窟に入ろうとしていた。

俺はある事を思いついて大人達——、神官に一緒に連れて行って欲しいと頼んだ。

神官は断ったが、別の神官が試しに連れて行ってもいいのではと言い出した。

大人が見つけられないなら、子供ならもしかしたら見つけられるかもと。

確かに一理あるかもということになり、俺はあいつの捜索隊に加わった。

捜索中にはぐれないようにと、神官の一人と俺の腰を縄で繋がれ洞窟に入った。


洞窟は大人二人が並んで歩いて少し余裕がある程度の広さだ。

十分程歩いた頃か。

途切れ途切れだが、下の方から何かの音がする。

気になったのでよく聞こうと俺が止まると神官がどうしたのかと訊いてきた。


「音が聞こえる」


俺は言った。

神官ははっとした顔をして、その場でじっと耳を澄ませるが聞こえないと言った。

俺は下の方から聞こえると言うと、神官はしゃがみ、音が大きくはっきり聞こえる様になった。

それは子供の掠れた声だった。

神官は立ち上がり、大声で見つけたぞと叫んだ。

その声を聞きつけた前方にいた神官達が戻って来た。

神官達もしゃがむ神官の近くに寄ると、子供の掠れた泣き声が聞こえ顔色を変えた。

「どこからだ!?」

年配の神官が大声を出す。

「下からです」

俺と繋がれてる若い神官が答える。

「下だと!? 下に行く通路などないぞ!?」

「ですが、この響き方は下からです」

他の神官も声の出所を探すが、確かに下から響いている。

「なら一体どうやって下に行ったんだ?」

洞窟の中は神官達の持っている灯りでそこそこ明るい。

洞窟内は人が通りやすい様整備されているわけでもなく、ゴツゴツとした岩が剥き出しになっている。

声の聞こえる辺りを探すが何も見つからない。

俺も辺りを探すが地下に続く様な道などない。

それでも暫く辺りを探すが不審な所など無い、が。

今はいる場所より少し先に、何か違和感を感じて歩いた。

どうした、と繋がっている神官に問われても無視し、その場所に行き、調べる。

ゴツゴツとした岩と岩の間に穴があった。

丁度子供一人が通れそうな穴が。

神官がその穴に気付くとすぐに仲間を呼び、穴を照らす。

すると穴から音——声が聞こえた。


「たす、たすけてぇ……ゔっ……」


中から掠れた声で助けを呼ぶ声が聞こえた。

神官が顔色を変え、穴に向かって叫んだ。


「愛華か!? 返事をしなさい!」


だが下からはすすり泣きしか聞こえない。

愛華なのは間違いないのだろうが、それでも用心しなければいけないのだ。

それは魔物がいるからだ。

基本、力の強い魔物は神殿には入れないが、下級の魔物なら入れる。魔物を阻む結界は、上級の魔物だけを弾き、下級から中級程度の魔物は結界をすり抜けられる。だが神官なら下級から中級程度の魔物は誰でも簡単に祓える。

力を持たない人間でも、神殿で配布している札や道具を使えば誰でも簡単に祓える。だから、魔物といえどもさほど脅威ではないのだ。それなりの道具を持っていれば。

神官は答えない愛華に焦れたが、すぐに助けに行く事もできない。

それならば。


「俺が行く」


「君、何を言っている! 下は安全かどうかはまだわからないんだ。あの声だって魔物が真似ているだけかも知れない」

神官は眉間に皺を寄せた。

「俺が先に下に行く。神官様は後から来て。それが一番早い」

「しかし……」

そう言って神官は黙ったが暫くしてわかったと言った。

「これをつけて行きなさい」

神官は自分の左手首から、乳白色の石が三つ嵌め込まれた銀の腕輪を外し、朔夜に渡した。

「これは魔除けになっているので、無くさないようにしなさい」

腕輪は大人用なので子供の朔夜には大きい。だから腰紐に腕輪を通し、しっかりと腰紐を結び直した。

「君、この縄を結んで行きなさい」

年配の神官が、俺と若い神官を繋いでいる縄を解き、持っていた長さのある縄を代わりに結び始めた。

「これでいい。愛華を見つけたらこの符を持たせなさい。愛華だけこちらに移動するだけだから安心なさい。君はその後すぐに引き上げるから」

俺は頷き、穴に入った。

穴は子供しか通れない大きさだった。

用心しながらずりずりと滑り落ちつつ、下に向かう。

下は真っ暗闇で辺りは何も見えないかと思ったが、少し離れた所で小さく薄ぼんやりと光っている場所がある。


「愛華、いるなら出て来い!」


俺は落ちてきた場所から動かず声を出した。

俺の声のを聞いた瞬間、光が揺れ「朔夜……?」とか細い声が聞こえた。

「そうだ。帰って来ないお前を助けに来てやっ……」

「朔夜ぁ!!」

言い終える前に勢いよく愛華が突進して来て、俺は押し倒された。

ゴツゴツの岩肌に背中を押しつけられて痛みが走る。

「ぐっ! どけっ!」

だが愛華は退かず、ぎゅうぎゅう抱きついて来るので背中が痛い。

俺は愛華をくっつけたままなんとか起き上がり、ゴツゴツした岩肌から突起の少ない岩肌を探して背中を預けた。

くっついてくる愛華は離れる気配なんか一切無く、わんわん泣きながら、怖かった怖かったと喚く。

俺はそんな鬱陶しい愛華の姿を感じながらも、優越感と高揚感に浸っていた。

二歳しか違わないのに歳上ぶって生意気で。

姉気取りでなんでもうるさく口出ししてきていつも腹が立っていた。

うるさいから追い払うために打とうとしても身軽に避けられ、下手くそだとか、歳下のくせに生意気だとか言って嗤ったり揶揄ったりして憎たらしいことこの上なかった。

それなのに。

そんな愛華が今、みっともなく俺にしがみついてわんわん泣き喚いている。

これがどれだけ爽快で愉快なことか!

だから。


「おい、離れろよ。歳上なんだろ。ならしっかりしろよ、馬鹿女!」


俺は足を曲げて、愛華の腹を蹴って強引に退かした。

愛華はゔっ、と短く悲鳴をあげて後に転んだ。

愛華は泣きながら起き上がるとまた俺の方に寄って来た。

暗闇でよく場所がわかるなと思ったが、俺の腰にある魔除けの腕輪の石が淡く光っているからだと気づいた。

場所がわかって愛華が近寄って来ても、俺は足で愛華の手を蹴り続けて払う。

すると掠れた声でまたどんどんひどく泣き喚き散らす。


「ひどっ、ひどいぃー。わたっ、わたし、こわかっ、こわかった、だか、ら……。だからっ、なぐ、なぐさめて、よぉ……さくやぁ……うっ、ぐじゅっ……」


愛華はもう近寄って来ないが、その言いぐさに呆れて言葉が出なかった。

は? 慰めるのが当然だと? あれだけ俺に嫌がらせをしておきながら、俺がお前を慰めるのは当然?

ふざけるな!

俺の全身が怒りでばっと熱くなる。

そもそもここに来たのは、愛華の不様でみっともない姿を見ることだ。

確かにみっともない姿は見た。

ここで礼を言えば、今までの嫌がらせの溜飲も下がったのでそれでよかったんだ。

だか、俺の行動はあいつにとっては当然の、して当たり前の行動だと言う。

腹が立つ、いや憎らしい。

こいつは絶対に許さない。

俺がお前に従うんじゃない、お前が俺に従うんだ!

どうすれば愛華を従わせられるかと考え出したとき、上から心配する声が聞こえた。

俺は大丈夫だと答えて、胸元にしまった符を出して愛華の頭に貼り付けた。瞬間、愛華が消え、腰に結んだ縄が引かれ始め、俺も上へ戻った。

その時、正面の暗闇が蠢いた様な気がしたけど、俺の方に寄って来ることはなかった。

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