【それは“異常”から始まった】
ガンッーー!
そんな鈍い音が目の前で空気を震わせる。
「……は?」
俺の目の前でクラスメイトの拳が透明な壁に弾かれる。
「なんだよ……それは?」
クラスメイトはあり得ないものを見るように俺をその透明な壁を睨みつけるように言う。
「お互い様だろ……」
俺はクラスメイトのその右手から放たれている赤黒いオーラを纏った手甲を透明な壁を通して見つめる。
はじめて実戦で使うこの力……正直半信半疑だ……
ただ……今、言えるのは……
その一撃は防いでいる。
――少し前の話だ。
放課後――酷く退屈な学校行事がようやく終わった。
教室にはもうほとんど人がいない。
夕日が差し込む中、俺は自分の席で参考書をカバンに詰めていた。
青春だの友情だの――
そんなものに関わらずに生きてきた。
理由は単純だ。
人間は、どんなに距離を詰めても最後は“言葉”で傷つけてくる。
なら最初から、近づかなければいい。
俺の人生は、防御に全振りだ。
カバンから……白いフサフサの羽根の生えたトカゲのようなぬいぐるみがいつの間にかひょっこりと顔を出している。
「顔を出すなと言ってるだろ……」
そう声を出し、しまった……と思う。
「あーーー、80連……なのにまたでない……」
ぶつぶつとそんな呟く声。
振り返ると、黒髪の丸眼鏡の女子――水無瀬ナギサ《みなせなぎさ》がそんな不運を呪うようにスマホの画面を睨んでいる。
誰かと話をしているところは見たことが無い。
勝手に彼女を同じ人種だと思い込んでいる。
「はぁ……ほんと……ついてない……」
そう小さく呟く彼女に少しだけ視線を向ける。
今の俺の独り言を聞かれた――と少し心配したが……俺は安堵を含んだため息をつくと教室の外へと出る。
帰り道……坂を下りた古びた駄菓子屋で肉まんを二つ買う。
本日の俺の夕食……のつもりだったが……
「もぐもぐ……なかなか美味しいじゃないか、結代トウカ《ゆいしろとうか》」
にししっと笑い、俺のすぐ隣で、俺のカバンからいつの間にか抜け出し、白髪の長い髪……学園の制服姿の自称魔女は買ったばかりの肉まんの一つに被りついている。
「ミリス……おまえ、いつの間に……」
自称魔女……黒いマントととんがり帽子をしっかりと被りその自称の異名を象徴しているように立っている。
俺が、能力に目覚めるきっかけ……気づかせてくれた人物。
魔女なんてたいそうな役職を名乗っているが、その力はこの場所に降りた際にそのほとんどを失ってしまったらしい。
そんな彼女が俺と接触をしてきたことは、そこに意味があるのかは謎だが……
そんな彼女との出会いを回想していると……
「おい……シュウくん、ちゃんと持ってきてくれたぁ?」
少し離れた岩場の方から声がした。
見ると、俺よりも小柄…でも筋肉は俺なんかよりもずっとついている。
猫背で無表情に立っている男……クラスメイトの壊島シュウ《かいじましゅう》が上級生に囲まれている。
一匹狼で何かと反抗的な態度、あの手の輩には丁度いい獲物だ。
関わる理由などある訳もなかったが……
「にしし……どうするんだい?」
ミリスが俺を試す様にその瞳を横にずらすだけで俺の顔を覗き込む。
「どうするも何も……知るかよっ」
そう生きると決めた……
そんなめんどくさい事から無縁でいれば、俺は無傷で居られる……
そう言いながらも、目の前の事を完全に無視などできない。
そんな矛盾する感情と葛藤していると自然と足は動きていた。
岩場に近づく……
ガンッ!!
そんな鈍い音と共に、上級生の一人が吹き飛んだ。
「な……っ?」
想定外の状況、守ろうか悩んでいたクラスメイトの方が拳を振り上げている。
しかも異様な赤黒いオーラを纏っている。
明らかに異常だ。
「待てっ!!」
関わらないと決めていたのに、思わずその右手を前に出す。
「はっ……っ!?」
ガンッ!!
現れた透明な壁にシュウの拳は遮られ、目の前の上級生を睨みつけていたシュウの瞳が俺を捕らえる。
「なんだよ……それは?」
その瞳は完全に獲物を睨んでいる。
「お互い様だろ……」
実戦で使うのはこれが初めてだ。
防御特化型の俺の能力とは正反対の攻撃特化型の一撃を防げたことに安堵しながらも冷静を装うように言う。
「なに……してんだよってめーら……」
たぶん……その上級生には見えていない……
シュウの手甲もそこから溢れている赤黒い何かも……
そして、それを防いだ俺の結界も。
「消えろっ」
その一言で上級生たちは逃げ出した。
「お前も……持ってるのか?」
「……みたいだな」
まだ、理解とは程遠い。
それでも、これは俺に…シュウに…与えられた能力だ。
――――――――
ガンッ!!
早い、それにこの威力――一撃でも喰らえば終わりだ。
俺はその一撃を透明な壁で防ぎながら考える。
「なんだ……?」
驚くように俺の能力を追うように見ているシュウ。
目の前の透明な結界の魔力が二つに分離し、翡翠色に輝くように俺の両手に纏わりつく。
「護身用で習っておいてよかったよ」
俺はシュウが降る下す拳をその翡翠色に輝く腕で防ぐ。
片親の母は警官でほとんど一緒に居たことはない。
ただ、俺はそんな母を師匠に、身の守り方だけを習ってきた。
だから、人を殴ることに使ったことはない。
シュウは直接的な接近戦を得意とする。
だから、こうした方が効果的だろう。
瞳でその攻撃を追いながら、その一撃を両手で無効打にする。
「くそっ――このやろうっ」
そんな俺の能力に少し苛立つように拳を振るう勢いは増していく。
「さすがに……」
きつい……この能力のおかげでダメージが無いとはいえ、さすがに結界の無い場所に一撃を喰らうのも時間の問題だ。
「悪いけど……初めてなんだ――加減とかできねーからな」
俺は防御に徹していた拳を振り上げると向かい来る拳にその拳をぶつける。
「はぁ?」
初めての反撃に――そして消滅する自分の手甲に驚くように目を見開くシュウの頬にそのまま俺の拳は食い込む。
同時にこれまでシュウを操っていたような能力とは別の彼の異常は消えた。
――――――――
気が付くと……月が出ている。
浜辺に俺とシュウは座っていた。
「なんなんだ……これ?」
シュウが自分の手を見つめている。
「さぁな……」
俺にもわかるわけがない。
ただ、俺がこれまで大事に守っていた日常が崩れたという事はわかる。
「選ばれたのさ……君たちはね」
「英雄ってところかね」
「ふざけるなっ」
にししと笑い、俺の日常が崩れたのを勝手に彼女のせいにするように俺はミリスを睨む。
しかし、ミリスはそんな岩の上に座りながら、気にする様子もなく俺の夕食のもう一つの肉まんを頬張っている。
――――――――――
浜辺へ降りる階段……そこからつながる道路の横の歩道から……
そんなトウカたちを眺める人影……
「見つけた――」
彼女は小さくため息をつく。
「不運……今なら当たると思ったけど――」
スマホの画面を眺めながら彼女は呟く。
「だるいなぁ……」




