第23話 それぞれの思惑
魔王軍アイドルグループ“スカーレット♡ネメシス”の初ライブは、大成功のうちに幕を閉じた。
そんな彼女たちの輝かしいデビューの裏で、策動する者たちがいた……
——まずは、勇者レオンと戦士ボルゴだ。
彼らは“偵察”という大義名分を掲げ、魔人のフリをして正界からやってきた。
観覧席の入場料をしっかり支払い、ステージ前から5列目でライブを観ていた。
「うおおお!! ミレイナちゅゎ~~ん!!」
戦士ボルゴは、推しのミレイナに向けて大絶叫しながら飛び跳ねている。彼は周りの客より身長が低く、ジャンプすることでやっとステージが見えるので、それはもう必死なのである。
「イザベラちゃーん!! かっこいいよー!!」
勇者レオンも、推しのイザベラの名を叫びながらライブを楽しんでいる。魔物を討伐する時のあの勇ましい姿とは大違いだ。
——そんな彼らを追って正界から駆けつけて来たのは、魔法使いオルドと、僧侶のグレン、そして弓使いのフィンである。
今回もしっかり魔人メイクを施し、魔界の城下町に潜入していた。
「何やら今日の魔界は騒がしいのぉ……祭りでもやっておるのか?」
「中央通りの広場に、大勢の人だかりができてますね。見に行ってみますか?」
「ねぇ、これ見て! こんな紙が落ちてたよ!」
そう言ってフィンが手にしたのは、スカーレット♡ネメシスのお披露目ライブを告知するチラシだった。
「これは……あの魔導兵器アイドルじゃ! まさか、あやつら……」
「ええ、間違いありません。レオンとボルゴは、これを見に行ったはずです」
「そのライブがちょうど、あっちの人が集まってる場所だよ。行ってみよう!」
急いで現場へ駆けつける一行。
そこには、彼らにとっても初めて目にする光景が広がっていた。
中央広場に特設された野外ステージに、立ち見席を合わせて2百名もの魔物が集まっており、さらにその周囲を大勢の魔物が囲む。
まるで魔界にいる全・魔物がこの会場に集まっているかのようだった。
「な、なんじゃこれは?! 3匹の魔物が、壇上で、踊っておるぞ!?」
「それに、この音楽……初めて聴く曲調ですが、何でしょう……すごく……いいッ!」
「わッ!! 歌まで歌いだしたよ!! すごーーい!!」
オルドはまだ訝しげに見ているが、グレンとフィンはすでに彼女たちのパフォーマンスに対し、目が釘付けになっている。
そんな2人を見てオルドは慌てて喝を入れる。
「あッ、コラッ!! グレン、フィン、魅入られてはいかんッ!! 正気を保つのじゃ!!」
彼らのいる場所は、ステージ上で踊るスカーレット♡ネメシスの3人から、だいぶ離れた位置にある。
それなのに、これほどまで彼らを魅了するのは、彼女たちが“アイドル光”を放っているからに違いない。
そして、この状況にいち早く気が付いた者がいた。
——魔王リゼルである。
彼女は、あえて現場には行かず、魔王の間に併設された“展望デッキ”から、城下町の様子を眺めていた。
すると、中央広場の特設ステージでお披露目ライブが始まり、その軽快な音楽が魔王城にまで届いた。
「おっ、始まったようだな。どれ、様子を見てみるか」
そう言うと魔王は、片方の手で円を作って目に当て、もう片方の手を耳に当てた。
こうすることによって魔王は、片目を望遠鏡のように強化することができ、耳も遠くの音がクリアに聞こえるようになる。
「おおっ! あの3人……やりおるではないか! 少し見ぬ間に成長したな~」
続いて魔王は、会場に集まったお客さんの魔物たちも確認する。
「ふむ……なかなかの客入りだ。皆、楽しそうな顔をしているではないか」
しかし、魔王の視線がある人物で止まった。
「……むッ!? あれは、もしや……」
その視線の先にいたのは……
満面の笑みを浮かべてライブを楽しむ“イケメンの魔人”と、ぴょんぴょん飛び跳ねながら声援を送る“背の低い魔人”の姿だった。
「ふふふ……余の目は欺けぬぞ」
魔王の名は伊達じゃない。その2人が正界からやって来た“勇者”と“戦士”であることは、魔王の目にはお見通しだった。
そう、それは魔人ではなく、レオンとボルゴである。
「あの者たち、前にも魔人のフリをして城下町に潜んでいたが、まさかアイドルを見るためだったのか?」
前回、レオンたち勇者一行が魔界へ訪れていたことも魔王は把握していた。
そして今回、彼らがスカーレット♡ネメシスのライブに夢中になっているのを目の当たりにして、魔王の脳裏にある可能性がよぎる。
「……アイドルか。この長きにわたる魔界と正界の争いに、或いは終止符を打つ“切り札”と成り得るのかもしれないな……」
魔王は、展望デッキの手すりにもたれ、曇天の空を見上げて何かを決意した。
* * *
スカーレット♡ネメシスのお披露目ライブは、同じ曲を何度もやったのに、最後まで大盛況だった。
「「「ありがとうございましたー!!」」」
メンバーの3人が舞台裏へと走り去り、残された客たちは、熱狂も冷めやらぬ中、ゴブリン兵の誘導によって会場を後にしていく。
だが、そこに待ち構えているのは“物販会場”である。
3曲目が終わった辺りから、田中とシェーデルが動いて即席の会場をこしらえていたのだ。
「スカーレット♡ネメシスの“グッズ”いかがっすかー?」
「お疲れ様でーす! ぜひ今日の記念にどうぞー!」
魔力で念写されたメンバーたちの写真は一枚千ギラン、魔界にある透明な鉱石を加工して作ったアクリルスタンドは一つ2千ギラン。
このように、魔界でもグッズ制作は可能だと知った田中は、ライブが始まる前にシェーデルを介してグッズ制作を手配していたのだ。
そして、これが飛ぶように売れる!
チラシは百枚刷っていたので、グッズはその半分しか用意していなかった。そのため、多くのお客さんが買いそびれてしまう事態となってしまった。
さらに、お客さんの多くが口にしていた言葉がある、それは……
「さっきの曲、魔響盤は売ってないの?」
「“ちゅ!魔界のラブカオス”、魔響盤も販売してくれよ」
「家でもあの歌を聴きたい。いつ魔響盤出るんだ?」
といったものだ。
グッズ制作はできたが、魔響盤に歌や音楽を録音するには、そのためのスタジオを利用する必要がある。さらに、大量生産となるとより専門的な施設が必要だ。
シェーデルにもその伝手がなく、魔響盤への録音は後回しとしていた。
すると、そんな田中とシェーデルの前に、一人の男がやって来た。
「……なあ、お前たち。魔響盤の収録スタジオに当てがないなら、ウチでやってみないか?」
それは、トレンチコートを着たトカゲ顔の男、リザードマンだ。首を固定するギプスを装着している。
そう、チラシ配りの時にイザベラが上段回し蹴りを食らわせた、あのリザードマンの男だ。
彼らリザードマンは、この世界で音楽業界に精通しており、収録スタジオの運営と、魔響盤の製造を主な稼業としている。
田中はすぐに答えは出せないため、彼の名刺だけ受け取った。
「まあ、じっくり考えてくれよ。……本当に、いいライブだったぜ」
リザードマンの男はそう言い残し、田中とシェーデルの元から去っていった。
こうして、様々な思惑が渦巻く中、お披露目ライブは幕を閉じたのだった——




