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第31話 愛という名の無限機関

『0』


カウントダウンが終わった。

システムが沈黙する。

僕の意識は、真っ白な海へと溶け……


――溶けなかった。


『ギ……ギギ……ッ』


耳鳴りがする。

脳の奥底で、錆びついた歯車が無理やり噛み合うような、不快な駆動音が鳴り響いている。


「……おや?」


魔王グランレオンが、帰ろうとした足を止めた。

彼は左手で作り出した「涅槃ニルヴァーナ」の白い空間を見渡す。


「奇妙だね。君のデータは消去されたはずだ。

 苦しみも、悲しみも、執着も。すべて初期化されたはずなのに」


魔王の視線の先。

床に突っ伏していた僕の指先が、ピクリと動いた。


「……返せ」


「ん?」


「返せよ……」


僕は、泥のように重い体を起こした。

膝が震える。視界が歪む。

バッテリーはゼロのはずだ。動ける理屈がない。


だが、動いている。

なぜなら、僕の胸に開いた「風穴」が、あまりにも巨大すぎるからだ。


シルフィがいない。

彼女が消えた。

僕を罵倒し、殴り、そして守ってくれた、あの騒がしい熱量が、この世界から喪失ロストした。


その事実を認識した瞬間。

僕の生存本能システムが、バグったような警告音を上げ始めた。


『ピコン!』


> [ 警告:重要パッチ(シルフィ)の未検出 ]

> [ エラー:恐怖の供給源が見つかりません ]

> [ 再検索を開始します…… ]

> [ ……対象不在。対象不在。対象不在 ]


ない。いない。どこにもいない。

その「不在」という事実が、どんな魔物の咆哮よりも、どんな拷問よりも、恐ろしくてたまらない。


「あぁ……ああああ……ッ!!」


怖い。

一人は怖い。

孤独は寒い。

あの温もりが二度と戻らないなら、この先の永遠の時間(平和)は、ただの「地獄」じゃないか!


『ピコン!!!』


> [ 検知:『永続的な喪失への根源的恐怖』 ]

> [ 分類:執着、依存、および……愛(LOVE) ]


「……愛だと?」


システムログが網膜に焼き付く。

ふざけるな。僕が? あの乱暴なエルフを?

違う。これはそんな綺麗なものじゃない。


これは、自分の所有物を奪われた怒りだ。

便利な道具をなくした焦りだ。

自分の居場所(充電器)を撤去された、寄生虫の絶叫だ!


「……返せよ……!」


僕は立ち上がった。

足元から、白い床が黒く染まっていく。


「俺の……俺の便利な充電器シルフィを……勝手に断捨離してんじゃねえええええ!!」


ドクンッ!!


心臓が跳ねた。

バッテリー残量など関係ない。

「失いたくない」という恐怖が、彼女がいないこの空間に存在する限り、無限に湧き出し続ける。


『ピコン・ザザザッ……』


> [ 判定:対象シルフィが存在しない限り、この恐怖は解決不能です ]

> [ 結果:恐怖の永久循環インフィニット・ループ ]

> [ エネルギー生成:∞(測定不能) ]


「グオオオオオオオオ!!!」


僕の体から、噴き出したのは瘴気だけではなかった。

ドス黒い「恐怖(黒)」と、それを焼き尽くすほどの熱量を持った眩い「執着(金)」が混ざり合い、嵐のように渦巻く。


パリーンッ!!


魔王が作り出した「完全な静寂」の結界に、ヒビが入った。


「な、なんだこれは……!?」


魔王グランレオンが、初めて表情を崩した。

彼の右半身のノイズが、僕の放つエネルギーの余波で激しく乱れる。


「私のニルヴァーナを内側から破るだと!?

 恐怖もストレスも消したはずだ! そのエネルギーはどこから湧いてくる!」


「うるせえええええ!!」


僕は咆哮した。

自分がどうなっているのか分からない。

ただ、全身が焼けるように熱く、そして力が溢れて止まらない。


姿が変わっていく。

泥だらけのパジャマが、溢れ出るオーラによって漆黒のコートのように棚引き、瞳はシステムのエラー表示と同じ「金色」に輝いている。


『SYSTEM OVERFLOW』

『MODE: DEMON GOD (Self-Proclaimed)』


「魔王、グランレオン……」


僕は、金色の瞳で世界の支配者を睨みつけた。


「あんたは言ったな。『平和な牧場』だと」


一歩踏み出す。

それだけで、玉座の間の空気が震え、床の黒曜石が砕け散る。


「上等だ。俺は家畜でいい。ゴミでもいい。

 だがな……!!」


僕は右の拳を握りしめた。

そこには、無限に循環する「愛という名の恐怖」が収束していく。


「俺の飼いシルフィは、俺が決める!!

 勝手に首輪を外すんじゃねえよ、この大きなお世話(クソ野郎)が!!」


「……っ!」


魔王が左手をかざし、防御壁を展開する。

だが、遅い。


今の僕は、魔王の想定する「システム(理屈)」の外側にいる。


「返してもらうぞ……!

 俺の、最高に最悪な『日常』を!!」


僕は地面を蹴った。

音速を超え、光速に迫る踏み込み。

魔神と化した最弱の男が、最強のシステム管理者に牙を剥く。


(続く)

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