表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/33

第23話 決闘と泥仕合

王都の大闘技場。

雲ひとつない快晴。

数千人の観衆が放つ熱気と、「正義の勝利」を確信するキラキラした期待感。


「キャーッ! レオ様ー!」

「あの薄汚い男を成敗してー!」


完全なるアウェイ。

四方八方から降り注ぐブーイングと、突き刺さるような敵意。


「……ふぅ」


僕は闘技場の砂の上に立ち、深く息を吐いた。

胃がキリキリと痛み、冷や汗が背中を伝う。

心臓が縮み上がるようなプレッシャー。


『ピコン』


> [ 恐怖値を検知:社会的孤立(四面楚歌) ]

> [ バッテリー急速充電……100%……110% ]


(……悪くない)


僕は口元の緩みを、必死に噛み殺した。

この針のむしろのような居心地の悪さこそが、今の僕の生命線だ。

前回の「ドアの幻覚」で消耗した精神が、観衆の悪意のおかげでみるみる回復していく。

こわばっていた血管が拡張し、脳に冷たい血液が巡り始めるのがわかる。


「準備はいいか、カデン」


対面に立つレオナルド・ブレイブが、白銀の剣を抜いた。

太陽の光を反射して、目が潰れそうなほど輝いている。

その背後には、脳内補正ではなく物理的に「バラの花弁」が舞っている(たぶん風魔法の演出だ)。


「手加減はしない。貴様のような『闇』は、私の『光』で浄化する」


「……眩しいんだよ、クソイケメン」


僕はポケットから、小石を拾い上げた。

武器はない。防具はパジャマ。

だが、僕には「卑屈さ」という最強の盾がある。


「はじめ!!」


審判の合図と同時に、レオが消えた。

速い。


「『閃光剣』!」


「ひぃッ!?」


鼻先数ミリを、白い刃が掠める。

僕は無様に地面を転がった。

砂まみれになりながら、必死に距離を取る。


「逃げ回るだけか! それでも男か!」


「男である前に『生物』なんでね! 死にたくないんだよ!」


僕は転がりながら、足元の砂を鷲掴みにした。

そして、レオの顔面めがけて全力で投げつけた。


「食らえ! 目潰し!」


「浅ましい!」


レオは剣を一振りし、風圧だけで砂を散らした。

砂粒ひとつ、彼の美しい鎧には届かない。


「正々堂々と戦えぬ貴様に、シルフィナ殿の隣に立つ資格はない!」


レオが踏み込む。

その一歩が、重い。

彼から溢れ出る「王者の覇気」が、僕の肺を圧迫する。


「終わりだ! 『聖なる十字グランド・クロス』!!」


レオの剣が十字に閃く。

斬撃ではない。

それは純粋な「光の奔流」だった。


「ギャアアアアア!!」


直撃。

痛い、熱い、ではない。

「気持ちいい」のだ。


光を浴びた瞬間、僕の全身の細胞が歓喜した。

肩こりが治り、肌がツヤツヤになり、心の淀みが洗い流されていく。

「ああ、もう頑張らなくていいんだ」

「世界はなんて美しいんだ」

そんな、致命的な多幸感が脳を支配する。


『ピコン!』


> [ 警告:高濃度の『正義』を被弾 ]

> [ 強制リラックス状態……戦意消失 ]

> [ バッテリー残量:110%……30%……10%(暴落)!! ]


(だ、ダメだ……!)


膝から力が抜ける。

地面に崩れ落ちる。

意識がホワイトアウトしていく。

このままでは、僕は「浄化」されて消滅する!


「……ふん」


光の中で、レオが剣を納める音がした。


「呆気ないな。

 所詮は、地べたを這いずり回る『ゴミ』だったか」


その言葉が。

消えかけた僕の意識を、鋭い棘のように刺した。


ゴミ。地べた。

そう、ゴミだ。

誰からも必要とされず、社会の隅っこでカビのように生きる、無価値な存在。


ズキン。

胸の奥で、生存本能の種火が爆ぜた。


『ピコン!!』


> [ 恐怖値を検知:『存在否定(蔑み)』 ]

> [ バッテリー再起動……15%……50%……90%……!! ]


(……ありがとう)


こわばっていた肺が、急速に酸素を取り込む。

死にかけていた脳細胞が、屈辱という劇薬によって叩き起こされる。

その冷たい視線が、僕を生かす最高の燃料だ!


「……まだだ」


僕は、震える手で地面を掴み、立ち上がった。

浄化されかけた体から、再びドス黒い瘴気ストレスが噴き出す。


「……なっ?」


レオが目を見開く。


「貴様……あの聖なる光を受けて、なぜ立っていられる!?」


「へへ……。お前の光は綺麗すぎて、肌に合わないんでね」


僕はニチャリと笑った。

口の中の砂を吐き捨てる。

これで終わりじゃない。まだワンチャンスある。


「消え去れ! 『閃光フラッシュ・レイ』!!」


レオが再び剣を振りかぶる。

目が潰れるほどの輝き。直視すれば網膜が焼ける。


「ぐぁっ……! 眩しい……!」


僕は本能的に目を閉じ、地面に顔を背けた。

怖い。死ぬ。消滅する。


『ピコン!!』


> [ 恐怖値を検知:不可避の光攻撃(死の予感) ]

> [ バッテリー急速充電……95% ]


(くそっ、どうする!? 防御か? 回避か?)


いや、間に合わない。

全身を強化して耐えるほどのエネルギー残量はない。

中途半端に受ければ、光の浄化作用で僕の自我が消し飛ぶ。


なら、どうする?

答えは一つ。

「光が届かない場所(一番低いところ)」へ、最速で逃げるしかない。


「……下だ! もっと下! 地面の下まで潜り込めえええ!!」


僕は、恐怖で溜まった全エネルギーを、防御力や思考回路から強引に引き剥がした。

そして、それを「這いつくばるための筋肉」――上腕三頭筋、大腿四頭筋、背筋だけに一点集中フル・ベットさせる!


『ピコン』


> [ 出力制御:局所集中フォーカス……四肢駆動系へ200% ]


「うおおおおお!! 『全力土下座グラウンド・ゼロ』ォォォォ!!」


僕は膝から崩れ落ちたのではない。

圧縮されたバネが弾けるように、音速で地面に「張り付いた」。


「なっ……!?」


シュンッ!!


レオの放った閃光の斬撃が、ついさっきまで僕の頭があった空間を虚しく切り裂く。

レオが愕然と目を見開く。

彼の視界から、敵が「消失」したのだ。


(どこだ!? 消えた!?)


違う。

僕はここにいる。

お前の視界の死角――足元の影の中で!


「ヒヒッ……! 速すぎて見えねえだろ、この『ゴキブリ・ダッシュ』はよぉ!」


僕は四つん這いの姿勢のまま、人間には不可能な速度で地を這った。

カサカサカサッ! という不快な残像を残し、生理的な恐怖を煽る神速の匍匐前進。


「しまっ――」


レオが足元の異変に気づき、視線を下ろした時。

そこには、泥だらけのパジャマ男が、涎を垂らして突っ込んでくる悪夢のような光景があった。


「足首、もらったああああ!!」


ドォォォォォン!!!


僕の頭蓋骨が、レオのすねの鎧に直撃する。

ただの頭突きじゃない。

這う力だけに全エネルギーを注ぎ込んだ、人間魚雷だ。


「ぐ、ギャアアアアア!?」


硬質な鎧がひしゃげ、その下の骨に衝撃が走る。

完璧なバランスを誇っていた騎士団長の体が、コマのように空中で回転した。


ズドォォォォォン!!!


轟音と共に、王都の英雄が仰向けに地面に叩きつけられた。

数十キロはある重装甲。

一度ひっくり返れば、自力で起き上がるには時間がかかる。


「がはっ……き、貴様……!」


レオが起き上がろうとするが、僕はそれを許さない。

彼の胸甲(一番分厚い部分)の上に、泥だらけの足で飛び乗った。


「ぐぅッ……重い……!?」


ただの体重じゃない。

システムによる「ストレス負荷」が、物理的な質量となって彼を押し潰しているのだ。


「悪いな、イケメン。

 俺たち『影』の住人はな、踏まれることには慣れてるが……踏むのは初めてなんだよ!!」


僕はポケットから、さっき拾っておいた「大量の砂」を取り出した。


「ま、待て! 何をする気だ!」


「お前のその綺麗なヘルメットの隙間……風通しが悪そうだなあ!」


「やめろ! それは騎士道に反する!」


「知るか! こっちは生存道だ!!」


僕はレオの兜の隙間(のぞき穴)に、容赦なく砂を流し込んだ。


「グアアアアア! め、目が! 目がぁぁぁ!!」


視界を奪われ、関節を泥で封じられ、胸をゴミに踏みつけられる。

レオがパニックに陥り、手足をバタつかせた。

それはもはや騎士の姿ではなく、ひっくり返ったカメそのものだった。


「……勝負あり! 勝者、カデンー!!」


審判の声が裏返る。

静まり返る闘技場。

誰もが予想しなかった、泥泥ドロドロの結末。


僕は肩で息をしながら、立ち上がった。

足元には、砂まみれで悶絶するイケメン。

泥だらけのパジャマ。

最低の勝ち方だ。


『ピコン』


> [ 恐怖値を検知:民衆のドン引き ]

> [ 判定:卑劣な勝利 ]

> [ バッテリー残量:MAX(完全回復) ]


(……ふぅ)


僕は、蔑みの視線を全身に浴びて、深く息を吸った。

ブーイングさえも心地よい。

緊張で強張っていた筋肉が弛緩し、呼吸が正常に戻る。

やはり、僕には「ヒーローインタビュー」より「謝罪会見」の空気が合っている。


「……カデン」


観客席の最前列。

シルフィが、手で顔を覆いながら震えているのが見えた。

たぶん、恥ずかしくて死にそうになっているのだろう。


「……お前、ほんまに……」


彼女が指の隙間から僕を見た。

その碧眼には、軽蔑の色と――ほんの少しだけ、「こいつなら何とかするかも」という諦めに似た信頼が混じっていた。


「最低やな」


その言葉が、勝利のファンファーレよりも高らかに、僕の胸に響いた。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ