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第10話 噂の変態勇者

昨日の逃走劇の後、結局シルフィに首根っこを掴まれて捕獲された僕は、現在進行形で彼女に連行されていた。


「ええか、ほとぼり冷めるまで街から出るで。お前のせいでウチまで指名手配や」


僕は、街の大通りを歩いていた。

いや、「歩かされていた」と言うべきか。


「……おい。もっと離れて歩けや。ウチのツレやと思われたら、末代までの恥じゃ」


5メートル前方。

他人のふりをしながら早足で歩くシルフィが、背中越しにドスの利いた声を投げてくる。


「ひぃッ、はい! 申し訳ありません!」


僕は条件反射で謝罪し、さらに距離を取った。

当然だ。

僕は昨日、高級酒場で無銭飲食をやらかし、裏口から逃走した指名手配犯予備軍だ。

ビクビクしながら、パーカーのフードを目深に被り、コソコソと路地の影を移動する。


怖い。

いつ衛兵が飛んでくるか分からない。

いつ「金返せ!」と屈強な店員に囲まれるか分からない。

この、背後を常に警戒しなければならない「逃亡者の緊張感」。

胃がキリキリと痛み、口の中が酸っぱくなる、極上のストレスだ。


だが、どうも様子がおかしい。


(……なんだ? この視線は)


すれ違う街の人々。

彼らの視線が、僕に突き刺さっている。

だが、それは「犯罪者を見る目」ではなかった。


もっと、粘着質で。

生理的に受け付けないものを見るような。

そう、「生ゴミを見る目」だ。


ザワ……ザワザワ……。


耳鳴りのような囁き声が、鼓膜にまとわりつく。


「おい、あれだろ? 例の……」

「ああ、昨日の酒場の……」

「聞いたわよ。あんな美少女エルフに、『もっと僕を罵ってくれ』って泣き叫んでたって……」

「『奴隷にしてくれ』って懇願してたらしいぜ」

「うわぁ……近寄りたくねぇ……」


――え?


僕は足を止めた。

風に乗って聞こえてくる内容が、予想と違う。

「無銭飲食」じゃない。

そこじゃない。


「変態だ……」

「噂の『変態勇者』よ……」


変態勇者。

その不名誉すぎる二つ名が、重い石礫つぶてとなって僕のメンタルを直撃した。


(ち、違う! あれは生きるための戦略で!)


弁解しようと口を開きかけ、ハッとした。

周囲の視線。

憐れみ。軽蔑。嫌悪。生理的拒絶。

まるで汚物を見るかのように、人々が僕の周囲だけ避けて通っていく。

モーゼの海割りのように、僕の周りだけポッカリと「孤独の空間」ができている。


寒い。

物理的な気温ではない。

社会的な孤立が生み出す、骨の髄まで凍えるような絶対零度の孤独。

居たたまれない。

今すぐ地面に穴を掘って埋まりたい。

あるいは、舌を噛み切ってこの場から消滅したい。


恥ずかしい。

死ぬほど恥ずかしい!


『ピコン!』


> [ 恐怖値を検知:社会的抹殺(風評被害) ]

> [ 判定:『羞恥心による精神的負荷』 ]

> [ バッテリー急速充電……120%……150%……!! ]


(……あ、熱いッ!)


掌のスマホが、かつてない高熱を発し、そして一気に冷徹な鋼へと硬化していく。

恥ずかしさが、魔力に変わる。

「穴があったら入りたい」という逃避願望が、「穴がないなら作ればいい(物理)」という破壊衝動に変換されていく!


「……ははっ」


乾いた笑いが漏れた。

すごい。

「世間体」という敵は、ゴブリンよりも借金よりも、僕の心を鋭く抉ってくる。

この、針のむしろのような居心地の悪さ。

内臓が裏返りそうな羞恥プレイ。

上等だ。


「……何ニヤニヤしとんねん、キモ」


いつの間にか戻ってきたシルフィが、汚いものでも見るように僕を見下ろしている。

彼女もまた、周囲のヒソヒソ話を聞いていたのだろう。

その顔は真っ赤で、耳の先まで恥ずかしさに染まっている。


「お前のせいで、ウチまで『変態の飼い主』扱いやぞ! どう落とし前つけてくれんねん!」


「ありがとう、シルフィ……!」


僕は、感極まって彼女の手を取った。


「君のおかげで、僕は街一番の有名人(変態)になれた! もう誰も僕に近寄らない! 完璧な隔離セーフティゾーンだ!」


「離せやボケェ!! ほんまに無理!!」


バチィンッ!!


乾いた音が響き、僕の頬に赤い手形が刻まれる。

激痛。

そして、周囲から巻き起こる「うわぁ、本当に叩かれて喜んでるよ……」というドン引きの空気。


痛い。恥ずかしい。惨めだ。

だからこそ、今の僕は――無敵だ。


「行くぞ、シルフィ! 今日も元気に不幸を探しに行こう!」


「頼むから他人のフリしてくれぇぇぇ!!」


悲鳴を上げるエルフを引きずりながら、僕は街の雑踏を歩く。

背中に刺さる無数の「白い目」を、最高のエネルギー源に変えて。


(続く)

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