表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/36

第9話 借金という名のエネルギー

廊下での野宿から目覚めた朝、僕は重大な事実に気づいてしまった。


「……あれ? あんまり怖くない」


脇腹はズキズキと痛む。昨晩、シルフィに蹴られた跡は青あざになっている。

本来なら、この痛みこそが最高のスパイスのはずだ。

だが、どうしたことだろう。

バッテリー残量は「60%」。MAXまで届いていない。


(慣れて……しまったのか?)


人間とは、恐ろしい生き物だ。

「夜這いしたら蹴られる」という学習をしてしまったせいで、脳が予測可能な痛みとして処理し始めている。

予測できる恐怖は、もはや恐怖ではない。ただの「業務」だ。


マズい。非常にマズい。

このままでは、いずれ彼女の殺意すら「日常」となり、僕は平和ボケして死ぬ。

新たな刺激が必要だ。

物理的な痛みとは違う、もっと内臓を直接雑巾絞りするような、冷たくて重いストレスが。


「……おい、変態。いつまでそこで寝とんねん」


頭上から、不機嫌そうな声が降ってきた。

見上げれば、シルフィが蔑みの目で僕を見下ろしている。

その手には、朝食代わりの果実酒の瓶が握られていた。


「酒臭っ……」


「あぁん? 文句あるんか?」


「いえ! 素晴らしい芳香です!」


……待てよ?

酒?


僕は、彼女の手にある酒瓶を凝視した。

そして、閃いた。

物理がダメなら、社会だ。

この世には、暴力よりも恐ろしく、人を一瞬で破滅させる数字の魔法があるじゃないか。


「……シルフィさん。喉、渇いてませんか?」


僕は、にちゃりと粘つく笑みを浮かべた。


***


街一番の高級酒場「黄金の杯」。

昼間から薄暗い店内は、カビとアルコール、そして金を持て余した冒険者たちの脂っこい熱気で満ちていた。


「へぇ、自分、太っ腹やんけ。ここ高いで?」


シルフィがソワソワとメニューを見ている。

普段は安酒場の水っぽいエールしか飲まない彼女にとって、ここは未知の領域だ。


「遠慮しないでください。君には、最高の酒がふさわしい」


僕は紳士的に(内面は必死に)勧めた。


「マジで? ほな、この『ドワーフの火酒』……」


「安すぎます!!」


僕は机を叩いた。


「そんな数百ゴールドの駄水で、君の喉を潤せるわけがない! 店員さん! この店で一番高い酒を持ってこい! 年代物の、そう、ボトル一本で家が建つようなやつだ!」


「はあ!? 自分、アホか!? 破産するで!?」


シルフィが目を見開いてドン引きしている。

その「破産」という言葉の響き。

背筋がゾクリとした。

いいぞ。その単語だけで、バッテリーが1%回復した気がする。


「いいんです。君のためなら(僕の充電のためなら)、金なんて紙切れ同然です」


数分後。

恭しく運ばれてきたのは、琥珀色に輝く『古竜の涙(50年物)』だった。

芳醇すぎる香りが、逆に鼻につく。


「……知らんで。ウチほんまに飲むで?」


シルフィがおずおずとグラスに口をつける。

そして、その瞳が輝いた。


「……んっま!! 何これ、めっちゃ美味い! 喉焼けるけど最高や!」


「でしょう、でしょう! さあ、おかわりもどうぞ!」


グイグイと飲み干していくシルフィ。

空になるボトル。追加される注文。

積み上げられていく伝票の山。


僕は、その伝票の束を、震える手で手に取った。

一番下。

合計金額の欄を見る。


『合計:580,000 G』


「――――ッ!!??」


時が止まった。

58万。

日本円にして、約580万円。

たった一時間で。僕の全財産どころか、内臓を売っても足りない金額。


サーッ……。


音がした。

全身の血液が、重力に従って足元へ急速落下していく音だ。

指先が氷のように冷たくなる。

胃の底が鉛のように重くなり、吐き気が込み上げる。


払えない。

絶対に払えない。

この世界の借金取りは、日本のそれとは違う。

待っているのは「奴隷鉱山」か、あるいは「実験動物」か。

社会的死。人生の終了。

未来永劫、薄暗い地下で鎖に繋がれる未来が、リアルな映像となって脳内を駆け巡る。


怖い。

痛いよりも、苦しいよりも、ずっと「現実的」に怖い!


『ピコン!』


> [ 恐怖値を検知:経済的破滅(多重債務) ]

> [ ボーナス判定:『将来への絶望』 ]

> [ 急速充電開始……150%……200%……限界突破!! ]


「う、うふ、うふふふふふ……!!」


僕の口から、乾いた笑い声が漏れた。

顔面は土色、脂汗でびっしょりになりながら、ガタガタと震える手で伝票を握りしめる。


すごい。

暴力なんて目じゃない。

「数字」という暴力は、精神を直接削り取ってくる!


「おい、自分……顔色ヤバいで? 死にそうやんけ」


すっかり上機嫌で赤ら顔のシルフィが、心配そうに(いや、呆れ顔で)覗き込んでくる。

その顔を見て、僕は確信した。


こいつは、金食い虫だ。

歩く請求書だ。

僕を破滅へと導く、最悪の疫病神だ。


「最高だ……シルフィ……」


「は? 何言うてんねん」


「もっと飲め……! 借金まみれにしてくれ……! 俺を奴隷鉱山送りにしてみろよぉぉぉ!!」


僕は涙とよだれを垂らしながら絶叫した。

店中の視線が、憐れみと恐怖を含んだものに変わる。


「……あ、こいつ酔っ払ったな。めんどくさ」


シルフィはため息をつくと、残った酒を一気に煽り、伝票を僕の胸ポケットにねじ込んだ。


「ほな、ごちそうさん。ウチ先帰るわ。……あ、支払いは身体で払うとけばええんちゃう?」


「え?」


シルフィが店を出て行く。

残されたのは、僕と、58万ゴールドの伝票と、腕まくりをした屈強な店員たち(元Aランク冒険者)。


「お、お客さん……? お支払いは?」


店員の手が、僕の肩に置かれる。

その握力は、骨がきしむほどに強い。


「ひぃッ……!!」


恐怖。絶望。

そして、身体の奥底から湧き上がる、爆発的な魔力。


その日。

酒場「黄金の杯」の裏口から、黄金のオーラを纏った謎の変質者が、屈強な店員たちを音速で振り切って逃走する事件が発生した。


後に残ったのは、伝説の無銭飲食の記録と、

「借金がある限り、俺は最強だ」という、意味不明な書き置きだけであった。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あとりえむ ゲーム広場
異世界転生した天才物理学者 IQテスト まあるい陣取りゲーム

あとりえむ 作品紹介
異世界転生した天才物理学者 やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ