ep.1
【支給人】
貴方は何不自由なく生活を送っているが、ゴーストライターの中でも分け隔てなく接せれると感じたのは、枯れ葉のような色の髪と、黄色の瞳が特徴的な霜光の人型────小枝想華だった。
彼女はいつまでも幼気な少女の心を持っていて、臆病だが皆を守りたいと願う気持ちは人一倍な、優しい子。そういう印象を受けたので、貴方は他の複雑な感情を持ち合わせる彼女らと比べて、気楽に話せるのだろう。しかし、ゴーストライターという役に嵌っているだけで、最悪な運命を辿ったに違いないと、いつかの夜に転生者──イオがこぼしたのを聞いた。
そもそもゴーストライターとは、枯花参玉と呼ばれるあの球体から出てきた、“作者”の体の一部と意思を受け継ぐ者達のことだ。それに、彼女らは貴方がここに来た時点でこの館に居た。
とすると、スピカのいう物語は、今から起こることなのではなく、もう既に起こったこと、なのかもしれない。
……いや、正直なところ、貴方は考えあぐねている。複雑に絡まりあった情報は、貴方の頭を混乱させていくのだ。
「選択者さん」
貴方はすぐ側に来ていた想華の顔を見る。
「司書さんから言われました、ライターの過去を記録する必要があるんですよね?」
首を少しかしげて、彼女は貴方の返答を待っている。
おもむろに頷くと、記録をするための場所へ連れて行ってくれと、彼女は頼んできた。……しかし、問題が一つある。彼女は貴方の部屋に入れるのだろうか?
「ここ、ですか?」
不安ながらも、貴方は自室の扉を開き、先に中へ入った。彼女も同じようにして、胸元に手を添えてゆっくりと、────入れた。
彼女は安堵し、深呼吸してから、用意された椅子に座った。貴方は向かいに腰掛け、彼女の表情を覗き込むようにして、口を噤む。彼女は最初気まずそうにしていたが、やがて口を大きく開けると、深く息を吐き出し、
「私は、作者の過去にある幼い心と意思を継承し、参玉より生まれ落ちました」
いつものような薄ら笑みも無い、冷たい顔で自分の足跡を語り始めた。
※ ※ ※ ※ ※
霜光の中でも自意識を持つ一等星であった私は、作者の肉体的な部位では足を継承しましたが、自分が変な気がして、堪らなく恐ろしかったのを覚えています。
「……あれ」
「それ、素敵でしょう? 貴方にピッタリだと思って、器に選んでみたんです」
何が何だか分からず、私は身を起こしました。体を持たぬ筈であったのが、一瞬の内に手も足も体も頭も着いた、五体満足の人型の体に、私は入っていたのです。
目の前に居る不思議な雰囲気を纏った女性は、自分をスピカと名乗り、私と同じゴーストライターだと明かしました。上手く状況が飲み込めないまま、彼女は薄く笑って、その場から立ち去ってしまいます。私は突然の事が重なって、身動きも取れずにそのまま硬直してしまい、恥ずかしながら涙を溜めて、やっとのことで立ち上がったんです。
周りを見渡しても、知らない場所で。
コンクリートの道路と、木々との間に挟まれたフェンス。鳥の鳴き声、葉の擦れる音。道は真っ直ぐ続いていて、丁度私が居る所のすぐ前に、トンネルがありました。
しかし、不安はすぐに無くなりました。向こうから、足音が一つ聞こえてきたんです。
「あれ、こんな所に人なんて珍しいなぁ。君、誰?」
その人は、茶髪を綺麗に上で結んだポニーテールを風に揺らされながら、漆のように輝く瞳をこちらに向けて。
「……制服? 君、学生さんなのか?」
「え?」
私は慌てて、自分の外見を確認しようと体を見回しました。
枯れ葉色の髪と、紺色の襟の大きい服に、ハリセンのように居られたスカート。襟やスカートの裾に白い線が二本入っていて、これが恐らく制服というものだろうと。
しかし私は“制服”は勿論、学生というのもよく分からなかったので、首を横に振りました。
「じゃあ、学生コスプレしてるんだ。あたし“コノハ”。君は?」
「……一等星?」
彼女の言った事を種族の事だと思ってしまって、私は首を傾げつつそう答えます。
「一等星…………なるほど、君は別の世界から“星渡り”して来た人なのかな」
「ほしわたり?」
「世界と世界とを移動する事だよ。……もしかして、記憶喪失とか?」
私は混乱しつつも、記憶は失っていないと否定します。彼女は何かを呟いた後、私に笑いかけ、腕を掴んで歩き始めました。どこへ連れて行かれるのだろう、と思ったのもつかの間、
「あたしの家に行くよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女が、私の最初に出会った“人間”でした。
※ ※ ※ ※ ※
「一等星かー……あたし、見たことないんだよね、一等星の人型って」
「……?」
「だって君、誰とも一緒にいなかったじゃない? 精霊とか霜光って、大体人型と契約して、一緒に戦ってるもんだからさ」
スピカ、とは一緒に居た。そう返すと、彼女は目を見開く。
「…………星書庫担当司書?」
「そこまではわからない、けど……」
彼女は「そっか」とだけ頷き、寝台に寝転がる。
彼女の家は“アパート”というらしく、お金を払って生活している。食事や電気、水……難しいことをつらつらと並べたあと、彼女は鏡の前に私を立たせた。黄色い瞳が、仄かに光ってさえ見えるそれが、彼女が私を気に入った理由の一つだとこぼす。
「……コノハは、色々なことを知ってるんだね」
「まあ、あたしは星渡りしてきてるからね。ここは水鏡の世って呼ばれてる。他のところと比べたら、ちょっと生活はしにくいかな。でも、あたしはミスっちまったから、もうここから出られない」
どうしてと問うと、彼女はただ首を振って、
「……水鏡の世には、星扉が存在しないんだ。だから、出ようにも出られない、入ったらそれで終わりだ」
目を伏せた。
私は目をそらし、口を噤む。彼女はすぐに明るく笑顔をやって見せたが、私はそれを藻掻き苦しむ人の痩せ我慢としか見ることができなかった。
「もっと、旅したかった?」
「…………うん」
「故郷に帰りたいって、思う?」
「……勿論」
「…………」
でもさ、と彼女は私の手を握る。その目に、かすかな希望が指したかのように、ライトの光が反射した。
寝台に置かれた“バク”と言う生物のぬいぐるみが、彼女が身を乗り出したことで動いたシーツに引っ張られて傾く。彼女はそれを気にも止めず、ただ私を頼みの綱のように強く握って、苦笑した。
「……司書に会えている君となら、あたしは諦めないですむよ」
「どういうこと?」
「司書は、世界とその情報の管理をする。ゴーストライターは、様々な世界へ行き、世界に干渉できるんだ。ただ、水鏡の世は外から干渉できないから、ライターでもここには来られない」
彼女は興奮して少し早口になりながら、私から手を離してバクを抱いた。
「ただ、この世界には一つ、緊急用に……鈴の岬と連絡の取れる道具があるらしい。それは、ゴーストライターとその世界の中で選ばれた特殊な人型だけが操作できる道具だ」
「つまり……?」
「入れない筈の世界に来たあたしと、スピカに会えた別世界の種族の君。特殊すぎるだろ?」
※ ※ ※ ※ ※
「コズエさん、コノハさん!」
「おー来た来た。待ってたぞ、ナツキ」
「ナツキさん、お久しぶり」
それぞれが違った色のチケットを握って、私達はとある美術館の入り口で待ち合わせていた。
私はコズエと名付けられ、この世界について様々な情報を勉強し、吸収していった。
ナツキ、というのは、コノハの良き友人だ。そして、私にも良くしてくれる姉のような存在である。私達は情報を交換しながら、あの道具を専有している実験場に乗り込む術を考えていた。
勿論、今日の美術館もただの観光目的ではないらしい。
「よーし、じゃあ行くぞー!」
「おーー!」
美術館は澄んだ空気と裏腹に空気の圧が強く、胸が詰まりそうになる場所だった。様々な美術品が飾られているが、そのどれもが存在し得ない“神化者”によるものだと説明欄にずらりと書かれている。
そうして、最上階に登ったとき、私達はチケットを集めている不思議なマスコットに出会った。
バクの見た目をした、美術館のマスコットなのか何なのか、それは私達のチケットを指すと、ねだるように下から私達を見た。何か情報があるかもしれない、と判断したコノハは、私達のチケットを渡すことに決めた。
瞬間、視界が暗転した。
※ ※ ※ ※ ※
………………。
…………………………………………。
……?
「…………ん」
身を起こす。知らない場所だ。
周りを見渡す。横に、コノハが寝ている。私は彼女の体をゆすり、起きるよう促してみた。彼女は重そうにまぶたを開くと、現状に唖然としながら立ち上がった。それに、私も続く。
「……ここは」
「わからない。でも……良くない感じがするのは、確かだね」
冷たいコンクリートの部屋には、鎖や血痕が残っていて、それだけで私達が命の危機に晒される可能性を嫌でも感じ取れる。
彼女は私の手を握り、私も握り返した。ナツキの姿が見当たらないが、コノハは彼女なら大丈夫だと自分に言い聞かせるようにして答えた。
この部屋から、出ることが最優先だろう。その先に何があるのかはわからないが、この部屋に留まっているのも危険だ。私は小さな声で彼女が「デスゲーム」とこぼしたのに気を引かれたが、彼女が冷静さを保とうと頭を振ったのを見て、一先ず聞くのはよそうと考え、周りの些細なことに集中してみる。
例えば壁。亀裂があれば、そこが開く可能性がある。床、何か踏むと反応するスイッチなどがあれば、恐らく罠だろう。柱、鎖の巻きついたそれは、特に変化は見られないが、鎖は使えそうかもしれない。
「…………コズエ、これ見て」
コノハがしゃがみ込み、それを指差す。
そこには血で書かれた見た事もない字が並んでいた。彼女は首を傾げ、ダイイングメッセージか何かだろうと言うが、読めなければメッセージになり得ない。
「……母なる大地よ、私の罪をお許し下さい?」
しかし、私はこれを読むことができたのだ。
「読めるのか?」
「……なんとなく」
続きを頼む、と彼女に言われたので、ゆっくりとその内容を読む。
母なる大地よ、私の罪をお許し下さい。
私は友を殺しました。私は罪無き人々を無意味にも陥れ、自らの命が惜しいからと人を売り、結果自身に災禍を招き入れた。
この血は、友の血だ。私はこれから、罪を償うとする。次こそは成功させなければならない。
死の遊戯はとても面白い! 甘美な血の匂いに私は飢えている。足りない、もっとだ、もっと。
私は時偶ここにきて友人の血で文を綴るが、いっこうに彼の血は乾かない。この場所は何が起きているのだ?
分からない。分からないがよそう。
この時間を、無駄にはしたくないのだ。
「……どういう、ことだろう」
「気が狂ったのか、もともと狂っているのか。どちらともとれるな」
彼女は顎に手を添え、顔を上げた。
「死の遊戯……デスゲームで間違いない」
「デスゲーム?」
「その名の通り、死を娯楽とするものが行う無差別な殺し合い。ゲーム感覚で始まる、人と人との疑い合い、そして血で血を洗う行為だ。しかし、これらは全て空想上のものであり、現実に起こるものではない」
彼女は続ける。
「……そしてデスゲームには、優勝者が無事生還できるルールが絶対に存在する」
「じゃあ、これから行われるであろうゲームで、勝ち進められればいいってこと?」
「簡単に言えば、ね」
事体は思ったより深刻な状況にあるようだ。
彼女は頭を抱えつつも、真っ直ぐに壁に手を着き、軽く力を入れる。そこには細かな凹凸があり、それが大きな穴を作り出した。私は彼女より前に出て、先に穴の外へ出る。
その先には、ナツキと沢山の知らない人々が集められていて、丁度“ゲーム”とやらの途中だったらしい。血をかぶった満面の笑みのナツキが、私達を見てすべてを諦めたように目を細め、笑いかけてきた。
ナツキの下には幾人かの死体が転がっており、周りにいる人々は唖然としながら私達とナツキを交互に見やる。
「……ナツキ?」
「どうも。お二人が遅くって、先に始まってしまったようです。……少しお待ちを、すぐ片付けますからね」
指を鳴らすと、周りの人が急に叫び、ナツキに襲いかかる。一体何が起こっているというのだろう。
「はぁ。折角こんな素晴らしい舞台を用意して差し上げたのに、何故こうも邪魔ばかりが入ってしまうのでしょうね?」
しかし、ナツキは近くに転がっていたパイプを扱い、軽い手捌きで人々を殴り殺した。
ヒュッ──と、コノハが浅く速く息を吸う音を聞く。私はすぐにコノハの前に出て、ナツキから目を離さないようにして少しずつ歩み寄った。
「────っ、コズエ」
「心配いらないよ。コノハは私が守るから」
ナツキはパイプを手放し、頬についた血を服で拭う。
「ねぇ、ナツキさん。貴方が、このゲームの主催者なの?」
「いいえ。自分は、これが良いタイミングと思いまして……だって、そうでしょう? お二人が望んでいるものが、ここにはあるんですよ」
そういって、ナツキは後ろを指差した。私はすぐにわかった。あれには、私と同じようなものを感じる。おそらく、コノハの言っていた世界を繋ぐ道具だろう。
その確証があろうがなかろうが、コノハはすぐさま反応し、私の横に出てくる。
「……ナツキ」
「はい」
「おかしいよ、君」
「そうでしょうね。えぇ、とっくの昔から、自分は貴方に狂わされた。だから」
と、乾いた音と共にナツキが倒れ込む。その顔は最期まで笑みを絶やさず、血濡れた床にそれを隠した。
奥から出てきた謎の人物────いや、私は彼女を知っている。司書だ。彼女は本の一頁を破り捨て、それを紙で折った銃で撃った。と、乾いた音がもう一度鳴り、ナツキの体が揺れる。
「…………この変数を持ち込んだのはどっち? 返答次第で、ミーが殺す人が決まる」
「……スピ、カ」
「ミーを知ってるのね、なら分かるはずよ……さ、前へ出なさい」
私は一瞬、私かコノハ、どちらなのか聞いているのだと思った。しかし、コノハは私ではなく、ずっとナツキを凝視したままだったので、私ではなく“ナツキと彼女”の事を言われているのだと勘づく。
「ナツキ、は……積極的な子だった。自主的に来て、こうして人を、こ、……殺し────」
「貴方、この道具を使いたいんだったわね。使ってもいいわよ。但し、“実験”はまだ終わっていないけれど」
「実験?」
私は震えているコノハから司書へと目を移し問うた。彼女は頷く。
「人々の恐怖を極限まで引き上げ、その状態で殺し合うよう促せばどうなるのか。様々な実験を行っている実験場に通ずる地下通路の先に、貴方達が来た美術館があった。そしてこの実験は、一人になるまで止まらず。また、この実験では確実にその結果が決まっている」
「…………」
「ミーは関与していない。ただ、外側から干渉できない世界にゴーストライターを入れた責任は取るつもりでいたし……それに、ナツキという想定外の人物が入り込んでしまったのも事実」
耳を塞ぎたくなる。
「実験場のクズは、貴方がお気に入りみたいよ。──コズエ?」
コノハの顔がひどく青ざめる。私は一歩前に出て、彼女の胸ぐらをつかもうと手を伸ばす。しかしそこにあったのは、彼女の取り出した刀だった。
鞘は可憐な花が描かれており、隙間から見える刀身は真新しい銀色の光沢を反射している。
「私は……コノハを殺さない。殺せないよ、大切な人なのに──!」
「勇気があるのは良いことよ、コズエ。でも、その強がりもいつまで持つかしら。コノハはあなたを殺してでも結果を得たいかもしれない。運命を曲げるという行為ほど、人の希望を見出させ、付け込ませるのには十分だものね」
「…………コズエ」
コノハはこれまでにないほど力を抜いた顔で私を見た。
「申し訳ないが。コズエは新しくできたばかりの親友さ。殺せない。スピカ、人の汚さというものは、単なるクズさ加減に留まらず、意地の悪さにも言えることだよ」
コノハはしたり顔で、私の手に手を重ね、力強く握る。そのまま柄に手を持っていき、鞘にもう片方の手を添えさせ、その刀身を顕にした。
瞬間、全てのものが動きを止める。
「…………へぇ、これは面白い。我が主はどうも、勇気をへし折られている最中のようだな?」
と、刀が話し始めた。私は目を見張る。刀はそのまま話を続けた。
「力を貸そう。しかし、主の望む未来にはいけないな。これもまた運命力の……まあいい」
「握りしめろ」ただ、そう言われる。
ヤケクソになって、いや違う。私の中で、霜光という人間でないものの考え方が、無意識のうちに表に出ただけかもしれない。静かに、目を伏せ────刀の先を、コノハに向ける。
※ ※ ※ ※ ※
「私の罪は運命を意地でも捻じ曲げる勇気を出せなかったこと。今でもそれを後悔して、それでも戦いに赴けず、この館で命の石を紡ぐ日々」
笑いますか、と想華は貴方に問いかけた。




