第3話
わたしは毎日オペラ様の屋敷に通って、ビスケットの監視を続けていた。不倫の相手はミルクとワッフルのふたりだけのようだった。三人目の影は見あたらない。わたしたちが監視していない時間にやっている可能性もあるが、夜に会っているのはミルクとワッフルの二人だけ。
そしてある日、新聞の一面をこんな記事が飾った。
「騎士団長が死神剣士を逮捕! 押し込み強盗の現行犯。正体はファブリックスタンからの流民か」
少し脱線するが、死神剣士から説明しておこう。死神剣士とは、コンフェクシリアに現れるドクロのマスクを被った犯罪者のことだ。
あるとき「悪辣な商人に騙され、商売道具の馬車を奪われた。父も殺された。なのに証拠不十分で悪党が野放しになっている。この商人を裁いてください」という直訴があった。
直訴というのは、平民が国王陛下に直接不満を訴えることで、コンフェクシリアでは禁止されている。護衛を無理やり突破して行うので重い罪になり、直訴した本人は投獄される。この方法で訴えが成功してしまうと「オレも直訴しよう」と考える者が現れるため、内容に関係なく直訴は却下される決まりだ。
ところが、この直訴からしばらくして、事件が起こる。悪辣と言われた商人の前に、ドクロのマスクをした女剣士が現れたのだ。女剣士は5人の護衛を素手でノックアウトすると、商人の喉元に剣をつきつけ「みなの前で罪を認め、悔い改めると誓えば命は許してやる」と言い放ったのだ。
「正体不明! 死者の怨みを聞き、地獄から復讐にやってきた死神剣士!」
新聞がそう記事にしたので、死神剣士という呼び名が定着した。
ここで終われば「死神剣士は義賊」だっただろう。しかし、この後に偽者が大量に現れてしまう。義賊的なふるまいに憧れる者、単純にカッコいいとコスプレする者、顔を隠して犯罪を行う者、いくつかトラブルが起きてドクロのマスクそのものが禁止された。今となっては「死神剣士は犯罪者」としかいえない状況なのだ。
個人的に本物だと睨んでいるのは騎士エクレア様。これほど強い女性というと候補は限られる。それに軍司令に昇進確実と言われていたのが、急に白紙撤回されたのだ。死神剣士の正体はエクレア様だと身内にはバレていて、その罰なのだと噂されている。
説明が長くなったが「死神剣士の取り締まりを強化せよ」と国王陛下がビスケットに命令したのだ。そしてすぐに成果をあげた。
ビスケットが逮捕したという死神剣士はもちろん偽者だ。中身は男性。ドクロのマスクで顔を隠した強盗を捕まえたということ。隣国から流れてきた浮浪者のようだ。
ところがこのニュースに市民は大喜び。英雄がまた大きな手柄をあげたと、騎士団長の就任10周年の祝宴は、予定より規模を拡大することになった。
騎士団から「手伝いを増やしてくれ」と要請があり、おかげでわたしたちは毎日フル回転で仕事に追われている。自分はまだ平気だが、高齢のメイドには疲れが見えてきた。
「これも騎士団長様のため、大変名誉なお仕事ですので、まだがんばれます」
ミルクはそう言ってシフトを増やし、人手不足を埋めようと健気に働いている。
わたしも夜は不倫の調査がある。かわりに早朝のシフトに入るようになった。
そしてある日、思わぬ出会いがあった。
わたしは朝の早い時間から、館の外を掃除していた。とはいえ、落ち葉の多い季節でもない。館をぐるっと一周確認するくらい、わずかな時間で仕事は終わる。
むしろ気になるのは騎士寮だ。といっても浮気現場の櫓のことではない。騎士寮の前があまりにも汚いのだ。祝宴の準備で人の出入りが多く、いつもよりゴミが増えている。なのに掃除に割く人手は足りないのだろう。
しかたない。まだ時間はある。どうせ手伝うことになるのだ。そう思って騎士寮の前も掃除することにした。
するとそこで、とんでもない人物と出会ってしまった。
「おひとりでは大変でしょう? お手伝いして良いかしら?」
そう言われてふり返ると、そこにシンデレラがいたのだ。
薄汚れた作業着で頭に三角巾を巻いていても、彼女が主役だとわかってしまう。着飾った継母と姉妹よりも目立ってしまう。そういう圧倒的なオーラのある女性だ。
すぐにショートケーキ様だと気がついた。間違いない、ビスケットの妻のショートケーキ様だ。
「おしゃべりは後にして、さきに仕事を終わらせてしまいましょう」
わたしが何か言う前に、ショートケーキ様は掃除をはじめてしまった。
ありえない。生粋の貴族令嬢だ。掃除なんかさせていい人じゃない。しかし、無理やりホウキを奪うのも無礼な気がする。こうなったら、素早く掃除を終わらせて、ホウキを手放してもらうしかない。
ふたりで黙々と作業する。ショートケーキ様の手際が良い。気さくで働き者という噂は真実のようだ。それに、近くで見ると本当に美しい。外見がスリムでエレガントというだけでなく、性格の良さがにじみ出ているように感じる。温かくて、知性的で、人懐っこい。こんな人と友達になれたら、そう思わずにはいられない。
「きのうね、騎士寮の前が汚いってビスケットが嘆いていたの。それでわたしは、あなたが怒ったらダメよって言ったの。不機嫌なそぶりも見せちゃダメ。あなた自身が掃除するのも良くないわって。みんな祝宴の準備で忙しいでしょ。あなたのために働いてくれてるんだから、その気持ちを大切にしてあげないと」
作業の手を止めず、ショートケーキ様が話しかけてきた。
「でも、ショートケーキ様みずから掃除をなさらなくても」
「わたしはビスケットのためなら、なんでもしてあげたいの。彼が喜んでくれたらそれで良い。こうすれば、誰も傷つかないでしょ? だから、このことは内緒にしてね」
ゴミは綺麗に片付いた。ショートケーキ様と目があった。
「あら、あなたウチのメイドじゃないわね」
ショートケーキ様はメイドの名前を忘れない。親の誕生日まで覚えていてくれる。そんな噂を思い出した。まさか真実だったなんて。ウチのメイドじゃないと断言するのは、全員の顔を覚えていないとできないことだ。
「すいません。自己紹介が遅くなりました。わたしはトフィー。ファッジ王子の館で働いています。祝宴の準備で忙しいので、臨時で手伝いを」
「こんなに朝早くから、本当にありがとう。こんど、お礼をさせてちょうだい」
わたしの手を握って、そう約束すると「見つかる前に戻らないと」と言い残して帰っていった。
なぜだか泣きそうになってしまった。
感情が溢れそうになるのを、なんとかこらえた。
どうして、こんなに良い人なんだろう?
こんなに素晴らしい人が、どうしてビスケットなんかを愛しているのだろう?
こんな良い人がいるのに、なぜ裏切るんだろう?
ビスケットという男が、どんどんわからなくなる。
どうして不倫なんかしたんだろう?
その疑問は、いくら考えてもわからなかった。




