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第1話

挿絵(By みてみん)


 ある夜のこと、わたしは騎士団長の不倫現場を目撃してしまった。

 最初はひどく戸惑った。

 いったい何でそんなことを?

 わたしには理由がわからなかった。

 地位も名誉も、素晴らしい妻もいる騎士団長がつまらない不倫をするなんて、愛という感情は人の心をおかしくしてしまうのか。

 

 ここはコンフェクシリア。剣と魔法のファンタジー王国をイメージしてほしい。

 わたしはトフィー。第三王子の使用人をしている。

 お菓子の国(コンフェクシリア)焼き糖蜜(トフィー)だ。察しのいい人はもう気づいていると思うが、固有名詞はすべて適当につけた仮の名だ。大っぴらに話すことではないので、特定されないようにフェイクも混ぜている。過激だと思えば伏せ字も使うつもりだ。

 この物語は「おかしな国」で起きた事件を、知恵と魔法で解決する。スナックみたいに軽い味わいのミステリーだ。

 かなり甘いハッピーエンドになるので、お茶かコーヒーを用意してもらいたい。

 本題に入ろう。


「騎士寮のやぐらから見る星空がとても綺麗なの」


 新入りのミルクがそう教えてくれた。

 言われてみると、たしかに星を見るには良い場所だ。

 騎士寮に併設された櫓は、木造三階建ての見張り台で、城攻めの訓練なんかに利用されている。周囲の樹木や建物より高いし、天井もない。近くに灯りもない。夜は誰も近寄らない。暗くて静かな場所だ。

 そして夜でも治安が良い。城壁の内側、騎士寮の隣にある。この国で最高の剣士であるファッジ様の館も近い。王都を騒がせている死神剣士だって、ここには現れないだろう。

 ちなみに剣士長ファッジというのは、わたしのあるじである第三王子のことだ。


 星のきれいな夜だった。

 わたしはミルクの言葉を思い出して、騎士寮の櫓へ行ってみようと思った。館から歩いて数分の距離だ。

 そこでわたしは、とんでもない現場に遭遇してしまったのだ。

 櫓の上にのぼるハシゴの脇に、剣とマントが立てかけてあった。そして上から「男と女の行為中の声」が聞こえる。

 軍団長だけが身につける飾りつきのマントと、王家の紋章がついた剣。この剣は「王から武力を任されている」という意味があり、持っているのは騎士団長と剣士長のふたりだけ。

 そのうち剣士長のファッジ様は「飾りのある剣に命は預けられない」と、正装のときにしか身につけない。

 というか、ついさっき外出の許可をとったばかりだ。


「少し外出していいでしょうか? 騎士寮の櫓まで散歩してきます。星がよく見えると聞いたので」


 ファッジ様は剣術にストイックな人で、陽が落ちると館の前庭でトレーニングをするのが日課になっている。わたしが館を出たときも熱心に剣を振り回していた。通りすがりの挨拶みたいなものだ。

 自由時間の行動に文句を言うような人ではないというか、ファッジ様は無口であまり喋らない。このときも空を見上げ、少し思案したあと、コクンとうなずいただけだった。


 すると簡単な消去法で、櫓の上で「いたしている」のは騎士団長のビスケット様ということになる。

 回りくどい説明になったのは、ビスケット様がそんなことをするなんて、とても信じられなかったからだ。

 ビスケット様は国の英雄。「片目のビスケット」「グリフォンキラー」といえば知らぬ者はいない。ただ強いというだけでなく性格的にも素晴らしい方で、騎士団のよきリーダー、全男子が手本とすべき騎士の中の騎士、子供たちの憧れなのだ。


 少し脇道にそれるが、ビスケット様のエピソードを紹介しておく。

 いまから十数年前、とある貴族の馬車がグリフォンに襲われる事件があった。グリフォンとは鷹獅子たかじしとも呼ばれる大型で昼行性の猛禽類。もちろん肉食で、獲物は牛、馬、そして人だ。人を狙うので、人が活動する昼間に狩りをする。恐ろしい獣だ。

 事件現場に騎士団が駆けつけたが、そのグリフォンはあまりに大きく、馬たちが怖がって動けなくなるほどだった。もちろん騎士たちも死ぬのは怖い。なかなか助けに入れないでいた。

 このときビスケットは騎士としては新米だったが、馬のあつかいは誰よりも優れていた。ゆっくりと馬を撫でてやり「落ちつけ、大丈夫だ、オレに任せろ」と声をかけて、緊張をほぐしてやる。

 戦闘の準備が整うと、仲間をまたずに一騎で飛び出した。

 グリフォンの爪が貴族令嬢の背にかかろうかというタイミングで駆けつける。馬を走らせたまま令嬢を拾い上げ、自分の前に座らせた。


「安全な場所まで走れ」


 令嬢に手綱を握らせると、自分は馬から飛び降り、グリフォンの前に立ちふさがった。


「かかってこい! 王家の紋章に捧げると誓ったこの命、安くはないぞ!」


 槍を構えて威嚇すると、グリフォンの狙いがビスケットに向かう。怪鳥は後ろ足で立つと、大きな爪を薪割りの斧みたいに振り下ろした。

 令嬢が悲鳴をあげて目を背ける。グリフォンの攻撃が当たれば、人の体などひとたまりもない。まな板の上の食材のように、簡単に切断されてしまうだろう。

 おそるおそる目を開ける。ビスケットはわずかな動作で攻撃をかわしていた。

 勇敢な騎士は反撃のため間合いをつめる。

 グリフォンが羽ばたく。

 突風にあおられビスケットがよろめいた。

 そこにクチバシが襲い掛かる。

 地面を転がるようにして回避する。

 あきらかにビスケットが不利だ。彼が囮になっている間に、馬車に乗っていた貴族たちは逃げることができた。しかし彼は助からない。このままでは殺されてしまう。誰もがそう思ったが、ビスケットは諦めていなかった。

 近くに建築中の聖堂を見つける。


「神よ。我を助けたまえ」


 聖堂に逃げ込んだ。

 しかし扉を閉める前に、グリフォンも聖堂に飛びこんできた。建築中の聖堂は、単なる「行き止まりの箱」でしかない。逃げるどころか、逆に追い詰められてしまった。絶体絶命だと、誰もが思った。

 ビスケットの絶叫とグリフォンの咆哮が響く。

 驚くべきことに、勝ったのはビスケットだった。

 すべてビスケットの作戦だったのだ。グリフォンは昼行性で夜目がきかない。その弱点をついてやろうと、暗い場所へと誘い込んだ。そしてビスケット本人は、闇の中でも敵が見えるよう、あらかじめ片目だけ閉じて闇に慣らしておいたのだ。

 閉じていた片目を開け、ひそかにグリフォンの懐に近づくと、心臓めがけて槍を突き刺した。


 この活躍で有名になったビスケットは、助けた貴族の令嬢に気に入られる。

 この令嬢、名前をミス・ショートケーキと言う。純白のクリームで建てた古代ギリシアの神殿に、大きな苺がアテナの神像のように祀られている、完璧なショートケーキをイメージしてほしい。誰だって心がときめくだろう。それくらい甘くて美しく魅力的な人物で、しかも貴族のひとり娘なのだ。彼女の心を射止めた者は、富と権力と女神を一度に手に入れる。コンフェクシリアでナンバーワンのセレブリティだ。

 そこに現れた若き騎士ビスケット。王都の噂話は、毎日ふたりのことでもちきりだった。

 大恋愛のすえビスケットはショートケーキ様と結婚。婿養子になり貴族の地位を継ぐと、騎士団長となった。子供もいる。

 つまりビスケット様は妻子のある身。責任ある立場でもある。これは許されぬ行為だ。

 わたしは耳をすませた。


「ああ、ビスケット様」


 女の声。

 本当にビスケット様なのか?

 まだ信じられない。


「いやらしい娘だ。まだ気をやるなよ」


 そのとき「アアッ」とひときわ大きい声がして、白い布、たぶん下着が落ちてきた。

 わたしは驚いて、慌てて逃げ帰った。


 館に戻ると、ファッジ様はまだトレーニングを続けていた。いま目撃したことを話そうと思い「ビスケット様が」と言いかけて、やっぱり話すのをやめた。


「ビスケット様って、どうでしょう?」


 発言を修正した結果、変な質問になってしまった。


「一騎打ちなら負けない」


 剣の切っ先を見つめたまま、ファッジ様らしい返答であった。

 わたしが無言だったので、望む答えでは無いと気づいたのか、しばらく思案してこう言った。


「騎士団長は人望も厚い。立派な御方だ」


 その答えは、さらに望む答えではなかった。

 騎士団長は立派な御方、コンフェクシリアの国民に聞けば、誰だってそう答える。そんな騎士団長が、裏でこんなことをしていた。なにが立派なものか。そのことにショックを受けていた。


「そうですね。わたしもそう思います」


 心中を悟られぬように答えて、自室へ戻ろうとすると、ファッジ様から呼び止められた。


「明日の助っ人のことか?」


 そういえば助っ人の話があった。なんというタイミングの悪さだろう。

 来月、ビスケット様の騎士団長就任10周年を祝う祝宴がある。当日はもちろん多くのメイドが裏方として働くのだが、もう準備ははじまっている。足りない人手を補うために、わたしたち剣士長のメイドから数人が、助っ人として騎士寮の家事を手伝いに行くことになっている。ご近所さんのよしみというやつだ。


「はい。明日はレーズンとミルクが手伝いに行く予定なんですが、わたしも行って良いですか?」


 とっさに話を合わせた。

 レーズンはもう高齢で、ミルクはまだ若い。少し戦力不足な二人に見える。おかしな提案ではないと思う。


「まかせるよ」


 というわけで、あんな場面を見た翌日だというのに、わたしは騎士寮にやってきてしまった。櫓を見上げると、まだ悶々とした気持ちになってしまう。こんな場所を連れ込み宿のかわりにするなんて。

 とはいえメイドは裏方だ。ビスケット様と出会うことはない。今日の仕事は、騎士たちのために大量の食事を作ること。炊事場で奮闘していると時間が過ぎるのも早い。

 ひと段落ついたところで、大量の水瓜を積んだ馬車がやってきた。手の空いたわたしは、その水瓜を食料庫に移動させる役目となった。運び終えて食料庫を出たところで、入れかわりで数名の騎士がやってきた。

 ビスケット様もいる。思わず会話に聞き耳を立てる。


「いやあ、立派な水瓜ですね」

「先月チョコレート商会で馬具を新調しただろ? 良い宣伝になったとかで、そのお礼におくってきたのだ」

「さすがはビスケット様だ」

「しかし大量ですね。食い切れませんよ」

「そうだな、剣士長のメイドが手伝いに来ていただろう? 何個かお土産に持たせてやったらどうだ?」


 急に自分たちの話題になったので驚いてしまった。


「それは名案だ」

「ビスケット様はお優しい」

「恵んでやりましょう」


 騎士団長を称賛する声を聞きながら、わたしは持ち場へと戻った。


「わたし、こんな立派な水瓜はじめてです」


 仕事を終えた帰り道。ミクルが満面の笑みでそう言った。


「こんな良いお土産をもらったと聞いたら、みんな喜ぶだろうね」


 レーズンも嬉しそうだ。


「ビスケット様は本当に素晴らしい御方ですね。誇らしい気持ちになります」


 ミクルがそう言ったとき、わたしの心に小さな違和感が芽生えた。

 夕食のあと、みんなで水瓜をいただき自室に戻った。その瞬間、違和感の正体に気がついて、胸がしめつけられるような気持ちになった。


「騎士寮のやぐらから見る星空がとても綺麗なの」


 この言葉の真意に気づいてしまったのだ。

 不倫の相手はミルクだ。

 ミルクは夜に出かけることがあった。友人に会うのだと言っていた。この辺りは治安は良いし、他の屋敷のメイドと知り合って、友人になったのだろうと思っていた。

 まだ子供だ。職場の上司である自分たちと一緒では、どうしても気が休まらない。気兼ねなく話せる相手、職場の外に友人が必要だろうと思い、あえて自由にさせていた。

 友達と一緒に食べなさいと、お菓子や果物を持たせてやることもあった。


 ミルクはまだ年端も行かない子供だ。騎士団長は国で一番の人気者、若者の憧れだ。誘われたら喜んで応じてしまうだろう。そして簡単に騙せてしまう。

 騎士団長ほどの人が、ミルクのような田舎の娘に本気になるとは思えない。周りに知られないようにと言いくるめて、都合のいい玩具にしているのだ。

 まだ子供なのに田舎の両親から離れて、ひとり王都で奉公している。そんなミルクがどんな気持ちで星空を見上げたのか、想像するとせつなくて、くやしくって、涙が出てしまう。


 不義は正すべきだ。やり場のない感情が怒りに変わった。

 こんな関係、長くは続かない。いずれは必ずバレる。洞窟の奥で眠るドラゴンみたいなものだ。いずれ眠りから覚め、必ず暴れだす。多くの人を巻き込む騒ぎになる。タイミングによっては国が揺らぐような事態になる。

 ビスケット夫妻は王国で一番の人気者だ。不義がおおやけになれば暴動になるだろう。そして騎士団は暴動を止められない。騎士団が出動して「暴動をやめなさい」と言っても誰も聞かない。むしろ石を投げられる。騎士団が武力をつかえば、火に油を注ぐようなもの。王都の治安が崩壊してしまう。

 ビスケット様ほどの人が、それをわからぬとは思えない。だからこそ、許せない。

 ドラゴンが目覚める前に倒すしかない。

 なんとかしなければ。


 問題は、どうするかだ。

 まず頼るべきは、自分のあるじであるファッジ様だろう。事情を説明したら、当事者のミルクを呼んで話を聞くことになるだろう。恋は盲目だ。ミルクはビスケット様との関係を否定するはずだ。説得しても聞く耳をもたない。なにせ「星空が綺麗」という娘なのだ。

 この女心をファッジ様が理解してくれるとは思えない。こちらは「一騎打ちなら負けない」という人だ。剣にしか興味がない。言葉の裏側を想像してくれる可能性は低い。


 誤解されないように言っておくと、ファッジ様の性格に文句があるわけではない。剣術以外に興味がないので、メイドの仕事に注文をすることはないし、不手際があっても怒ることはない。言動に裏表がないので、忖度する必要もない。

 それにファッジ様の近くにいる限り「物理的な暴力」に怯えなくて良い。戦いの邪魔なので「あるじが襲われたら肉の盾となる」のも不要だと宣言されている。わが身の危険がない、ストレスフリーの職場なのだ。

 待遇も良い。理想の上司だ。異性関係がまっさらなのだって、個人的には好ましいと思っている。ただ男女の問題の解決には向かないというだけ。何事も適材適所という話である。

 いや、この際だから白状してしまおう。ファッジ様はわたしの初恋の相手で、命の恩人でもある。いまだに想いつづけているけれど身分が違う。関係を進展させようとは思わないので、片想いと呼べる感情ではない。ずっと側に居られれば良い。「憧れの異性」というやつだ。

 ともかくファッジ様の悪口を言うつもりはないので、それだけは誤解しないでもらいたい。


 ほかに頼れる人は、思い浮かばない。あの騎士団長ビスケットが不義を働いたと使用人ごときが証言したところで、まともに聞く人はいないだろう。

 誰でも良いわけではない。騎士団長を裁ける地位にいて、内密に話を聞いてくれて、信用してくれる人。

 考えるほど難しく思えてくる。


 そのときだ、ふと第二王妃オペラ様のことを思い出した。

 わたしの記憶がたしかなら、オペラ様は魔女なのだ。


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