15:諸々の準備と今日の寝る場所
マリアンさんと聖女についての四方山話をしていたのですが、そろそろ就寝の時間だという事もあって近くの幌馬車に案内される事になりまして……その馬車は細々とした雑貨を積んでいる荷馬車だったのですが、野営用の天幕などを運び出した後は女性騎士の人達が護衛についていました。
「……」
因みに周囲を固めている女性騎士は第一騎士団に所属している体格が良い人達ばかりだったのですが、特に背が高くて筋肉がムキムキしているブリギッドさんが近づいて来ている私達に目礼を向けてきまして……ナイフか何かで短く切ったようなボサボサとした赤髪で口数が少ない人が私の護衛をしてくれていたブリギッドさんで、快活で茶色短髪なのがルイーゼさん、灰色の長髪でスタイルが良いのがエレンさんでした。
この中でルイーゼさんとエレンさんはマリアンさんの護衛だったのですが、野営地では他の騎士達がいるからという事で一時的に離れておりまして……勿論目視できる付かず離れずの距離を維持していたのですが、そんな人達が馬車の中に合図を送りながら乗り込むための足台を用意してくれました。
「お待ちしておりました、準備は出来ておりますので、どうぞこちらへ」
そうして馬車の中で待機していたクリスティーナさんが……淡い金髪を横に流した美貌の女性騎士というブリギッドさんとは別の意味でまさしく女性騎士という人だったのですが、何故かその足元にはお湯の入った桶やら着替えやらが置かれていたので首を傾げる事になってしまいます。
「ありがとうございます、です…が、その…後は寝るだけ、ですよね?」
そう思っていたので色々な物が用意されていた事に対して身構えてしまったのですが、クリスティーナさんは「全てわかっています」というように優しく微笑みかけてくれまして……。
「はい、その通りです!」
意味がわからず首を傾げてしまった私の疑問を無視して力強く頷かれてしまったのですが、どう考えてもそれだけではすまなさそうな雰囲気ですし……一体どういう事なのでしょう?
「気にするな、クリスティーナはこういう任務に憧れがあるだけだ」
横から注釈を入れてくれるブリギッドさんなのですが、そのあまりにもな物言いにクリスティーナさんが反論しかけて……流石に人前で気安すぎたというように口を閉じました。
「とりあえず中へ、準備は出来ておりますので…お手をどうぞ」
「え、あ…はい」
足台があるので体が不自由な私でも問題なく馬車に乗り込めるのですが、クリスティーナさんは手伝うのが当然といったように手を取り引き上げてくれました。
(どういう事なのでしょう?)
色々な疑問があるのですが、マリアンさんは意図的に表情を消していますし、他の騎士達もおかしがっている様子がないので情報の共有やら口裏を合わせが終わっていそうなので訊くだけ無駄なのかもしれません。
「それでは…レティシア様は奇跡を使って清められていたようなのですが、改めて体を綺麗にした後にこちらの御召し物に着替えてもらおうと思っているのですが」
なんていう事を考えている間に乗り込んで来ていたマリアンさんが荷馬車の幌を閉じながら説明をしてくれたのですが、用意されている物を見ている限りでは本当にこれから体を洗ってから着替えをおこなうのだそうです。
「よろしくお願いします?と、言いたいのですが…ご迷惑では?上から被れるような服なら1人でも脱ぎ着する事が出来ると思いますし、お湯も用意しておいていただければ自分で洗えますので」
マリアンさんが呼びに来る前から準備を始めていたのだとしたら心苦しいですし、魔法を使って身綺麗にしているのでお手を煩わせる程のものでもないような気がしてしまうのですが……。
「こういう事もあろうかと訓練だけはしておりましたので、お任せください!」
やる気満々なクリスティーナさんが胸甲を拳で叩いていましたし、彼女は「人に仕える」という事に憧れていたのか「ようやく磨いていた技術を生かす事が出来ます!」とはしゃいでいたので固辞するのも悪いような気がして口を閉じました。
「私は第二騎士団を目指していたのですが、配属先が決まる前に解隊されてしまったのでその機会が無くなってしまいまして」
との事なのですが、この第二騎士団というのは別名皇室護衛隊と呼ばれている皇后陛下を頂点とした女性騎士の到達点だったのですが、先代の皇帝陛下……つまりヴォルフスタン皇帝のお父様が10年前のスタンピードで亡くなられた時に皇室というべきものが無くなってしまい、第二騎士団が存在している理由が無くなってしまったのだそうです。
それでいてヴォルフスタン皇帝の補佐は第一騎士団が執り行う事になっていたのでむやみやたらに重複させてしまうと要らないゴタゴタが産まれてしまうかもしれないという事になりまして、第二騎士団に残っていた女性騎士はスタンピードや戦争の影響で数を減らしていた各部隊の穴埋めのための補充要員として抽出された後に解隊される運びとなりました。
因みに皇室護衛隊と名前がついている通り貴人の警護や身の回りのお手伝いをする事が主任務ではあるのですが、陣頭指揮を執る皇帝陛下の代わりに皇后陛下が本国の守りを担ったり遊撃隊を率いたりする事も多いようで、その時に中核戦力となるのが第二騎士団なのだそうです。
なのでラークジェアリー聖王国の近衛騎士団のように護衛一辺倒の部隊というより文字通り二番目に優れた騎士団という扱いでしたし、第一騎士団と第二騎士団の騎士達だけが近衛騎士と呼ばれる別格の存在だと周知されていたのですが、そんな部隊に入るために努力を重ねていたクリスティーナさんが正騎士となってようやくこれからというタイミングで解隊騒ぎがありまして、夢を叶える事が出来ずにモヤモヤとした気持ちを燻ぶらせていたのだそうです。
「無論努力したからといって必ず入れるという保証も無いですし、私の剣ではブリギッド達には遠く及ばないのでギリギリ入れるかどうかという水準だったのですが…それでも第二騎士団は子供の頃からの憧れでしたので」
対魔物戦が重視されているアインザルフ帝国の騎士に求められているのは魔物を一撃で屠れる攻撃力であり、魔物の一撃すら耐えられる強靭さでした。
なので第一騎士団での女性騎士の扱いというのは補助的な運用が多いですし、政務の補佐として頼られている反面剣の腕についてはからっきしで……しかもクリスティーナさんは165ディジトと女性としては十分長身の部類に入るのですが、筋骨隆々な男性騎士やそんな騎士達と並んでも遜色のないブリギッドさん達と比べると一回り近く低くて華奢な印象が拭えませんでした。
「それでも…陛下やヴィクトル様に認められたからこその第一騎士団勤務だと思うのですが?」
私の見立てではクリスティーナさんとブリギッドさん達の腕前は拮抗していると思っていますし、そこまで卑下するような力量差でもないような気がしているのですが……一撃必殺が望めないからと磨かれた隙をつくような剣技や防御技術は要人警護向きですし、冷静に相手を見極める観察眼とそれに付随する状況把握能力も確かではあるのですが、対魔物戦の事を考えると選り抜きの第一騎士団の中では見劣りしてしまうのだそうです。
「ありがとうございます、です…が、私は第一騎士団の中では数合わせだと自覚して…っと、その…話が変わってしまうのですが、もしかしてスフィール様は我々に隠れて水浴びなどをなされていたりしますか?」
なんていうどこか諦めにも似た告白やら身の上話的な雑談を挟みながら脱がされていたのですが、私の汚れ具合や臭いの薄さに対しての疑問が浮かんだのでしょう、疑問符を浮かべながら訊ねて来たクリスティーナさんには魔法で綺麗にしている事を説明しておきました。
「いえ、このような体ですので…浄化の奇跡を使って綺麗にしていたのですが」
見張っている対象がいつの間にか水浴びをしていたなんていう事になると色々と不味い事になりそうですし「クリスティーナさん達の落ち度ではありません」という意味を込めて浄化の奇跡というものがある事を伝えておいたのですが……。
「ああ、なるほど、ラークジェアリーでは便利な奇跡があるのですね…それでも言ってくだされば我々もお手伝いいたしましたのに」
騎士であるクリスティーナさんは感心した後に眉を顰めるという程度で流してくれたのですが、聖女であるマリアンさんはどこか微妙そうな顔をしながら苦笑いを浮かべておりまして……その差がなんだか可笑しくて少しだけ笑ってしまいました。
とにかく浄化の魔法のおかげで垢やら汚れはついていなかったのですが、折角お湯を用意してくれたので綺麗にしてもらう事になりまして……クリスティーナさんは恐れ多いモノを見たというように目を瞠っていましたし、マリアンさんは痛ましいモノを見たというように顔を伏せるという真逆の反応をとられてしまいました。
「今度の服は…少し違うのですね」
マジマジと水晶化している体を見られているのも何だったので適当な話題を振っておいたのですが、マリアンさんの説明では何の変哲もない布地が使われている寝巻を用意してくれたのだそうです。
「急いで仕立てあげた物で申し訳ないのですが、馬車に積んでいた予備の衣類は普段使いには向きませんし…なにより趣がありませんので」
何故寝るだけで“趣”が必要になって来るのかがわからなかったのですが、アインザルフ帝国の聖女服には鉄糸が縫い込まれているので硬さがありましたし、ベルトの固定やら可動域を広げる為の工夫が施されていたりするので体を休めるのには向きませんでした。
そのようなゴワゴワとしている生地が聖女服や騎士の鎧下に採用されている理由はアインザルフ帝国で採れる材料で防御力を上げようとしている結果だったのですが、流石にこのままだと寝づらいでしょうという事で寝間着が用意されておりまして……他の人達は魔物の襲撃に備えているのにわざわざ私だけが着替える理由というのは何なのでしょう?
「夜中に襲撃があった場合もこのままですか?」
用意されている寝間着は体をすっぽりと覆うような生成りのローブに半ズボンという素朴な物で……寒冷なアインザルフ帝国を基準にしているので厚手の生地が使われてはいたのですが、付与魔法で防御力を上げている訳ではないので戦う場合は注意が必要なのかもしれません。
「よほどの事がなければ私達が対処いたしますので、レティシア様はお休みになられたままでも問題はありません」
「そういう訳にもいかないような気がするのですが?」
私の素朴な疑問に対してマリアンさん達は顔を見合わせながらスルーしてしまい……そのまま何事もなかったように着替えが進みます。
「腕を通しますね」
「あ、はい」
因みにアインザルフ帝国ではローブの下に肌着を着込むのが一般的なのですが、この辺りの気温では着る必要が無いからという事でそのままスポッと被せられる事になりまして、腰紐とボタンで止めたら着替えが完了です。
こうして1人だけ気楽な格好になってしまったのですが、他の人達が戦地仕様の服装をしているので少しだけ浮いてしまい……それでもマリアンさんとクリスティーナさんは満足したように頷き合っていたので口を挟むのは止めておきましょう。
「あの、私もお手伝いをした…方が?」
このまま横になるものだと思っていたのですが、体を綺麗にするためのお湯や脱いでいた衣類を片付けたら別の場所に移動をするようで……。
「いえ、大丈夫です、このような雑務は我々にお任せください!」
心の底から人に仕えたがっているクリスティーヌさんには笑顔できっぱりと断られてしまいましたし、片腕で無理やり手伝おうとするのは邪魔になるだけだと思って皆が片付けているのをハラハラと見守る事になったのですが、片付け終わるとマリアンさんが軽く頷きました。
「では、こちらです」
こうしてマリアンさんと女性騎士4人に護衛されるという仰々しい移動が開始される事になったのですが、向かっている先がわかったような気がしますと言いますか、目の前に特徴的な黒い馬車が見えてくると「何故?」という疑問が浮かんでしまいました。
「おいおいどうした、勢揃いでゾロゾロと…それにレティシアの格好は?」
護送されているような私達の姿に他の騎士達が視線を向けてきていたのですが、ヴォルフスタン皇帝が乗っている黒鉄製の馬車の前で護衛指揮を執っていたヴィクトル様が声をかけてきました。
しかも一瞬だけ「またか」みたいな困り顔を浮かべていたのですが、相対するマリアンさんはすまし顔でヴィクトル様の視線を流します。
「寝所に案内しているところです」
「寝所って、おま…はぁ~…どうせいつもの悪い癖が出て来たんだろ?お前達もお前達だ、何故止めない?」
そうして大きなため息を吐いていたヴィクトル様の矛先が護衛を務めていたブリギッドさんやクリスティーナさん達に向いたのですが、ブリギッドさんは諦めたように肩をすくめていましたし、クリスティーナさんは期待のこもった瞳を爛々と輝かせていました。
ルイーゼさんとエレンさん達は困ったように顔を見合わせていたのですが、賢明にも発言は避けておりまして……ヴィクトル様達の反応から察するとマリアンさんの行動が妙に常習的といいますか、色々と諦められているような気がするのはどういう事なのでしょう?
しかもそういう行動が許されているマリアンさんの立ち位置というのもよくわからないのですが、これはもしかすると私の予想が当たっているという事なのかもしれません。
「って、お、おい、ちょ…待て!」
「陛下、お休みのところ申し訳ありません、マリアンです」
なんていう事を考えている間にマリアンさんとヴィクトル様の間で短いながらもフェイントが入り混じるやり取りが交わされておりまして……立ち塞がるヴィクトル様をヒョイっと避けたマリアンさんが何食わぬ顔で皇帝陛下が乗車している箱馬車の扉を叩いておりました。
※皇帝陛下の寝所にドナドナされていくレティシアなのですが、マリアンさんのこういう行動はアインザルフ帝国では日常茶飯事でした。
というのもマリアンさんは皇帝陛下に一刻でも早く後継者を作って欲しいと思っている派閥の急先鋒ですし、周囲の人達も陛下には子供を作って欲しいと思っているのでそれほど強く止める事が出来ないといった感じです。
勿論魔力による負傷があるので無条件にとはいかないのですが、万が一にも気に入られる可能性があるとか本人が妃の座を狙っているのならチャレンジさせてあげてもという消極的な賛成という人も含めるとアインザルフ帝国の総意での行動となります。
とはいえ流石に媚薬効果のある薬を寝所で焚こうとした時には止められましたし、未遂でなければ死を賜っていたかもしれないという事までしでかしているので色々と気苦労の絶えない人もいます。
※クリスティーナさんの中ではレティシアが初めて護衛する事になった貴人となっていますし、本人的にも第二騎士団ごっこをしているという自覚があります。
勿論第一騎士団所属なので皇帝陛下の護衛をしているので貴人の護衛が初めてではないのですが、陛下に仕えるのはアインザルフ帝国の騎士なら当然といった感覚があるので陛下以外の貴人の護衛をしたのが“初めて”という事になりますし、衣類の脱ぎ着が苦手だったのは片麻痺を想定していなかったので少しだけ手間取ってしまったといった感じで、マリアンさんが問題なくこなせたのは勝手知ったる聖女服だったからです。
※第二騎士団は皇后陛下の補佐やらその子供達の護衛をするという職務上(お風呂やお手洗い等に付き従う)女騎士が当てられる場合が多く、何時しか第一騎士団が男性騎士の到達点、第二騎士団は女性騎士の到達点と言われるようになりましたし、皇帝陛下や騎士団総長の指示が無くても動けるという権限があって最上位者が皇后陛下と定められています。
これは何代も前の第二騎士団が魔物の襲撃から皇帝陛下を守るために持ち場を離れてしまった事があり、皇后陛下やその子供達が襲撃されるという大事件を経て大幅に縮小された後に独立部隊として定義し直されたからです。
そういう勝手に動ける部隊が放置されているというのも危ないですし、後継者がヴォルフスタン皇帝のみになった時点で解隊されて所属していた女性騎士達は色々な部隊に組みこまれました。
この辺りの成り立ちや政治的な話はややこしいので伝えられていないのですが、多分そのうちアインザルフ帝国の常識として教えられるのかもしれません。
※皇帝陛下の近くで仕えているという意味では帝都防衛を担う第三騎士団の上位グループも入って来るのかもしれませんが、こちらは見習い騎士も所属し訓練部隊としての側面が強いので近衛騎士には入りません。
クリスティーナさんが「配属先が決まる前に」という時に所属していたのがこの第三騎士団で、見習い騎士から正騎士になるというタイミングで第二騎士団が解隊される事となり、第三騎士団の正騎士から努力と調整能力が認められて第一騎士団への配属となっています。
名ありの女性騎士でいうとブリギッドさんが第二騎士団の所属で解隊される時に魔物討伐の第五騎士団へ、それからドヌビス戦役後の穴埋めで第一騎士団への配属となっていました。
その為騎士の年数やら経歴としてはブリギッドさんの方が上なのですが、部隊配属年数ではクリスティーナさんの方がやや先輩なので指揮を執る場合は(ブリギッドさん自身が頭を使うのはクリスティーナの方が得意だと思っている事もあって)クリスティーナさんが執る場合があります。
とはいえクリスティーナさんからするとブリギッドさんは憧れの元第二騎士団員という事になりますし、お互い第一騎士団の補員であるという事実や実家の爵位の関係で少しだけややこしい関係となっております。
因みにルイーゼさんは第三騎士団から地元の南方第八騎士団を経て第一騎士団に編入されましたし、エレンさんは国境沿いの第七騎士団に配属された後に第一騎士団へという流れです。
このまま騎士団の紹介をすると第四騎士団は少数精鋭の魔法部隊ですし、第五騎士団は対魔物戦特化の遊撃部隊で苦戦している各方面に投入される火消し部隊です。全くどうでもいい事なのかもしれませんが、ヴィクトル様も騎士団総長に就任するまでは第五騎士団に所属していました。
そして第六騎士団が北方山岳地帯、第七騎士団が西のドヌビス側の防衛部隊、第八騎士団が南方商業地帯の防衛、第九騎士団が東方の海岸線を防衛する部隊で第九騎士団の中には小規模な海軍も含まれています。
二桁以上となると臨時徴兵の仮設部隊扱いとなり、一番から九番がアインザルフ帝国での常設部隊となります。
因みに部隊名が数字なのは指揮官が戦死したり異動した時の混乱を減らす為で、小~大隊規模だと部隊名に指揮官の名前が使われたりする事があります。




