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12/20

9:温もり

※レティシアは特別な訓練を受けているので手足の1本や2本くらいなら消し飛んでも平気です。

 弾け飛んだ左手、噴き出す血液、少し遅れてやってくる激痛。


 驚きと痛みと何かもうよくわからない感覚に息が漏れたのですが、それよりも痛々しそうなヴォルフスタン皇帝の表情の方が気になってしまいましたし、私に向かって伸ばされかけていた手が何かを恐れるように止まってしまいました。


 後悔と申し訳なさと深い諦めの感情。


 きっとヴォルフスタン皇帝にとってこういう出来事は日常茶飯事で、普通の人が当たり前のように出来ている事が出来ないのだと思います。


 そんな彼に「心配しないで」と言いたくても鈍痛にも似た刺すような痛みのせいで声が出ませんでしたし、口を開くと叫び声しか上げられないような気がしたのでグッと唇を噛み締めて痛みを我慢しながら体内のマナを使って出血を止めまして……リヴェイル先生ならこれくらいの怪我なら一瞬で治せたのですが、私にはそんな芸当は出来ませんし『祝福』の力で能力を向上させると水晶化している右側がパキパキと音を立てているのが聞こえます。


「マリアン…」

 ヴォルフスタン皇帝は負傷している私以外で回復魔法が使えるマリアンさんに声をかけていたのですが、マリアンさんは青い顔をしながら首を振りました。


「申し訳、ありません…ここまで大きな怪我ですと」

 マリアンさんの回復魔法の腕前は大きめの傷が治せる程度のようですし、弾け飛んだ(再生が必要)後では治す事が難しいのでしょう。


 しかも止血の為に近づこうにも私の横には不安定な魔力を出し続けているヴォルフスタン皇帝が居ますし、怪我をしたのも近づけないのもヴォルフスタン皇帝のせいなのですが、それらの事を口にすれば不敬となる可能性があるのでマリアンさんは言葉を途切れさせました。


「………」

 ヴォルフスタン皇帝もそれらの事に気が付いたのでしょう、動揺を無理やり押さえ込みながらマリアンさんにその場所を譲ろうとしていたのですが……。


「待って…ください」

 厄介な魔力のせいで人に触れる事が出来ないどころか近づく事すらままならないヴォルフスタン皇帝は私が考え付く事もできないような過酷な人生を送ってきたのだと思いますが、このまま離れてしまえば今までの繰り返しのような気がしますし、私に怪我を負わせたという負い目を感じたまま過ごす事になってしまうのは誰にとっても良い事とは思えませんでした。


「回、復!」

 リヴェイル先生程ではないのですが、これくらいの怪我なら自力でも何とか治せますし……格好をつけているわりには荒い息が漏れてしまい冷や汗もダラダラと流れていたのですが、それでも何とかへにゃりと笑顔を作る事には成功しました。


「治療…します、ね?」

 今度は油断しないように身体強化とかの防御魔法を何重にもかけながらヴォルフスタン皇帝の腕を掴んで回復魔法を流していくのですが、マリアンさん達は私の左手が生えてきた事に驚いていましたし、ヴォルフスタン皇帝はごく普通に自分の腕を握っている人物を見ながらまるで生まれて初めて自分以外の人間がこの世界に居るのだという顔をしていました。


(そんなに不思議に思うような事ではないと思うのですが?)

 私からすると手足が生えてくる事は()()()()()()ですし、リヴェイル先生の回復魔法ならそれこそ一瞬で治るのでまだまだだなと思うのですが、アインザルフ帝国では欠損を治せる回復魔法の使い手は稀どころか居ないのだそうです。


 つまり私はまた何かやっちゃったような感じなのですが、今回は仕方がないという事にしておいて貰いましょう。


「もう…大丈夫ですよ」

 森林狼にやられた怪我が治った事、ヴォルフスタン皇帝が気に病まなくてもいい事、この程度の怪我だと大丈夫な事、血が抜けてへたり込みたくなる両足に気合を入れながらヴォルフスタン皇帝の腕の治療を終えると色々な意味を込めて笑みを向けました。


 どうやらヴォルフスタン皇帝は魔力によって人を傷つけてしまう事を恐れているようなのですが、私の見立てでは垂れ流しに近い状態なだけで制御しようと思えば制御できると思いますし、問題なく人に触れられるようになると思っています。


「っと?」

 そんな事を考えながらヴォルフスタン皇帝の傷が完全に治ったのを確認してから手を離したのですが、思わずというように皇帝陛下が私の手を掴んできました。


「人の手とは…温かいのだな」

 掴まれた場所からヴォルフスタン皇帝の魔力が流れてピリピリとするのですが、気を付けていれば大丈夫ですし……まるで手の形を確かめるように触られてくすぐったかったのですが、触っている方のヴォルフスタン皇帝の表情は真剣そのもので揶揄できるような雰囲気ではありませんでした。


「…そうですね」

 そんな事すら知らなかったとでもいうような言葉に対してもう大丈夫だという事を……一人で悩まなくてもいいのだという意味を込めて微笑みかけるとヴォルフスタン皇帝はどこか弱々しい笑みを浮かべました。


 そうして何となく視線を外し難くて見つめ合っていたのですが、遠くからガチャガチャという鎧の音が聞こえてくるとヴォルフスタン皇帝は慌てたように私の手を放しました。


「陛下、ご無事で!」

 到着したのはヴィクトル様が率いるヴォルフスタン皇帝の救援部隊で……走って来たにしては合流が早かったのですが、先頭のヴィクトル様と息も絶え絶えといった騎士達とその後ろから全力で走って来る騎士達を見るかぎりではかなりの強行軍だったのかもしれません。


「む…っと?」

 ヴィクトル様はこの場の異様な雰囲気に大剣に手を伸ばしかけたのですが、周囲に脅威が無いと悟ると首を傾げながら近づいて来ました。


「森林狼を8匹撃破、馬車周辺に敵兵無し、現在はテファンに部隊を任せております…陛下も()()()()()()ご無事のようで何よりです」

 ヴィクトル様は事態が飲み込めないまま事情を問うようにマリアンさんに視線を向けていたのですが、肝心要のマリアンさんがまるで奇跡でも見たとでもいうように呆けていまして……事情が分からないものの危険はないのだろうと膝をついて報告を済ませていました。


 その報告に対して鷹揚に頷いてみせた後、ヴォルフスタン皇帝は何かに気が付いたというように私達がやって来た方向とは違う森の中に視線を向けたのですが……その様子にヴィクトル様や騎士達が一瞬で気を引き締めなおしてヴォルフスタン皇帝とその森の間に壁を作って剣を抜きます。


 瞬く間に作り上げられた人の壁、その壁の後ろから様子を見ていると森の中にかなりの人数が動いている事がわかり……一瞬敵襲かと思って身構えてしまったのですが、慌てた様子が面白かったのかヴォルフスタン皇帝は口元に笑みを浮かべながら余裕の表情ですし、そのような態度が珍しいのか遅れて支援できる位置まで近づいて来ていたマリアンさん達が驚いているのが見えました。


「大丈夫だ」

 なんて事を言うヴォルフスタン皇帝の笑いを含んだ言葉に首を傾げていますと、森の中から絵本に出て来るドワーフのような立派な髭をもった50代くらいの男性が出て来ましたし、野外活動に適した装備で腰には実用一点張りという剣を吊るした野党っぽい風体の騎士達が草木を掻き分けながら現れました。


「陛下…と、パージファル殿(ヴィクトル様)ロッシュフォール様(マリアンさん)も!?…これはいったい?」

 魔力やマナの反応から考えて101名の集団は森林狼の死体が転がる広場に目を丸くしていたのですが、どうやら彼らはアインザルフ帝国の別動隊だったらしくてヴィクトル様があからさまに安堵したように息を吐きました。


「申し訳ありません!まさか陛下が戦われておられているとは!くっ、その戦闘に参加できぬとは…第一騎士団を率いる身でありながらなんという失態!では先ほどすれ違ったドヌビス兵はやはり!?」

 出てきた彼らは森林狼の死体が転がっているのを認めると凄い勢いで平伏していましたし、ドンドンと悔しそうに地面を叩いているドワーフっぽい人の名前はザイン・フォン・エスター様と言って皇帝陛下を守る近衛騎士団(第一騎士団)の団長だったのですが、彼らは戦争終結後のドヌビス王国内での諜報活動や協定締結後の雑務を熟した後、ヴィクトル様の招集によって国境近くまで移動してきていたのだそうです。


「ドヌビスの動きに惑わされるとは…面目次第もありません!」

 地に頭を擦りつけるように謝罪しているザイン様なのですが、部隊を移動させるにしても潜ませるにしても地の利は王国側にあった筈ですし、そもそも停戦協定を結んでいる相手(ドヌビス)を理由なく攻撃するわけにもいかずに怪しげな部隊を見逃す事になりました。


「相手が居る事だ、すべてがこちらの思い通りに動くという事もあるまい」

 なのでヴォルフスタン皇帝も労いの言葉をザイン様達にかけていたのですが、私にかけてくれた言葉と比べるとどこか平坦で作り物めいた声色のような気がするのはどうしてなのでしょう?


「ご寛大なお言葉、感謝いたします」

 その違いに対する疑問を感じている人の方が少数ではあったのですが、ヴォルフスタン皇帝は冷めた虚ろな目をしながら何故か皆との距離を取り始め……不思議に思いながら周囲を見ているとアインザルフ帝国の人達はその事を当然というように受け止めているようですし、無意識にヴォルフスタン皇帝と距離を取ったり些細な動きを見せる度に身構えたりしている騎士達もいるようでした。


 その距離というのは漏れ出している魔力と比例しているようですし、ヴィクトル様やマリアンさん達ですら恭しく接しながらも不安定に揺れている魔力からはある程度の距離をとっているようでした。


 集団の中心でありながら中心に居ない皇帝陛下。


 率先して離れようとしているのでヴォルフスタン皇帝自身がその距離感を望んでいるのかもしれませんし、それがアインザルフ帝国での当たり前の事なのかもしれませんが、私はコテリと首を傾げてしまいました。


 本当に望んでいるのならあれほど悲しそうな顔はしない筈ですし……空気を読まずにヴォルフスタン皇帝に近づくと不安定に揺れる魔力を全身に感じるのですが、慣れてくるとどうという事でもありません。


 そうして手を伸ばせば届く距離に居るヴォルフスタン皇帝に「大丈夫」と言うように微笑みかけますと、皇帝陛下は一度目を見開いた後にどこか安心したように表情を緩めました。


 心なしか魔力まで柔らかくなったような気がしたのですが、ここまでハッキリと魔力の性質を変化させる事が出来るのはやっぱり凄いなと感心してしまいます。


「読み違えたのは俺のミスだ、ドヌビスの奴らも露見するのを嫌って予定より早く(遠距離から)魔物を流したのだと思うが…そういう事態を考えて指示を出さなければいけなかった」

 そんな私達から少し離れた場所でヴィクトル様とザイン様が「俺が悪かった」「いや俺が」という謝罪合戦を始めていたのですが、どうやら2人は気安い間柄のようで徐々に謝罪合戦はヒートアップしていきました。


「いやいや、合意を破るわけにもいかんと帰り際の奴らを素通りさせたのはこちらの落ち度だ…皇帝陛下襲撃の生き証人だったんだ、魔物使いも混じっていた事だし禍根を残さんように半殺しにするべきじゃった」

 ヴィクトル様が頭を下げるとザイン様はザイン様で「自分が悪かった」と言っていたのですが、その言葉の中に気になる単語を見つけたので首を突っ込ませてもらう事にしましょう。


「すみません、時々仰られている魔物使いって…何ですか?」

 謝罪しあう仲良し二人組の間に入り込むのは心苦しいのですが、切羽詰まった状況でもないので気になっていた事を聞いてみる事にしました。


「杖持ちの事だが、こう…紅玉(ルビー)みたいな赤い宝石のついた道具で魔物を操るんだ、まあ操るといってもある程度の方向に走らせるのがやっとっていう代物なんだが」

 ザイン様は「はて、こんな聖女いたかな?」という顔をしながらも私の横で「教えてやれ」というように頷いているヴォルフスタン皇帝の顔色を窺いながら説明をしてくれました。


(要するに、魔物除けの一種…みたいな感じでしょうか?)

 上手く使えば魔物の襲撃を減らせるのではと思ったのですが、どうやら本格的に魔物を操る技術でもないようですし、嫌な音を立てて急き立てるくらいの効果しかないのだそうです。


「あ~…そういえばザインには紹介していなかったな、こちらは聖王国の大聖女であらせられるレティシア・スフィール様だ、この度の終戦協定に伴いアインザルフにご助力していただく事になった」

 たぶんラークジェアリーからやって来る聖女の身元については直前になるまでわかっていなかったのでしょう、ヴィクトル様が一度咳ばらいをしてから改めて私の事を紹介してくれました。


「レティシア…スフィール!?って、まさか、あの!?」

 どの、かは知りませんが、ザイン様が驚く程度に私の名前が他国にも知られているようで……因みにザイン様が言うには王族の次くらいに大聖女レティシア・スフィールの名前が出てくるくらいの知名度だという事であまりにも買い被りが酷すぎて少しだけ笑ってしまいました。


「はぁーなるほどな~…石付きながら生き長らえているとは思っていたが、まさかレティシア・スフィールが出て来るとは」

 私はそこまで持ち上げられるような崇高な人間という訳ではないのですが、ザイン様は私の顔をマジマジと眺めながら「ほー」とか「へー」とか感嘆の言葉を漏らしておりまして……じっくりと見られ続けているとまるで見世物にでもなったような気持ちになってくるのですが、悪意があるという訳でもないので愛想笑いを浮かべているとしかめっ面のヴォルフスタン皇帝がザイン様と私の間に割り込んで視線を遮りました。


「ザイン…」

 冷ややかな殺気が立ち昇っているようなヴォルフスタン皇帝の声色に周囲の空気が凍り付いたのですが、それと同時にザイン様が冷や汗を垂らしながら青い顔をしながら平伏して旗下の騎士達がそれに倣って平伏していきました。


「も、申し訳ありません…少々はしゃぎ過ぎました」

 皇帝陛下の前でふざけ過ぎたと肝を冷やしているザイン様なのですが、別に公的な場という訳でもないのでわざわざ注意するような事でもないような気がします。


 それにヴィクトル様とザイン様の会話に割り込んでいったのは私達の方ですし、こんな事でいちいち注意していけば皇帝と臣下の間に溝が出来るだけではないかと思ったのですが、私の居る場所からはヴォルフスタン皇帝の背中しか見えなかったのでその表情を窺い知る事が出来ませんでした。


 ただ周囲にチリチリとした魔力が放出されていますし、不機嫌だという事だけはわかっていまして……その不安定な魔力が視線に乗ったのでしょう、ザイン様の体にビッと赤い筋が走って血飛沫が舞いました。


「陛下!?」

 まさかお喋りをしすぎてしまったという理由だけで怪我まで負わせるとは思っていなかった私は慌ててヴォルフスタン皇帝とザイン様の間に割って入るのですが、やはり血を失った影響が出ているのか頭の回転が鈍くなっているような気がします。


(だからといって…今更引く事はできませんし)

 私の行いは皇帝陛下に対して無礼なものだったのですが、理由の如何を別にしても苛ついたからという理由だけで人を傷つけて良い訳がありません。


「………」

 なので非難の意味を込めて睨みつけてしまったのですが、皇帝陛下も流石にやり過ぎたという事を自覚していたのか狼狽えたように視線を逸らしました。


 そうしてヴォルフスタン皇帝の魔力が不安定に揺れ始めて周囲の騎士達がサーっと距離を取るのが横目に見えたのですが、ヴォルフスタン皇帝は軽く呼吸を整えながら魔力の制御をし始めたのでとりあえずは大丈夫だろうと判断しまして、私は私でザイン様に向き直りました。


「治療しますね」

 傷自体は軽傷なのですが、ヴォルフスタン皇帝の魔力が辺りに漂っているのでマナの通りが悪いのが問題です。


 仕方ないのでザイン様の傷に手を当てながら回復魔法を発動させようとしたのですが、瞬間ヴォルフスタン皇帝から吹き出した魔力で私の体が浮かび上がりました。


 何故ここまで露骨に治療の邪魔をしてくるのかとヴォルフスタン皇帝を睨みつけてしまうと皇帝陛下も不機嫌そうな顔をしながら私の顔を凝視してきておりまして……私のマナと陛下の魔力がせめぎ合うと周囲の騎士達は騒めいていましたし、ザイン様は青い顔をしながらガタガタと震えていましたし、豪胆なヴィクトル様ですら狼狽えた様子で頭を抱えていたのですが、何故かマリアンさんだけはニヤニヤとしながら私とヴォルフスタン皇帝の様子を窺っているというよくわからない状況に陥ってしまいました。

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