156話 橿原談議2
熊野歴7月下旬
――近衛十兵衛視点
私としたことがニニギ様の意図を理解せず浅井姫を殺害しては駄目だと進言してしまいました。私が発言した時の二人の残念そうな顔を思い出すと顔から火がでそうな思いです。ここは何とか挽回せねばなりません。私が調べた所、橿原の住民が望んで居るのは世継ぎの誕生ですが無理に話を進めて二人の関係が壊れてしまうのは避けたい。ここは上手いように誤魔化さないといけませんな。
「ここに来る時、物部連の人に俺と朱里さんは夫婦だと思われてたんだけど、俺達の交わしたのは兄弟の盃で有って夫婦の契では無い事は周知されてるんだよね」
「へっ? 仁はんがしとらんかったんけ? 仁はんの私兵団は行商のついでに噂を広めたり情報収集をするためにおるんやろ?」
「うわっ、マジかよ。大チョンボだ。奇兵隊の連中は聞かれたら否定してると思うけど積極的に噂を広めてる気がしないなぁ」
「はっはっは、身から出た錆ですなぁ。まあ良いではありませんか。どうやらこの時代は通い婚が主流ですし婚姻してる人なんていませんよ」
「良くないでしょ!! 俺の嫁だと思われてたら誰も朱里さんに近寄らなくなる」
「いえいえ、その嫁の概念が無いのです。ニギハヤヒ様の心を射止めたければニニギ様以上の贈り物をして気を引けばよいだけの事です。たしか奈良に支援された米は1000石程でしょう? それほど大変な事ではありませんな」
「1000石は現代の価値にしたら5000万円くらいけ? ウチは高く売れたなぁ」
「朱里さん他人事みたいに言わないでよ!! それにその米は貸してるだけだから。秋口には岐阜に送るんだからね」
「ふむふむ、ニギハヤヒ様だけでは飽き足らず岐阜の姫をも毒牙にかけるのですね。ニニギ様も中々の悪ですなぁ」
私が発言した途端ニニギ様はがっくりとうなだれてしまいました。これは藪をつついて蛇を出してしまいましたかな。いつの世も無償の援助ほど怖い物はありません。後に何を見返りに求められるか分かりませんからね。娘が居れば血縁関係を築きその辺りをうやむやにしたいと思うのは至極当然の事ですな。さてそろそろ頃合いですかな、全力で話の方向を反らすとしましょう。
「まあまあ、良いでは有りませんか。誰も言い寄る男が居ないならニギハヤヒ様は好きな研究をのんびりと続けられるんですしニニギ様も世の風評など力でねじ伏せればよろしいのです。民などは自分に利益があれば為政者が何をしていても興味が無い物です」
「力でねじ伏せるって…… 一体何をどうすれば……」
「狩猟を生業をしている所は外に出て多くの食料を調達してこれる者が族長となっとるなぁ」
「えっ、それって略奪して来いって事? 浅井姫の集落はそれをやって報復されたんじゃないか…… そう言えば詳しく聞いて無かったけどアレって何が原因で争いが起きたのさ」
「長浜に住む部族は当初我々に攻撃をしておりましたが、ことごとく返り討ちに会い失った領地を補充すべく侵攻方向を関ケ原方面に向けた所、フトダマ氏の親戚であるコヤネ氏から救援要請を受けた形ですな」
「元を正せば俺達が琵琶湖方面に出たのが原因じゃないか…… 何もない所から集落を作るより今ある集落を取り込んだ方が効率的なのは認めるけど何でもかんでも力で解決するのは反対だよ。成功したらしたでもっと先へと欲が出てきて壊滅的に負けるまで止められなくなる」
「せやなぁ。力と言うのは何も武力だけやあらへん。経済力と言う意味なら天然のダムとも言える琵琶湖から伸びる淀川流域を抑えとるウチ等は有利やな。露天掘りで鉱山開発しとるさかい奈良や京都の湿地帯を埋め立てて農地を増やしたら1000年は安泰や」
「それでも長い目でみたら農業って儲からないよね。どこかで橿原の主要産業を工業か商業にしないとダメだと思う」
「せやかて目先の食料は確保しとかなあかんし、農業を進めつつ産業を進めていくしかあらへんやろな」
「若者達の間で流行っている朱丹は奈良の特産と言ってもよろしいかもしれませんなぁ」
「せや、仁はん鎧持っとらんかったやろ。その朱丹で塗装した鎧を作るさかい着て宣伝してくれへん?」
「え~、鎧を作るなら黒がいいなぁ。煤を漆に混ぜるだけだから原価も安いだろうし」
「今の時期に黒い物身に付けたら脱水症状起こすで。最悪マヌケな死に方するかもしれないけどええんか?」
「うぬぬぬ、しかし真っ赤な鎧なんて派手な物着たら良い的になりそうだし……」
「仁はんはそこらへんの矢で死ぬような鍛え方しとらんやろ。ええやん、的になれば、周囲の一般兵の死傷者は減るやろし」
たしかに我々マレビトは高い魔力量に支えられた身体能力や防御力を有しています。ニギハヤヒ様のおっしゃる事は一理ありますな。それでも相手に魔力持ちが居た場合単騎で敵軍に突っ込むのは危険です。それなりの防御力を有した精鋭を集めて赤備えの一団を作るのも考えておきましょうか。
それからしばらくの間ニニギ様は粘られておられましたが製造する鎧の色は赤に決まりました。古来より男性は女性に口では勝てぬものです。ニニギ様には諦めて新たに作られる鎧の広告塔になってもらいましょう。そして話は他にも売れる商品は無いかと言う流れになりました。
「服飾に使える苧麻や藤もあるけど服はみんな自前でつくっとるやろし……」
「他所の町は麻繊維が主流だし物が良ければ売れるかもよ? やっぱり首都って何か新しい事をやっていて輝いてないとダメだと思うんだよね」
「でも、奈良やで? 窓から外見てみぃ、山と田んぼしかあらへんで」
「それでもだよ!! せめて文化的な取り組みでもいいからさぁ」
「文化的な物は奈良に寺と大仏以外に有ったかいなぁ…… せや、大昔の奈良は讃岐石の産地で、どおやらそれの交易で繁栄しとったらしいんやけど、今は青銅器に押されて始めて下火になっとるんや。讃岐石は叩くと良い音色するやろ? この位の大きさに切り出して木琴の様な楽器とか作ったら売れるんやないか?」
讃岐石は木を切り倒す斧や稲を刈る石包丁とかに使われて居る素材でしたか、話を聞く限りどうやら石材を薄く切り出して打楽器の様な物を作るようですね。讃岐石は固いとは言え石材なので叩いたら割れないのでしょうか?
「楽器を作るとして誰が調律するのさ、絶対音感を持ったヤツなんて…… ああ、うずめなら出来るかも」
「うずめちゃんは伊勢でお勉強の最中やったっか、奈良に呼んでも大丈夫け?」
「元々月末の鳥人間コンテストに出る予定だから問題ないよ。呼ばなくてもそのうち来そうだけど勉強をサボる口実が出来たら飛んで来るかもね」
「ほな伝令のわんちゃんを送っとくわ。お勉強の方はウチが見たるさかいお父はんも安心やろ。それはそうとムカデ退治はどうするんや?」
「う~ん、浅井姫達が何も対策してないから無視しても良いレベルの強さなら助かるんだけど……」
「手も足も出ないから放置してるなら厄介やな」
浅井姫の集落は琵琶湖に面していますから流通には陸路を取らずとも水路で代用できますし街道に化け物が居ても放置していたんでしょうな。それでも討伐を依頼するのは浅井姫が集落を落とされた意趣返しとしてニニギ様に危害を加えようとしている可能性があります。ここは軍を率いて囲んで討伐するのが妥当なのでしょうが……
「取り合えず俺と鏑木で偵察して、倒せそうならそのまま倒してくるよ」
「お待ちくださいニニギ様、王が自ら出陣する必要はありません。斥候であれば忌部隊をお使い下さい」
「いやいや、さっきも話に出たけど俺に求心力が無いなら力を示さないといけないじゃない? 人に刃を向けるのは気が引けるけど化け物退治なら気が楽なんだよ。それにマレビトが恵まれた能力を持って居るのであればその力は困っている人々の為に使うべきだと思う」
まさかニニギ様は奈良と同盟国ならず、この日本に住む人々すべてが守るべき民だとおっしゃるのか。私の生まれた時代だと思いもよらぬ発想です。もし同じような発想を持った者が各地に居れば争いをせずとも勢力を拡大できるやもしれません。確か出雲の大国主はマレビトでしたな。間者を送り込んでどんな人物か調べてみるのも有りですな。
「それでは私が同行しましょう。現地のコヤネ氏に案内させ後はタマ様が来てくれれば相手を知らずとも百戦危うからずかと……」
「近衛はんは盾津の拠点の強化の仕事が有るからダメやで」
「むむむ、どうしても駄目でしょうか?」
「近衛はん以外に築城の知識が有る人がおらへんやん。あそこは重要拠点やさかい早期に要塞化しないとあかんと自分で言うとったやないの」
「タマが来てくれるなら楽勝だから近衛さんは自分の仕事をしなよ」
タマ様の炎はどんな相手でも一瞬で燃やし尽くすことでしょう。ニニギ様達が言う所の平安時代に活躍した俵藤太の伝説に有る琵琶湖の大ムカデとやらを一目見てみたかったのですが私の出る幕はなさそうですね。盾津の要塞化は最優先事項ですしここは身を引いておきましょう。
「むむむ、琵琶湖の大ムカデには後ろ髪を引かれますが縁がなかったとあきらめましょう」
この後、岐阜へ送る物資の量などを検討しようとしたら畝傍山の有る方角から樹木が裂ける様な轟音が鳴り響きました。
補足説明
朱丹とは奈良と三重県の間で取れる硫化水銀の鉱石で赤い色をしています。科学的には防腐・シロアリ除けの効果があり、呪術的に赤は生命の躍動を感じさせる色は邪を掃うとして神社の鳥居などにこの朱丹で色を塗られています。
藤原秀郷は琵琶湖周辺(下の方)に出る大ムカデを退治じ龍宮の使いから無限に米が出る俵を始めとした宝物を貰い俵藤太と呼ばれています。




