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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
歪みの戯曲
25/80

7話:届け物

 ヘルメスとジンがドルスロットに到着して数日が過ぎたと暖かな、とある日の事。

 木造の建物が並ぶ道を、お使いを頼まれたヘルメスとエリーゼは患者の元へ淡々と歩いていた。


「フフ、昨日も感じましたがこの村は変わりませんね」


 仕事を始めだす人々が行き交うこの道を歩きながらヘルメスは、その変わらない光景に笑みを零す。

 すると、ヘルメスの横に並ぶように歩くエリーゼも笑顔で相槌を打つ。


「あはは~♪ 代わり映えしないと言うほうが正しい気もしますけどねぇ~。ま、そこが王都とは違うこの村の良い所でもありますけどねっ!」


 財布と薬が入った籠を持つヘルメスの隣には、何故かジンではなくエリーゼが居た。

 コートを羽織っていないヘルメスと、ナース服のエリーゼは一人の老人の元へと足を進めていく。


「しかし……ジンと師匠を二人きりにしてきた事も心配ですが。……何故、エリーゼさんは自分に着いて来たんですか?」


「まぁ!? 私では不服だと!?」


「いえ、そう言う訳ではないのですが……」


 妙な視線を警戒していたジンは、病院に残るとヘルメスに伝えていた。

 そして恐らくアリスにその事を相談するつもりなのだろうと、ヘルメスはそれを了承して一人でお使いを済ませようと病院を出ようとしていたその時に。


「さっきも言ったじゃないですかぁ~。マスターが自分勝手な理由で病院を休みにしちゃったせいで私、物凄く暇だったんですよぉ~」


 意識を覚ましたエリーゼは慌ててヘルメスに同行すると申し出たのだった。

 ただでさえ病院の掃除などは全てアリスが一人でやってしまう為、病院が休みだとエリーゼは本当にエロ本を読むことぐらいしかする事がなかったのだ。


「まぁ、自分も一人では少し不安だったので助かります。お婆さんの家はそろそろでしたよね?」


「そうですよぉ~。とっとと偽のお薬を渡してショッピングを楽しむとしましょうっ!」


 結局あの後。

 あまりにも必死に泣きすがるアリスに、ヘルメスは無理矢理お駄賃を押し付けられてしまっていた。

 あくまでお駄賃の範囲を超えない額しか受け取っていなかったが、それでも買い物をするには少し多すぎるぐらいだ。

 しかし、おかげでアリスの願い通り、ヘルメスには買い物をする余裕ができていた。


「そうですね。少し簡易式インスタントコードと錬金術に使う材料も欲しかった事ですし早くお使いを終わらせるとしましょう」


 ヘルメスの発言にエリーゼは少し驚き、人差し指を唇に当てて首をかしげてしまう。


「あのヘルメス様が錬金術を? 何故急にそんな無謀な事を……」


「し、失礼ですねっ。……自分だってこう見えてちゃんと成長しているんですよ。はぁ、……ジンにカラーコンタクトを構築してやろうと思いましてね」


 ヘルメスはジンが偽人ホムンクルス特有の金色の瞳を気にしている事を知っていた。

 なので、カラーコンタクトでも買ってやろうとも思ったがこの村にはそんなものは売っておらず。

 仕方なく自分で構築する事にしていたのだ。


「なるほどぉ~。ジン君はヘルメス様に愛されてますねぇ~、羨ましい限りですぅ~」


「フフ、そこまで大層なものではないですよ。……ジンを見ているとカルロスを思い出してつい世話を焼いてやりたくなるんです。ただそれだけですよ」


 ヘルメスにとって、ジンは世話のかかる弟のようなものだった。

 しかし、エリーゼはその発言が納得いかないようで足を止めてしまう。


「え~……、でも私がジン君に夜這いをかけた時のヘルメス様――――嫉妬してませんでした?」


 あまりにも予想だにしない言葉に、ヘルメスは身体をピクッと反応させて思わず足を止めてしまう。


「はい……?」 


 自分が嫉妬をしていた。

 そんなはずは無い、とヘルメスが困惑しているとエリーゼは悪戯っぽい笑みを浮かべ。


「いやぁ~、てっきり私はヘルメス様とジン君は深~い仲なんだなぁって感じましたけどねぇ~」


 ヘルメスは考えてしまう。

 確かにジンはリディアの救出を手伝ってくれたり、腕を犠牲にしてまで身を挺して自分を救ってくれた恩人だ。

 本当に感謝している。

 だからこそ、恩返しにとジンの腕を師匠に構築してもらえるように頼み込んだり、カラーコンタクトを構築してやろうとしていたが。


「フフ、何を言い出すかと思えば……ジンは自分にとって恩人であり、弟みたいなものですよ」


 それは決して恋愛感情に結びつくものではない。

 だが、やはりエリーゼは納得してくれないようで。


「そうですかぁ~……なら――――私がジン君貰っちゃいますよ?」


 その時。

 ヘルメスは自分がどのような顔をしていたのかはわからないが。


「じ、冗談ですよぉ~、あはは~……さ、さぁ! 早くお使いを済ませましょうっ!」

 

 エリーゼは引きつった笑みを浮かべながら、慌ててヘルメスの腕に絡みつき、目的地を目指すべく再び歩き出す。

 無言のまま腕を引っ張られて歩くヘルメスは、少し自分でも驚いてしまう。

 よくわからないモヤモヤとした感情が芽生えていたのだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 時は同じくして、ジンとアリスは険しい表情で病院の居間に居た。

 互いに足を開き、ふてぶてしい態度で椅子に座っている。


「……妙な視線だぁ? つか、そんな事ぐれぇで忙しい俺様の邪魔してくんじゃねぇよクソガキ。どうせテメェの見てくれのせいだろうが」


 ジンが感じた胸騒ぎの原因について話すと、アリスは明らかに面倒くさそうな表情で頭をかいて病院の外へと視線を向ける。


「そんなに俺って目立つか?」


 呆れるようなその発言にアリスはジンへ視線を変え、まじまじとジンの容姿を見つめだす。


「……テメェ鏡で自分の面ぁ見てこい」


 普通、銀髪に金色の瞳をした人間など存在しない。

 アリスは厳ついサングラスをテーブルに置き、溜息を吐きながらジンに告げる。


「俺やヘルメスの瞳、こいつが何なのかは当然知ってんな?」


 人差し指で自分の朱色の瞳を指すアリス。


解読眼デコードだろ、それが何だってんだよ?」


「そりゃ世の中にゃ色んな人種が居るし、髪の色だって人によって違ぇ。だがなぁ、人間の瞳ってのは碧眼か解読眼デコード特有の朱色しか無ぇんだよ」


 つまりそれ以外の瞳を持つ者は明らかに普通ではないのだ。


「金色の瞳なんてもんは偽人ホムンクルス特有のもんだ。まぁ、そいつをを知ってる奴なんてそう居るもんじゃねぇがな。なんせ偽人ホムンクルスなんてもんが構築できた実例は極めて稀だからな。こんな村にそれを知ってる奴なんでまず居ねぇ。つまり、だ! テメェの髪が問題なんだよクソガキ。そんなに視線が気になんならいっそ染めちまえ」


「……」


 最初はジンも自分の容姿が原因だと思っていたが。

 しかし、どうもそれだけではない何か不穏なものを感じていた。

 今はそれを感じないが、身に覚えがある恐怖に身体が震える程だった。

 深刻な表情で黙り込んでしまうジンに見かねたアリスは、頭を掻きながら静かに口を開いていく。


「チッ。……テメェ、自分の中にあるもんについてどこまで認識してんだ?」


 それは伝説の錬金術師アンチスミスの遺産、賢者の石についてだ。

 ジンは自分の胸に掌を当て、不審に思いながらも自分の知っている情報をアリスに告げる。


「……賢者の石は原点オリジンコードを無限に出す永久機関なんだだろ? それがどうしたってんだよ」


 しかし、アリスは両腕を組んだまま首を横に振る。


「全然わかってねぇな。原点オリジンコード――――つまり賢者の石を使えば、知識さえありゃぁ何でも構築できるってわけだ。ただ、賢者の石はその知識すら手に入れる事ができるってとんでもねぇモンなんだよ。ま、テメェの媒体にされてる今はせいぜい原点オリジンコードを出す事しかできねぇみてぇだがな」


 構築したい物を望むがままに構築できる。

 本来の賢者の石とはそういうモノだとアリスは言う。

 しかし、それではまるで――――


「おい……そんなのまるで原典エメラルドタブレットみてぇじゃねぇか」


 謎に包まれた存在、原典エメラルドタブレット

 全ての答えを知り得るモノと語られている。

 ジンの口からその単語を聞くと、アリスはニヤリと表情を歪ませ。


「ほぉ、ちったぁ頭が良いみてぇだな。だが、原典エメラルドタブレットと賢者の石はまったくの別モンだ」


 ジンが理解できていないままアリスは続けていく。


「アンチスミスと呼ばれる錬金術師は奇妙な存在でなぁ。過去の文献がまったく存在しねぇ上に正確な名前すらわからねぇ。そのクセ、実際に存在した事だけは確かに証明されてんだ。テメェの中にある賢者の石がその証明の一つだ。それに……唯一、原典エメラルドタブレットを見つけた人間だって伝説も残ってやがる」


 どこに存在するのか、そもそも形状すら謎の原典エメラルドタブレット

 しかし、アンチスミスはその原典エメラルドタブレットを見つけていたと語り継がれていた。


「アンチスミスは原典エメラルドタブレットの力を使ってようやく賢者の石を構築したらしい。だからこそ賢者の石はこの世に一つしかねぇ。だからこそ、人は、錬金術師は、何でも構築ができる賢者の石を手に入れたがってんだよ」


 アリスの言いたい事に、ジンはようやく気づく。

 先日感じた視線の正体、それは。


「つまり、アンタが言いたい事は……誰かが賢者の石を狙ってる――――それも既にこの村に居る可能性があるって事か?」 


「まぁ、あくまで推測に過ぎねぇ。最悪のパターンを想定してみたまでだ」


 あまりにもジンが視線の正体を気にするので、アリスはそう見解を口にしたのだった。


「もしそうなら何で賢者の石の在り処がバレてんだよ…手mm」


「んなもん知るか。ただ……まぁ、心当たりがねぇ事はねぇ。お前ぇもそうだろ?」


 ジンの知る限り現在、賢者の石が自分の身体に隠されている事を知る人間は限られていた。

 ヘルメスにリディア、アリスとエリーゼ。

 そして。


「まさか……ッ。フェイクかッ!?」


 それ以外にも知られている可能性はあるが。

 アリスはジンの告げた以外の答えを用意していた。


「フェイクの弟子って可能性もあるが……どうも最近、妙な噂が耳に入ってきやがってな」


「妙な噂だ?」


 どこか口を開く事を躊躇いながら、アリスはそれをジンに聞かせる事にした。


「実際に目撃者だって居ねぇし、ただの噂だとは思うが。……謎の集団があっちこちで動いてるって話だ。どんな目的で動いてんのかも不明だが、もし実在するなら賢者の石を狙ってる可能性だってあるかもな」


 謎の集団の存在を聞かされ、表情を曇らせるジンだったが。

 それを伝え終えると、アリスはおもむろに席を立ち。


「まぁ、テメェがどうなろうと俺の知ったこっちゃねぇ。せいぜい気ぃつけるこった。俺はヘルメスの為に色々とする事があんだ、もう行くぞ」


 足早に居間から退出していくアリスに、ジンはつい尋ねてしまう。


「アンタは……賢者の石、欲しくねぇのかよ」


 どんなものでも構築が可能な賢者の石を前にして、まったく興味を示さないアリスをずっと不審に思っていたのだ。

 それこそアリス程の錬金術師ならばジンから賢者の石を奪う事も可能かもしれない。

 ジンはアリスに背を向けたまま、目を閉じて静かにその思いを口にする。


「賢者の石さえあればヘルメスが失くした感情を構築してやる事も……あいつの母親だって治せんじゃねぇのか?」


 だが、アリスは。


「……死んだ人間を蘇らせたり、新たに構築したりできねぇのと同じで、人間ってのはそんな単純なもんじゃねぇんだよ。くだらねぇ事言ってんじゃねぇクソガキが。チッ、時間とらせやがって……」


 賢者の石という誘惑を持ってしても、アリスはそれに手を出そうとはせず。

 ただ、哀しみの篭った声でジンにそう告げてから居間から姿を消していく。


「ケッ。……結局、何も解決してねぇじゃねぇか」


 妙な視線の正体が掴めず、不安になりながらジンはじっとヘルメスの帰りを待つのであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ヘルメスとエリーゼは現在、木造の建物の前で一人の老人と話しこんでいた。

 老人は薄いカーディガンを羽織っており、腰の曲がった小柄な女性。


「いやぁ、歳はとりたくないねぇ。こうも腰が痛いとアリスちゃんの病院に行くのも一苦労でねぇ、本当に助かるよ、ゲホッ、ゲホッ」


 老人は先程から何度も自分で腰を叩いてはむせ返り、ヘルメスとエリーゼを心配させていた。

 

「大丈夫ですか!? やはり一度実際に病院に来られた方が……」


「う~ん……、本当に酷いようであればマスターをお連れしますがどうしますぅ~?」


 激しく咳をする老人の肩を擦るヘルメスとエリーゼ。

 しかし、老人はそんな二人に対して微笑みながら首を横に振り。


「あー……いい、いい。どうせアリスちゃんなら頻繁に来てくれてるからねぇ。いつもの事さね、その時にでも相談してみるよぉ」


「そうですか……」


 弱々しく二人の手をゆっくりと離す老人にヘルメスが不安な表情を浮かべていると、珍しく真剣な表情でエリーゼは考え込むように手を組み。


「本当に処置が必要なのであれば既にマスターがしているはずですし……。一応、帰ったらマスターには報告しておきますね?」


「ふふ、どうせ『ババアの戯言だ』って言われるよぉ?」


 乾いた笑い声をあげるエリーゼだが。

 ヘルメスはとても笑ってはいられなかった。

 老人の身を案ずるあまり、無言のまま浮かない顔をしてしまう。


「何故、師匠は……」


 今回届けにきた薬は、ただの粉末で偽物の薬。

 これを飲んだからといって老人の容態は回復しない。

 老人の弱々しい姿を目の当たりにして、ヘルメスは拳を強く握ってしまう。

 唇を噛み締めるヘルメスに気づいた老人は、優しく微笑み。


「んー……ヘルメスちゃん、だったねぇ。せっかくの美人さんなんだから恐い顔は似合わんね。あんたの事はアリスちゃんからよーく聞いとるよ」


「え」


 ふと、ヘルメスは力の抜けたような反応をしてしまう。

 そして老人は笑顔のまま、シワだらけの両手でヘルメスの頬を優しく撫でだし。


「ふふ、『錬金術師としてはまだまだヒヨっ子だ』ってねぇ?」


「えと、その……」


「……まぁ、事実ですね、っと!?」


 いきなり振り向いてきたヘルメスの冷ややかな視線に、エリーゼは素早く顔を背けて口笛を吹きだす。

 だが、ヘルメスも自覚していた。

 自分でも自覚しているからこそ、ヘルメスは自分が許せずにいた。

 あのアリスから修行を受けているにも関わらず、未だ錬金術の腕が上がらない事に対し、肩を落として深い溜息を吐いてしまう。

  

「でもね?」


 背後からの暖かみのある声に、ヘルメスはゆっくりと首を向ける。


「『誰かの為に本気で怒れるヘルメスは、優れた錬金術師なんかより何倍も価値がある』って本当に嬉しそうに言ってたよぉ」


 アリスは三英傑ゴールデンナイトに抜擢される程の優れた錬金術師だった。

 その事もあり、数多くの錬金術師達を見てきていた。

 だが。

 そんな錬金術師達よりも、ヘルメスを誰よりも高く評価していた。

 錬金術師としてではなく、一人の人間として。


「師匠がそんな事を……」


 曲がりなりにも錬金術師のヘルメスとしては、どこか腑に落ちない所もあるが。

 それでも自分を評価してくれる、ちゃんと見ていてくれる人が居ると再認識しさせられて嬉しくなってしまう。


「はいはい~! 私もマスターに同感ですねぇ~。特にっ!! ヘルメス様の胸は、おっぱいはとても価値があると思いますっ!!」 


「ち、ちょっとっ!! エリーゼさんっ!! 声が大きいですってっ!!」


 ヘルメスの胸を大声で褒めるエリーゼに、道行く人々も、特に男性が足を止めて反応していく。

 白昼堂々と自分の胸を指摘され、ヘルメスは頭から湯気が出そうな程に顔を赤くさせ。

 胸を庇うように両手で隠すが、それでも零れんばかりの豊かな胸は更に人々の注目を集めてしまう。

 しかし、エリーゼに気づくと人々はバツの悪い顔を浮かべて再び過ぎ去っていく。


「あららぁ~? せっかくのおっぱいを目の前にしてどうしたんでしょうねぇ?」


 人差し指を口元に当てて視線を上にするエリーゼと、胸を隠していた両腕を下ろしてホッとするヘルメス。

 そんな二人の姿を老人はとても愉快な笑顔で見つめていた。


「昔は私もそこそこモテたんだがねぇ。これが若さというやつかい。やだねぇ、歳をとるってのはぁ……。ふふ、アリスちゃんに若返りの薬でも作ってくれるように言っといておくれ」


 アリスなら本当に不老の薬すら作ってしまうのではと、ヘルメスとエリーゼは表情を引きつらせてしまう。

 それ程までに、時にアリスは誰もが不可能だと嘲笑ってきた事を可能にしてきたのだ。

 すっかり表情が柔らかくなったヘルメスに、老人は改めてしわくちゃな笑顔を送り。


「ヘルメスちゃんのお師匠さん、アリスちゃんは本当に優しい人さね。わざわざ王都からこんな村に引っ越してきて私らの健康を守ってくれとる……。皆が感謝しとるよ。だから、ヘルメスちゃんが私の事で怒る必要なんて無いさね。ゲホッ、……もう私も、歳だしねぇ」

 

 その言葉に、ヘルメスは気づかされる。

 アリスが困っている人を放っておくはずがないのだ。

 それを誰よりもヘルメスは知っている。

 本当に処置が必要ならば、エリーゼが言っていたようにアリスはもう既にしているはず。

 だが、今の老人からは回復の兆しが見られない。


「あの……エリーゼさん、」


「ヘルメス様。お薬も無事渡せた事ですしぃ~……そろそろ行きましょう、ね?」


 あえてヘルメスから言葉を奪うように手を握り、老人に深々と頭を下げてこの場から去ろうとするエリーゼ。

 だが、その行動がヘルメスの考えを確信させてしまった。


 この老人はもう長くないのだ。


 しかし、不思議と悲しいという感情は湧いてこなかった。

 自分の母と久しぶりに会った時もそうだった。

 ヘルメスはそんな自分に違和感を覚えながら、今は老人にただ精一杯の笑顔を向ける。


「……お婆さん、どうかお元気で」


 とても短く、ありきたりな言葉しか出てこない。

 だが、老人にヘルメスの気持ちはしっかりと伝わっていた。

 エリーゼは眉間に少しシワを寄せて複雑そうだったが、ヘルメスは頭を下げて二人でこの場を後にする。


「アリスちゃんに会えなかったのは残念だったけど……。わざわざ自慢の娘に会わせてくれたんだねぇ。とっても優しくて良い子じゃないの。ふふ、元気も貰えた事だし……。どれ、私もまだまだ長生きしてみようかねぇ」


 二人の姿が見えなくなるまで老人は笑顔で小さく手を振り続け、家の中へと戻っていく。

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