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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
歪みの戯曲
23/80

5話:狂喜乱舞する男

「……報告によるとヘルメス=エーテルは現在、アリス=テレスの病院に居るらしいぞ」


 黒いローブを纏った男性が、重苦しい声でドルスロッドの人気が無い場所でそう告げる。

 すると、その横で同じく黒いローブを纏う女性が頷く。


「アリス=テレス……今回の任務で最も注意すべき男ね。このまま伝命があるまで監視を続けるわよ。……あの男に暴れられると面倒だ、くれぐれもこちらの存在を悟られないよう慎重に動きましょう」 


 何故かヘルメスを狙う二人の男女はその場から姿を消していく。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 自分が壊してしまった母との再会を果たしたヘルメスは、ジンとアリスそして床で意識を失っているエリーゼの居る部屋へと戻ってきていた。


「……戻りま――――って、な、何ですこれはっ!? ……師匠っ!!」


 先程より更に荒れ果てた居間の現状に、ヘルメスは驚きと怒りでアリスを睨みつけて叫ぶのだった。


「ち、違うんだ愛しのヘルメスっ!! これは、そう! 全部そこのクソガキが……」


 ほぼアリスのせいでこの居間は現在、悲惨な状況だった。

 床や壁の一部は破壊され、テーブルなども粉砕されている。

 だがアリスは真っ先に自分が疑われた事にショックを受け、何とかジンに責任をなすり付けようと指を差すが。


「……本当かジン?」  


 何も言い訳をしないジンに、ヘルメスは本当にジンがここまでしたのかと問いただそうと冷たい表情で静かに近づくが。

 ジンはどこか浮かない表情で床に視線を落としたまま立ち尽くしていた。

 先程、アリスから告げられたヘルメスに起きている異変を聞かされた事もあるが。

 どうも妙な視線が自分達を監視しているような気がしていたのだ。


「どうした、一体何があったんだ……?」


 ヘルメスはジンの様子から只ならぬ何かを感じ、腕を組んで心配するが。


「……」


 アリスも無言で何故か窓の方に視線を向けていた。


「……いや、何でもねぇ」


 何故かジンはヘルメスから視線を逸らし、素っ気無い返事をしてしまう。

 アリスに脅されでもしたのかとヘルメスは勘ぐっていたが。

 しかし、実際には違う。

 ヘルメスは外部法則を使用した事によって感情の一つを失っている。

 ジンはヘルメスが式崩しを構築した時に、すぐ側に居たというだけで責任を感じていた。

 そのせいでこのような態度を取ってしまったのだ。

 不審に思うヘルメスに気づいたアリスはジンの様子に慌てて二人の間に入り、ヘルメスの肩に手を回す。


「わぁったよ、後でちゃんと掃除すっからそんな恐い顔すんなよヘルメス~。せっかくの可愛い顔が台無しになっちまうぜぇ?」


「ふ、ふざけないでくださいっ!」


 頬を赤らめるヘルメスに、すっかりと鼻の下を伸ばすアリス。

 しかし、ジンは未だ浮かない顔をしていた。


「……おい、エリー。テメェもいつまで気絶したフリしてんだ。ちゃんと加減してたはずだぞ、早く目ぇ覚ませ」


 アリスの一言にエリーゼは身体をピクッとさせ。


「……何で邪魔するんですかねぇ~? この位置からだともう少しでヘルメス様のパンツが見えそうだったのにぃ~……」


「は!? え、エリーゼさん!!」


 そう言ってむくりと立ち上がるエリーゼに、ヘルメスはすかさずスカートを両手で押さえつけて更に恥かしさで紅潮してしまう。

 恥らうヘルメスに、ジンは少しホッとしてようやく微笑むのだった。

 感情の一つが消えていても、やはりヘルメスはヘルメスだったから。

 すると。

 安心したのかジンの腹から空腹を知らせる音が居間に鳴り響く。


「あー、ちきしょう。クソジジイと運動したせいでまた腹減ってきやがった……。なぁ、ヘルメス何か料理作ってくれよ。前に約束しただろ?」


 ジンとヘルメスは、オプリヌスの研究施設で約束をしていたのだ。

 戦いが終わればヘルメスが手料理をもう一度ジンに振舞うと。

 しかしここに来るまでの道中、中々その機会が無かったので約束は果たされていないままだった。


「はぁ……本当によく腹を空かせる奴だな」


 額に手を当ててヘルメスは溜息を吐くが。


「フフ、良いだろう。約束は約束だ、今から自分が腕によりをかけて手料理を振舞おうじゃないか!」


 腕を組んで得意げな笑みを浮かべるヘルメスに、アリスは再び只ならぬ殺気をジンに向ける。


「おうおう……こんのクソガキィ……ッ!! 俺のヘルメスに料理作れだぁ……ッ? テメェ、何様のつもりだ調子に乗ってんじゃねぇぞッ!!!」


 拳をジンの顔面に振り上げようとするがジンはそれを避けようともせず、ほくそ笑んで余裕の態度を取っていた。

 すると、ヘルメスの冷ややかな視線がアリスを激しく突き刺してその動きを止める。

 

「師匠、自分は今から皆の昼食を作ってきます。厨房を借りますね」


「あ、はい……」


 弟子であるはずのヘルメスに思わず敬語で返事をしてしまうアリス。

 悔しそうに拳を握ったまま、恨めしそうにジンを見てみると。


「学習しねぇなぁ。やっぱジジイになるとボケてくんのか?」


「こ……の……ッ!!!」


 憎たらしい笑みを浮かべ、牙を少し見せるジンにアリスは歯軋りを立てて怒り死にそうになっていた。

 明らかに自分よりこの偽人ホムンクルスの青年を優遇するヘルメスに、血涙を流して悔しがる。


「ヘルメス様~、私お手伝いしますよっ! 性欲処理まで何なりとご命令くださいませ~♪」


 身体をくねらせ、両手を擦りながらヘルメスに近づくエリーゼ。

 少し不安になってしまうが、顔を真っ赤にさせながらヘルメスはエリーゼに手伝って貰う事にする。


「り、料理の手伝いだけで結構ですから! では行きましょうか」


 ヘルメスが居間からエリーゼを引き連れて退出しようとするが。


「ヘルメス。ちょっと待て」


「……今度はどうしました?」


 背後からアリスに呼び止められてしまう。

 若干、呆れながらヘルメスは振り返るが。

 アリスの表情は真剣だった。


「あいつの様子はどうだった?」


 あいつとは、ヘルメスの母を指している。

 ヘルメスは表情を曇らせながら、病室の母を思い出す。


「何故か今日は起きていたようですが……相変わらずでした」


「そう、か。……ま、厨房の食材は好きに使って構わねぇ。料理の腕が鈍ってねぇ事を祈って楽しみに待ってるぜ」


「フフ、はい。任せてください」


 上機嫌で自分の腕を掴むエリーゼと共に、二人は厨房へと向かっていく。

 その様子を二人の男は、ズボンのポケットに手を仕舞って静かに見送った。


「おい、クソガキ」


「何だよクソジジ」


 険悪とした雰囲気を漂わすこの二人。

 しかし、今はそれよりも。

 二人はヘルメスを心配していた。


「今回の代償がわかったぞ」


「あぁん? ……それ本当なんだろうな?」


 ヘルメスが外部法則の代償として失った感情に、ヘルメスが戻ってきた時の様子と先程のやり取りでアリスは確信した。


「今回、ヘルメスが失ったのは――――哀だ。間違いねぇ……」


「根拠は……?」


 粉々になったテーブルの近くに置かれた椅子にアリスはゆっくりと近づき、ズボンの両ポケットに手を仕舞ったまま両足を伸ばして座って天井を仰ぐ。

 ジンも、椅子に腰掛けてアリスの言葉を待つ。


「あいつが……ヘルメスが……あの事件以来、母親に会って泣かなかった事なんてねぇんだよ」


 あの事件、それはエーテル家の悲劇だろうとジンは察するが。

 つい先程からずっと疑問に思っていた事を口にする。


「ヘルメスの家族ってのは――――」


 ジンの中で、オプリヌスの発言が記憶から蘇る。


 錬金術がまともに使えなかったが為に家族を失い――――挙句の果てにエーテルの名を地に貶めた。


 そして、ヘルメスの口ぶりからも家族を失ったという事が伺えた。

 しかし。


「――――全員、死んだんじゃねぇのか……?」


 口ごもりながらそう発言するジンに。

 アリスも口を開く事を躊躇っていたが。


「……確かにヘルメスはあの事件で家族を失った。親父や大切な弟まで死なせちまった。だが……母親は生きてる。……今もこの病院で俺が隔離して面倒を見てる」


 ヘルメスの母親は生きている。

 だが、何故ヘルメスは母親が生きているにも関わらず家族全員を失ったような発言をしていたのか、ジンにはそれが疑問だった。

 そして、隔離という只ならぬ発言に嫌な予感しかしない。


「……どういう事だよ」


 アリスは眉間にシワを寄せ、悔しそうに声をこもらせ。


「あいつ……ヘルメスの母親は――――心がイカレちまってんだよ」

 

 心が壊れている。

 だから、病室に閉じ込めて治療をしているとアリスは告げる。


「……俺以上の医者なんてこの世に存在しねぇ。……言っておくがこれは自信過剰でも何でもねぇ。事実だ」


 ジンに改めてそう釘を刺してから。


「だがなぁ……それでも。……どれだけ俺が研究を重ねて錬金術を使おうと、リリアンの心を治してやる事はできねぇんだ。心ってのは、人間がどうこうできるもんじゃねぇんだよ。テメェならわかんだろ……フェイクのスレイブ歯車ギアですら完全にテメェの心までは支配できてねぇ。だから……テメェも苦しんでんだろ? ……俺がリリアンにしてやれる事はせいぜい現状を維持してやるだけだ」


 リリアンと呼ばれる人物がヘルメスの母の名であろう事はわかった。

 そして、ジンは自分の胸に自然と掌を当てて視線を床に落としてゆっくりと口を開く。


「……で、その心がイカレた母親に再会しても泣いた様子の無かったヘルメスが今回失った代償は、……哀だってか?」


 あぁ、と短く頷くアリス。

 髪を掻き毟りながら、ジンは躊躇しながらもまた質問をしてしまう。


「エーテル家の悲劇って……あいつ何やらかしたんだよ。少なくとも死人が最低二人は出てんだろ? ……それに人間の心がそこまで簡単に壊れちまうような事件だったのか?」


「テメェ……何も聞かされてねぇんだな。……なら、俺が言う訳にはいかねぇ。どうしても知りてぇならヘルメスから直接聞け。――――ただしッ!! あいつをもし苦しめるような事になったら俺はテメェを死ぬまで殺し続ける……ッ!! 永遠にな……ッ!! ……そこんとこ忘れんじゃねぇぞクソガキ」


 そして、アリスは椅子から立ち上がってこの居間から出て行こうとする。


「おい。クソジジイ、どこ行くんだよ」


 椅子に座ったままのジンに、大量の青筋を立てて苛立ちの声を上げるアリス。


「テメェのせいで滅茶苦茶になったこの居間を元に戻す材料取りに行くんだよッ!! 早く戻しておかねぇとヘルメスに怒られんろうがッ!! 大体こんな豚小屋みてぇな汚ったねぇ部屋なんかで”俺の為に”作ってくれてるヘルメスの愛情たっぷり手料理を食うわけねぇだろッ!!! テメェのせいなんだからちったぁ手伝えクソガキッ!!!」


 アリスの発言にジンも勢いよく立ち上がり。


「あぁんッ!? おいおいおいおい俺のせいじゃねぇだろッ!! 元はと言えばお前ぇが意味わかんねぇ因縁ふっかけてきたのが事の始まりだろうがッ!! あと勘違いしてるみてぇだから言っとくけどなぁッ!! ヘルメスは”俺の為に”作るついでにお前ぇらの分も作ってやるだけだからなぁッ!?」


 険悪のムードの中。

 どこか似た雰囲気を放つ二人は、そのまま罵り合いながら仲悪くこの居間を退出していった。

 そして、アリスの錬金術によってすっかりと元に戻った居間で四人は無事に昼食をとる事ができた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 アリスが経営する病院の居間。

 そこは先程までの荒れようが嘘のように、本来の姿を取り戻している。

 破壊されたテーブルもまっさらな状態になっており、数多くの絶品料理が並べられていた。


「う、ぉ、ぉぉぉ……っ!! 旨ぇ……旨ぇよぉぉぉ……っ!!」


 久しぶりにヘルメスの手料理を食べる事ができ、アリスは感動のあまり涙を流し皿に盛られた料理を次から次へと掻き込むようにして胃に納めていく。


「ふへぇっ!! ひゃっは、ヘフメフはひょうひのへんはいははっ!!」


 ここに到着するより前に、飯屋に寄り道をしてヘルメスの所持金を全て使う程の量を平らげていたジンだが。

 アリス以上に、まるで呑みこむようにしてヘルメスの手料理に舌鼓を打ちながら貪っていた。


「まったく……。二人とも。喜んでくれるのは嬉しいが……そんなに慌てて食べると喉を詰まらすぞ?」


 料理に群がる豚のような二人とは対照的に、ヘルメスとエリーゼは行儀良く静かに昼食をとっている。


「あはは~、食事中だというのに……なんとも汚い絵図らですねぇ~」


 と、呆れつつも。

 ちゃっかり、ジンやアリスに自分の分を奪われないようにして箸をどんどん進めていくエリーゼ。


「まぁ、それだけ自分の料理が好評というのはやはり嬉しいものですね。フフ」


 自分の作った料理がかなり好評な様子に、ヘルメスは笑顔を浮かべながら久しぶりの大人数での食事を楽しんでいた。


「っ!? おいクソジジっ! それは俺のもんだっ! お前ぇの汚ねぇ箸で横取りしようとしてんじゃねぇっ!!」


 ジンの前に置かれた皿にアリスが箸を伸ばすと、ジンがそれに気づき素早く自分の箸で掴んで制止する。


「……あぁ? 女神すら霞むヘルメスの手料理は、テメェみてぇな喰えりゃ何でも良い奴には勿体ねぇ。……よこせクソガキっ」


 何故か隣同士にさせられていた二人は、互いに箸を軋ませ一向に譲る気配が無い。

 ヘルメスの手料理を巡り、火花を散らす壮絶な争いが始まろうとしていると。


「食べならなら貰いますよぉ~?」


 突如、のほほんとした声と共にハゲタカの如く第三者の箸が皿に伸びようとした。

 その瞬間。


「「あぁんッ!?」」


 凄まじい殺気が、箸の持ち主であるエリーゼを襲い動きを止めさせる。


「……い、いやですねぇ~、か、軽い冗談ですよぉ~」


 引きつった笑みでゆっくりと箸を引き戻すエリーゼに、二人の男は青筋を立てながら互いを睨みつけて、箸で牽制をし合っていた。


「おいこらクソガキ……誰がこの居間元に戻したと思ってんだぁ? テメェはただ見てただけだろッ!!」


 荒れ果てた居間を綺麗に元通りにしたのはアリスだった。

 まず壊した物や箇所を錬金術で瞬時に新品同然に修繕し、そのチンピラのような見た目からは想像できない程の見事な掃除テクニックを披露して埃一つ残さない美しい空間を手がけたのだ。


「……っ! おいおい、もう忘れたのかボケジジイ? 誰があの馬鹿みてぇな量運んできたと思ってんだぁッ!?」


 二人の乱闘により、いたる箇所が破壊されていたこの居間。

 錬金術でそれを修復しようにも膨大な資材が必要だった為、アリスはその殆どをジンに運ばせていた。

 ジンが資材のある部屋とこの居間を何往復させられた事かもう思い出せない。


「止さないか。食事中だぞ? せっかくこうして皆で昼食を食べているんだ、もっと楽しい雰囲気を作ろうと思わないのか?」


 言い争いをする二人に、ヘルメスの澄んだ声が聞こえてくる。

 二人は同時にヘルメスを見つめ、バツの悪そうな表情で互いに箸に入る力を弱めて俯いていく。


「……ほら、見ろ。お前ぇのせいでヘルメスに怒られたじゃねぇか……」


「アンタが悪ぃんだよ……」


 そして、二人は先程までとは違い、静かに食事をとっていく。


「やれやれ~……。これじゃどちらが保護者かわかりませんねぇ~」


 その様子にようやく穏やかに食事をとれることに安堵するエリーゼだった。


 



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 四人は昼食を終え、テーブルの上には大量の皿が置かれている。

 エリーゼはついつい食べすぎて、ジンは料理の味に感激してすっかり椅子にもたれかかっていた。

 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 ヘルメスが今回、アリスの元を訪れたのはジンの腕を構築して貰う事が第一の目的だが。

 それと同時に王従士ゴールデンドールとしての任務も受けている。

 昼の休憩ムードが流れる中、ヘルメスはようやくそれを口にしていく。


「……あの、師匠」


 食事を終えて、ヘルメスは背筋を伸ばし両手をしっかりと膝に当てて少し他人行儀な雰囲気でアリスに向き合う。

 自分を見つめてくるヘルメスにアリスは少し不安になりつつ。


「おう、どうしたマスキュアのように美しさと強さを持つヘルメスよ」


 腕を組んでいつものように返事をするアリスに、ヘルメスは真剣な表情で伝える。


「今回、自分はジンの腕を新たに構築して貰う為に来たのですが……実は――――」


 放心状態のオプリヌスを口の利ける状態に治す為に、アリスをギリスティアの王都に連れてくるよう命じられていた事をヘルメスは説明していく。

 和やかだった居間は、ヘルメスの発言で一気に緊張の雰囲気を漂わせていった。

 

「……なるほど、な。ケッ! あいつとも長ぇ付き合いだが……ハリンヒの野郎め、相変わらず姑息な手段使ってきやがる、何も変わってねぇなあのハゲ野郎」


 度々、ギリスティアの王従士ゴールデンドールから現場への復帰を要請する手紙が届いていたにも関わらず。

 文面を確認する事なくエリーゼに手紙を全て処分させ、アリスは無視を決め込んでいた。

 だが今回ばかりは狂った錬金術師フェイクの弟子であるオプリヌスを捕まえた事で、姑息な手段と罵られようがハイリンヒも動かざるを得なかった。

 だからこそ、王従士ゴールデンドールとしての自覚が人一倍強く、アリスが溺愛する愛弟子のヘルメスにアリスをギリスティアへと連れて来るように命じたのだ。


「師匠……自分と共にギリスティアへお戻りください。皆が師匠の力を必要としています」


 ヘルメスとアリスの重苦しい雰囲気に、ジンとエリーゼは黙っている事しかできなかった。

 そして。

 王従士ゴールデンドールとしてのヘルメスから、ハイリンヒの命を聞かされたアリスは顔を渋らせ首を横に振る。


「いくらヘルメスの頼みでも……そいつぁ無理な相談だ」


「な、何故です!?」


 アリスの返答にヘルメスは勢いよく立ち上がり、思わずテーブルを強く叩いてしまう。

 そのせいで僅かにテーブルにヒビが入り、ジンとエリーゼを驚かせる。

 だがアリスは静かに目を閉じて淡々と告げる。


「……わかってる。今のギリスティアはフェイクの凶行を止めようと必死だ。何やかんやで人手不足なんだろうよ。で、あのオプリヌスを捕まえたもんだ。ハイリンヒが焦んのもわかんねぇでもねぇが……だがなぁ――――」


 世界の平和を脅かすフェイクを、ギリスティアは積極的に捕えようとしている。

 自国の王従士ゴールデンドールを多く世界各地に派遣している為に人手が足りないのだ。

 そして、フェイクを捕まえる糸口になるかもしれないオプリヌスを先日ようやく逮捕する事に成功したが。

 肝心のオプリヌスは魂の抜け殻状態となっており、それを口が利ける状態にまで治す事は現在のギリスティアには難しいかもしれないと考え、今回アリスに白羽の矢が向けられた。

 それをアリスも理解していた。

 しかし。


「――――俺は今のギリスティアが……ミストレアの考えがどうしても気に喰わねぇ」


「……ッ!!」


 ギリスティアの現国王、慈愛王ミストレア=サールージュ。

 それは、かつてアリスが忠誠を誓った少女の名だった。

 身体を小刻みに震わせ、ヘルメスが徐々に怒りを募らせていくのがわかる。

 せっかくアリスが新品同然に構築したテーブルに、その発言を受けて両手を力強く押し当てて軋ませてしまう。

 だが、アリスは平然と静かに目を閉じたまま口を開こうとしない。

 不審に思ったジンがヘルメスの様子に急いで近づき、優しくその手に自分の手を被せる。

 

「……何そんな怒ってんだよ。……今度はお前がテーブル壊す気か?」


 ジンの言葉にヘルメスはふと我に帰り、すぐに力を弱めていく。


「す、すまない」


 そして、ジンに手を放されたヘルメスはそのままジッとアリスを見つめ。


「……師匠。いくら師匠でも陛下を侮辱する事は自分が許しません。……言葉には気をつけてください」


 とても張り詰めた表情のヘルメスに、アリスは無言のまま肩をすくめるだけで謝罪の言葉は出てこなかった。

 アリスの不貞腐れた様子に見かねたエリーゼが何とかこの場を取り繕うと席を立ちだし。

 

「さぁ~さぁ~、せっかくルメス様もこうして戻って来たわけですしぃ~? 日々の疲れを癒す意味でも当分ゆっくりしていってくださいよぉ~。サ~ビスしますよぉ~? うへへぇ~、うちは本番行為も大丈夫ですぜぇお客さん~♪」


 まだジンの腕も構築して貰っておらず、王従士ゴールデンドールとしての任務も達成できていないヘルメスは一先ずエリーゼの申し出を受け入れる事にした。


「そう……ですね。このままでは自分も王都に戻れませんし……申し訳ないですが師匠を説得するまで、お言葉に甘えてしばらくジンとこの病院に滞在させてもらっても構いませんか?」


 病院の主はアリスだが、ヘルメスがエリーゼにそう頼み込むとアリスは目を閉じたまま肩をピクッと反応させていた。


「ま、待てっ! 俺もなのかっ!? つか、それいつになるんだよっ!?」


 ジンはこのままドルスロッドに滞在するという予想外のヘルメスの発言に、心底驚いて身をたじろがせてしまう。

 未だ不機嫌そうに黙ったままのアリスに視線を向けるが。 

 とてもこのアリスが自分の腕を構築してくれるとは思えなかった。

 ジンはそれよりも他の方法を考えた方が得策ではないのかと考えていたが。


「む、ジンもいつまでもそのままでは色々と不便だろ? 師匠に頼み続けるしかあるまい……。いざとなれば力ずくにでも師匠には構築してもらうさ」


「もっちろんですよぉ~ッ! いやん~ッ!! ヘルメス様と一つ屋根の下で過ごせると思うと今からびしょ濡れになっちゃいますぅ~♪」


 頬に両手を当て、身体をくねらせて嬉しそうに騒ぐエリーゼに、ジンは嫌な予感しかしなかった。

 どうも先程からこのエリーゼの発言は所々、妙なものが多くそれがジンを更に不安にさせていた。

 ジンが少し表情を引きつらせていると。

 エリーゼは満面な笑みで涎を垂らしてジンに近づき、舐めるような視線をジンの身体に這わせ。


「うふ、うふふ、偽人ホムンクルスの裸って私今まで見た事ないんですよねぇ~……。うふ、これから楽しみですねぇ~。不束者ですが何卒宜しくお願い致しますねぇジ~ン君っ」


「な、何を宜しくすんだよっ!? ……つかその妙な手つき止めろッ!! 痴女ッ!!」


 自分の身体に向けて、どこか指を卑猥に動かしてくるエリーゼから、危険なものを感じ取ったジンはヘルメスの背後に隠れるようにして逃げだす。

 ヘルメスは自分の背後で少し怯えた様子を見せるジンに、片手を腰に当てて少し笑みを零すのだった。


「エリーゼさんはすっかりジンが気に入ったようだな。まぁ、エリーゼさんはあんな感じだがジンも仲良くしてあげてくれ」


「……お前ぇ、自分を守る為に俺を身代わりにしてるつもりじゃねぇだろうな?」


「あれ~? マスター? どこに行かれるんですかぁ~?」


 ずっと無言で座っていたアリスが席を立ち、足早にこの居間から一人退出しようとしていたのでエリーゼが呼び止めるが。


「……便所だ」


「べ、べ、べ、便所ですとっ!? ここに私という未使用の便器があるというのに……っ! 宜しければお供しましょうかっ!?」


「テメっ、馬鹿か!? 俺をいくつだと思ってんだっ!? あと馬鹿な事ばっか言ってんじゃねぇよ……チッ」 


 エリーゼの冗談にアリスは大きな舌打ちをして、ズボンのポケットに両手を仕舞って不機嫌そうにこの居間を去ってしまった。


「むぅ……自分のせいで怒らせてしまったか……」


 ヘルメスは自分のせいでアリスが怒って出て行ったものだと思い、静かに椅子へと座り。

 テーブルに身体を突っ伏してうな垂れてしまう。

 必要以上に自分を責めるヘルメスの姿にジンは溜息を吐き、それをなだめるようにして告げる。


「……ただの便所だろ。ジジイになると尿意が近づくって言うしな。お前ぇは気にしすぎなんだよ」


 ジンの気遣いの言葉に同調するように、エリーゼも頷いてヘルメスに近づいてその身体を揺する。


「ジン君の言う通りですよぉ~、多分ですがマスターならどうせ今頃……」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 気に病むヘルメスを二人が励す傍ら、この居間から少し離れた廊下にアリスは居た。

 どこか不気味な笑みを浮かべ、壁にもたれかかっていた。


「ふ、ふふ、なるほど。俺があのクソガキの腕を構築しなけりゃ……王都に行かなけりゃ……ヘルメスはずっとここに居てくれるのか」


 脳内でヘルメスとのウキウキハッピーライフに心躍らせ、アリスは意地でもそのどちらもしないと心に固く誓い大きな笑い声をあげ出す。


「がはっ、がははははっ! 絶っ対ぇに腕なんて構築してやるもんかぁっ! 病院も当分の間は休業だっ!! ヘルメスが来てんのに働いてられっか!!」


 そしてアリスは別の場所へと動き出す。


「あのクソガキも一緒に滞在するってのは腑に落ちねぇが……。まぁ、ヘルメスが居てくれるならそれで良い。こうしちゃいられねぇ……、急いで色々と準備しねぇとな。……ふ、ふふ、『うわぁ、師匠ありがとう! 大好き!』とか言われたらどうすっか……くそっ、にやけが止まんねぇッ!!!」


 壁に顔面を何度も高速で打ちつけて必死ににやけ顔を抑えようとするが、無理だった。


「がははははははっ!!! ハイリンヒありがとよっ!!! ちったぁ気が利くじゃねぇかあのハゲ野郎っ!! とんだサプライズだぜぇっ!!!!! ひゃっふーっ!!!!!!」 


 顔から大量に血を噴出しながら、アリスはハイテンションで踊りながら動き出す。

 しかし、その異様な姿は三人にしっかりと見られていた。


「……ほらぁ~。私が言った通りでしたよぉ~? マスターってばヘルメス様に会えるのを本当に楽しみにしてましたからねぇ~」


 居間の入口から三人は顔をひょいと出し、アリスの様子を観察していた。


「いやそれにしても……あのジジイ病気なんじゃねぇの? 自分で頭あんな激しく打ちつけて……あんな血流しながら今も平然と馬鹿みてぇ笑ってやがる……」


「師匠……やはり自分のせいでどこか……」


 アリスの異様な笑い声は廊下に響き渡り、三人を何とも言えない気持ちにさせていた。

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