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8.夢と現実の境目

8.夢と現実の境目


 気が付けば、いつの間にか大橋さんの両隣にまゆさんと香穂里さんがいる。ボクと雫さんはバーカウンターに移った。閉伊さんと律子さんもやって来た。二人の女性を挟むようにボクたちはカウンター席に陣取った。マスターがオリジナルだと言ってボクらにそれぞれ違うカクテルを作ってくれた。

「あいつスゴイな」

 さすがの閉伊さんもカラオケでは出る幕がないと見えて急におとなしくなった。

「鉄人は知ってたの?」

 律子さんが雫さん越しに顔をのぞかせて聞く。髪をかき上げる仕草が可愛い。ボクもカウンターに身を乗り出して律子さんの方を向く。

「なんとなくは」

「私、鉄人の歌が聞きたかったなあ。GRAYとか得意なんだよね」

「よく御存じで」

「だって、読んでるもん」

 ボクたちの会話に遠慮して雫さんが体を引いた。

「私はりっきさんなんかカラオケで盛り上がりそうな印象がありましたけど」

 雫さんが閉伊さんに尋ねた。

「カラオケは嫌いじゃないんだけど、俺の歌は渋すぎて…。みんなが俺に惚れたら他の野郎どもに悪いだろう?」

「そうなの?じゃあ、余計に聞きたくなったわ」

 雫さんと閉伊さんはストゥールの背もたれに寄り掛かり後ろに身を置いて話している。

「ってか、お前ら場所替われ。話し辛くて仕方がない」

「あっ!」

 そこで、律子さんと雫さんが入れ替わった。律子さんがボクの隣に来た。なんだかドキドキする。雫さんと閉伊さんは相変わらず話が盛り上がっている。

「どうしたの?急に静かになっちゃって。もしかして私のこと好き?」

「好きだよ」

「本当?うれしい!私も好きよ」

 律子さんはそう言って唇を尖らせてボクの方に向けた。そして顔を近付けながら目を閉じた。

 これって、キスをしようとしているんだよな…。ボクはどうしようか一瞬ためらった。その瞬間、閉伊さんが律子さんの頭を叩いた。

「またそんなことをして!」

「ちぇっ!もうちょっとだったのに」

「日下部君、気を付けた方がいいよ。こいつはそうやって男の生き血をすすって生きてるんだから」

「生き血ですか?」

「まあ、冗談だけど」

「あら!りっきさん。私もすすっていい?」

「いいよ~ん」

 閉伊さんはそう言って雫さんに自分の首筋を差し出す…。がぶっ!

「うっ…。マジ?」

 なんと、雫さんは本当に閉伊さんの首に噛み付いた。

「うわっ!」

 ボクが驚いて油断していると、律子さんがボクの首に噛み付いた。薄れていく意識の中、ボックス席で二人に噛み付かれている大橋さんの姿が…。


 変な唸り声と共にボクは目が覚めた。すぐに首筋に手を当てた。大丈夫。傷は無い。

「夢…。よかった」

「日下部君、ずいぶんうなされていたようだけど、幸せな夢でも見ていたのかにゃ?」

「どうしたら幸せな夢でうなされるんですか?」

 ボクは部屋の中を見渡した。午雲さんと大橋さんが居ない。

「他の二人は?」

「風呂に行ったよ。日下部君はどうする?俺はそこの風呂に入るから。日下部君は大浴場に行ってくれば?それとも俺と一緒に入るかにゃ?」

「いえ、大浴場に行ってきます」

 大浴場へ向かう回廊で律子さんと雫さんに会った。律子さんはボクの顔を見て意味深に微笑んだ。そして、雫さんはそんな律子さんを囃し立てる様な仕草。律子さんの顔が一瞬、赤らんだような気がした。


 カラオケに行ったのは覚えている。それからバーカウンターに移った。その後の記憶が全くない。もしかしたら、あのカクテルのせい?

 昨夜の出来事はどこまでが現実で、どこからが夢なのかがまったく判断できない。今の律子さんの仕草を見る限り、何かあったのは間違いなさそうだけれど…。





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