だいまほうつかい
更新を待っていてくれた方々、たいへん永らくお待たせしました。(平身低頭
それは、少女のカタチをしていた。すこしだけ幼い感じの。
自分たちよりも少し幼いくらいの女の子。
ユウキ達は戸惑う。
暗黒球を背にして立つ少女は、目をはなせば消えてしまいそうなくらい影が薄く。
おぞましい気配は消えて、ごうごうとはげしく吹いていた風はいつのまにか止んでいた。
――少女の頬にひとすじの赤い滴が流れておちた。
それを合図とするかのように、影が少女を覆い尽くす衣となる。
騎士服にも似た、身体に貼りつくような影色の衣に、二つの大きな翼
それは、彼女にわずかに残った記憶の残照。
顔を彼らに向ける。影の中心に爛々と輝く二つの朱い眼。
鋭くも睨みもしていない、まあるい眼。
純粋無垢。ただ一つの感情を映す、緋眼。
ひゅーひゅー
ぜんぜん出来ていない口笛のような音。
――彼らは知らずに息を呑んでいた。
悪寒が熱く燃え盛るような、奇妙な感覚が背筋を駆け巡っている。
震えるように寒く無く、滾るように熱く無く、身体が鋭く重く、胃の腑が熱く冷たい。
判らなかった。経験したことが無かった。知らなかった。知ることもなかった。
それは絶対強者と出会ってしまったときの感覚――"恐怖"そのものだと。
勇者たる彼がそれを知ることは、ない。
勇者とは勇ある者――ゆえに、恐怖を覚えてはならない。怖れを知ってはならない。怯懦してはならない。
知れば、勇を示せないから。
ギリッと音が鳴る。それは知らずに彼の奥歯が立てた音。
皆の希望を背負う勇者は、決して負けないっ――!!
どんなに過酷な状況であろうとも奮い立ち、決してくじけない。それが勇気。
勇者はくじけない。勇者は負けない。勇者はみんなの希望を背に、勇気をみせるのだ。
たとえ蛮勇と云う名であっても。
勇者騎が天高く剣を掲げ、再び全力稼働を始めようとする。
『出力最――』「――《深淵より来たりし無慈悲な神鎚よ》!!」
ユウキが叫ぶのを遮るかのようにアンリの呪文が高らかに詠われる
莫大な風が黒い少女を襲う。大気が渦巻き、荒れ狂う。
(ダメ、あれをユウキに近寄らせては。ここで――)
莫大な魔法演算を行いながら、アンリは胸中で叫ぶ。
あまりにも嫌な予感しか浮かばない。
だからぜったいにここで潰す。たとえこの命と引き換えても――!!
少女の姿が歪み、小雷が幾重にも取り囲む。
大気が圧縮され、放電現象を引き起こしているのだ。
真空断裂された境界内に青白く発光する無数の放雷が埋め尽くす。
大魔導師アンリ渾身の極大魔法《奈落の獄檻》。
莫大な物質が圧縮、そして原子運動が活性化する。
さらにあらゆる物質を融解させるプラズマフィールドが形成されて封じ込められる。
圧縮物質が臨界点を超え、ついに核融合現象が励起する。青白い光をまき散らしながら発生する莫大なエネルギーをもって、フィールドの維持と核融合を連鎖させていくそれは、疑似的な第二種永久機関と化す。
渦巻く暴虐風、青白く輝く超魔法領域。あらゆる生命も物質とて存在できない超々高温は、煉獄を地上に再現する。
この極限魔法に滅せぬモノはない――
――だが緋眼の少女にとって、その程度はもはや意味がなかった。
雷球を伴った突風を天高くそびえる竜巻。
超高密度の風は、固体化し、青白く発光する紫電によって何者の侵入をも阻む壁と化している。
それは奈落へと堕ちる天の檻。
――なのに
渦巻く暴虐嵐、青白い放雷群が支配するフィールドを、緋眼の少女はなにごともないかのように歩いて抜けてくる。
ふらふらと、初めて歩いた子どもの様に。歩き方を忘れた老人のように。
でも、その緋い瞳は勇者騎をまっすぐに見据えて。
――少女はアンリを一瞥すらしなかった。
「な、める――なぁああああっ!!!」
寡黙なアンリが咆えた。
(やらせない、絶対にっ!!)
その程度は織り込み済だった。帝国最強魔導師の称号はダテーではない。
この魔法はただの前座、次こそが本命。
正真正銘最大最強の究極魔法。
自律制御に入った《奈落の獄檻》を魔法演算領域から削除し、己に刻んだその魔法を起動。
「天よ、地よ! 火よ、水よ! 光よ、闇よ! ――世界よ! 我が声を聴け!!」
帝国の至宝たる超魔導杖ケリュケイオンを掲げ、天高く唱える。
魔法構成が急激に膨れ上がって空間を埋めつくしていく。
己の演算領域、ケリュケイオンの演算資源、なにもかもすべてを用いた超々高密度魔法構成。
いくつもの魔法陣が重なり合う。空間が歪む。多重鏡面反射空間制御までも用いた超多数魔法陣同時展開。
蠢くように重なり融合し複雑怪奇な模様となって周囲をぐるぐると回転する。
我は究極、我は至高、我は絶対、我は最強!
世界最強にして史上最強最高峰の魔導師! 我が最強の一撃は森羅万象神魔別なく全てを滅する――!!!!!
アンリは世界に宣告する。それは絶対決意を世界に表明し、己の全てを使い尽くして限界を超えた魔法を行使する技法の最秘奥。
頭が割れそうなほどに、身体がねじ切れ血管という血管から血を噴出させるような極痛を越え。
白い肌より血汗を吹きだし、視界が白く染まっていく。
脳に、魔法器官に莫大な負荷。それでもなお完全に制御しきる。
自分が崩壊していく。それを感じてなお、魔法を構築する。究極の魔法を。
”この世全ての知”、全ての知がある究極概念
そこにはこの世に存在するものすべての情報があり、営々と蓄積され続けている。
すなわちその情報を自在に書き換えられれば、この世のすべてを掌握したとさえいえるだろう――
それが、魔法の原点であり根源であり究極の到達点、大いなる唯一の頂。
アンリは、この世でただ一人、そこへと至った天才。
だから
この
絶対魔法を
行使できる
――意味存在抹消魔法
”この世全ての知”の情報を抹消して無かったことにする。
この魔法の前にはどのような防御も意味を成さない。存在そのものを抹消する魔法に対抗するなど不可能。
いかなる防御をも貫いて抹消させる。。
魔法の頂点にして究極にして絶対の力、これ以上の魔法は存在しない――
同時に諸刃の剣、制御を須臾寸毫でも誤れば、自分自身を消滅させかねない危険な魔法。
だが、彼女は知っている――魔法はトモダチ。魔法はわたしを裏切らない。魔法はわたしを裏切らない。
彼女は”魔法適正の儀”で歴代最高の測定不可能ランクEXを示した。
それが判明した時に両親は狂喜し、帝国魔法省直属の教育機関への推薦を蹴ってすぐに自分たちで魔法教育を始めた。
自分たちの手で最高の魔法使いを育てて見せたかったのだ。
それが、低ランクとバカにされ続けていた彼らが周囲を見返す手段であり、娘はそのために天から贈られたのだ信じて疑わなかったのだ。
しかし、その喜びはすぐに別のモノに変化していった。
彼らの娘はあまりにも天才であり過ぎたのだ。
手本に見せた魔法を直後に発動させてみせただけでなく、威力も精度も自由自在に操ってみせた。
三日ほどで両親は魔法実技に関して教えられなくなった。
低ランクの彼らでは、たいした知識も書ももたず娘の疑問に答えることもできなくなってしまった。
完全に持て余し、むしろ恐怖さえも感じ始めた両親は、魔法省へ駈け込んで娘を手放した。
親子の縁もきった。娘が怖かったのだ。
同時に魔法省担当者から提示された親権破棄の手続き金を受けとりもしたが。なおその金額は優に下級貴族の年収十年分に相当していた。
だから、彼女には親が居ない。
魔法省直属教育機関《偉大なる四本指の竜》で育成されたが、そこの優秀な教育陣ですら彼女を持て余した
あらゆる魔法を観ただけで自由自在に操り、あらゆる魔法が誰一人追従できない精度と威力で扱える。
知識欲も旺盛で、あらゆる疑問を教師にぶつけてくる。彼女はなぜどうしてをぶつけてくるため、教師陣は手がかかると、ほとほと嫌気がさしていた。さらに聞いてくる内容もまた彼らには常識であり考えることもなかったものばかりで、彼らが答えに詰まると彼女は不思議そうに首を傾げた。なんで答えられないのとバカにされているようで誇りを刺激された彼らは、彼女を毛嫌いするようになった。
彼女はこどもらしくただ素直に抱いた疑問をなんでも知っている大人である彼らにぶつけていただけだったのだが。
天才ではあるが問題児。
周囲の評価はそのようになってしまった。
周囲からは完全に浮いてしまい、さらにその圧倒的な才能が同世代に妬まれた。
彼ら彼女らは魔法省直属の最高教育機関に所属するだけあって才能も豊かで比例して誇り高かった。
みな自分が同世代で最高の魔法使いなのだと自負し、誇りにおもっている。だというのに、それを完全に覆す存在、自分達では絶対に敵わない超高位魔法使いが同じ世代に――。
誇りが奪われた。悪意を抱かないはずがなかった……
両親からは離れられ、周囲からも妬まれそねまれ、そして畏怖された彼女は、まともな人付き合いなどできなかった。
だからひたすら魔法技術を研鑽して、そういう輩を黙らせてきた。そうするほかにできることがなかったから。
彼女が決定的に敗北したのは、ただ一人。
かつて帝国最強魔導師と呼ばれた傲慢女帝だけだった。
今は記録はおろか、名前すらも抹消されていなかったことにされたそれに代わり帝国最強魔導師の名誉を若干16歳のアンリは受けた。
その名誉の重さに劣らない力を、彼女は持っていたのだ。
――しかし、そんなものはどうでもよかった。よくなった。
(あれを、ユウキに近寄せてはならない――)
まともな人付き合いが出来ず、孤独であった彼女にさした、ただひとすじの光。
――『よろしくお願いするよ、アンリ=テーガンヨスルギさん。アンリと呼んでいいかな?』
勇者ユウキ。
その笑顔溢れる挨拶をうけただけで、鼓動が高まり動悸が早くなった。
これをひとめぼれと云うのだと知ったのは後のこと――
彼を護るためなら、わたしはなんだって出来る。
彼のためなら、貴族だって民だって魔王だって殺そう。
わたしはそれができる。
なぜなら史上最強空前絶後の超魔導師なのだからっ!!!
幾何級数的に増殖していく超々高密度魔法構成。
空間が黄金色に塗りつぶされていく。それでもなお足りない。
魔法回路が脳が、過負荷で灼かれる寸前――視界全てが青く染まる。
蒼い青い碧い光が視える。果てしない蒼にそまった美しい世界がそこにあった。
苛んだ痛みが消えている。
心が、波ひとつない湖面のように穏やかになる。
感じる、この世界の全て
未来を知る。
過去を知れる。
現在がわかる。
ああ――これが
彼女は理解する。魔導師のだれもが到達したことのない至高の境地へと至ったことを。
これこそが全知全能、≪完全なる全能世界≫
わかる。わかる。わかる。
あれを滅ぼせる。なにもかも消し去れる。ユウキの敵はみんなほろぼす。
この究極魔法は、なにもかもを消し去る――
帝国史上最強魔導師アンリ・テーガンヨスルギがその命を燃やして築いた究極絶対の魔法。
この一撃こそが、彼女を帝国最強魔導師と称えられる存在理由そのもの。
彼女指先に光が集う。背後に莫大な風が渦を巻いて膨れ上がり、巻き上げた土が翼のようになる。
その一撃は無限無窮の闇を切裂く閃光。
何人も反応できない、究極の速度と威力をもつ、至高究極絶対の魔法――意味存在抹消魔法
神の領域に至った魔法を超越した真の魔法。抗うこと能わず――!!!
「だめぇえ!!!、アンリ!!」
なにかに気付いたマユが叫ぶ。しかし、その声は届かない。
アンリはこちらを振りむきすらしない黒い少女の無防備な背中へ指先をむけて――。
(その余裕が命取り。力があっても下等な輩はやはり愚か)
「――後悔する間もなく消えて。”破滅の序曲で踊れ、愚者、《≪破滅の光矢よ≫”
光り輝く黄金の矢が、指先より放たれた。
何人も反応できない究極の攻撃、無限螺旋回転して光の速度で駈け抜けた黄金の矢が黒い少女の背を貫――
SYNTAX ERROR
SYSTEM OVERLOAD
音もなく
風もなく
何事もなかったのごとく。
黄金に輝く究極破滅の矢は、ただ消失した。
静寂。
誰一人として身動き一つしない。
いや、黒い少女はゆらゆらと歩んでいる。彼女だけが。
消えた/なぜ/なにが起きた/嘘だ/ありえない/効かない/そんなわけがない
完全なる蒼い世界は消え去り、
超々高密度魔法構成はその残滓もなく、雲一つない晴天が広がる――
何も起きてない/嘘だ/ありえない/ありえない/ありえない
その一撃は、まさにアンリの存在をかけた究極の一撃。
知覚不可能防御不可能回避不可能。
まして、まやかしなど絶対に不可能な、魔法を超越した魔法、真の究極魔法が。
なにもおきないなど。
――魔法はトモダチ/魔法は努力を裏切らない/魔法はわたしを裏切らない
自分自身である究極魔法は、なんの意味もなかった。
――裏切ったのは、魔法?
渾身にして最高の出来だった。≪完全なる世界≫において嘘はない。
全知なのだから、嘘や間違いならそうと解かる。ごまかしやまやかしなど入る余地はない。
あれはなにもしなかった。
だというのに消えた――なぜ?
突然アンリは理解した。
反応すら出来なかったのではない、あれにとってその必要が無かっただけだと。
アンリの命を賭けた究極魔法は、一瞥する価値すらなかったのだと。
なにも意味なく消えた/なかったことにされた。
存在したということさえどこにもなくなっていた。
命を賭けたというのに。死を覚悟して超越したというのに。
魔導師にとって至高の頂点へと到達したというのに。
なんの意味もなかった/存在さえもないことにされた。
それはつまり、
――魔法など、無価値だということ。
――魔法が使えない者は人にあらず。
幼いころから慣れ親しんだ原理/絶対の価値
積んできた研鑽、栄誉、自負、なによりも高き誇り……そのすべてが
無価値
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
一話一脱の予定(なにが?
……主人公なにもしてないね?




