___のはて
待っておられる方々、大変お待たせしました。
メインスクリーンに投影されている地上の超望遠光学映像に見慣れた巨大人型兵器。
その装甲色が漆黒から白銀へと偏光していく。
画面に半透過表示されたステータス。『No Linked』/『IFF:Unkown』の文字。
「"シルエット"が、乗っ取られただと……?」
ありえざる異常事態。あり得る可能性を逆演算。
ひとつの回答、事象改変――だが、事象改変に伴う時空震の形跡がない。
ひとつの回答、概念事象変換――世界変動に伴う概念修正の痕跡がない。
ひとつの回答、対機械知性ウィルス――防壁が破られた形跡がない。
ひとつの回答、防壁の乗っ取り、対演算事象改変演算戦による事象改変。
――どれも、否定材料があり、確定できない。
ゆえに特一級危険事態対処案件だとアインは判断する。
――万能巨大人型兵器"シルエット"は、管制とのデータリンクによりその能力を完全発揮する統合ネットワーク依存型兵器である。
もし――ほぼありえないことだと想定されていた――亜空間多重量子通信が接続解除された場合は、主兵装と主動力炉が機能停止封印されて、リザーブコンデンサーに蓄積されたエネルギーだけで動くように設計されている。
それは満量であっても戦闘では十秒未満で使いきってしまう程度のエネルギー量でしかない。
また主兵装はすべて統合戦術管制システムの承認を得て使用できるようになっており、操縦者が任意に扱えるのは近接物理打撃兵器と自衛用対人対物用レーザー群だけである。
機能が防御に限定されている最大の理由は、安全措置である。
一騎で惑星を破壊できる超兵器であるがゆえに、その兵装のほとんどは常時機能停止封印されており、使用許可なしでは兵装を起動することすら出来ない。
――そのはずであるというのに、ありえざる事態が起きている。
メインスクリーンに映し出されている白銀のシルエットが腰の大剣を引き抜き、掲げる。
兵装稼働状態を示すサイン・スリットからは、起動中の朱い発光。
「《オクタ騎》兵装封印状態はどうなって――」
『――お前を封印できるっ!!!』
「――まて、なぜ音声が聴こえるっ!!」
若い男の声と《シルエット》特有の甲高いジェネレータ動作音が大音量で響く。
女幽霊の哭き声と称されるそれは、最高稼働状態の音へと吹け上がる。
地上の音がダイレクトに指令室内に響いていることに、アインは戦慄した。
大巫女の命令により超望遠光学映像以外の直接観測は禁止された。その通達を無視して地上の音が室内に響き、さらには熱・光学・波動・空間・重力など多種多様な能動観測データが、解析グラフがメインスクリーン上に表示されている。
上位命令を無視している――考えたことすらない事態にアインの思考が固まりかける。
強烈な違和感/演算未来群から観た『元凶』へ鋭く警告する。
「オクタ・四番オペレータ! 何をしているっ!!」
「はい?」
オクタ担当四番管制オペレータが振り向く。きょとんとした様子で、首を傾げている。
なにもおかしなことなどない、ごく普通の態度。
「何を、って『勇者様』のお手伝いですが」
言葉を聞き終わる前に、アインはサーバに直接命令して彼女の権限を剥奪し、観測機器の動作制限。
だが、直後に管制権を奪取されて、全観測機器の制御権が奪われる。
"四番"の手元すら見ない高速打鍵、首筋に接続された多重並列光ケーブル、視線による入力まで行ってこの基地の機能を掌握しようと不正規操作を行う。
「――そうね。ご助力いたしませんと」
同時に他の女性オペレータたちもまた一斉に操作を始めた。
オペレータたちがあらゆる観測制限を無視して、莫大な観測データを集めて解析をしていき、モニターに映る《シルエット》へ送信していく。
「お前たち――っ!?」
あまりに普通の態度で、異常な行動をしているためにアインも判断が遅れた。
いや、思考が重たい。
それを自覚する。あらゆる防壁が最大稼働している。
あらゆる周波数帯の無線通信だけでなく、電磁波による非接触侵入に、さらに物理ウィルス。
遅まきながら、自分に不正侵入を試みられていることに気がついた。
この統合司令室は徹底した空調管理をされており、人体に即座に影響を及ぼすレベルの危険な物理ウィルスなど流れ込むはずもない。どこから来た。回答はすぐに判る。
全てのモニタに映し出されている地上の様子、大きく表示された操縦室内の男の子。整った容姿、黒曜石のような瞳の中で星が煌めいている。――光学接続
「――光学侵入型ウィルスかっ!!」
雄々しく剣をふりかざし、神々しく輝く勇者の乗騎が視界一杯に広がり
――《すべては勇者さまのために》
「っ!!!」
脳裏に言葉が響き、アインは須臾の間に視覚神経を全切断。
発生した有機体浸食型光学情報ウィルスを神経ブロックごとまとめて焼払う。
バックアップデータからの自動再構築は事前に停止。万が一のバックアップデータ汚染を懸念したからだ。
数秒間は視神経が使えなくなり、センサを起動しようにも安全と思われる外部情報パラメータが判らない。
意識せずに身体が動いた。何かを避ける様に身を反らして旋回。甲高い擦過音。障壁の自動展開。
仕方なく視神経系統を再生、同時に瞳孔に光学偏向フィルタを構築して、視覚情報を改変。
光学情報を少し加えるだけで、光学浸透型ウィルスの生成は無効化されるのだ。
戻した視界――眼前に大型ナイフを揮ってくるブラック・スーツ。
保安部員だった。目元を覆う大型サンバイザーで瞳が見えず。唇は引き締まった一文字。
いつにもまして感情が見えず
二人が目の前に/呼吸のタイミングすら同一
「思考汚染タイプのウィルスか」
保安部員たちは何も云わない。静かに、気配も音もなく構えている。
周囲に八人。気配を隠した者が居ることを感じ取る。
「アイン司令官、なぜ勇者様にご助力申し上げないのですか?」
筆頭管制官が不思議そうに問い掛ける。
延髄部に挿し込まれた有線制御システムによる超高速情報処理は、量子コンピュータ群の処理速度に入力を少しでも追いつかせるために開発された技術だが、それゆえに敵に回れば極めて厄介だ。
施設内では能力制限される上に電子戦が苦手なアインでは特に苦戦する。
「汚染されたか」
既に体内循環システムに切り替えていて、物理的な侵入は許さない。発声すらも、フィールド制御により空気振動を体外で発生させている。
特定の信号を含む映像を見せて、脳内に物理ウィルスを生成させる技術は汎銀河連盟でも禁止されている技術だ。だが銀河辺境に位置するこの星域では、対抗措置がとられていることはまずない。
アインが抵抗できているのは、単に力押しの対抗防壁と処理能力で除去し続けているためだ。
「いいえ、わたしたちは正常です。わたしたちは正しき行いをする勇者様に、ご助力申し上げているのです」
筆頭管制官がにっこりと邪気のない笑顔を浮かべる。
フェテリシアをからかうことに全力を尽くし、邪気と性欲に塗れた表情しか記憶にない筆頭管制官。彼女の、まるで悟りを開いたブッディストのような笑顔は、むしろおぞましさしかアインは感じなかった。
自分のしていることの意味が解っているのに、そこに異常を感じていない。いや、むしろそうすることが正しいと考えているようだった。
アインではデータの流れを止められない。管制官たちの支配権が強すぎて回線遮断も出来ない。
防壁構築を命じた量子コンピュータ群のセキュリティ防壁が次々と突破される。彼女たちはこの時代で最高クラスの電子ハッカーである上に、そもそも防壁構造を熟知しているのだ。
何かに魅入られたかのように、笑顔を浮かべて彼女たちはセキュリティを突破し、回線を広げて中枢処理装置へあらゆるデータを送り込み始める。
圧倒的な演算力を持ちながらも電子戦の苦手なアインの行う力押しでは、高度な技術で受け流されて背後から刺されるように攻勢や防壁を潰されて歯が立たない。
「く――」
さらには音、触覚、嗅覚にもじわじわと"圧力"を感じる。
増殖した様々なタイプのウィルスが一斉に侵入してきているのだ。一個一個は小さく弱いものでもそれが数十万数百万ともなればその圧力は無視できないものになる。
(――センサがほとんど使えん。超光速対応型では至近距離過ぎて精度が足りん上に危険か)
星系内用の大出力センサを使えば、指令室など一瞬で焼払われて何も残らない。
そのため微小重力場変動のみで周囲の全てを把握する。ノイズの方が多い観測データを莫大な演算力で無理矢理補正、部屋の配置、人員を把握する。
無言で一斉にかかってくる保安要員。五方向からの一斉攻撃。
脳内無線リンクによる連携、そして高い錬度。隙がない。
ゆえに強引に隙を作る――鈍く低い衝撃音。たわむ床面。
微小な体重移動と極大な筋力によるアインの震脚。保安要員たちの足並みがわずかに乱れ、包囲網に隙。
空気の擦過音が鋭く鳴り、アインはごくわずかな隙をすり抜ける。
倒すのは簡単だが、殺さないようにする方が難しい。
アインは手加減が苦手で、一般人とは極力手合せをしないのはそれが理由だ。
フィールドジェネレータをアイドリング以下の出力で超々微小稼働。
通常出力では、人間など良くて焼けた挽肉、悪ければ痕も残らない。
虚源力場形成、あらゆる物質を弾いた結界空間を構築。
駈ける。
出入口の装甲ドア、指令室の外へ。
「――全ては勇者さまのために。さぁアイン司令、あなたも一緒に」
筆頭管制官が笑顔のままアインに告げる。
保安要員はおろか近くの管制官たちまで跳びかかってくる。
答える必要を認めず、アインはドアの開閉タッチセンサに触れ――指先に違和感。
間髪入れずにラックより対人レーザー機銃を射出、直射一閃。
連続射出された光線は刃となって、防御フィールドをきった手首ごと物理パージ。
レーザー機銃はそのまま破棄、分子結合を解いて崩す。汚染されたモノをラックに戻すわけにはいかない。
フィールドを刃状に成形して伸ばし、装甲ドア横の壁を切裂いて強引に脱出。
物質再構築命令――超高速演算による物質構造変換、流出した空気ごと隔離壁へと再構築させて指令室すべてを閉鎖。
同時に脳内無線で命令。
『《AMATERASU》! 最優先DC命令、安全基準を全てスルーして指令室を物理パージ!』
『"了解、第三指令室をブロックD3ごと物理パージします"』
ブロックの爆発ボルトが点火、支柱構造材が砕け散る。白い廊下に亀裂が走り、突風が生じる。
急激に真空化して水分が瞬間揮発、視界が真っ白になる。
そして指令室ブロックがゆっくりと分離されて、漆黒の宇宙空間へと流れていく。
長い髪を吹き荒れさせるままにしながら、さらに命令する。
『トラクターフィールドを斥力場モードで展開。パージしたブロックからの電磁波全領域を閉じ込めて閉鎖空間を形成』
『警告――指令室ブロック内の生命維持に重大な影響が出ます』
『いいからやれ』
『了解。強制誘導路展開開始』
一秒にも満たぬ応答により指示が実行される。
周囲の施設から無数のトラクタービームが照射されてフィールドを形成、指令室ブロックが漆黒の空間に呑みこまれる。
さらに近傍に警告文"封鎖実行中。付近航行の場合は要注意"がレーザー投影される。
『全電磁波領域閉鎖空間を形成しました。72時間以内に生命維持システムの再接続が必要です』
『わたしを含めて周囲一キロをナノマシンレベルまで詳細スキャンしろ。環境データに該当しない因子を確認し、洗浄方法を構想提示』
『了解、状態スキャニングを開始します』
アインの周囲に各種データとステータスが空間投影される。
「まずいな……私が動けんとなると、指揮管制権はAMATERASUか」
自分自身が状態スキャンの対象となったため、指揮管制権が一時的にAMATERASU預かりとなった。
これは指揮権をもつ他の天塔騎士が偶然にも全員が出払っていて、アルテミス要塞に居ないために生じた事態だった。
また指揮所の問題もある。軌道エレベータ上層部にある第二指令室を使用しようにもオペレータたちが居ない。第三指令室は司令艦ごと星系外縁部部に封印されている。
極少数しか人員がいないというUNECA最大の弱点が露呈した格好になる。
この事態によりUNECAは一時的に上位指揮官によるリアルタイム指揮管制能力を喪失、統合管制システムによる自動対処が最上位指揮権を持つことになった。
それは地上で発生している事態の緊急対処において、致命的な失策を招くことになる。
☆☆☆
「わかる、わかるぞ、これ――」
勇者ユウキは歓喜する。この勇者騎の性能がすごい。
操縦システムは全身を覆う複雑な形状の可動板によるマスタースレイブユニット方式。
自分自身の動きに追従して動くほかに、あらかじめ登録された挙動を選択して動作させることも可能。
足元で微かに響く主動力炉の唸り。いったいいかなる構造なのか、モーターやギアの音や振動がなく、まるで自分の身体の様に動かせる。きっと魔法的ななにかで動いているのだろう。
盾がない。装甲も要所にしかなく、一部は基礎フレームが剥き出しになっている。
敵の攻撃は避けることを前提とした完全攻撃型だと、なぜかわかる。
彼の世界では、ごくわずかな期間だけ存在し、すぐに廃れてしまった時代の徒花的な失笑兵器――巨大人型兵器。
それは戦車や戦闘機よりも性能的に劣り、アニメやマンガにしか存在しないものだ。
だが、その騎士を髣髴させるカタチは男の子の心を揺さぶるものを持っている。
物語の英雄、現実では成れない自分を主人公にしてくれる、そんな幻想をカタチにしたものだから。それは時代が流れても不変だった。
「攻撃兵装選択は……これか!」
兵装選択――砲撃剣『ディヴァイン・バスターソード』
全天視界モニタに透過表示された帝国文字は読めないが、網膜投影モニタにPMSDのAIが翻訳して半透過表示する。AIの高度推測機能に補助されて大意はわかる。
すこし指先を動かして項目選択をするだけで、機体の腕が動き、柄を握って腰から引き抜く。
それは分厚く巨大な剣だった。腕を動かしてそれを振り回す。
機体が重心を自動補正して揺らぐことすらなく、巨大な剣が空を斬り裂く。
魔装騎士よりも力強く、風を斬る音すら感じられる。
意識して腕を動かすと機体が追従して自分の思い取りに動く。
この巨大な人型兵器が、意のままに。
ユウキは、これは最強だと確信する。
操れば判る。
素人の彼でもわかるほどの力強さでありながら、意のままに滑らかに動かせる。
これに比べれば、魔装騎士はまったく届いていないと哀しいほどに判ってしまう。
そう、これはきっと魔装騎士がいつか辿り着く終着点。
遥か過去に造られながら、未来に到達するべき究極なのだと。
「封印系武装はどれだ――」
あるのは判っている。緋色の聖剣が教えてくれている。
砲撃剣の機能がポップアップ表示されて、さらにひとつの項目が拡大。
説明文らしき文字――『光すらも捉え離さない闇属性系魔法を展開する』とAIは翻訳、つまり重力制御系の兵装だと彼は理解する。
事象の特異点にそれを放り込み、永遠に封印する。それは彼の居た世界でも脱出手段がない方法だった。
「これなら、アフィーナさんの敵をとれる――!!」
歓喜する。自分の内から力が湧いてくる。
それはきっと死んだ人たちも背を押してくれているからだ。
みんなの思いが、オレの力となる。
そうだ、あいつらを懲らしめなければならない。
侵略し、破壊し、奪いつくし、焼きつくし、殺しつくしてきた、その報いを与えなくちゃいけない。
そして、あの不死者――あんな不自然なものを許しちゃいけない。
人間は、生命はいつか死ぬ。
生きていることが奇跡だから、みんな一生懸命生きていく、だから生命は貴くて、大切なんだ。
それが生命ってことなんだ。
死なないなんて、そんなの不自然で、ぜったいに生命じゃない。
それが必死に生きている生命を殺す。取り返しのつかないことを、生命なきモノがする。
そんなことを許しちゃいけないんだ――
勇者ユウキの決意に応える様に勇者騎が震える。
全周視界モニタに様々な数値やグラフなどのデータが表示される。
解析して表示してくれているのだ。
まるでに彼の意思が判るかのように。
すごい力が湧いてくる。みんなが力を貸してくれる。勇者騎も力強く機体を奮わせて応えてくれている。
そうだ、オレは勇者、選ばれた勇者だ。
みんなの力が、オレを強くするんだ。
これが、ほんとうの力――これなら、アフィーナさんを殺したあの不死者に、罰を与えられる!!
動力炉の出力がさらに高まっていく。アイドリングから定常出力、そして最高出力に。
心地よい足元からの震動、そしてモニタに被さる黄金色の光。それは全身の装甲が美しく光り輝いている。
もう怖れるものなんてない。自分を中心に世界のエネルギーが通り抜けて清浄感あふれる白き光で世界を満たしていく。
これが、これが勇者の力――さぁ、邪悪な侵略者たちに反撃開始だ!!
まずは人を裏切ってたくさん殺してきたあの不死者を封印する!
勇者騎に砲撃剣を掲げさせ、ユウキは宣言する。
「この勇者騎なら、お前を封印できる!!」
いくぞ、勇者騎――!! オレとお前の力を、ほんとうの力というものを見せてやろう!
☆★☆
自分のだった愛機が"勇者"に操られる姿を、フェテリシアはただ見つめる。
それは最悪の事態なのだと少しずつ理解して――心が絶望に染められていく。
ただ悲嘆して選ばなかった――それは最悪の選択。
命令を無視して飛び出して信頼を失い
殺戮を止めることも出来ず
愛機は敵となり――自分の相棒が永遠に失われた。
その名が与えられてから得たものをなにもかも失った。
死ぬことさえもできなくなった。
ヒトとしての生――生きて、死ぬことさえも奪われた。
最強なのだと教えられた。
この世界において、自分たち以上の戦力はないのだと。
絶対と云ってもいいほどの戦力、地上人がなにをどうしようとも抗うことすら出来ない最強。
なのに――動くことすらできなかった
たった一人のともだちを助けるために、動かなきゃいけなかったのに。
これは、罰。
弱さが生んだ、最悪の状況。
選べないという、決断をしなかった罪なんだとフェテリシアは思った。
勇者騎の砲撃剣が展開する。
剣身が中央で分割されて、内部機構が展開。中央の球体核――"|時空間封印制御機構《対PAaTBMシステム》"――が起動開始。
フェテリシアの周囲をまるで牢獄の様に光の格子が取り囲む。正三角錐が上下二つ逆に重なったような形。
投影された、あらゆる言語による注意事項と警告――超高重力時空間回廊発生まであと9秒
カウントダウンが始まり、――大地を巨大な槌で叩いた様な鈍い重低音が響く。
フェテリシアが空中に跳ね飛ばされるように宙に浮かび、手足が四方に引き伸ばされた。
空間固定により、身動きができなくなる。
さらに彼女を取り囲むように、膨大な光が収束して六つの黒い球体となり――カウントゼロ
空中の表示/《警告:超高重力時空間回廊起動 2000G》
時空間が歪曲
「――っぁ!?」
フェテリシアの小さな身体がみしみしと鳴り、肉が、骨格が、内臓が圧迫され、息もできない。
それでも、強化されている肉体は耐えてしまう。それはただ苦痛が長引くだけだというのに。
《警告:高強度電磁波照射警報》
大強度電磁波ノイズが大量に照射、フェテリシアの肉体を構成するナノマシンが混乱、現状維持モードに変更。
亜空間リンカーに大量のショットノイズが紛れ込んで亜空間通信ラインが不安定化。機能が制限される。
《警告:高重力時空間回廊 4000G》
鈍い音が体内から響き、錐を突き刺すような痛みが少女の脳を灼く。
あらゆる関節が限界を超えて砕けたのだ。
胸部が潰されて悲鳴すら上げられない。
そして、対PAaTBM兵器システム最後の機能が発動。
勇者騎の装甲が展開し、緋い黄金色に輝く粒子が大量に放出される。
《警告:パラドックス・ドライブに異常発生。制御レベル低下》
その制御された粒子群は周囲空間の情報を書き換えて固定し、天塔騎士の中核機能である事象並立機関パラドックスドライブに停止を強制する。
それは並立幻想を否定し、現実はひとつであると引きずり戻す、古代地球人類の切り札。
恒星級のエネルギーをもってしてもごく狭い有視界空間にしか展開できなかったがゆえに、《PAaTBM》にはまるで通用しなかった兵器が、その怨念を晴らすかのように全力稼働。
設計者たちが想定した性能を完全発揮して天塔騎士を、普通の少女へと押し込めようとする。
それでもなお、フェテリシアの身体は抗う。制御システムは元の性能に戻そうとし、肉体が破壊されながら再生される。
『お前に殺されたアフィーナさんの! お前の仲間に殺された帝国民たちの!』
光の勇者ユウキは正当なる怒りのままに極大闇魔法の出力をさらに上げる。
勇者騎のジェネレータ稼働音が轟音となり白銀の装甲が黄金色に輝く。
古代地球人類が、その技術を結集して建造した史上最強の兵器が全力稼働する。
自分たちの力だけで重力制御に到達し、超光速技術に手をかけた古代地球人類の最後の希望。
歴史から抹消された太陽系すら破壊可能な、真に古代地球人類の最終兵器。
莫大なエネルギーが勇者騎の全身を駆け巡り、周囲の空間を歪めてさらにエネルギーを抽出する。
星系を誕生させるほどの巨大エネルギーが対PAaTBM兵器に叩き込まれ、その機能を発揮していく。
莫大なランダムノイズがフェテリシアの事象制御機関を汚染、高度な事象制御演算が不可能になる。
PAaTBM統合制御システムにエラーが生じ、同時に神経系統がノイズに汚染されてあらゆる信号を《思考の核》に送り込み、彼女の思考を千々に乱す。脳量子伝導が阻害され、記憶と思考と演算がぐちゃぐちゃに掻き回される。ノイズが干渉してさらにノイズを産みだし、幾何級数的に増殖する。
あらゆるシステムを侵食し彼女の記憶までも犯していき。その時系列すらも判らなくさせる。
憶えている現在なのか、過去なのか、刷り込まれた知識なのか、記録なのか、彼女には判らなくなる。
あらゆるデータを誘導管理する多次元観測制御が乱され、ランダムアクセスのように脈絡なくデータが乱れ飛ぶ。そこに矛盾するものがあっても、もう判断すら出来ない。
眼前に見えるのは、光すらも捕える完全暗黒の孔。それは異なる物理法則に支配された時空間への扉。
何があるのか、誰にもわからない未知の領域。
絶対零度のように冷たく、闇夜よりも暗いその暗黒は、生物がもつ原初の感情を呼び起こさせる。
それはどんな生物でも根源にある感情――すなわち恐怖。
未知であるがゆえに、生物は怖れる。何も見えないがゆえに怖れる。
そして科学知識があるがゆえにそれが危険であると恐れる。
それに囚われれば、二度と出てこれず、そして永遠にも等しい時間を過ごす――死ねないがゆえに。
それは、どんな拷問よりも恐ろしい。終わりがない永遠の孤独、狂うことも出来ないがゆえに、永遠をただ生きる――。
人格が挙げる声ではない悲鳴が、フェテリシアの脳内を駆け巡る。迸らせる感情に、統合制御システムは優先順位を判断する。
あらゆるものを切り捨てて重力制御機関稼働を優先、敵の重力制御に抗う。
人格が挙げる感情など機体維持には関係がなく、そして超重力源による事象変動はこの機体といえども脅威であるからだ。
互いに演算展開された高重力源が周辺空間を予測不可能に歪曲し、物理法則を破壊し、暗黒の孔を広げていく。
『うぉおおおお!!』
勇者ユウキが咆える。
勇者騎が悲鳴のような唸りをあげて重力制御機構を総力稼働。
空間が歪み、悲鳴のような音をあげる。踏みしめる大地が砕けて舞い上がる。
「-----っ!!!」
フェテリシアは無意識に歯を食いしばり脳髄を体内を胎をぐちゃぐちゃに掻き回されて意識が飛び跳ね、自動的に蘇生させられる。壊されながら治る。治りながら壊される。どちらなのかすら不明。
"統合制御システム"は全自動で稼働し、異空間に堕ちぬように拮抗し続ける。
もはや悲鳴すら出せず、砕け裂かれ擂り潰され続ける肉体が自動修復されながら、重力罠より逃れようともがいている彼女に
――光り輝く矢が突き立つ。その右眼窩に。
突き立った矢は、捩れ狂いながら深々とえぐりこんでいく。
「■■■■■■――!!!」
フェテリシアはこの世のモノとも思えない絶叫を上げて身を反らす。
「せめて、人らしい死を……」
聖なる矢を放ったカーラが悲しげにつぶやく。
均衡が崩れる。フェテリシアの重力制御力場が千々に乱れ、歪みながら空間ごと彼女を暗黒の孔へ引きずり込んでいく。
『出力最大!!!』
ユウキが叫ぶ。勇者騎が応え、出力制限装置を解除して咆哮する。
|星力相転移機関最大出力
外部補助機関が最大稼働を開始。
蒼い空が陰る。地上に影を落とす巨大ななにかが姿を現す。
「な!! あれ――」
不意に陰った空を見上げたマユの目が驚愕に見開かれる。
光学迷彩を解除して姿を現したのは、巨大な双胴の天空船。
勇者騎の外部補助系統である恒星間航行用超大型航宙船だった。
「あのマーク――!!」
見上げたマユが思わず叫んだ。
白銀の船体下部に描かれた"UN"の黒文字とライトブルーの『北極より見た五大陸とオリーブの葉』紋章。
「なんで、国連の船がここに!!!!」
マユを混乱させた白銀に輝く巨大な双胴船は、ゆっくりと降下しながら空間相転移炉を超過駆動、勇者騎に莫大なエネルギーを送り込む。
数百光年単位の超光速航行を可能とする莫大なエネルギーが勇者騎の時空間演算システムに注ぎ込まれる。
演算/確率を操り、森羅万象を観、演算力が届くあらゆる事象を統べて現実と成す。
空間定義定数変更/境界域設定/事象境界閾値突破
事象収斂が始まる。
重力変動が限界を超え、事象境界が可視化する。
それは黒と白、闇と光、無と全ての色が入り混じる、空間と時間の境界線。
それは|無限回廊《seven'th hole》と呼ばれる、永劫無窮の牢獄。
"空間が四次元から六次元的に閉じられようとしている。脱出不可能"――PMSDからの報告がユウキの網膜に投影される。
いける――
ユウキは咆える。
殺された人たちの怒りを、無念を、その背に負って。
『殺されたみんなの無念を、思い知れぇええっ!!!!』
勇者ユウキの感情を受けて、|"勇者騎"《シルエット》の時空間制御機構が超々過稼働。
二次装甲の一部が展開し、一次装甲とベースフレームが露出する。
黄金色の光がフレームを激しく循環しながら黄金に輝く粒子を噴出する。
輝く粒子は、超高速で駈けめぐりながらねじれた輪の回廊を形成。
それは無限/無間/夢幻を意味する象形。
物理限界を、世界の理をも超えて、ただひとつの意思の下にそれを創りだす。
地表に出現した"黒い太陽"。
それは事象の彼方、光をも捕え、時空間をも歪まる真の闇――ブラックホール。
激痛に絶叫するフェテリシアを引きずりこんでいく。
世界の歪み/理不尽が、絶対的な暴力となって、那由多次元連結の彼方へと――
――なにもかも無くした/奪われた/失った。
わかってる。自分の行動の結果なんだってわかってる。
幼い判断のせいだってわかってる。
――でも、止められなかった。
助けたいと思った。
たくさん殺されていくのを見過ごせなかった。
それを止めるのが正しいこと、正義だと。そういう思いは、たしかにあった。
でも一番の理由は――ボクは力をもっているのに、止められるのに、それをしないなんておかしい、と。
間違ってなんかいない。いまでもそう思う。
いったい、何がいけなかったんだろう。その結果が、これだ。
大切だった。とても大切だった。
メイフェーアが眠って、"フェテリシア"となってから、ずっと傍に居てくれた、親で兄姉でともだちだった相棒――殺された。
――わかった。ようやく。
世界は
とても残酷なんだって。
ボクが求めても願っても請うてもいつだってかなうことはない。
なんだって奪われてきていた。
どんなに凄い力があっても
ほんとうに大切にしたいと思ったものは、手からこぼれる――
『殺されたみんなの無念を思い知れぇええっ!』
勇者騎の星力相転移機関が全力稼働、全身に黄金光が駆け巡り、膨大な黄金に輝く粒子を噴出する。支援艦アマノウキフネが上空にその巨体を現し、その相転移機関を全力稼働させて勇者騎に莫大なエネルギーを送り込む。」
星を壊せるエネルギーが勇者騎に集中し、全身から噴出した粒子が、まるで輝く白い翼の様に広がり、空間特異点を創生する。
かつてアフリカ大陸をたった一振りで沈めた旧地球人類最強の兵器が、その牙を彼女に突き立てる。
アレは、なんにも知らない。
ボクとウィルがずっと一緒に居たこと。
いったいどれだけの時間を過ごしたのか、どれだけ助けられたのか……
はじめて会った時のことをおぼえている。
はじめて怒られたときのことをおぼえている。
はじめて慰められたときのことをおぼええている。
はじめて喧嘩したときのことをおぼえている。
たくさんのはじめてが、ウィルといっしょだったことをおぼえている。
はじめて、こわいと思ったときだって一緒だった。
与えられた"力"が、どれだけのものであるのか理解出来なくても、とてもこわいものだっていうのは感じていた。
夜に眠れなくて、ふるえていたら名前を呼んで様子をうかがってくれた。
そのときウィルはずっと傍に居てくれて、困ったようにそしてささやくように教えてくれた。
『どうしても、こわくて我慢できなくなったら、わたしに云ってください。――殺してあげます。
それが、わたしたちサポートAIとシルエットの、本当の基本命令ですから』
あなたに云ってしまったことは、ないしょですよ――そういうヒトだった。
それが本当なのかは知らない。
でも、そう教えてくれたことがうれしかった。同じひみつをもつ者同士になれたから。
きっと、このヒトはボクのそばにずっといてくれるって信じられた。
――だから、がんばれた。がんばって生きてみた。
天塔騎士として、武芸だけじゃなくてヘンな兵器の使い方を叩き込まれ、さらにカガクなる学問も教え込まれた。ブツリガクやらダンドーガク、わく星の上でのテンコーガク、うちゅーにおけるちょうこうそくくうかんせんとうぎじゅつ。
ぜんぶのマニュアルはいんすとーるされているが、それらの意味を理解しないと扱えないからと、ししょーたちに教えられた。ししょーたちのおしえかたじゃぜんぜんわけわかんなかったけど、ウィルは怒ることなく辛抱強くわかるまで延々と教えてくれた。
――そういうヒトだった
たいせつだった。すごく大切だった。そんなタイセツなトモダチを――アレはコロした
なにもわかっていないまま、問答無用に消し去った/殺した。
憎い、と
――少女は初めてそう思った。
☆★☆
少女の眼窩に矢が突き立った。彼女の口から、この世のモノとは思えない絶叫が迸る。
その瞬間、均衡が崩れた。
豪風を巻き込みながら暗黒渦が一気に縮退、
空間歪曲が彼女を捕らえて渦巻くように引き伸ばしながら呑みこみ、周囲の物質を空間ごと巻き込みながら小さく小さくなっていく。
握りこぶしくらいの大きさまで一気に小さくなり、それからはゆっくりと縮まっていく。
渦巻く豪風が弱くなり、《世界》があげていた軋み/悲鳴が消えていく。
悲鳴のような音を上げていた勇者騎の動力炉音が下がっていき、展開された装甲が閉じていく。
噴出していた黄金色の粒子は止まり、背後でゆっくりと渦巻いている。
最強の人形騎士は通常状態となって、その場に膝をついた。もはや敵はいないとでもいうかのように。
人類の敵は暗黒渦に呑み込まれて消滅し、地に転がっていた敵の遺体は戦いの余波で無くなっていた。
遠くにある森林は傾いていたが、青々とした枝葉が広がっている。
空は雲一つなく晴れて青空が広がる。その空には、地に影を落とす巨大な天空船が浮かぶ。
帝国を覆っていた陰鬱な空気は払拭され――世界は平穏となった。
アンリが構えていた魔導杖を下ろす。
「……終わった」
「……ええ、そうね」
カーラも意識しないまま同意して構えを解く。
彼女の意識はそれに向いていた。アンリもまた改めてそれを見上げ、子供のころに聞いたおとぎ話を思い出す。
「姫様……あの人形騎士と天空船はもしかして……」
「ええ、偉大なる祖先の遺しもの……。遥かな時を超えてわれらが帝国の下に還ってきた……」
「……あれが我らが祖先たちが遺し、万年憎むべき《侵略者》に奪われたという伝説の……」
アンリは敬意と、それ以上に畏怖するように見上げた。同時に頼もしいとも思う。
帝国のもっとも古き守護神が再びこの帝国を護ってくれるのだからと。
「黄金の、人形騎士に……白銀の天空船……」
カーラは風にまかれる髪を抑えながら、伝説の人形騎士と天空に浮かぶ巨船を見上げる。
その声は万感の思いがこもっていた。
まったく思いもよらなかった幸運にカーラは心から歓喜していた。
伝説にうたわれる神造兵器がこの手に。
(これで帝国は、世界は救われる)
カーラは胸がとても高鳴る。それは、もう一つの忘れ得ぬ事実が覆ったことを意味するから。
(愛する勇者さまを"使わず"に救世が叶う)
それはとてもとても幸運――いいえ
「……そういうことだったのですね」
帝国を救うため、愛する勇者を捧げる禁断の大儀式を覚悟していた。
愛する勇者さまを捧げ、救世を願い乞う大儀式を執り行っていた
どうしてそんな覚悟を決めれたのか――どれだけ悩んだのか思い出せないほどに悩んだのだろう――わからず、神に問うて答えを得られず悩んでいたのだが――たったいまそれが解った。
それは全能神さまの試練だったのだ。世界を救うという大いなる希望を果たす、その覚悟を問うたのだ――
そして、わたくしは、その覚悟を示せたのだ。愛する勇者とともに。
その思いを全能神さまは汲まれて、あの神造兵器を遣わしてくださったのだ。
――皇姫カーラは全能なる神の深いアイを知った。
戦闘音がおさまり、通常状態へと遷移した人形騎士がゆっくりと膝をつく。
風が吹く。柔らかい、緑あふるる平和な風が。それが何を意味しているのか気がつき、生き残っていた帝国騎士や兵士たちが声を上げ始める。
「帝国は救われた!」「帝国万歳!」「偉大なる帝国に栄光を!」「帝国万歳!」
(幾十万もの貴い犠牲者たちは、決して無駄にはしません)
その声を聴き、帝国のために斃れた彼らを思い起こしたカーラは涙を流す。
そうして、誓う。
(さぁ、世界を救いましょう。愛する勇者ユウキとともに――)
暗雲が晴れた熱気の中で、独りマユは、天空に浮かぶ巨船を見上げて大混乱していた。
「なんで国連の宇宙船がここにっ!! どういうことなの……?」
彼女の言葉に気がついて、いぶかしむカーラに気がつくこともなく呆然とつぶやいている。カーラが目をわずかに細めた。
「そうだっ! あれが本当に国連なら、"PMSD"で連絡が取れるはず――」
マユが通信回線を開くジェスチャをして、PMSDが起動する。
網膜に通信回線接続先リストが投影表示される。いくつもの通信回線名がある。
そして見慣れた文字で表示された回線名――"国連所属文明調査記録船アマノウキフネ"
マユはなぜ気がつかなかったのかと思った。万能個人携帯デバイスであるPMSDを起動して、通信回線接続先を探そうともしなかったのだ。
ここが異世界で魔法とファンタジーの世界だと固く信じていたからにほかならない。
その回線に接続しようとして――
――万能矛盾並律機関完全同調
いずれとも知れないどこかで、使用する者が居なくなった古い古い言語が発される。
誰にも知られず、誰にも理解できない、そんな古い古い言葉。
――凄まじい悪寒が背筋を這い上り、意識しないままマユの身体がそちらへ振り向いた。
「な、に……あ、れ?」
漆黒に輝く暗黒球の表面。
縮退していく極大闇魔法《無限回廊》の扉である暗黒球の表面に赤黒いラインが亀裂の様に縦横無尽に幾重にも走っている、その表面にある白い指先。
事態が理解できないマユのつぶやきを受けたかのようにしてそれが《現出》してくる。
――真概念機関稼働
――事象特異点構築
白い掌が、細い腕が、小さな肩が、ほっそりとした鎖骨が、そして少女の頭が、這い出るかのように現れる。
光もなく、音もなく、揺れもなく、震えもなく。
ゆっくりと水面に浮きあがるかのように姿を現してくる――黒髪の少女が。
「あ、あり、えない……超ブラックホールから脱出してくるなんて――」
マユは網膜に表示されたPMSDの解析結果を信じられない。直前のことなど頭から吹き飛んた。
空間歪曲率から推測される中心部の重力指数は10の10乗を超えていた。
惑星上にそんな超級重力源を造るのは、彼女の世界の科学力でさえ不可能なことを、魔法はやってみせた。
そのことにも恐怖したが――それは遥かに超えていた。
高重力源を脱出する。ありえない。いったいどうやって? 魔法?
マユは吐き気を憶えているのに、目を離せない。気持ち悪いのに安らかな気持ちになる。
感情が矛盾している。かたかたと視界が震える。いつしか自分の両腕を抱きしめてがたがたと身体がふるえていた。
背筋から冷えていく。手足にしびれさえでてきた。
「なんなの……なんなのよ、いったい!」
極大闇魔法によって二度と出てこれるはずのない永久牢獄に囚われた、許されざる不死者にして人類の裏切り者と呼ばれたモノが。怖気を感じさせる非人間的な動きでずるりと、這いずり出で――その背から漆黒の焔が噴出。
「あれ、は――いったい、なに?」
アンリが後ずさる。帝国最強魔導師と自負する天才が。そして、彼女はそうしたことを認識していない。
無表情の顔を強張らせている。超魔道杖ケリュケイオンの先端が、ぶるぶると揺れている。
掴む指先は白く、強く握りしめられていた。
何が起こっているのか理解できない。ありえない。
偉大な大魔導師である自分ですら、あの闇魔法から脱出できるとは思えない。
だというのに、あれは這いずり出てきた。
それをこの場の誰よりも理解している。それゆえに目の前の光景が信じられない。
わからない、いったいどうやって――
『……脱出しただって……そんな、馬鹿な……っ』
勇者たる自分と勇者騎が全力で行使した最強の封印魔法を、あの人類の敵は破ってきた。
"勇者"が全力だったというのに――?
確信した、のに――?
なぜ――
ユウキは、足元がぐらぐらと揺れたように感じた。
濡れ羽色の焔は天へと延びるかのように渦巻きながらまるで翼のようにはばたきゆらめく。
それは、黒くてあまりにもおぞましく禍々しいのに、美しい。どこか神聖ささえも感じるほどに。
「な、んてこと……」
カーラは口元を手でふさいで顔を真っ青にしている。
衝撃のあまり、その手は聖弓を取り落としていた。
伝説の人形騎士と勇者さまの御力をもって滅した、のに。
なおも、なおもわたくしと帝国の邪魔をするというの――!!
カーラは、それを激しく憎悪した。
取るに足らなかったモノが、まだ邪魔をするがゆえに。
《現出》した黒髪の少女は、ゆらりと立ち上がった。
顔はうつむいたままで表情はうかがえない。
透き通る様に白い肌が、黒く染まっていく。
闇よりも濃い影色に、ゆっくりと足元から染まっていく。
そうして、すべてが影色になる。人のカタチをした影になる。
世界が軋む。それの顕現によって世界の理そのものが揺らぐ。
――|『■■■■■■■■■』接続
――『■■■■の資格を認む』
――認証『認む』『認む』『認む』『認む』『認む』『認む』『認む』……
この世界の《外側》で、数多の認証――ここに《現出》する。
それは銀河文明史上最狂最悪の兵器と云われながら、記録からすら抹消された存在。
破壊することも封印することも出来なかったがゆえに、あらゆる制約/誓約をもってこの太陽系に閉じ込め監視することを決定されたモノ。
それは先宇宙の遺産にして、いつかこの宇宙が遺すもの。
それは全次元全時間に在る全ての知性がいつかは到達できる/できた、存在の頂点/終着
それはこの世全てを俯瞰する――
それは無限の理不尽、憎悪の底の底より《現出》せし"ヒトの辿り着く最後のカタチ"
ヒトよりうまれ、ヒトより堕とされ、ヒトたらしめるなにもかもを失って、絶望と憎悪の底で成ってしまったなにか。
ただひとすじの光があれば救われたというのに、それすらもさしのべられなかった の成れの果て。
それがゆっくりと顔を上げた。
影色の顔の中心に、爛々と光る血のように朱い光――瞳が二つ。
なにかが、かちりと《世界》に
はまる《音》がした。
――|ようこそ、この世界群並立次元《Hello, World!》へ
さぁ、おとぎばなしをはじめよう
ゆうしゃとまおうとかみさまのおはなしを
ただしよいおはなしだとはきまってないよ――
昏い、真の闇の中。
宙に浮く白銀の少女が、ひとり高らかにわらう。
その声は、だれにも届かない。
届けたい人たちは、もうだれもいないから――
いつまでシリアスがつづくのか……
気がつけば初投稿から二年を超えて三年目に突入です。
……まだ続けてるとは考えたこともありませんでした。
今回も長々と書いてほとんどストーリーが進んでいませんが……
この物語もあと二~三話くらいの予定です。
最期までお付き合いくだされば幸いです。




