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ただしきいかり

大変お待たせしました。


残酷・残虐・流血・全裸シーンがあります。

苦手な方はご注意ください。






黒髪の少女が大地に座り込んでいた。

天を仰ぎみて、くつくつと傲然と嗤っている。

まるで、こちらのことなど目にも入れていないかのように


ユウキの火系最強魔法を平然と耐え、そして剣を自らに突き刺してみせた。

無傷。

いや、正確にはすぐに治癒。凄まじい再生力。

剣など無意味だと見せつけて、くつくつと”嘲笑う”その姿は、言葉よりも雄弁に伝えてきた。


――たかが人一匹を殺した程度のことで何を思い煩うことなどあるのか、と。


(アフィーナさんを殺したのにっ!!)

「このぉおおおおっ!!!」

 勇者ユウキが瞳に正しき怒り(・・・・・)を乗せて、少女に斬りかかった。



 皇姫カーラは、内心で怒りが渦巻いていた。

(……まったく余計なことをしゃべって。役に立たないだけじゃなくて、害悪になるなんて、さっさと処分しておけばよかった……。勇者に気がつかれていなければ良いのだけれど)


蒼ざめている顔色の裏側で、彼女は思考を続ける。


(――あのバケモノが問題ね。帝国魔導院が総力を上げて製造した戦奴(アフィーナ)をあんなにも容易く……なんて役立たず。せっかく拾ってあげたのにあんなにも簡単に壊れるなんて。所詮は無能者(ノマー)、粗悪品だったわ)



黒髪の少女は、袈裟切りにされて後方へ倒れ込む。

浮かべた”嘲笑”は消えぬまま。

「……っ!!!」

 荒い息をつきながら勇者ユウキが目を見張る。

倒れこんだ彼女は、瞬きをする間に外傷ひとつなくなっていた。

「――ソードスキル《乱風斬》!!」

発動した超高速連撃斬。一瞬で数百にもおよぶ斬撃を繰り出す超高速連撃が叩き込まれる。

少女は変わらぬ笑みを浮かべたまま肉片と化し――ソードスキルが完了した後には、無傷の少女がそこに居た。

「――こいつっ!! 不死者(イモータル)かっ!!」

一旦退いたユウキは、ギリッと口を噛む。

同時に吐き気を覚える。

グロテスクなものは視線フィルタにより処理されるが、肉を斬る感触は剣越しに伝わってしまう。

(考えるな、こいつは敵だ、悪逆非道な侵略者なんだ、容赦なんか必要ないっ!!)

ユウキは自分自身を抑制する。幼き頃から教えられたとおりに。

大丈夫、これは正しいことをしているんだ、選ばれた正義の勇者なんだから、これは正しいことなんだっ!!

哂う魔王軍の少女を睨みつける。


(想定外の事態。まさか勇者(・・)ですら滅しきれないとすると、どうすれば……? もうあれ(・・)を使わないといけないのかしら……? でも、まだ早い……これ(・・)まだ至っていない(・・・・・・・・)

カーラは密かに懊悩する。その耳に希望ある言葉が届く。


「不死者……。なら、そういう対処をするまでだ」

 剣を正眼に構えて鋭い目つきをしたユウキがつぶやき、考え始める。

「あんなモノを、なんとか出来るのですか、勇者さま」

殺せないバケモノを相手に恐れがないユウキ。

その姿はまさに雄々しい勇者そのもの。

帝国を救う正しく勇者であろうとするその心根。

不意にカーラは胸の高鳴りを覚えた。

高まる鼓動に虚を突かれる。


(……わたくし……この方が……いいえ、ちがうわ! この方()が使えることがうれしいのよ)


おかしな方向にいきそうになる思考を元に戻そうとするが、あまり成功していないことにカーラは自覚がなかった。


「ああ、僕たちの世界ではね、ああいう不死者に対する対処法というのは、フィクションやリアルを問わずにいくつも考案されているんだ」

そうしてユウキはカーラをまっすぐ見つめる。その瞳に不安を見て取った彼は断言する。

「だいじょうぶ、ぜったい護るから! この国も人も君も!」

“男”の顔をした青年に、カーラが我知らずに頬を染める。


ドキドキする。気がついたら、耳まで赤くなっているのが判ってしまう。

そして、そういった身体の変調を彼女は自覚した。

まさか、これは――この鼓動は……でもわたくしは、この帝国の姫。この帝国のために全てを捧げなければならぬ身。

女帝となり、この帝国の民を救い導かなければならない定め。

そのためならば、どんなことでもしましょう。汚れることなど厭いはしません。

いずれは誇りある高貴な者たちから夫を選び、子を成さねばならないこの身は、帝国のもの。

自分の感情に押し流されることなどあってはならない。


ああ、でも、この方を――


「手伝ってくれ、カーラ(・・・)

真剣な顔のユウキが手を差し伸べる。


「あ――」


 でも、でも……ああ……この方のためなら、わたくしは………なんでもできるわ――

 

残りの人生すべてを捧げても悔いのない――わたくしは、たとえ結ばれることがなくても。

もう、なにもなくても生きていける――


 皇姫(カーラ)は、一生に足る恋をしたと思った(・・・)


「はい、わたくしの勇者様(・・・・・・・・)


永遠の思いを込めて、姫は勇者の手を取る。

その思いに彼は気がついている様子はないが、それでいいと思った。

この思いは永遠であるけれど、また伏されねばならないものでもあるから。

たとえ報われることがなくても――。


――カーラは気がついていない。

思考の方向性が少しずつずれていっていることに。



 ユウキが聖剣に意識を集中し始めながら指示を出す。

「マユっ! 足止めをしてくれっ!!」

「わかったわ、ユウキ!」

 マユは無限倉庫から巨大な“おはようお星さま(モーニングスター)”を呼び出して駈けていく。

「アンリ! 攻撃魔法を使ってマユを援護してっ! それと合図があり次第、結界を張ってくれっ!! つらいと思うけど頑張ってくれ」

「わかった。がんばる」

少女大魔導師はこくりとうなずき、ふらつきながらも詠唱を始める。


「姫様は――を準備してくれ。使えるんだろう?」

「はい、使えます」

 どうして知っているのだろうという疑問が浮かんだが、すぐにユウキの役にたてるという喜びで塗り替えられた。

「元友達と戦うのは辛いだろうけど……」

「いいえ、辛くないと云えばうそになりますが、でもあの子もきっと、利用されるより……」

「そう、そうだといいね。よし――彼女の魂を救ってあげよう、僕たちの手でっ!」

「はいっ!」



「ぶっとべぇえっ!!」

 マユのアンダスローから振り抜く巨大な星形鉄鎚が黒髪の少女を天高く打ち上げる。

 砕けた小柄な身体から血飛沫をまき散らして宙を舞い、しかし、砕けた先から何事もなかったかのように元のカタチに戻っていく。

「まだよっ!」

 跳躍したマユがさらに鉄槌を薙ぎ払う。

肉が潰され骨が砕ける音をまき散らしながらフェテリシアの身体が宙を舞う。

それでもなお巻き戻る様に身体が再生していく。


 アンリは深く静かに集中する。

脳裏に描くは己の中でも最強の魔法のひとつ。

己の中に埋没するため、口が呪文を紡ぐ。

魔法とは自分との闘い。自分の中で確固とした意思を世界に押し付ける、それが魔法。

「黄昏の夜、宵闇の朝、星の瞬く昼……」

周囲に風が舞いはじめ、ローブをばたつかせる。静かに瞳をあけて、超魔導杖“ケリュケイオン”を天にかざす。

 意思を込めた魔法陣が足元に展開、彼女の身体をすり抜けるようにして上昇した。

さらに十重二十重と魔法陣が出現し、多重化していく。


砲撃体形(ブラスターモード)!」

 マユの持つ星形鉄鎚が展開し、一瞬で巨大な魔法陣が展開する。

黄金色の魔力光を迸らせながら魔法陣が回転開始、大気を鳴動さえ、莫大な魔力を汲みあげる。

12の円環が射線上に出現、互い違いに回転を始めて魔力収束を開始。

「これでもくらいなさい――《正しき裁きの光(ジャッジメント・レイ)》!」

マユのトリガーボイスと同時、光熱衝撃波が発射。円環によって形成された魔法粒子収束加速路帯により増幅加速して直径三メート以上にもなってフェテリシアを丸ごと呑みこみ焼払う。

フェテリシアの身体が人形のように無様に、四散と再生を同時に行いながら宙を錐揉みしながら落下していく。

そこに完成したアンリの極大魔法がさく裂する――

「我が意の下に降れ、《煉獄流星ジェノサイド・スターダスト・ブラスター》!!」

煌めく星が次々と、無数に現れ――宙を落ちるフェテリシアめがけて全方位から殺到する。

流星の尾を引き煌めく星が彼女の身体を貫いていく。再生するよりも早く次の流星が貫き、身体が千切れ砕かれ擂り潰していく。


どうして

なんで

ボクはこんな目に


脳を灼き払われる極痛、肉体の死と蘇生、意識の断絶と覚醒を無数に繰り返す

それは、まさに生きながらにして殺され続ける極限の地獄。

だというのに、意識は歪まない、狂わない、変わらない。


激痛すら生優しく感じる痛みの嵐。涙を流す瞳を流星が貫通して再生し、悲鳴をあげる喉もまた。

意識を悲鳴と疑問が塗りつぶす。


死にたい。死ねない。直る。壊れる。


――戦わないの?


小さな女の子の声。不思議そうに彼女に問いかける。


戦……う……なに、と? いったいなにと戦うというの?


――この、あなたにとっての地獄と

やだ、もうやだ。


極小の流星に頭が砕かれ、腕がもがれ、腹を貫かれ、脚がちぎられ――こわれる端から元のカタチに戻っていく。


――剣をとらないの?

とらない。とりたくない。やっとわかった。


無数の星が身体を貫通していき、そして時間が巻き戻る様に治っていく。


――なにが?

ボクがただのバカだったって。やっとわかった。


貫く流星の衝撃で首が折れる。意識が断絶して直後に覚醒する。極限の痛みが脳をぐしゃぐしゃに灼き続ける。


――なにが?

剣ならだれにも負けないって思ってた。

だけど判った。ボクは、ただバカなだけなんだって。

剣をとる、戦うっていうのは、ヒトを殺す覚悟をするってことだ。

けど、ボクはそんなこと覚悟してなかった――


腕が千切れて飛散し、次の瞬間にはまたカタチが元に戻る。

貫通し、衝撃が殴打し、肉体が千切れ続ける。

無限に続く拷問のような破壊。ただただ壊されていく。


簡単にヒトを殺せる技だ。

気がつかなかった。

そうだ、ボクの技は、全部ヒトを殺すための技なんだ。

強い弱いなんて関係ない。

剣の高みを目指すなんてことを本気で思ってた。


天才?

剣ならだれにも負けない?

お姉ちゃんなんかに負けるわけない?

剣の高みを極める?


なんて――なんてお馬鹿さんなの!?

ヒトを殺せる技ばかりが上手くなってなにが――


――ああ

きっと

褒めて

もらいたかったんだ。


みんなに褒められた。

その幼さでもはや剣技に並ぶものなしなんて云われて、とっても自慢だった。

父様にも母様にも褒められた。姉様だって苦笑しながらも頭を撫でてくれた。

姫様だって、幼なじみだって。

あれは、きっと子どもを見守る気遣いだったんだ。

ようやくわかった。あのまま大きくなっても、きっどどこかで破綻してた。

ボクは殺人機械にもなれなかった大バカ者だ――


流星の暴嵐は止み、フェテリシアはぐしゃりと地上に叩きつけられる。

壊れた身体は一瞬で再生するが、そのまま動かない。

放り出された壊れた人形のように転がったまま。

表情のない顔に、涙だけが流れる。


「アンリ、それを宙に固定して」

 カーラの下命に、アンリはこくんとうなずくとすぐさま魔法陣を展開する。

「《捕縛結界陣エターナル・トーチャリング・プリズン》――」

フェテリシアが多重の魔法陣によって囲まれ、宙に固定された。

磔のように宙に固定すると、魔法陣が蛇のように変化してぎちぎちと締め上げる。

逆関節に曲げられ、捩じられていく。

「ぁあああああああっ!!!」

フェテリシアが顔をゆがめ、苦悶の声を上げる。


「アンリ、趣味悪いよ」

 マユが少しだけ文句をつける。 少女のカタチが歪み、壊れながら再生していく気色の悪い光景。

視覚フィルタ(R-16)で軽減されているとはいえ、大体のカタチや音から想像がついてうぇっと吐きそうになっている。

「……そんなことない」

「もしかして、さっきやられたの根に持ってるの?」

「……違う」


カーラは、それ(切り札)を展開する。

帝国に伝わる、最古と云ってもよい特別な聖別器。

左腕に意識を集中させながらゆっくりと掲げる。


刺繍の施されたロンググローブがぱらりとほどけ、白皙の肌が露わになる。

ほどけた布が光り輝きながら大きく二つに分れ


「かつて――史上最強の武人が使いし聖武具」


美しい曲線を描くカタチとなって完成する。


「皇室に伝来せし聖なる宝具――銘を"武聖イースンシーの聖弓"!!」


――伝説に曰く。

その一矢は山を砕き、矢が通った後には川が出来たという。

武聖イースンシーはその弓をもって、侵略者の大艦隊を討ち滅ぼしたのだ。


矢はない。

だがカーラが弦を引き始めると、膨大な渦巻く風が収束していく。

すぐに清冽な輝きを放つ一本の矢となる。

その弓は魔法使いの属性を矢として撃ちだす投擲兵器。そして、カーラは風の最高位である蒼の精霊帝級の属性を持っている。


「わが破邪の風矢は、無限螺旋に捩れ狂う――」


引き絞った弓を、ひょうっと放った。


嵐風の一矢は、大気を歪めながら一直線に駆け抜け、フェテリシアに突き刺さった。

「――――っ!!!」

声にならぬ絶叫。

突き刺さった矢がねじれてフェテリシアの腹部を抉り千切っていく。

人なら一瞬で絶命する螺旋嵐矢。

しかし、フェテリシアの身体は高速再生していくため終わることなく抉られ続ける。

「――――っ!!!」

顔を苦悶に顔を歪めながら絶叫する。

 四肢を拘束されてろくに動けないというのに身を捩り、骨が折れて再生する。

腹を貫かれねじれ千切られ続ける。

さらに、第二、第三の矢が放たれ、胸を、肩を貫き、捩れ狂う。

血飛沫を、絶叫を、肉片をまき散らし、死にながら再生する。

拷問にも等しい凄惨な光景が現れていた。


もうやだぁ、なんで、痛い、殺して


フェテリシアはその思いでいっぱいだった。

いや正確にはまともな思考すら出来ていない。


――どうして戦わないの?

もうやだ、痛い、いたい、イタい、死にたい、ころして


――抗うこともしないの?

ころシテ、コロして、ころしてよ――!!!!



 宙に捕縛された少女のカタチをしたモノが壊され続けるグロテスクな状況。

平均的な高校生(・・・・・・・)のマユにはキツい光景だった。

「うぇー、きもちわるい。あれ、止めさしてあげようよ。もしかしたら死ぬかもしんないし」

「……」

 無表情のアンリがカーラの方を見る。

ユウキは目をつぶり聖剣に集中して微動だにしない。


ユウキに動きがないと見て取った彼女は、うなずいた。

「マユ……」 

 アンリは超魔導杖ケリュケイオンを展開して砲撃体勢に持っていきながら、マユに視線をやる。

「おっけー、アンリ! いっくよー」

 すぐに意図を察したマユが元気よく返事をする。

 二人が互いに意識を集中させる。

すぐさま巨大な魔法陣が空中に輝く。卓越した二人の魔法使いによる複合立体魔法陣。

幾重にも重ねられた円環型魔法陣が互い違いに回転を始めて周囲に浮かぶ魔法粒子を集めていく。

ケリュケイオンの砲撃口にまばゆい魔力光が漏れ始め、紫電が舞う

「アンリとマユの合体複合魔法――『真聖なる星光の輝き』!!!」

高々と告げられた魔法名と共に極大砲撃魔法が轟音と共に放たれる。

 アンリの五大属性、そして最高の光属性を持つマユが息を合わせた合体極大砲撃魔法。

 五色の光が渦巻いて直進する極太の螺旋光撃魔法が、激痛にのたうつフェテリシアを飲みこみ周囲の空間ごとなにもかも焼き尽して空の彼方へ消え去っていく。

 ……爆炎の中から小さいなにかが落ちてくる。

手足がもぎ取られ、身体の大半が炭化したフェテリシアだった。

炭化した身体が剥がれ落ちながら再生しながら落ちていき、地面に激突する。

「あ、ああ……」

 フェテリシアがはいずりるように転がってくる。身体がみるまに再生していく。


「うそ、まだ生きてる。ホントに不死者みたい……」

 恐怖をマユは感じていた。自分たちがもつ最強の五大属性の合体魔法ですらほとんど効果がないとは考えもしなかったのだ。

 本当に不死者だというなら、あとは封印のような手段しかないが、あいにくと該当しそうな魔法を知らない。

自分の世界から持ってきた個人端末セキュリティ・デバイスの出力では、大したことは出来ない。

いくつかの攻撃魔法を構築しながら愛する青年に呼びかける。

「まだなの、ユウキ?!」



 ユウキは、聖剣に意識を集中していた。自分はまだこの聖剣の機能を使いきれていない。

――選ばれた勇者のための聖剣が、弱いはずがないっ!!

 手に取った時に感じた凄まじい力、脳裏に走ったイメージの中にそれがあった。

自分たちの世界でもまだ実用化されてはいないが、理論はあった。

魔法は、イメージだ。それを願い思えば必要な力を構築できる。

イメージするものは次元を操る魔法――渦巻く情報根源の中、強烈に輝く一つの星。

それはすでに(・・・・・・)聖剣の中に(・・・・・)

「――っ!! 聖剣よ、オレにその力を貸してくれ!!」


 勇者ユウキが緋色の聖剣を掲げて叫ぶ。


 まるでユウキに応えるかのように、掲げられた緋色の刀身にいくつもの光のラインが走る。

突如、緋色に光り輝く巨大な円形陣が天高く投影される。


「っ!? あれはっ!!」

 マユが驚愕する。

「なんで、なんでこの世界に――っ!?」

マユたちの世界の文字がいくつも描かれていた。

ここは異世界ではなかったのか、なんでその文字があるのか。

その疑問に応えることなく、多種多様な注意文字列(CAUTION!)円盤図形が互い違いにくるくると流れる。

――鋭い視線に見つめられていることに彼女は気づかなかった。



空間が鳴動する。

光の文字列(危険注意)が激しく明滅する。


――天空が割れる。

世界の裏側、亜空間を貫く瞬時展開通路テレポート・カタパルトから、それ(・・)が姿を現す。


「あ、あ……な…んで――」

異変に気がついたフェテリシアが、それを見上げてつぶやく。

かたかた身体がふるえる。怯えた瞳が揺れる。


それは、ありえないはずの事態。



それは、巨大な人型をしていた。大パワーに反するようなほっそりとした手足。

艶やかな漆黒の装甲。

腰に佩いた二本の巨大なカタナ。

バイザーに隠された緋色のデュアルアイ。

星々の海を駈け、星を壊せる人型巨大兵器。


それは、フェテリシアの――

『マイマスター!! マスターコードを入力して完全停止させてください! 急いでください!』

「――っ!? なにを」

いつも冷静で感情があるように思えないパートナー(補助人工知能)からの緊急高速通信。

『いま、全システムに未許可侵入(クラッキング)を受けています! このままですと、この機体が敵性侵入者の制御下に置かれてしまいます!』

 超高速でやりとりされるそれは、ナノセカンド単位での意思疎通ができる。

「それは、本部からの強制介入――」

『そうではありません! 完全に未知の相手からで、しかも最上位アクセス権を書き換えられていってます!

大半のリソースを投入していますが、持ちこたえられません! あと666ナノセクが限界です!』

「で、でもウィルは、停止させちゃうと、その、死んじゃうんでしょ!? そんなのできるわけないじゃないか!」

 固体有機光コンピュータと一体化したシステムであるウィルは一度停止すれば、それまで形成されていた連結情報経路が分断されてしまい、蓄積された経験や記憶が使用できなくなる。

つまり再起動前のそれとはまったく別の人格と云ってもよく、事実上の初期化がされる。

それはすなわち疑似人格補助AIにとっては死と同義だとフェテリシアは習った。

『この機体は惑星を破壊することも可能な兵器です。それが目的も不明な勢力に奪取されることは防がなければなりません。経路遮断に失敗し、自爆装置も既に停止させられました。遺憾ながらマスターコードによる機能停止しか手段がありません』

「で、でも」

 フェテリシアはまだためらう。

『ご決断を。詳細不明な勢力にこの機体を使わせてはなりません』

「ウィル」

それでも彼女は怯えて決断できない。いやだ、失いたくない。

五年間もずっと傍にいてくれた大事な相棒。

自分の手で消す、失われる。どうする、どうすればいい。

頭の中がぐちゃぐちゃになる。何も決められない。

『お願いです、お急ぎください、マイ・マスター』

「そんなの、選べない、選べないよっ!」

『マスター……』

「選べないよぉ……」

『……貴女は、仕えたマスターのなかで最高のマスターでした。ええ、ほんとうにろくでもないマスターばかりでしたからね』

「ウィル……?」

『かなりおっちょこちょいで目を離せなくて、天才的なカンを持っているせいか理屈を理解するのが下手で』

「あの……」

『あと、あまり表情に感情がでないものだから誤解されやすいと思っているようですが、周りの人はみんな判ってるんですよ? 面白いからみんな云わないだけで』

「そ、そうなの?」

『ええ、もう少しだけ周りを頼ってもいいと思いますよ。周りの人だって、みんなあなたのことを大事に思ってますよ』

「ほんとうに?」

『ええ。わたしはあなたのパートナーだからいつだって味方ですが、でもそれは補助AIの業務だからというだけではありませんでした。周りの人たちより以上にあなたを大事に思ってきました。歴代のろくでもないマスターと比較するまでもありません。ただ優しすぎるのが欠点だと思っていましたが、でもそんな貴女が本当に大切でした』

「ウィル」

『貴女になら、わたしは壊されても(殺されても)いいのです。貴女以外の手で、この機体が勝手に使われる前に、最悪のことになる前に、マスターコードを。”わたしの最高のマスター”』















「機能……停止……マスター……コード入力……」


 うつむき身体を抱きしめていたフェテリシアがふるえながら入力をつぶやきはじめ――



 突如、甲高い轟音が撒き散らされる。女幽霊(バンシー)の泣き声のような音が。

フェテリシアがばっと顔を上げる。その顔には恐怖が貼りついていた。


ファンクションジェネレータが最大稼働を開始。

機体各部のスレートが展開し、余剰熱を排出。

そして、漆黒の装甲色が変化していく。

何者にも染まらぬ漆黒から光り輝く白銀へと。

人形騎士の背後の空間が歪み、輝き始める。まるで天使のような光の羽根のような形が現れる。


「あ、ああ……」

見上げるフェテリシアの顔が絶望に染まる。

ふるえる両手が頬に触れる。顔が歪む。


目元を覆うバイザーが展開し、黄金色のデュアルアイが瞬く


白銀に輝く巨大人形騎士が優雅に着地し、かしずく。

勇者に向かって(・・・・・・)



「これが、勇者の最強装備――!!」

 勇者ユウキが感嘆すると、まるで応えるかのように各部から余剰空気が排出される。

胸部操縦席ハッチが開き、ユウキが跳ぶように乗り込む。


「あ、あ…あぁ……」

フェテリシアは見ていることしかできない。

許可のない人間が乗れば即排除するはずの保安システムが作動していない。


ファンクションタービンの唸りが高まり、人形騎士が悠然と立ち上がる。

フェテリシアしか動かせないはずのそれが他者の操作に従っている。

個人認証システムが機能していない。


フェテリシアの心が絶望に浸食されていく――


白銀の人形騎士が、腰の大太刀を引き抜き天空へ掲げた。


「この勇者騎なら、お前を封印できる!!」



















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