ゆうしゃのたたかい
※残酷描写があります。ご注意ください。
広野に風が吹きすさび、街道に土埃を巻き上げる。
風が巨大な石造りの城壁にそって吹き上げて、上にいる黒髪の青年の髪を揺らす。
「……あれが、ぜんぶ敵………!」
彼は驚きを込めてつぶやく。
平野を埋め尽くすヒト、ヒト、ヒト……武装した人や“車両”が動き回り、隊列を組みはじめている。
一見して、おそらく数万の――5万人はいかないと彼は思っていた。子供のころに行ったことのある10万人収容のサッカースタジアムの半分もいないからだ――軍勢が街道を護るこの城の正面に結集している。
隊列は整いつつあり、あと一刻もしないうちに動き始めるだろうことは、戦争の素人である彼にも判る。
五万人以上のヒトによる移動はもの凄い迫力だろうと思う。
隊列を組んでいる者たちの多くは、亜人と呼ばれる獣の特徴をもった顔や耳などをもつヒトである。彼らは純粋な人である帝国軍兵士よりも身体能力が高い。
その一方で知能では大きく差があり、彼らはこの世界であまねく普及している魔法技術がほとんど発展していないらしい。しかし、近年において由来・出所不明の未知の技術により急速に戦力を整え、台頭してきたという。
その裏には魔王の存在――帝国魔法省は、それらの技術を伝えただろう者/集団をそう呼んでいた――があるのではないかと帝国は考えていたが、その正体は未だ掴めていない。
そして亜人たち蛮族は、その未知の技術によって魔法を劣化再現した疑似魔法攻撃――帝国では銃撃や砲撃を「魔法攻撃を劣化再現した攻撃手段」だと考えられている――を用いて、一斉に帝国を無慈悲に侵略してきたのだ。
質で圧倒的に勝る魔法騎士といえども、十倍の亜人たち相手では勝てるとは限らない。
まして帝国の一般兵は二倍程度の身体強化と簡易障壁が張れるくらいで、それでようやく互角ぐらいであり、倍の数の亜人たちと衝突すれば、まず敗ける。
ゆえに勝利するためには最低でも半数の兵力が必要なのだが、この城には既に味方は1000もいない。
しかも疲れ切ってボロボロの敗残兵が城内に転がっているだけだ。騎士たちも無傷な者などいないくらいで、戦力としては期待できない。この一ヶ月、激戦に次ぐ激戦で彼らは消耗しきっていた。
『我らは一騎当千、あんな侵略者共になど負けはしないっ!!』と豪語していた何名かの騎士も、青年が剣でちょっと撫でたらぶっ倒れるくらいに疲労困憊していた。
そして、撤退に次ぐ撤退で士気はもはや落ちるところまで落ちていた。
それでも軍が瓦解しないのは、この城の後方にもはや拠点はなく、帝都グランリアがあるだけだからだ。
帝国軍務省が定め、しきりに喧伝する帝国絶対防衛ラインを護る四大拠点の一つであるこの『称えよ、偉大なる帝国を護る力』城を抜かれれば帝国は――終わる。
すでに安全なところなどない。
海から辺境から攻め込まれ、帝国が包囲されているこの大戦争では、逃げ場所などどこにもない、と皆が判っているからに過ぎない。
ゆえに、帝国軍は一兵卒から勇敢に戦い続ける。
弩を、投槍を放ち、砲撃魔法士が魔法を撃ち、魔法騎士が疾風のごとく戦場を攪乱しながら斬りまくり、何十人もの蛮族どもを倒していく。
だが、視界を奪う煙幕が、大量の銃弾が、爆発して破片をまき散らす缶が、斬られてなお騎士にしがみついて自爆する蛮族兵士が、騎士を、魔法士を、帝国兵を傷つけ葬っていく。
そして圧倒的な被害を与えているというのに、蛮族どもは翌日には新品の服を着た連中が後方から現れて戦うのだ。
亜人たちは数も多いから、倒しても倒しても新しいモノが現れて、戦力が補充されているのだ。
帝国軍には後方や他の拠点からの増援もない。
帝国の戦力はすでに底をついている。帝都に常駐していた第一、第四、第十一軍団はいまや最前線となった絶対防衛ラインに投入され、皇族を護るわずかな近衛が残されているだけだ。
いまここにいる戦力だけで戦わねばならない。そして、それは日に日に減っていく。
現在はかろうじてこう着状態を保っているが、いずれは蛮族の戦力が上回り防衛ラインを突破されるのは明白だった。
絶対防衛ラインが一ヶ所でも破られれば前線は崩壊し、帝都は敵の手に落ちることだろう。
そして蛮族たちは決して帝国民たちを許さない。
女子供は奴隷とされ、男たちは労働力として過酷に扱われることだろう。野蛮な蛮族たちは、豊かな帝国民を妬み憎んでいるからだ。
それらを解っていても、帝国兵の士気は上がらなかった。未来への展望が見えないからだ。
ほの昏い影が帝国中を覆い、帝国民には末法の世だと嘆き悲しむ。
この城とて例外ではなく、全滅する未来しか観えない。
兵士たちの間では悲壮感すら漂っている。
――だというのに
「こっちは剣と魔法なのに、あっちは物理ガンと前時代的なタンク、まったくファンタジー対SFみたいだ。戦闘機は……いないのかな? いたらちょっと厄介か……」
黒髪黒目の青年は、その空気にまるで感化されていない。むしろ、戦う気概にあふれてさえいる。
「――"ユウキ"さま。あまり身を乗り出すと危ないですわ」
鈴の音を転がすような声がかけられる。
「大丈夫、これくらいなら落ちたりしないから」
そういいながら背後を振り返ると、美しく輝く黄金色が彼の目に飛び込んできた。
戦塵に触れてなお美しい黄金の長い髪と白皙の肌をもち、楚々とした美少女がそこに居た――帝国の聖巫女姫カーラである。
「どうかご自愛ください。あなた様はこの帝国の最後の希望なのです。万が一があっては……」
「わかったよ、姫さま。だから、そう心配しなくても大丈夫だよ」
ユウキは美しい姫に見とれてしまう。胸の前で手を組み、心配そうにこちらを見やる金髪の美姫に。
自分を見つめる青年に、カーラは小首を傾げて問い掛ける。
「どうかされましたか……?」
「いや、なんでもないよ」
慌てて視線をそらして、城壁の外へ顔を向ける。
今度は身を乗り出さずに、城壁の矢切から”敵”を観る。
「タイヤの付いた重そうなエアカーに、古代式の物理ガン……ハイパービームガンじゃなければなんとでもなるか……《|ステータス《Status Open》》は……基本戦闘力10……?」
青年は、ぶつぶつと云いながら空中に視線を動かし、ときどき手で触れる仕草をする。
奇妙な行動をする彼にカーラは傍で微笑んでいる。
こういう風になるのはよくあることで、ここ三日で慣れていた。
「装備はこのままでも充分、古代の物理兵器主体なら、最悪――で防ぎきれる。|索敵識別《敵味方識別レーダーマップ》情報は……戦力は見える範囲だけで伏兵もなし、か。この大きい輝点は巨大ロボットのかな?」
宙を観ながら、腕を組んで眉を顰め、何事かを考えている。
「……戦争は、やはり恐ろしいですか?」
それが自信喪失の様子に見えたのか、カーラ姫が心配げに問いかける。
「ああ、いや、違うんだ、なんでもないよ」
ユウキは慌てて否定するが、しかし、少女は違うふうにとったようだ。
「申し訳ありません……本来ならば無関係なユウキさまに押し付けてしまうなどと、許されることではありません。ですが、わたしたちは、もはや異世界の勇者様方におすがりするしかないのです」
カーラが深々と頭を下げる。
「いや、頭を上げてほしい、姫さま。オレは恨んでなんかいないし、むしろ感謝している」
「感謝ですか?」
「ああ。戸惑っているみんなを保護してもらったし、それに力の使い方を教えてくれた。みんなを護れるくらいの力を与えてくれた」
「それは違います、勇者様方が素晴らしい素質を持っておられたからです。わたしたちはそのお手伝いをほんの少ししただけですわ」
「でも、いくら素質をもっていても、使い方が判らなきゃ無意味だ。その機会を与えてくれただけでもほんとうに感謝している。だから、この国のためにオレの力が必要なら、それが正しいことなら、いくらでも協力する」
この国のために力を揮うことに戸惑いはない。まして、侵略してきた敵だ、容赦する必要もない。
唐突に帝国に攻め込み、残虐非道な行いをして滅亡の淵まで追い込ませている敵に、彼は純粋に怒りを抱いていた。
聞くと、魔法によって平和で豊かだった帝国は周辺国家に妬まれていたようだ。
周辺国家は、魔法が使えない者が多く、農業は天候に左右され、製造技術も魔法加工ができないため、どうも原始的な機械加工が主流らしい。
魔法が使えないのに魔王軍というのはヘンだなと思ったが、別にまったく使えないわけではなく、軍の幹部は帝国騎士以上の魔法力を持っているという。
きっと、その魔法力と権力で民や一般兵を脅しつけているのだろう。
国の上層部が魔王やその側近のように強いということで、魔王や魔王軍という呼称を使っているのだろうと彼は推測していた。
また劣悪な労働環境と安い給料で酷使される民は、監視されているために逃げ出すこともできないらしい。
帝国軍が時折行う周辺軍事作戦で救出されるのは女子供ばかりだが、身体が弱いのか、すぐに亡くなることがほとんだという。おそらく栄養失調だろうと彼は見当をつけていた。
つまり権力者たちは国民から搾取し、さらには平和な帝国相手に侵略と収奪を繰り返しているのだ。
自分の欲のために戦争をするなんて、おかしい。そして、そんな権力者に追従する軍隊も。
――そんなの絶対におかしい、力は正しく使うべきなんだっ!
まるで歴史上にあった悪の独裁国家みたいだと腹立たしく思っていた。
ユウキは自分の血筋上の父を思い出す。
大企業のオーナーで、社内ばかりか国まで左右させるほどの権力を持っていながら自分の欲しか満たさなかった。正しい者をせせら笑い、眉をほころばせながら弱者を踏みつけることを楽しんでいた最低の人間。
今は嫌悪感しかない、もう顔すら思い出したくないクズ野郎……。
――あんな風にならない。オレは弱い者の味方で、正しい者を助けるんだっ!!
「大丈夫。オレは絶対に見捨てたりしない。帝国のために力を貸すよ。――正しい者は報われるべきなんだ……」
小さくつぶやいた末尾の言葉は、帝国の姫には聞こえなかった。
「……はい、勇者ユウキさま。ご助力を、感謝いたします」
「だいじょうぶ。絶対に護るよ、みんなも、この国も。平和な国に侵略してくるような連中に好き勝手やらせるわけにはいかないからね。うん、きっと――そのためにオレはここに召喚ばれたんだな」
安心させるように笑いかける彼をみると、カーラはほんの少しだけ胸の奥にずきんとイタミを感じてしまう。「うれしいのです、勇者さま……」
カーラは儚げな笑みを浮かべたまま涙をはらはらとこぼす。
「え、え、なぜ?」
ユウキはおろおろと狼狽する。
「もうしわけありません、勇者さま。帝国が救われると思うと、とてもうれしいのです」
そっと流す涙をぬぐった金髪の少女が彼を見つめ、
「はい、あなたさまであればきっと――」
花がほころぶように綺麗な笑顔に、ユウキは言葉もなく見とれてしまう。
「あ、あの……」
「いや、なんでもないからっ! さて、初陣をしようかっ!!」
自分を無言で見つめる勇者に戸惑ったカーラが声をかけようとすると、照れ隠しに気合を入れたユウキが城壁の上に立った。
「――お気を付け下さいませ、勇者さま」
「大丈夫だよ。だってオレは”勇者”だから。姫さま、ちょっと離れていてくれ」
女性近衛騎士と侍女がカーラを促して城壁回廊の隅へと下がる。
「さぁ、往くぞ、魔王軍っ!」
心配そうな彼女の視線を背に受けながら、彼は味方を奮起させるために声を張り上げた。
そして、《呪文》を詠唱する。
「火よ! 水よ! 風よ! 土よ! 選ばれし勇者ユウキが四大精霊へと命ずる!!」
《力ある言葉》の一言ごとに、雰囲気が、空気が、世界が――変わる。
晴天の空が渦巻く灰色の雲に覆われ、雷鳴無き雷光がいくつも現れる。
急激に悪化した天候を儀式魔法だと判断した攻城軍は、避雷ワイヤーを次々と打ち上げる。
敵たちのそんな動きを彼はムダだと胸中で断じて
――さぁ、報いの時は来た。正しきものは報われ、悪しきものには罰を!!!
抜き放った緋い聖剣を天に掲げ、高らかに終焉の呪文を完成させた。
「かの敵を穿て、精霊雷よ――《テラ・ライディーン》!!!」
カッ――世界が白く塗りつぶされた。
純白でなにも見えなくなり、遅れて巨大な雷鳴が、鼓膜を引き裂くほどの轟雷音がさく裂した。
咄嗟に目を覆ったカーラをあざ笑うかのように、激しい暴風が叩きつけられて小柄な体がよろめく。
女性近衛騎士が姫の身体を支えて倒れはしなかった。
数秒……あるいは数十秒か。
激しい風が弱くなり、轟音で生じた耳鳴りがおさまったころ、ようやく顔を覆っていた腕をどけて、視界を取り戻す。
――煉獄があった。
轟々と燃え盛るいくつもの紅い焔。天へ上るいくつもの巨大な黒煙。
地は焼け爛れ、大小さまざまな陥没孔から、黒煙が幾本も立ち上る。
ほんの少し前まで、そこは緑にあふれる草原と整備された街道があったのだ。
それが、たった一撃の魔法で地形すら変わっていた。
そして、攻め寄せてきていた島嶼連合軍は当然のごとく地獄の惨状を呈していた。
なまじ近代化された兵装を所持していたことが大いに災いとなった。
強大な雷撃が金属製品を駆け巡り発生させた莫大な熱で自己融解、人体を焼いたのだ。
もっとも最初の雷撃により連合兵士たちの多くは絶命していた。
雷撃が体中を駆け巡って肉体の節々を爆ぜさせたのだ。
苦悶に顔を歪め、腕や足や首筋やらが爆ぜたり焦げたりした獣人たちの遺体。
まともな状態で死ねた者は一人もいなかった。
巨雷が正確に落ちた装輪装甲車もまた瞬時に融解して大爆発を起こしていた。
飛散した液状金属が、周囲の人間を襲い焼き付けた。
でも、即死した者はある意味幸運だった。
落雷地点から離れていた者は自身のもつ金属備品が瞬時に加熱して皮膚に焼き付いたのだ。小銃内部の炸薬が爆発し、溶けて液状になった金属が飛散して胴や手足を焼きながら貫通した。
致命傷でありながら、傷口が焼かれることによって無駄に生きながらえさせている。
堕ちた大量の巨雷により、攻城軍は六割近い兵士と装備を失い、指揮系統は崩壊していた。
生き残った獣人たちもまた、ほとんど身動きが取れず、ただ地に伏せてうめき声をあげていた。
酸鼻を極めた凄惨な煉獄が、そこにあった。
カーラは、呆然とその地獄を見ていた。
「これが……勇者の魔法……」
無意識に自分の使える極大魔法と規模を比較し、そして結論する。
一人のヒトが引き起こせる規模の魔法ではないと。
超戦術級魔法を、“ユウシャ”はほとんど詠唱なしで発動させたのだ。
「――半分も減らせなかったか。MP100の極大魔法といえど、こんなものか」
しかし、ユウキは不満だったようだ。彼方の敵を見下ろしながら文句をつけ、そしてひとつうなずいた。
「行ってくるっ! マユたちにはあとから来るように伝えてっ!!」
「――あ、ユウキさまっ!?」
密かに慄いていたカーラは、止めるのが遅れてしまった。
ユウキは、城壁を飛び降り――壁を蹴って宙を跳んだ。
わずか一回の跳躍でユウキは宙を翔けるように跳んで、敵軍の目の前に着地した。
音もほとんどさせずに身軽に降りた彼に、大混乱している敵は気がつかない。
「――ソードスキル《竜虎双牙舞》」
言葉を発した瞬間、発動する。
幾千幾億幾兆も繰り返したかのように揺らぎなく放たれた剣技は、一瞬にして周囲の敵を細片にした。
身動き出来なかった彼らは悲鳴すら上げられない。
「次は、どこだ――」
冷徹に周囲を見やり、立っている敵が多い場所を見つける。
「よし、あそこか――」
ぐっと腰を沈めて地を蹴る。膨大な土砂を後方に巻き上げて弾丸のように加速、数百メートルを数瞬で渡り――
「ソードスキル《水平斬》!!」
緋色の聖剣が薙がれた。
キンッ――
空間に斬線が走り――敵兵の上半身がズレた。
なにが起きたかわかっていない顔のまま、どしゃりと落ちた上半身。腰から下の下半身はそのまま立っていた。
落ちた上半身から大量の血液が噴出する。か細い声はすぐに途絶えた。
「敵襲――」
そこでようやくユウキに気がついた敵兵たちは、大声を上げて襲来を告げ
「遅いっ!!」
揮った剣先から放たれた真空衝撃波が垂れた犬耳の獣人兵をまとめて腰断し、後ろの兵士まで斬る。
派手に血をまき散らしながら倒れていく兵士だったもの。
|アイズ・エフェクト≪AVERS≫越しでも判るそのひどい有様にユウキは顔をしかめて後退した。
「くそっ……覚悟していても人型のを斬るのは、やっぱりキツい……」
心に過大な負荷がかかったせいか、手足に重さを感じて一度攻撃の手を止める。
脚を止めたユウキに大量の銃弾が襲い掛かり、体表面に張られた四大精霊加護によって弾かれる。
網膜投影に警告Lv.2が表示、敵の位置が簡易マークで表示される。
敵味方識別マップは真っ赤だ。
「っ……!! その程度、効かないっ!!」
激しい十字砲火の中を駈けて、剣を揮う。
そのたびにすぽーん、ころころと人頭が跳ねて転がる。
まるで喜劇の様な光景だが、残った身体からは血が噴水の様に吹き上げて倒れるのだ。
それでもひるむことなく銃撃の射線が増していく。銃撃で釘付けにして、指揮官の命令で大量の手りゅう弾が一斉に投擲され
「ソードスキル《グランド・クロス・ボンバー》!」
ユウキが技名を叫びながら剣を十字に揮う。
空中に剣の軌跡が十字型に光り輝き、急激に巨大化する。
十字光が大量の投擲手りゅう弾をすべて巻き込んで――手りゅう弾ごと爆発
大爆炎をまき散らす。
「さぁ、次は何が出るんだ?」
ユウキは剣を血振りして、むりやり不敵に笑って周囲を見回した。
☆★☆
――その大爆発は城からも見えていた。
「――勇者様を御一人にするなっ!!」
短い黒髪の女剣士が叫び、駈けだす。
遅れて、次々と城壁から飛び降りる魔法騎士たち。軽やかに着地すると、次々に抜刀して猛烈な土煙を後方に残して突進する。
城門の鎧格子戸が引き上げられて、一般兵まで出撃した。彼らとて身体強化二倍ぐらいは発動できる。
「帝国万歳!! 勇者さま万歳っ!!」
中年の帝国兵が槍をしごきながら、ほとんど身動きの出来ない敵兵へ突き立てる。
量産剣で頭を刎ね、隣の銃を向けた獣人に弱い火魔法の火弾をぶつけて燃え上がらせる。
炎で燃え上がりながら獅子顔の敵兵が絶叫を上げて死んでいく。
「帝国万歳!! 勇者さま万歳っ!!」
「帝国に栄光を!! 勇者さま万歳っ!!」
それは殺戮ですらなかった。
雷撃で弱り身動きが出来ないモノをひたすら刈り取っていく、農作業にも似た光景が繰り広げられていく。
「帝国万歳!! 勇者さま万歳っ!!」
「栄光ある帝国に誉あれ!! 勇者さま万歳っ!!」
帝国兵たちは帝国万歳を唱えながら、ただひたすら殺しまわっていく。
槍で、剣で、魔法で。
ろくに身動きの出来ない獣人たちを殺して回る。
降伏はない。
そもそも降伏捕虜条約など帝国と周辺国は結んでいない。なぜならば帝国以外に国はないのだから。
そして、戦場では躊躇が死を招く。誰だって死にたくないし、まして下等なイキモノに殺されたくない。
ゆえに帝国兵にとって敵は皆殺しにするものであり、戦利品は自由にしていいものだった。さらに云えば敗退に次ぐ敗退で追い詰められていた彼らの抑圧されたストレスが吐き出せる場所となった。
ろくに反撃もしてこない敵兵を突き殺しにしていくことに爽快感すら感じていた。
勇者ユウキは紅い聖剣を縦横無尽に揮って、次々と真空衝撃波を放つ。抗すべくもなく兵士たちが斬り裂かれて絶命していく。
血潮が吹き上がり、大地に血河が流れる。
「っ……《風の精霊》、清めてくれ」
濃密な血の匂いにユウキは気分が悪くなり、精霊にお願いをする。
すると、血風や臭いをまとめてどこかに飛ばす優しい風が身体を包む。
覚悟をしていたとはいえ、それでも人と同じ赤い血は、彼の精神をがりがりと削った。
視界は網膜投影されているエフェクトによりいくらか緩和されているが、匂いは制限できない。
手を止め、激しく肩で呼吸をする。それを好機と見たか、敵の銃撃が激しくなる。
「――っ!! 精霊たちよ、オレに力を貸してくれっ!!」
咆えながら剣を揮う。風精霊がその力でいくつもの真空波を造りだして射出、敵の兵士たちは斬られて絶命していく。
横に薙げば、遠くにいる兵士まで頭がぽーんと刎ね跳び、縦に振れば正面の兵士が唐竹割りに分断される。
噴き出す血はすぐに風精霊によって吹き散らされ、斬られた死体は土精霊の力でさらさらと崩れていく。
それは幻想的ですらあった。
勇者ユウキが駆け抜けた後には、死体ひとつ、血の一滴すら残らない。
まるで、そこに何も居なかったかのように。
ユウキの身体の周りには揺らめく光の帯が取り巻き、まるで鎧のようになっている。
それらは銃撃を弾き、一度剣を振ればまっすぐに伸びて兵士を斬り飛ばす。
精霊鎧。
精霊に愛されし者だけがまとえる精霊たちによって形成された半透明の鎧。まとう精霊に属する攻撃は無効化し、呪文もなしに魔法を行使できる攻防一体の鎧だ。
勇者ユウキの纏う四大精霊によって形成されたそれは、あらゆる攻撃から守ってくれる優しき移動要塞だった。
すべての精霊が祝福するそれは魔法だけでなく、四大が関係する物理攻撃も通らない。
銃弾が無情に弾かれていく。手りゅう弾も迫撃砲もなにもかも、まるで効果がない。
敵兵士たちにさざ波のように動揺が広がっていく。
倒せると思うからこそ、その場にとどまって攻撃ができるのだ。何をしても無駄だとなれば……
「う、うわああっ!!」
ついに連合兵士たちが悲鳴をあげ、雪崩を打って逃げだしはじめた。
十字砲火をものともせず、斬られたあとには死体すら残らない。
この世にいたことすらわからなくなる死をもたらすモノ、理解を越えたバケモノに、生存本能が剥き出しにされたのだ。
指揮官ですら、もはや恥も外聞もなく逃げ出そうとしたとき、後方から甲高いサイレン音が聞こえてくる。
緊急展開のための警戒サイレン音、膨大な風の渦巻く音。
砂埃を上げながら人型の巨大な物体が駈けてくる。
聞きなれた頼もしいその音に、兵士の理性がわずかに回復する。
「鉄槌騎士だ、鉄槌騎士が来たぞーーー!!」
わぁっと歓声を上げながら島嶼連合兵たちが道を開ける。
「あれが、例の巨大ロボットかっ!?」
その偉容をみたユウキがつぶやく。
「ユウキ殿っ!! いま魔装騎士がそちらに行きます、退いてくださいっ!!」
剣技だけで蛮族を斬りまくっていた黒髪の女剣士が焦ったように、ユウキに叫ぶ。
鉄槌騎士には魔装騎士を当てるしかない。
魔法騎士の一個小隊をもってしても打倒できず、単独で当たってはいけないと厳に戒められる敵の決戦兵器なのだ。
三騎の鉄槌騎士たちは轟音を上げて停止すると、手持ちの|巨大な回転砲身《20mmガトリングガン》をユウキの方に向けて、即座にトリガーが引かれる。
爆炎と共に人の手くらいある砲弾が噴き出す。側面から人の拳くらいある真鍮の筒が大量に吐き出されて宙をまい、地面に金属音をたてて転がりまわる。
どんなに堅固な魔法防御壁をも砕く無慈悲な砲撃が秒間数十発の速度で連射される。人など一瞬で肉片・細片・こなごなにされられてしまう。
耳をふさぎたくなるような砲撃音が続き、なにもかも爆砕していく。
そして、砲撃音が途切れた。約500発の砲弾を撃ち尽くしたのだ。
3騎合計1500発以上叩き込まれた砲弾の嵐で巻き上げられた土煙や爆煙が晴れていき、
「――終わりか?」
油断なく剣を構えて立っているユウキがそこに居た。まったくの無傷。
鉄槌騎士は狼狽したように一歩引いた。一個中隊を殲滅できる大火力を叩き込んで、無傷だとは考えもしなかったのだ。
「なら、今度は――」
ユウキの口上に構わず一騎の鉄槌騎士が、背から巨大な鉄鎚を引き抜き、目にもとまらぬ速さでユウキに叩きつけた。
轟音。
巨大な鉄鎚が地面を砕き、土煙を巻き上げる。
城壁を砕く、文字通り鉄槌騎士の鉄鎚だ。直撃すれば生物などひとたまりもない。
「ユウキ殿っ!!」
「やったぞっ!!」
女剣士の悲鳴、そして連合兵の歓声が響く中、土煙を裂いて上空へ飛び出す影――
「はぁああああっ!! ――ソードスキル《ブレイクオーバースラッシュ》!!」
大上段に振りかぶったユウキが鉄槌騎士の頭頂から股下までを真っ向唐竹割にして、ずどんと着地。
真っ二つにされた鉄槌騎士は左右に割れ、ゆっくりと大地に沈んだ。
残った二騎の鉄槌騎士が左右に散って、巨大な斧を構え――
「《光よ我が命に従え――光撃乱舞》」
平坦な女の子の声とともに、大量の曲射弾道光弾が鉄槌騎士に直撃する。
両腕で頭部センサ群を護りながら、大量の魔法攻撃に耐える。結晶装甲こそ貫かなかったが、視界を失ってうかつに動けなくなった。
その合間にユウキのソードスキルのクールダウンタイムが終わり、メニューからそれを選択して発動。
「おおおおおっ!! ソードスキル――《アルティメットソードブレイクダンス》!!」
勇者ユウキが咆えると同時に、12人に分裂する。残像分身ではない、それぞれが思い思いに剣を構えた別人。
それらが一斉に鉄鎚騎士に跳び掛かり、肩を斬り/胴の両側から剣を突き立て/首を刎ね/脚を斬り/腕を斬り飛ばし/機関銃を叩き斬り/胴を撫で切った。
魔法剣ですら斬ることが困難な鉄槌騎士の結晶装甲が、熱したナイフでバターをきるがごとく抵抗もなく斬られた。
轟音を立てて沈む鉄槌騎士だったモノ。四肢はおろか胴や頭部すら斬られて、人型の面影すらなくなっていた。。
分れていたユウキが再び一人に収れんする。
「はぁ、はぁはぁ……」
ソードスキルの連続行使はさすがにこたえたのか、聖剣を地に突きさして肩で息をする。
「て、鉄槌騎士が、敗けた……?」「うわあああああっ!!!」
連合兵たちの戦意は完全に崩壊した。
切り札である鉄槌騎士をあっさりと下した“ユウシャ”に恐怖した。
「勇者様っ!!」
帝国兵士が、騎士が叫びながら突撃し、勇者ユウキの近くにいる敵兵を蹴散らしていく。
あっという間に帝国兵がユウキを中心に輪形陣を組み、その周囲を魔法剣士中心の遊撃隊が縦横無尽に走って敵兵を刈っていく。
「邪魔よ、退きなさいっ!!」「……」
荒く息をつくユウキの下に、敵兵を蹴散らして少女二人が駈けこんだ。
「ユウキのバカっ! 一人で突っ込んじゃあぶないじゃないっ!!」
黒髪の気の強そうな美少女が、ユウキに突っかかりながら体力回復呪文を唱える。
「勇者が勇気を示さないでどうすんだよ……」
呼吸を整えながらユウキが返すと、端正で綺麗な顔が鬼のような形相になり
「やり方ってもんがあるでしょうっ!? 一人で援護もなしに突っ込むなんて死ににいくようなものでしょうがっ!!」
ユウキの頬をつねり上げながら怒鳴りつけると
「いや“精霊の加護”もあるし、個人防護力場も用意してたし……だいたい死んでない――」
「ユ・ウ・キ~!?」
「はい、すみません、ごめんなさい」
元婚約者に名前を区切ってよばれた時には素直に謝った方がいいということを、彼は長年の経験で知っていた。
ふんっっと鼻息も荒く、頬から手を離す。
何かを云いたそうな杖をもった黒のとんがり帽子にローブという“魔法使い”の恰好をしたちびっ娘の方を向き
「なに、なんか文句ある!?」
「いいえ。……あえていうならば勇者ユウキにはひとこと云いたい」
ちびっ娘が平坦な声で返す。
「云えばいいじゃない」
「そう――無事で良かった。……ありがとう、帝国を救ってくれて」
ユウキに抱きつきながらそんなことを云う。
「あーーーーーっ! アンリ何してんのよっ!」
「マユうるさい。頑張った勇者ユウキをねぎらっているだけ」
「うるさいって何よっ!!」
冷静にずばりと切り込む天才魔導少女と声が大きくてマシンガンのようにぽんぽんと小気味よく言葉を発する黒髪の少女。
若干15歳で帝国最強魔導師・氷の天才と称される魔導少女が年相応の顔をしながら、ユウキを挟んで黒髪の少女と喧々諤々とやりあっている。
「ガキどもが色気づきおって。まだ戦闘中だぞ」
周囲を警戒している短い黒髪の女剣士がイラつきながら小さく吐き捨てた。
その首には戦闘奴隷の証である金属製の首輪が光っていた。
少女たちの争いにちょっとおろおろしていたユウキだが、不意に空に鋭い視線を送った。
「――なにか、いる……いや、来るっ!! みんな、気をつけろっ!!」
「え?」
「……何?」
戸惑う少女たちをかばうように、ユウキが前に進み出た。
空の一角にぽつんと赤い輝点が灯り、そしてそれは急速に拡大する。
「……あれは、まさか」
「なに、知ってるの?」
「あれは伝説の極大呪文、“隕石墜し”――!!」
☆★☆
――勝敗は決した。
たった一人の“ユウシャ”によって。
帝国軍は逃走する敵兵を追撃する。正確に言えば、それは組織だったものではなかった。
劣勢にある帝国は、少しでも数を減らさなければならないというのもあるが、それ以上に敗け続けていた帝国軍が久々に勝利したのだ。
たまりにたまっていたストレスが、勝利という美酒によって爆発した。
高揚しきった精神は理性のたがを外して、敵兵にその牙を向ける。戦場という血の流れる場において、獣性が咆え声を上げて帝国兵士たちは自らのそれに呑みこまれた。
――狂気と云う名の地獄の釜が開いた。
だれにも止められない、屍山血河が築かれていく。
今まで苦渋を飲まされ続けた敵が敗走しているのだ、殲滅するのに躊躇する理由などない。
かろうじて残っていた無事な獣人兵士たちも、次々と討ち取られていく。
獣人兵士たちには恐怖が蔓延し、総崩れとなってばらばらに撤退をしているが、帝国兵士たちはその背に襲い掛かる。
剣で、槍で、弓矢で、魔法でひたすら殺していく。
「思い知ったか、下等な蛮族めっ!! 我らが帝国に土足で踏み入りおって! その罪、命をもってあがなえっ!!!」
思う存分に憎き下等蛮族どもを惨殺していた騎士の一人が、ふと見上げた空の一点に赤い光点を見つけた。
それはみるみるうちに大きくなっていく。
「なんだ、あれは――」
女幽霊の哭き声のような甲高い音とともに渦巻く大気を纏い、空力加熱によって赤く光るそれは、空を切り裂き、轟音と衝撃波を伴って地へ落ちた。
戦場の中心部、なぜかぽっかりと空いた空白地帯に。
鼓膜を砕くかのような轟音が吹き上がる。
轟曝風が大地をめくりあげ、地上をなめる様に疾けて、なにもかもなぎ倒す。
戦場の喧騒が掻き消えた。
だれもが振り返り、動けない。
落下地点には、数百メートルにもおよぶ巨大な土煙が立ち上っている。
なにか異常なことが起きたと誰もが思った。
息を呑んで見守るなか、唐突に黒い翼のようなものが土煙を掻き散らし、それが姿を現す。
直径十メートル以上もある陥没孔、その中心部に――漆黒の翼をもつ少女がいた。
長い銀色のポニーテールを風に揺らし、緋色の瞳に剣呑な色を浮かべながら
「そこまで――既に決着は付いている、これ以上はただの虐殺だよ」
漆黒のドレスの彼女は無表情に言い放った。
ようやく、ちょっとふぁんたじーっぽくなりました。




