幕前 ~それは彼女の思惑、あるいはとある突撃少女の単純な行動
お待たせしました。
残酷・残虐・流血シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
2014/10/21 こっそりと誤字修正
くるくると宙を舞う狸耳獣人の頭部。
首を刎ねとばした騎士が、返す剣ですぐ隣に倒れている獣人の心臓を串刺しにする。
身動きすらままならない獣人の胸板を、兵士の槍が貫く。
兵士の放った光熱線魔法がふらふらと立っている獣人を貫き、魔法士が放った光の刃が乱舞して獣人たちをまとめてズタズタに引き裂いていく。
先頭に立った騎士が、剣をふりかざし、なにごとかを叫ぶ。
応じる様に帝国兵士たちが自らの武器を掲げて叫び、突撃する。
それは戦闘ではなかった。
一方的な虐殺、いや駆除だった。
極大雷光魔法によって身動きすらままならなくなった獣人たちを、帝国軍は剣で、槍で、魔法で止めをさしていく。
獣人たちがふるえる指で引き金を引いても、暴発した小銃は動作しない。電撃でやられた手は剣を掴めない。
そのまま首を刎ねられ、頭を砕かれ、胸を貫かれる。
装甲車の搭乗ハッチが切裂かれ、内部に槍や爆裂魔法が叩き込まれる。仰向けに倒れた獣人を足蹴にし、うめき声をあげたら即座に槍や剣を突きこむ。
次々と絶命していく獣人たち。
ろくな抵抗も出来ずに殺されていく。次々と殺されていく。
――地上監視衛星群によるリアルタイム超望遠映像。
管制室のメインスクリーンとサブスクリーンに表示されている地上の映像だ。
自動解析されたデータやグラフの表示がめまぐるしく変化している。
声がない。室内の喧騒もない。
数十人が席についている巨大な管制室は静まり返っている。
誰一人として言葉を発さず、オペレータたちの端末操作音はおろか、身じろぎする音すらしない。
誰かが息を呑んだ。呼吸すら忘れたような静寂の室内に――
『――管制室っ! 許可を、発進許可を下さい』
突如、通信ウィンドウ越しに銀髪の少女がメインスクリーンに割り込んできた。
「コード=オクタ、発進は許可が下りていない。そのまま待機せよ」
担当オペレータが平坦な声で伝える。
『どうしてですかっ!! 許可を!』
「繰り返す。発進許可が下りていない。そのまま待機せよ」
変わらない返答に業を煮やした少女が上申する。
『アイン大佐!!』
「何をするつもりだ?」
管制室の中央指揮所に仁王立ちする白銀の髪の美女――ヘイリーア・コード=アイン大佐が問う。
『そんなの決まっているじゃないですかっ! あの虐殺を止めますっ!』
「それは、この戦争に介入するということか?」
『そうじゃないです! こんな、誰も彼も殺すなんて間違ってるじゃないですかっ!!』
「コード=オクタ。勘違いするな。あの者たちは軍人だ。民間人じゃない」
『でもっ! 動けない人たちをあんな風にっ!!』
「国権の発動たる戦争に対して、ユネカが一方に介入してはならない。まして条約加盟国と非加盟国との戦争だ。侵略した条約加盟国に加担することは、明確なフェアウィルド条約違反だ」
――フェアウィルド条約とは、ユネカと各国が締結している条約である。
様々な細則があるが、最も重要とされているのは加盟国同士の絶滅戦争(国家総力戦)に対してユネカが介入・調定することと定めていることである。
その基準は国民数が文明・文化を維持できなくなるとされる約百万人(そう定義されている)にまで減少した場合に介入することと明記されている。
また加盟国が非加盟国に侵略された場合についてはユネカの介入もありえるが、加盟国側の侵略行為についてはいかなる支援も行わないことと明記されている。
これは戦争も文明闘争のひとつとされているため、推奨はしないが抑圧もまたしないというのが文明記録保全機関ユネカの立場であるからだ。
可能な限り公平な立場で戦争を俯瞰し、どちらかが壊滅しそうになった場合に介入する。
そこには善悪の判断はない。
どのような国家であろうとも、絶滅しそうになった場合は保護すべきであると定められている。
条件を満たした時にユネカは通達と公示を行い、保護名目の下に、実力行使で敗戦国の人民を護るという非常に困難な仕事である。
これは両方の国から恨まれることになる。
敗戦国からは、なぜもっと早く助けてくれなかったのかと。
勝利国からは、勝利を奪われたと。
どの国からも恨まれているユネカがいまだ存在出来ているのは、ひとえに天塔騎士をはじめとする絶対戦力を持っているためだ。
国家の全軍を投入しようとも、一人の天塔騎士に敵わない。抗うことすらできない。
一人で一国を容易に滅ぼせるモノ、それが天塔騎士である。その代りに天塔騎士の運用には数々の制限が科されている。
その内容は国家代表が代替わりする度に通達と説明がされ、また数年に一度、各国家を訪れるユネカ親善友好団(これが一般には天塔騎士団だと思われている)が国家上層部と会談する際にも説明される。
剣聖たちの各国訪問は、各国の監察のほかにそういった外交でもあるのだ。
「国家正規軍が侵略した土地でいくら倒れようとも、それは侵略した国家の責任だ。ユネカが救出する理由も権利もない」
『でもっ!!』
「フェテリシア・コード=オクタ大尉。貴官はユネカに籍をもつ軍用兵器だ。その行動はユネカが責を持つ代わりに、命令を絶対遵守しなければならない」
『なら、なら、大巫女様に意見具申を――!!』
「コード=オクタ大尉!! それは越権行為で――」
専属オペレータが焦ったように言葉を遮るが、間に合わなかった
『かまわないから、云ってごらん。フェテリシア・コード=オクタ大尉』
突如、黒曜石で出来たような黒板が中央指令室の中心空間に出現した。
表面にはライトブルーとホワイトで描かれた北天より見た五大陸の紋章とUNの文字。
『大巫女さまっ! 出撃許可をくださいっ! あの虐殺を止めたいんですっ!!』
『ダメ』
平坦な少女の声が管制室に響き、大量の空中ウィンドウが表示される。
不許可、ダメ、Nein、NO……あらゆる言語による不許可表現。
『なぜですかっ! あんな虐殺――』
『ユネカは侵略戦争には関与しないの』
フェテリシアは感情的に叫ぶが、大巫女の声音は平坦だ。
フェテリシアは思わず息を呑む。
『侵略軍が何万人死のうとも、それは所属国家の選択で、その責任は国家が負わなければならない。
だから、ダメ。ユネカの介入は責任の所在を曖昧にしてしまうからね』
『そんな……そんなどうでもいいことでっ!!』
『どうでもよくないわ。ユネカは銀河連盟法に則り地球文明を観察する組織よ。星系を破壊できる強大な武力をもつゆえに法規則によってその行動は規制される。そうでなければユネカはやりたい放題ができるから。対抗できる組織や武力はこの星にはないからね』
『その力を、ヒトを救うことに使ってなにが悪いんですかっ!!』
『悪いよ。ルールから逸脱するんだから。どんな前提であってもね、出来るからと云ってルールを逸脱してしまえば、それは悪いこと。そうでなければ、ルールを無視できる強者はなにをしてもいいということになるんだから』
――スクリーンの中では今も獣人たちが殺戮されていく。
帝国兵士たちは遺体を足蹴にし、次の獣人を目指して踏み潰していく。
慣れない剣で獣人を滅多切りにする若い帝国兵。あまりに下手くそで、苦痛を長引かせている。
局部を串刺しにされ激痛に咆える獣人を、槍で殴りつける老年の帝国兵
愉悦を瞳に宿しながら獣人の両腕を切り払い、仰向けに転がしてわざわざ両目を潰す騎士。
もだえ苦しむ獣人を嘲笑しながらなます切りにしていく。
『――っ!! あんなのを見てるしかないんですかっ!!』
メインスクリーンに浮かぶフェテリシアの泣きそうな声と表情。
管制室の人員は一様に無表情を保っている。いつもは愉快な騒動を起こす技術部員たちでさえも。
『そうだよ。正規軍同士の戦闘に介入するのはダメ。それはルール違反だよ』
『正規軍と云ったって、もう指揮はされていないし、隊行動もしてないっ!! 軍隊とは呼べないでしょうっ!!』
『見かけ上はそうだね。でも上位指揮者から降伏あるいは軍解散の命令は出ていないから。国際信号も確認できない。ならばまだ国権遂行の意思があるとみなされるよ。つまり、まだ軍隊なんだよ』
『そんなのっ、ただの条文じゃないですかっ! 命が奪われているんですよっ! だいたい降伏したって、帝国が認めなければ……っ!?』
フェテリシアは彼らが帝国に降伏をしない理由にようやく思い至った。長年の確執が積り、互いに許しあうなどいったラインはとっくに超えている。その発想が生まれる余地がない。
『いま考えている通り状況は変わらない。ユネカは介入しない。そしてね、こうなるリスクがあることを理解して、彼らは攻め込んだの。ユネカはその意思を尊重しなければならない。こちらの自分勝手な考えで介入することは、その意思を踏み躙るのと同義だよ』
あまりに凄惨で残虐な中継映像をみているのか、いないのか。
黒石板の態度はまるで変わらない。
自分の主張が子供じみたものだと解っていてもなおフェテリシアは食い下がる。
『人を救うことは正しいことでしょう!? こんなの、こんなのおかしいじゃないですか――!!』
『それは、なおダメだね。正しさは立ち位置に拠るものだから、ここで一方の勢力に加担することは公平じゃない』
『公平って、これがですかっ!! こんな虐殺を傍観することが、公平なんですか! 正義はどこにあるんですかっ!!』
フェテリシアの駄々に黒石板はため息をつく。
『正しいこと、善行、正義。耳触りの良い言葉で行動を誤魔化してはだめなんだよ。特に絶対的な力を持つモノほどね、ルールに従って動かなければならないの。そこに感情はあってはならない、定めたルールから外れてはならない。だって半歩間違えるだけで、ボクたちは星を滅ぼせるんだからね。ゆえに力を揮うことに対して厳格にルール付けされている。それに従うことこそがボクたちにとって“正しい”ことだよ。その中に、敗北した侵略軍を救出するというのは入ってない』
『それじゃ、いまのこれに何もできないってことですかっ!!!』
スクリーンの映像を大きく指差す。
『そうだよ?』
何をいまさら云っているのかとでも云いたげに黒石板が身を捻った。そして、ため息をつく。
フェテリシアは激昂しようとして、機先を制された。
『間違えないで。ユネカは正義執行機関じゃない。この星の文明の観察機関だよ。ちょっとだけ個人の保護をしたりすることもあるけど、それは裁量権の余禄だ。無名の一個人は長期的には文明に影響を及ぼさないとされているからできることだ』
鎮まり返る管制室に響く黒石板の言葉に、誰一人として反論しないことにようやくフェテリシアは気がついた。思わず室内を見回す。
反論することもせず表情すらも消し去って自分の業務を遂行している。
彼女を支持する様子はどこにもなかった。つまり、表立っての味方はいない。
フェテリシアは顔を伏せて静かに問いかける。
『ユネカはあくまでも介入しないとおっしゃるのですか』
『そうだね。彼らが国境までたどり着けば別だけど』
『いまの状況をみて何も感じないんですか』
『別に? 歴史を眺めていても珍しいというほどではないからね』
『圧倒的な力をもっていても、ルールから外れていれば、何もしないのですか』
『そうだね』
『あなたは――情がないのですか』
『いまさらだよ。ボクはユネカを束ねるモノ。それ以外ではないから。規約が全て』
うつむいていたフェテリシアが顔を挙げる。何かを決意した真剣な表情。
『あなたって人はっ!! それは強者の傲慢だっ!! そんなの、ぜったいにおかしいよっ!!!』
彼女の叫びとともに管制室内に警報が鳴り響く。特級警報。フェテリシアの通信映像が激しく震動して歪む。
「どうした!! 何が起きたかっ!!」
副指揮官が状況報告を求める。
「特務艦第三ケージに異常発生っ!! コード=オクタの拘束具が、破損していきますっ!」
女性オペレータが報告しながら操作、各種中継映像がメインスクリーンに大きく表示される。
黒衣の少女が身を捩って、一歩を踏み出す。全身を拘束している金属枷や鎖が次々とはじけ飛ぶ。
後ろ手に拘束していた超合金製の板状手枷を力任せに引きちぎり、喉元の太い首枷に手をかけて千切る。
枷をむりやり引きちぎったせいか、出血していくつもの血の玉が空間に漂う。
「馬鹿なっ!! コード=オクタは騎士機能を凍結されているんだぞっ!!」
「しかし、現にっ!! ああっ!、全拘束具が破壊されましたっ!! 全固定破損、自由状態!!」
サブスクリーンにケージ内を赤い玉をいくつも流しながら浮遊移動していく黒衣の少女の映像が流れ、唐突に乱れて消える。
「ケージを封鎖し――」「既にしてま――ああっ!! ケージ外扉が!!」
艦体状況マップの一部が拡大され、ハッチの部分が赤く灯り、破損の文字。
「外扉が破壊されただとっ!!! 厚さ2500mmの特殊合金製だぞっ!?」
「オクタ、艦内を移動! セキュリティシステム、作動していません!!」
黒い翼をもった黒衣の少女が通路を移動していく。映像が次々に途絶える。
特務艦の後部に設置された三番重力子カタパルトに灯が入り、そして進路上に航路灯がレーザー光投影される。
「で、電源が勝手に!?」「くそ、AIが占拠されているのか!?」「《アマノウキフネ》中央AIの状況不明っ! こちらのコマンドを受け付けませんっ!!」
「コード=オクタへの直結回線、全て塞がれています! ステータスも確認できません!!」
「いや、まて。そもそもオクタの量子頭脳は機能凍結されているはずだ、通信ポートが開いているわけが」
「しかし、それなしでこんなことが出来るはずが! そもそもオクタは動けるはずがないです! 彼女はいま人格演算だけしか動いていないんですよ! 身体演算は主演算頭脳が行うはずなのに!!」
「なら、メインが動いてんだろう! くそ、せめて通信ポートだけでもこじ開けろ! ステータスが読み取れなければなにも判らん!」
「やってます!!」
技術部員が総力を挙げて侵入しようとする中で、状況報告が無情に挙げられる。
「コード=オクタ、三番重力子カタパルト上に出ましたっ!! カタパルトメインハッチが開きますっ!!」
《注意! 現在真空中 宇宙服・防護フィールドシステム装着のこと》と、いくつもの言語で警告がレーザー空中投影された巨大な部屋の一方が開いていく。
分厚い特殊合金製メインハッチが観音開きでゆっくりと開いていくその先は真っ黒な宇宙。
メインハッチがロックされる鈍い震動が室内に伝わった。
発着場には非常灯以外の光源はなく、進路を示すレーザー投影灯だけが浮かび上がっている。
発着待機場に居た黒衣の少女が、重力カタパルト上にあがって定位置に着いた。
足元で、小型の架板がせり上がる。
黒いストッキングにつつまれたほっそりとした脚を踏み出して、真っ赤なミドルヒールをそこに乗せる。
身をかがめて、手を付いた。
顔を上げて、信号灯をみる。『STOP』の赤文字が点滅している。
少女の頭の上で、黒くて長いみみがゆらゆら揺れている。
『技術部、コード=オクタの外装をそちらで操作――』
『やっているが、だめだ! コマンドがどこかで遮断されている!! くそ、八の直通回線に四つの隠蔽回線もダメか!!』
通信傍受している本部は大混乱のようだと、少女は他人事のように思う。
カタパルトの進路方向下に浮かぶ青い星。
カタパルトのステータス情報がフェテリシアの瞳に網膜投影される。
重力子チャンバー 圧力正常
電源電力 正常
メガコンデンサー充填率100%
重力子カタパルト上 進路クリア
……カタパルトステータスALL OK
「……発進準備」
フェテリシアがつぶやくと、出撃命令が出されていないにも関わらず、天井にある信号灯が赤、黄、緑と切替わる。
停止信号表示がSTOPの赤文字から反転
Ready?
黒いフリルスカートに包まれた小さなおしりをぐっともちあげて膝を少し伸ばす。クラウチングスタートの姿勢。
背中の黒い翼がばさりばさりと動いて定位置に固定。
空中投影の数字がカウントダウン。
3…2…1…GO!
『フェテリシア、出撃しますっ!!!』
叫び、架板を蹴る。
足元の真っ赤なミドルヒール底から金切音と盛大な接触炎を巻き上げて加速、トップスピードまでわずか三歩。
連動して重カ子タパルトが起動、進行方向に淡く輝くリング――重力子制御状態表示――が形成された。
「っ!」
15連重力子リングによって彼女は15G加速し、宇宙空間に射出される。
艦の後方に
「コード=オクタ射出されましたっ! NMフィールドの展開を確認、さらに減速! この角度と速度ですと大気圏に突入しますっ!!」
「軌道はっ!!」
「算出中です――どうやってここまで正確にっ!!」
サブスクリーンに表示された予測軌道は、正確に最短距離を通って現在の戦場を指し示していた。
「監視衛星群よりゴースト隊を発進、足止めさせろ! ぶつけても構わない、時間を稼げ!! 待機中の天塔騎士に出動を要請――」
戦術指揮官が矢継ぎ早に指示していくが
『追撃は無用よ、放っておきなさい』
「それはっ!!」
思わず聞き返した戦術指揮官に黒石板は取り合わない。
『そんなことよりも、これから地上が大騒ぎで、とても忙しいから構うことはないよ』
緊張しながら指揮官が尋ねる。
「それは、"託宣"ですか」
「うん? これから起きることだよ。ユネカはそれの対処を最優先で行う」
黒石板が気楽に断定する。
管制室室内の雰囲気が変わった。今までの慌ただしさと焦りの雰囲気から凄まじく緊張したそれに。
彼女がなにかを断言した時、それは決して外れることのない託宣、預言となる。
千年以上に渡って外れたことのない予言。
極少人数しかいないユネカという組織が、世界すべてに対しても介入できる本当の理由。
ユネカがもつ力の、真の源泉は天塔騎士でも宇宙戦力でもない。
彼女の絶対的な未来予言なのだ。
ユネカのもつあまり融通の利かない大規模破壊兵器群を微細に運用して、戦略目標を確実に達成する。
例えるなら巨像が蟻を踏み潰したりせずに地面の砂を一粒一粒動かすような計画を立案して一切の破たんなく実行する。
まるで未来から現在を俯瞰したかのような指示で、事前に託宣された通りに全ての物事が進み終わるのだ。
ゆえに彼女は大巫女と呼ばれているのだ。
そして託宣が下された時にその指示に従わない者などいない。
『エウロベ地区の監視体制を強化。これから起きることをしっかりと記録して』
「は、はい!」
オペレータたちに直接指示を出して、臨戦態勢を解除させる。
『有人監視は望遠光学映像のみで。近傍監視は全領域迷彩無人機をばらまいて。ただし情報処理系は本部のメインシステムから切り離しておくこと。センサー類は受動だけで。能動系は禁止』
「ご指示ですと、解析速度や精度がかなり制限されることになりますが……」
『それが必要だからね。詳細を説明する必要あるかな? 長いよ?』
「いえ、その必要はありません! 大巫女様の直接指示に疑義をはさみ、申し訳ありません!」
『別に畏まらないでも……』
黒石板は頬を掻くようなしぐさを見せる。
「準戦時体制レベル3の規定通りに24時間体制で地上監視を。一瞬でも気をゆるませてはだめだからね。そして、重大な変化があればわたしを呼び出して」
「重大な変化とは?」
「いまの戦争状態がひっくり返されるような大きな動き、よ。コード=オクタの突入後にそれが起きるわ。じゃぁ、あとは任せるよ」
「はっ!」
副指揮官が敬礼をする。そして、あわただしく作業が行われて喧騒が響きはじめる管制室内で、一言も発しない女がいた。
「……大巫女さま」
腕を組んだままのヘイリーア・コード=アイン大佐が静かに声をかけた。
『なに?』
「煽りましたね?」――あの子を
『なんのこと?』
とぼける黒石板に取り合わずヘイリーアは続ける。
「あの子にいったいなにがあるんです? どう考えてもあなたの行動はおかしい」
『そう? いつもどおりじゃない?』
まるで取り合わない。たしかに気まぐれで愉快犯で自由人だが――その一方で、決して一定のルールを逸脱しない人だとヘイリーアは見切っていた。それが――
「……今回の任務は最初からでたらめもいいところばかりだ。その上で問題しか起こしていないあの子を起用しつづけ、ろくな処罰も与えていない」
『あら、あなたは道具に罪を問うタイプなんだね?』
「……どういう意味ですか?」
『ふふ……ボクはいつも云っているよね、キミたちはボクの道具だって。――道具がなにをしたって処罰するのはおかしいでしょう?』
笑みを含んだ声にヘイリーアはいらついて声を荒げる。
「ふざけないでください」
『なにが?』
きょとんとした感じしかしない声にヘイリーアは、大巫女が本当にそう思っていると気づいた。思わず問い返す。
「――まさか、本気、いや正気ですか」
『さぁ? ただボクは昔からこうだし、公言していたよ。ま、使い捨てはしないけど必要ならなんでもさせるよ。代わりはまた用意すればいいからね』
それは成熟した大人の声音ではなく、むしろ無邪気とさえ云える幼い声だった。
それ故に、ヘイリーアは背筋に冷たい汗を覚え、同時に静かに激昂する。
「道具だから、わたしたちの意思など関係ないというのですか――」
『別にいいでしょう? 道具だからといって粗末にするわけでもないし、ボクはむしろ大事に使い切るタイプだから』
「フェテリシアもまた使い切るというのですか」
感情を排した低い声で問いかける。
『ん? 目的に沿うならね』
「あの子を不幸にするというのならば――」
密かに練り上げていた剣気を収束し、透徹した意思を込めてただ一点に向ける。
「――絶対に許さない」
もうあの子は充分に不幸だった。これ以上まだ不幸にすると云うのならば、刺し違えてでも――
『そう? 不満なら反抗してもいいわよ? 出来るならね』
「なに?」
『ヘイリーア・コード=アイン、キミが天塔騎士になって何年だったかしら? 100年? 200年? その間にボクの意向を無視した行動は出来たかな?』
「――!?」
アインは咄嗟に過去を脳裏で浮かべ――気づく。
『そう。経過はどうあれ、最終的には必ず指示通りにしてるよね。つまり、キミたちはボクに逆らえない』
絶句しているヘイリーア・コード=アインを意地悪そうに覗き込んでくる黒石板
そんな馬鹿なと、演算力を開放する。あらゆる可能性を予測演算する。
だが超々高速度予測演算をもってしても――これに勝利できるイメージがどうしても現れない。過去より受け継がれ続けている膨大な戦闘経験をもってしても、勝負にすらない。
戦闘のイメージが保てずに崩れる。大量のエラーが返されて演算を圧迫する。
演算は可能だが、それは実行しても無駄であると伝わってくる。
ヘイリーアは背筋の悪寒が全身に広がっていくのを感じる。
『ま、戦いたくなったらいつでもおいで? 歓迎してあげるから』
その言葉を最後に黒石板が唐突に消えた。
高速移動などではなく、映像が切り替わったかのようになんの前触れも後にもなく。
そもそもあれが実体であったかどうかすら解っていなかったことに気がついて、ヘイリーアは戦慄した。
勝利の見込みも、そもそも反抗することすら出来ないのではないかと考えて――気がついた。
(なら――フェテリシアは、どうして逆らえる? それともこの行動までも思惑通りだというのか?)
ちょっとかわいい外道巫女惨状!
彼女は、めちゃくちゃなことを云っていますが、オトナにはいろいろ事情があって思い通りに動けないモノなのです。(個人の見解とは限らない)
勇者戦のつもりだったのですが、書いていてイライラが募ってしまってなかなか進まず。
お気楽な息抜きので幕前に手をつけたらするすると書けてしまってなんじゃこりゃと。




