第11話 ルナの涙
第十一話 ルナの涙
その夜。
天城ルナは一人だった。
高層マンションの最上階。
広い部屋。
大きな窓。
誰もいない。
静かだった。
テレビだけが光っている。
そこに映るのは。
海夢だった。
今日放送された特集番組。
『伝説のアイドル 海夢』
画面の中で海夢は笑っている。
昔と変わらない。
優しい笑顔。
ルナは黙って見ていた。
「ずるいな」
小さく呟く。
誰も答えない。
海夢は知らない。
自分が何人の人生を変えたのか。
どれだけの人間が。
その背中を追いかけたのか。
ルナもその一人だった。
テレビの中の海夢。
歌う姿。
踊る姿。
笑う姿。
全部が眩しかった。
だから。
アイドルになろうと思った。
いや。
海夢になろうと思った。
それが間違いだった。
ルナは苦笑する。
海夢になれる人間なんて。
どこにもいない。
その時。
画面の中で海夢が言った。
「私は特別じゃないの」
ルナは鼻で笑う。
嘘だ。
特別だ。
世界一特別な人間だ。
だから。
みんな苦しむ。
追いかけてしまう。
自分みたいに。
その時だった。
番組が切り替わる。
映像。
イナンナ。
『声のない歌』
ルナの手が止まる。
何度も見た映像。
でも。
また見てしまう。
イナンナは手話をしている。
静かに。
優しく。
ただそれだけ。
なのに。
ルナは目を離せなかった。
昔からそうだった。
施設にいた頃。
イナンナは何もできなかった。
喋れない。
聞こえない。
友達もいない。
放っておけなかった。
だから世話をした。
最初はそれだけだった。
本当に。
それだけだった。
だが。
気付いてしまった。
イナンナは。
誰かに助けられることを。
才能にしていた。
先生も。
職員も。
施設の子供も。
みんな。
イナンナを見ていた。
ルナは悔しかった。
自分は努力した。
歌も。
ダンスも。
勉強も。
全部。
なのに。
みんな見るのは。
イナンナ。
喋れない少女。
聞こえない少女。
「最低だな」
ルナは呟く。
そんなことを思っていた自分が。
嫌だった。
でも。
止められなかった。
嫉妬は。
そんなに綺麗な感情じゃない。
その時。
画面の中のイナンナが笑った。
小さく。
本当に小さく。
それを見た瞬間。
ルナの目から涙が落ちた。
自分でも驚いた。
何で泣いているのか。
分からない。
悔しいからか。
嬉しいからか。
寂しいからか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
分かったことがある。
「変わったね」
昔のイナンナなら。
そんな顔はできなかった。
昔のイナンナなら。
人前で笑えなかった。
昔のイナンナなら。
あんな風に前を向けなかった。
誰かが変えた。
ルナは思い出す。
黒髪。
不機嫌そうな顔。
口の悪い男。
トリアイナ。
「気に入らない」
そう呟く。
でも。
少しだけ。
本当に少しだけ。
羨ましかった。
その頃。
イナンナは眠れずにいた。
ベッドの上。
今日聞いた言葉を思い出していた。
『海夢じゃなくて』
『私を見てくれた』
その言葉が。
胸の中で何度も響く。
そして。
ノートを開く。
ゆっくりと。
一文字ずつ書く。
『私は誰?』
その問いに。
答えられる人はまだいなかった。
だが。
アイドルゲームは待ってくれない。
翌朝。
新しい順位発表が公開される。
そして。
イナンナはついに。
トップ 10 へ足を踏み入れることになる。




