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柳村:木を隠すなら森の中(後編)

 犀佳少年は幼馴染達から恋慕を告げられたことで、とうとう近くに人を寄せ付けなくなった。


 クラスメイト達と適当に交友し、


 ファンクラブを結成したと息巻く見知らぬ後輩に愛想を振りまき、


 文武両道で、礼儀正しい彼を高く買う教師たちの話に謙虚に耳を傾ける。


 勉学を修め、部活に勤しみ、自宅でクレオパトラを腹の上に乗せて生きる日々。


 青春の『せ』の字も無い、無味乾燥な生活が中学三年生まで続いたGW明けのこと。


 中二の時に家を出ていった姉達が、久しぶりに帰省した。


 恐らく、馴染みの男友達に送ってもらった2人は、大阪にある遊園地を楽しんできたようだった。


 犬のマスコットキャラクターのカチューシャとサングラスを掛けてリビングに入ってきた2人に、犀佳は己の目が半目になっているのがハッキリと分かった。


 完全に浮かれきった観光客の装いに、犀佳のお腹の上で伸びきっていたクレオパトラも白い目を向けているように見える。


「久しぶり〜!あら、サイちゃんってば、身長伸びた?ソファの肘置きに足届いてるじゃん」

「もう。俺のことは放っておいていいから、2人でお喋りしてたら?」

「うわ、めちゃくちゃ声変わりしてんじゃん〜!思ったよりイケボで草〜。声だけなら推せるかも」

「はいはい。サイちゃんが男も女も惑わす魔性の男でも、禁断だけは駄目よ。我が家の美形の血は最高の状態で後世に残すんだから」


 だる絡みしてくる姉達をあしらうが、やはり2人には敵わない。


 何なら、昨年から実家を出たことによって、よりパワーアップしていそうな気すらする。


 犀佳はこれ以上、関わりたくないとばかりにダイニングテーブルから視線を逸らした。


 しかし、犀佳から無言の抵抗を示された姉達は全く気にしていないようで、いつもの定位置に座るなり、冷蔵庫に入っているアイスティーをグラスに注ぎ始める。


 どうやら、毎回恒例のお茶会を行うつもりらしい。


「そういや、サイちゃん。アンタ、進路どうすんの?」


 一通りの準備が終わり、優雅にアイスティーを口にした麟佳から、急な話題が飛んできた。


「別に」

「別にじゃないわよ。どうせその答え方を見るに、行きたいとこがぜ〜んぜん無いんでしょ」


 麟佳が見透かしたように、最高学年になったはずの犀佳には希望の進路がなかった。


 ただ、遊ぶ友人もいない孤独な学校生活なので、真面目に授業に取り組んだ結果、成績は常に上位5位以内をキープしているし、弓道部の方もコツコツと基礎を積み上げたので、都大会で準優勝する所まではいっていた。


 よって、成績や内申点も何一つ綻びのない犀佳であれば、市内の進学校に進学することも容易いだろうと、担任からは太鼓判を押されている。


 だが、それを素直に選ぶことが出来ないのは──この窮屈な毎日から、そろそろ脱出したいという願望が心の奥底で燻っているからに他ならない。


 決して、声に出しては言わないけども。


 うんともすんとも言わなくなった弟に痺れを切らしたらしい麟佳は、「あのさ」と更に話を続けた。


「2年前に、お姉ちゃんが言ったことを覚えてる?」


 どれの事を指しているのかが分からない──訳ではない。


 幼馴染達との絆が断ち切られた夏休みに、麟佳が放った一言一句を犀佳はちゃんと記憶していた。


 『可愛い弟の顔がかかってるもの。こんな顔でも人生楽しく生きていけるって、リンちゃんが証明してあげるから、もうちょっとだけ中学生頑張りなさいって』


 飽き性の姉だから、言ったことすらも忘れているかもしれないと思うくらいなのに、どうしてかその言葉はずっと犀佳の中に残り続けていた。


 ──否、ただ海馬に保存されていたわけではないだろう。


 麟佳の発言は、犀佳にとっての一縷の望みにさえ、なっていたのかもしれない。


 けれども、そんなことを正直に言ってしまった日には、調子のいい麟佳は全力で揶揄ってくるに違いない。


 更なるだる絡みを恐れた犀佳が無反応を貫いていると、ダイニングテーブルの方から大きな溜息が聞こえてきた。


「ケイちゃん。アレ、見せてやりなさいよ」

「え〜、やっぱりアレ勧めんの〜?流石に底辺校出た私でも、ちょっとたじろぐ進路の不透明さなんだけど〜」

「大丈夫よ。名前書いたら入れる高校と女子大に行ったアンタが大手商社の受付嬢やってるんだから、意外と何とかなるわよ」

「ボロクソで草〜。ま、全部、本当のことだけど」


 不穏な会話のキャッチボールに不安を覚えるが、犀佳は素知らぬフリをして目を瞑る。


 ここまできたら、徹底的に無視を決め込むことにした。


 しかし、弟の決意を知らぬ鯨佳は横の椅子に置いたお土産用の紙袋に手を突っ込むと、暫くガサガサと手を動かす。


 それも数十秒のことで、「あった〜!」と語尾を弾ませた。


 お目当ての物を見つけたらしい彼女は手を引き抜くと、ノールックのまま、「えいやっ」と犀佳に向かって放り投げる。


 投げられたソレは真っ直ぐに飛んでいき、腹の上で寝ているクレオパトラを超えて、無事に犀佳の顔の上に着地した。


「いった!?」


 鼻の筋に走った衝撃に、慌てて原因を引っ掴む。


 紙の質感のするソレは冊子のようで、表紙だけを掴んだためにパラパラと目の上でページが捲れていった。


「ナイスです、ケイちゃん」

「ナイスじゃないし、自画自賛しないでよ!」


 一体、二番目の姉は何を投げてくれたんだと、忌々しげに照明に(かざ)す。


 摘んだ冊子の表紙には、『白蘭高校』というタイトルと共に、校舎の写真が載っているのが見えた。


 神撫市有数の名門校のパンフレットを認識するなり、犀佳は胡乱げな声を上げる。


「ハクランに行けってこと?」

「そう。けど、アンタが行くのは普通科じゃないわよ」


 すぐ近くで聞こえてきた麟佳の声に、犀佳は慌てて視線を冊子から長女へと向け直す。


 だが、麟佳の姿を捉える前に、掴みあげていたパンフレットが手の中から消えた。


 何の反抗も出来ないまま奪われた冊子に、口の形が「あ」のままで固まる。


「アンタが行くのは、此処よ」


 フリーズしている犀佳を気にも留めず、麟佳は己が開いた頁を犀佳の顔面へと押し付けた。


 視界いっぱいに広がる妙に色の多い写真と文字群に、一瞬だけ目がチカチカとする。


 だが、それも束の間のことだ。


 目が慣れると色とりどりの衣装を着て、マイクを持って歌い踊る男達の写真がそこかしこに載っている様子が瞳孔を通して、脳まで伝わってくる。


 明らかに普通の学校生活とは掛け離れた写真達に、犀佳は目を凝らして一番上の学科目へと焦点を絞った。


「アイドル、学科?」


 拙く読み上げたが、どうにも現実味のない響きにリアクションが取れない。


 確かに白蘭高校には、アイドルの卵達を育てるための学科があり、全国的にも知名度があると聞いたことはあった。


 だが、どうしてその浮世離れした学科の紹介ページを姉から見せつけられているのかが分からない。


 明らかに戸惑っている犀佳に対して、麟佳はパチンとウインクをした。


「そうよ。古来から言うじゃないの。木を隠すなら森の中ってね」



 ◇◆◇



 そういう訳で、犀佳は【白蘭高校 アイドル学科】の新入生になった。


 姉たちの口車にまんまと乗せられた形だが、健康維持のために惰性で続けてきたダンススクールの技術が、あろうことか白蘭の高い壁を容易く超えてしまったのだ。


 犀佳としては落ちるためにアイドル学科を受け、保険として偏差値65超えの普通科を併願するという、白蘭高校の歴史上類を見ない不可解な受験生となっていた。


 結果は、偏差値45のアイドル学科と普通科、その両方に合格。


 犀佳は溜息をつきながら、【アイドル学科】の入学届にサインした。


 柳村家では父親だけが信じられないものを見る目で息子を眺めていたが、正直、サインした本人にさえ現実味はない。


「ウチのサイちゃんなら、エンジュとかいけちゃったりするんじゃない?そして、ゆくゆくは長篠二葉や来須琉世(くるすりゅうせい)みたいなプロアイドルになったりして!」

「ママ、夢見過ぎ〜。サイちゃんは白衣装が似合う感じじゃないじゃん。四大チームの中なら、ゼックラかな〜」

「言わんとしていることは分かるけど、ゼックラはケイちゃんが拓也ファンだからじゃない?」

「サイちゃん。拓也のサイン、よろしくね〜」


 粛々と入学届けを記入している隣では、気の早い女三人が『犀佳はどこのアイドルチームに所属するか』で大層盛り上がっていた。


 なお、何卒何卒と拝み倒してくる鯨佳の依頼を遂行するつもりは全くない。


 万が一、Z:Climaxに所属出来たとしても、次々と推しが変わる鯨佳のためにサインを書いてもらうなんぞ、申し訳なさすぎるからだ。




 そして──加入した『Z:Climax』のデビューライブを数日後に控えた、現在。




「あれ、誠から連絡来てる。珍しい」


 滅多に鳴らないSNSの通知音が鳴ったので、ポケットからスマホを取り出す。


 スマホ画面に映し出されているのは、白蘭高校でやっと手に入れた『友達』の名前とメッセージだった。


 犀佳は過去の回想を切り上げ、慌てて画面をタップする。


 SNSを開くと、家族、チームメンバー、数人の知り合いの名前が表示される。


 最近、Z:Climaxのメンバーとも連絡先を交換したことで、漸く『連絡先(10)』になったばかりだ。


 しかし、母親と周りの席の友人達としかやり取りをしていない為、トーク一覧に動きはあまりない。


 犀佳はトーク一覧の一番上に表示されている『姫城誠』の名前をタップした。


 誠:今日の昼飯、エンジュの会議があるから一緒に食べられない。夜はいける。


 連絡事項は、今日の昼休みに関してだった。


 彼が来れないということは、斜め後ろの席の桜羽もそっちに行ってしまうことだろう。


 柳村犀佳:分かった。会議前に軽くお腹に入れなよ。


 久しぶりに、昼はぼっち食になりそうだ。


 一人ご飯は慣れてるから別に良いのだが、誠や桜羽と一緒に昼食に取るようになってからは、誰かと一緒に食べる幸せを覚えてしまったせいか、妙に物足りなく感じてしまう。


 犀佳は誠とのトーク画面を、ゆっくりとスクロールしていく。


 姫城誠との出会いは、席が前後同士だったことから始まるが、挨拶をしあった頃の彼とは顔見知り程度のクラスメイトでしかなかった。


 だが、GW後の記憶喪失になってからは、何かと絡むようになって、今では休み時間の度に行動を共にする友達だ。


 記憶喪失になるまでの彼は、奥ゆかしいアイドルオタクだった。


 クラスメイトに『女の子みたいに可愛いね』と褒められたら、えへへとはにかむような子で、何人かが開けてはいけない扉を開けそうになったこともあった。


 しかし、記憶喪失後の姫城は可愛らしい容姿とは裏腹に取っ付きやすい少年になっており、非常に喋りやすい性格になっていたのだ。


 特にまだZ:Climaxに加入したばかりで、上級生(主に仁藤)からの期待に押し潰されそうになっていた時のこと。


 たまたま登校を共にした姫城に相談したら、『ちょっと前までは中坊だったんだろ』と、普通のクラスメイトのように扱ってくれたことが心の奥底から嬉しかった。


 そう、姫城と絡みやすかったのは、彼が竹を割ったような性格をしていただけでは無い。


 犀佳の見た目を評価しつつも、中身を真っ直ぐに見てくれるその眼差しが心地よかったからだ。


 だから、生まれて初めて友達になってくれと口にした。


 いつの間にか一緒にいるようになった幼馴染でもなく、


 部活動の付き合いの延長で話すようなビジネスライクな仲間でもなく、


 プライベートを共にしたり、互いのパーソナルな部分を話せる友達になって欲しくて、彼にSNSを通して繋がって欲しいと打診したのだ。


 ──あの時の犀佳は、あまりにも必死だったから、姫城には不審者を見るような顔つきをされてしまったが。


「こうやって見てみると、俺ばっかり話しかけてるかも」


 トーク画面を遡っていくと、事務連絡以外の雑談は全て犀佳から振っていることが伺えた。


 ほんの少し夜に寂しくなって電話するのも基本的に犀佳で、3日に1日の割合で『ゲーム中だから、無理』と断りを入れられている。


 その度にスタンプを連打して、鬱陶しいとキレられるまでがセットになっていた。


 だが、姫城は何だかんだ優しい友達なので、構って欲しいアピールを続けると、最終的には折れて付き合ってくれることも多い。


 意外と押しに弱いことを知ってしまったせいで、余計に甘えてしまうのだろう。


 我ながら、誰かにベッタリするような性格ではなかったはずなのにと、冷静になる度に苦笑したくなる。


 まさか、こんな友達が自分に出来るだなんて。


 姫城との縁を強固にする度に思う。


 自分はこの学校にやってきて良かったと。


「あれ、柳村じゃん。一人でほっつき歩いてるなんて珍しいな」


 目の前から声が掛けられたことで、スマホから視線を上げる。


 そこには手持ち無沙汰そうに廊下を闊歩している姉川の姿があった。


 姫城ほどでは無いが、彼も可愛いにジャンル分けされる美少年である。


『よっ』と気安く上げられた片手に、犀佳もスマホを持っていない方の手を上げて応える。


「ボールペンのインクが無くなったから、購買に行ってた」

「あ〜、柳村はちゃんと授業を受けてるもんな。よく隣からペンを走らせてる音が聞こえてくるし。な、今度のテストん時はノート貸してくんね?この借りは0.5倍にして返すからさ」

「0.5倍は仇になって返ってきてない?」

「違う違う。この0.5は俺なんかが、柳村に満足して貰えるような恩を返せないっていう逆張り」

「嫌な保険のかけ方するね」


 つい胡乱な目をして、調子よく笑っている三日月型の目を見返す。


 若葉色の瞳には、これっぽっちも申し訳なさそうな色がない。


 だが、全く悪気なく言ってることも伝わってくるため、あっという間に毒気を抜かれてしまった。


 犀佳は考え込むように、視線を宙に漂わせる。


 姉川と犀佳の接点は、右隣の隣人という関係性しかない。


 クラスの大半と仲が良い目の前の男は、休みの時間になる度に誰かしらと馬鹿騒ぎをしているコミュ強だ。


 犀佳にも隣の誼で何度か絡んできたことがあったが、人見知りをして程々にしか会話を交わしたことがなかった。


 いや、待てよ。

 そういえば、姉川が特に面倒を見ようとしていたのは──。


 そこで、不意に柳村が視線の動きを止める。


「姉川君って、誠の誕生日とか知ってたりする?」

「ん?知ってるけど、どうした?」

「やっぱり、そうなんだ。元々、君たちは仲が良かったもんね」


 まだ姫城が記憶を失ってしまう前のことだ。


 アイドルオタクで大人しかった彼は、姉川とよく連んでいて、昼ご飯も一緒に食べるような仲だった。


 今の姫城になってからは、犀佳や桜羽と行動を共にしているので姉川がその中に混じることはあまりないが、たまに気にしてか声を掛けている場面を度々見かける事がある。


 ──そもそも、姫城の一番の友達というポジションは、本来は姉川のものだった。


「まあな。姫城は俺の友達にして、守ってやらねぇといけねぇ奴だから」

「······守る?」


 そこで犀佳は、姉川の浮かべている表情がいつもと違うものになっている事に漸く気づいた。


 可愛らしい顔で活発そうに笑っているのがデフォルトの姉川であるが、今の彼は随分と大人びた微笑を浮かべている。


「柳村。お前には悪ぃが、いつか姫城は記憶を取り戻す。そうしたら、お前がいるその場所は俺のもんだ」


 突きつけられた言葉に、一瞬にして頭が真っ白になった。


 何を言われたのかが、うまく理解できない。


 それは、薄々と勘づいていたけども、まだ見たくない現実だった。


「少しずつだけど、アイツの名残みたいなもんが今の姫城にも出てきてんだ。特に前に鏡見に因縁つけられてた時の怖がってる顔は俺のよく知る姫城だった。あともう少しあのやり取りが続いてたら、ぶっ飛ばしてたやったけどな」


 姫城が鏡見に因縁つけられた時といったら、WeTubeでコラボをしようと持ちかけられた時のことだろう。


 美少年VS女装子のどちらが沢山ナンパされるかとかいうゲスな企画内容で、犀佳も久しぶりに殺意を覚えた出来事だ。


「今は柳村があのニセモンの親友でいい。けど──ホンモンが帰ってきた時は俺のポジションだ。親友なんて言ったら、アイツは可愛い顔しながら、内心すっげぇ嫌がりそうだけどな」

「······ってこなかったら」

「ん?」

「姫城君が戻ってこなくて、ずっと誠のままかもしれない。その時は──」


 ゴンッと、硬質な音がすぐ横から聞こえてくる。


 それは姉川が隣の壁を叩いた音で、犀佳の言葉は最後まで言い切る前に途切れた。


「そんなの、ねぇよ。憶測でも言うなよ。そんな悪夢みてぇなこと」


 ギラリと睨み上げる若葉色の瞳孔が、興奮で小さくなっている。


 いつもは気前よく弓形になっている大きな目なのに、それは仮初の姿だったのかと思えてしまうほどに獰猛に歪んでいた。


 犀佳が記憶喪失後の姫城を手放せないように、姉川も記憶喪失前の姫城を手放せないのだ。


 互いに必要な人間は一緒なのに、記憶と性格だけが違う。


 それのなんて──残酷なことか。


「俺、N=?に入ることにした」

「え?」


 急な姉川からの告白。


 犀佳が真意を問うように聞き返すと、彼は右端の口角だけを上げた。


「なんかキナくせぇだろ、彼処。鏡見のこともあるけど、ちょっと前は別のN=?のメンバーが姫城のことを嗅ぎ回ってた。だから、中に入った方が色々と動きやすいかと思って」


「どうして、姉川君は──」


 その先の言葉が、続かない。否、続けられない。


 これを聞いてしまったら、いよいよ自分は姫城の親友という座にいる資格を問われるような気がするから。


 だが、犀佳の怯む心を見通してか、姉川はくつくつと笑って、犀佳の言葉の先を掴んだ。


「そこまでするかって?んなもん、簡単だ。アイツは俺の恩人で、絶対に誰にも手を出されたくない大事なヤツだからだ」


 言外に告げられている。


 そこまで出来ないお前は、姫城誠の一番の友人足りえないのだと。


「ま、暫くは預かっといてくれよ。桜羽だけだと心配だが、お前が面倒見てくれるなら、まだ安心だ。よろしく頼むぜ」


 勝ち逃げするように隣を通り過ぎていく姉川を止めようと、咄嗟に手を伸ばす。


 だが、間の悪いことにスピーカーから『キーンコーンカーンコーン』と授業を告げるチャイムが鳴った。


 掴めなかった姉川へ追い縋るように振り返るが、彼は一切振り返ることなく、教室へと戻っていく。


 記憶喪失になる前の、『ホンモン』の姫城誠。

 記憶喪失になった後の、『ニセモン』の姫城誠。


 最終的にどちらの姫城がこの体の決定権を握るのか。


 それを考えた時、軍配が上がるのは『前者の彼』であることは、火を見るよりも明らかだ。


「……どうした、犀佳」


 目の前から掛かった聞き覚えのある声に、犀佳は弾かれたように前を向いた。


 視線の先には、別の班のメンバーと選択授業に行っていたはずの姫城がいた。


 チャイムが鳴ったというのに、廊下で呆然と立ち尽くしている犀佳を、不思議そうに見上げている。


「顔色悪くね? 大丈夫か?」


 心配そうに詰め寄ってきた彼は、犀佳の首元へと迷わず手を伸ばした。


 シャツの襟の下、柔らかな肌に直接手が触れる。


 しばらくの間、犀佳の体温を測るようにじっとしていた姫城は、可笑しそうに首を傾げた。


「熱はなさそうだな。猫動画の見すぎで寝不足か?」


「……大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけだから。それより、早く教室に戻ろう。もうすぐ先生が来るよ」


「やっべ。次は日本史だよな。『鬼ヶ島』が来る前に入んぞ」


 咄嗟の出任せだったが、今の姫城はそれを疑いもせず信じ込んでくれる。


 犀佳の嘘を微塵も疑わない彼は、介助するように片腕を掴むと、そのままぐいぐいと引っ張り始めた。


 早足で廊下を進む誠の背中で、腰まで届く鮮やかな銀の襟足が忙しなく踊っている。


「……誠」

「ん? どうした?」


 犀佳の呼びかけに応えた姫城が、横顔だけでこちらを伺う。


 教室へ急ごうと足は止めないが、その水色の瞳には、一抹の心配がまだ滲んでいるように見えた。


「ううん。やっぱり、なんでもない」


 犀佳は緩く首を振って、ふんわりと微笑んだ。


『今の誠のままでいてほしい』という祈りを、飲み干して。





好感度MAXカードを入手しました。


『麗しき愚者 サイカ』

教室の椅子に腰掛け、全ての両指に結ばれた色とりどりの糸に鋏を入れている柳村の姿が描かれている。その表情は悲哀を湛えていた。


☆サイドストーリー

放課後の教室で、幼馴染達から告白されたことがあるのだと告げられる主人公。特に女の子の幼馴染の方とは少しだけ付き合ったものの、恋人同士の触れ合いが出来なかったことが理由で別れたのだと言う。犀佳が恋愛や性的なことに対して潔癖なことが判明した。



この話を読み終えた後に、


『普通科の壁が高かった』(柳村登場回)

『スカウトされちまった』(柳村恋愛話、姉川登場回)

『柳村の悩みを聞いた』(柳村友達認定回)

『女じゃねぇって吠えた』(パトラ回)

『ゼックラ:救えるもの/救えないもの(後編)』(柳村恋愛話2)

『古坂先輩からリボンを貰った』(姉川がポーチをあげた回)

『めちゃくちゃ犀佳が緊張してた』(タイトルが出てきた回)


などを読み返していただくと、よりお楽しみいただけるかと思います。


実は、姉川も事情持ちでした。

予想出来ていた方がいらっしゃったら流石です。


次回は『俺メモ:人物紹介&用語集』の振り返り回ですが、多分来週になるかと思います。

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