エピローグ side-I
教室に到着したと同時に、私は自分の席に荷物を置き、自分の席に着く彼の元に向かった。傍から見る限り、何となく彼は疲れているように見えた。真嶋さんと話す様子も、どことなく元気がない。
「真嶋さんおはようございます!」
少し気になった私だったが、いつもどおりに振舞うことにする。まず真嶋さんに謝らなければいけない。
「おはよ。岩崎さん元気になったみたいだね」
「はい。昨日はすみませんでした。携帯を忘れて外出してしまって。大変心配かけました」
「岩崎さんが元気でよかったよ。それで、どこに行っていたの?」
当然の質問だ。だけど、聞いてほしくない質問でもある。案の定、彼は知らん顔をしている。彼は言いにくいかもしれないが、私ははっきりと言うことが出来る。
「はい、治療を受けていました」
「ああ、病院かぁ」
病院ではないが、私は嘘はついていない。間違いなく治療を受けていたのだ。考えてみれば、私はまだ感謝を伝えていなかったような気がする。しかし、表立って言うことはできない。周りの目というものもあるし、何しろ昨日のことは夢になってしまっているのだ。なので、私はこんな方法で感謝を伝えることにする。
「いいところでした。かなり手厚く看病していただきました。とてもいい気分で過ごせました。私がどんなわがままな要求をしても、ちゃんと応えてくれました。本当に感謝しています」
「へえ。そんなところあるんだ?場所はどこ?」
「近いですよ。真嶋さんも病気になったら行ってみて下さい。真嶋さんもきっと気分よく病気を治せると思います。ただし、そのときは私も同行させていただきますが」
ここまで言っても、きっと真嶋さんは行かないだろう。私は、真嶋さんが行かないこと前提で話をしているのだ。本当に言ってしまったら、本当に同行させてもらうつもりだ。しかし、当の真嶋さんは理解できない、といった感じで首をかしげている。
そこで、今まで黙って聞いていた彼が話に入ってきた。
「俺がそこに行ったらどうなるんだ?」
どうやら私の意図に気付いてくれたようだ。感謝の気持ちまで気付いてくれているだろうか。いや、彼のことだから気付いていないだろう。
「成瀬さんが行ってもこれといった利点はありません。別のところに行くことをお勧めします」
私は上がってしまう口角を、無理矢理修正しながら話す。やれやれといった感じの反応をする彼も、楽しそうに苦笑してくれた。
「そこってどういうところなの?人によって対応が違うわけ?」
「そうです。人によります。でも真嶋さんなら大丈夫ですよ」
少し不安そうな顔をする真嶋さん。やはり彼女はまともな感性を持った人だった。きっと行くことはないだろう。それから先生が教室にやってくるまで、彼女は私の体調を気遣ってくれた。その病院には二度と行かないほうがいいと、遠まわしに言っているようで、騙してしまった罪悪感と、彼と秘密を共有している嬉しさが、私の中で複雑に絡み合っていた。
彼の様子がおかしいと気づいたのは、授業が始まって比較的すぐのことだった。彼は口癖のように面倒くさいというくせに、授業だけはいつも真面目に受けていた。その彼が、だるそうに机に伏せていた。昨日からいろいろあって、精神的に疲れているのだろう。最初はそんな風に考えていた。しかし、二時間目が終わったとき、それは具体的に表面化してきた。そして、三時間目が終わると、彼自身が自覚してしまったようで、保健室に向かい、そのまま早退してしまった。
私は申し訳ない気持ちで、授業をまともに受けることが出来なかった。ここまで迷惑をかけ続けるとさすがに笑えない。後悔しても仕切れない。私の後悔は、放課後まで続いた。
授業はいつもどおり滞ることなく進んでいき、定刻どおりに放課後を迎えた。私はまだ立ち上がることが出来ずにいた。すると、そこに真嶋さんがやってきて、
「岩崎さんは、部活に行くの?」
「ええ、そのつもりですが」
「あのさ、一緒にお見舞い行かない?成瀬の」
そこでようやくお見舞いという言葉が私の頭の中に芽生えた。なぜ今の今まで一切思いつかなかったのだろうか。そうだ、お見舞いに行こう。そのほうが、こうやって後悔して無駄に時間を使うより。よっぽど上手な使い方である。昨日の恩返しもできるし、今の気持ちも幾分晴れるだろう。
「そうですね、行きましょう」
私は真嶋さんの誘いに乗ると、早速麻生さんと泉さんの元に行き、事情を説明した。すると、
「俺も行くよ。何だかんだあいつには世話になっているし、返す恩もいくらかある。何しろ、あいつが風邪引いて学校を早退するなんて滅多に見れるものじゃない。顔を見に行かないと、きっと後悔する」
どう考えも後半のほうが本音っぽかったが、一応心配してくれているのだろうと思い、私は了承した。
「私も行くわ。あいつには散々バカにされたし、やり返さないときがすまないの」
どう考えても心配しているとは思えなかったのだが、きっと素直になれないだけで本当はとても心配しているのだと、勝手に解釈して、私は了承した。
結局同行者四人となってしまって、お見舞いには少し多い人数だと思うが、みんな彼が心配なのだと、半ば言い訳にも似た言葉を盾にして、彼の家に向かった。
今度は彼が魔法にかかる番なのだ。私はとてもいい魔法にかかり、とてもいい夢を見させてもらった。だから彼にも最高の夢を見せてあげられるような、最高の魔法を掛けてあげたいと思う。
「成瀬さーん、来ましたよ!調子はどうですか?」