05 雑賀衆・孫一 (1)
数週間、市はお城の別棟の図書室で、いろんな書物を読みあさったり、城の外に出ては、民の話を聞いたりして、この世界の勉強をしていた。
市の戦国時代とは少し違う政治経済があり、なかなか理解出来ない事も多かったが、シェルドナール王国の宰相 アイレス・コウ・ダウンが時間の許す限り優しく教えてくれた。
アイレスは物腰が柔らかで、話し方も優しいので、宰相が家老くらい大層な役職だと聞いた時は驚いた。
(城の形は違えども、殿が居て、家老や武士、女中が居て一緒なのじゃのう)
ここでの暮らしに慣れてきたせいか、ここと、前の生活の同じ所や違う所を見つけては、この世界の事を学んで行った。
ある日、執務室の前を通りかかった時、近衛騎士団長のルイス・ファーナ・アルバが慌てて執務室の中に入って行くのを見た。
ドアがちゃんと閉まっていなかったので、市はそーっと部屋の中に入った。死角になってる所で聞き耳を立てた。
テオフィデール、アイレス、エルベルトの他に7人いた。
その中に青ざめた顔の男が、ガタガタ体を震わせていた。
テオフィデールはイライラしながらその男に、
「早く詳しい情報を話せ!」
と怒鳴るので、男はますます震えて
「本当に沢山いるんです。助けて下さい」と言うばかりで、要領が得ない。
見かねたアイレスが
「大丈夫ですよ。落ち着いて下さいね。まずどこで見たのか、順を追って話して下さい」
優しく言うと、男は少し落ち着きを取り戻し、地図を指差しながら話し始めた。
その男は、シシリー地方の領主のサンガス子爵。
王城よりずっと西にシシリー山脈があり、その南に彼の領地がある。
つい先日、シシリー山脈の中にある魔の山と呼ばれている山の中で、人喰い馬に襲われたという領民がいた。
その男は命からがら逃げ帰り、人喰い馬の事をサンガスに伝えたのだ。
恐ろしい人喰い馬が出たというので、慌ててサンガスは助けを求め、王城に来たのだ。
「数は?」
「80頭・・いや100頭はいるかも知れません」
「何と! ・・1頭でも手強いのに100頭とは」
執務室は、魔物の数を聞いて静まった。
(その魔物の事は、図書室で調べられるやもしれん)市は部屋をそっと出ようとした時、
「市、どこへ行く?」
テオフィデールに呼び止められてしまった。
戦評定(作戦会議)に女が立ち入ってしまったのは、さすがにまずかったと思い、
「立場もわきまえず、申し訳ございません」と謝罪し、急ぎ退室しようとした。
しかし、「考える頭は、多い方がいい」とテオフィデールはここへ来いとばかりに、手招きする。
市は逃げる為の言い訳を即座に言う。
「私は人喰い馬とやらを、全く知れませぬ」
市の言葉を聞いたニコラは、素早い動作で、本棚から1冊本を取り出し、ページを開いて『人喰い馬』を市に見せた。
それと同時にエルベルトが説明してくれる。市に逃げ道はなかった。
「人喰い馬は、普通の馬の2倍以上の大きさで、足は恐ろしく固く剣では切れません。
首は固いたてがみが邪魔で傷付ける事は、難しいでしょう。
弱点は頭と胴体ですが、背が高いので攻撃しにくいのです。高さ的に、馬に乗って攻撃するのが良いのですが、人喰い馬に恐れる馬を操れる騎手は限られます。そして、魔法も効きません。奴らは今まで、見つかっても1頭くらいで、単独行動です。1頭だけでも大きな獣災害なのに、今回の様に集団で、しかもこんなに沢山は、前例がありません」
どうやら、打つ手がないという感じで、誰も発言しない。
市はシシリー地方の地図をじっと見つめていた。
その時「雑賀川の戦い」
市が、ポツリと言った。
市の脳に、鉄砲集団の雑賀衆の見事な作戦の前に、苦しむ織田軍の映像が流れた。そして、不敵に嗤う鈴木 孫一。
我に返った市は、
「人喰い馬の足を止め、倒れたところを毒矢で狙うという作戦はどうじゃ」
「どうやって人喰い馬の足を止めるんですか?」
近衛騎士団長のルイスが聞く。
「鍵はこの川です」
市は地図上のローヌ川を指差した。
◇ ◇ ◇
市がシシリー地方に着いたのは、まだ空に2つの月が残っている明け方だった。
長く乗っていた為と、馬に魔法がかけられ恐ろしい速さで走ったせいか、馬から降りる時によろけてしまった。
いつの間にか横にいたテオフィデールがサッと支えてくれた。
「ありがとうございます」
「疲れているのなら、少し休め」
「でも、まず川を確認しておきたいので、土地に詳しい人に案内をお願いしたいのじゃが」
市が回りを見ると、控えていた若い男が顔を上げた。
「あっ、私がローヌ川まで案内致します。私は領主サンガスの息子でスタールと言います」
案内をかって出てくれたスタールは、領主のサンガスとは雰囲気は似ているが、ずいぶんしっかりしている人物のようだ。
テオフィデールが
「2人だけでは危ない。俺が」と言いかけたところで、騎士の一人が、
「私が、同行致しましょう」と進み出た。
「私は第1騎士団長のシモン・メディナ・ブロワと申します」
市を探る様な目で見る。
「時間がありませぬ。すぐに出発致しましょう」
市はシモンを気にも止めず、馬に乗った。
この時、テオフィデールに呼び止められて、
「念の為、今だけ貸しておく。気を付けて行け」と刀(へし切長谷部)を渡された。
(私の刀なのじゃが...)
と思ったが大人しく
「はい」とだけ答え、受け取った。
ローヌ川に着くと、その北に聳えるシシリー山脈を遠くに見ながら、川岸をゆっくり歩いていた。
シモンは怪訝な顔で、市の後を付いて歩いた。
(陛下に取り入ろうとしている女が、一体何を企んでいるのだ)
川岸を歩いていた市が、急に立ち止まり、川を見つめている。
市は横に孫一らしき人物が立っている様な気がした。
「ここか」市が一人言を言うと、その影が鉄砲を構え打つ。
ダーンと凄まじい音がした。
「ここじゃな」
市が呟くと、もう幻は消えていた。
少し離れた所にいるシモンを呼んだ。
「どうかされましたか?」
「そなた、今大きな音が聞こえなんだか?」
「いいえ、何も聞こえませんよ」
シモンは怪訝な顔でこたえる。
「そうか、やはり幻聴か。所でシモン、ここじゃ、人喰い馬はここを通る」
シモンはムッとした。
「どうして分かるのですか?」
市は傍のスタールに尋ねた。
「ここは、町に行くには最短距離の場所ではないかの?」
「はい。そうです。魔の山からも一直線上になります」
「人喰い馬とやらは獰猛で、自分の足に自信を持っていると聞きました。ならば、きっとここを通る」
言い切った市に迷いはない。
続けて市は
「ここを中心として、川上と川下の川の中に壺を埋めて行きます。木で川の中に柵も作りましょう。ルイスが壺等を集めて来てくれるはずじゃ。時間がないので私は、材木が調達出来そうな森を見に行きまする」
と言うとすぐに馬にまたがり、走り出した。
シモンは慌てて市の後を追う。
追い付いたシモンは、少し乱暴な口調で市に言う。
「もう、お戻り下さい。勝手な行動は慎み下さい」
市はシモンの顔をじっと見た。
(実直で、「主君命」な所、池田恒興にそっくりじゃ。良い武士になる)
「そなた、良い目をしておる。真っ直ぐじゃ。しかし、少し回りを見る余裕を持った方が良いの。そなたは、今、王ばかり見ておる。でも今は、王の民を守る事が最優先ではないかの?」
シモンはしばらく睨んでいたが、返す言葉がなかった。
そして、市に
「私は何をすればいいですか」と渋々言った。
人喰い馬に、魔法は効かない。
なので、今回魔術師は魔法で大きい壺を作ったり、川に穴を掘ったりと作業に専念した。
領民も総出で作業した。普段、山に籠っている木こりも猟師も、木を切り出したり、柵を作ったり慌ただしく働いていた。
人喰い馬が山から降りてくるまで時間がないはずだ。
皆、不眠不休で働いた。市が弓矢をまとめている。
テオフィデールも率先して動いていた。
作業が終盤に差し掛かった頃、恐ろしく大きな轟音が山から、響き渡ってきた。
ゴオーゴオーゴオーゴオー
テオフィデールは「市は後方にいろ!」と叫んだ。しかし、市も最前列で弓をかまえた。
川向こうに土煙を上げながら、黒い大きな馬が現れた。
人喰い馬は、普通の馬の2倍以上の大きさというだけではなかった。
真っ黒な毛に赤い目。馬のクセに犬歯を持っている。しかも大きな牙だ。
人喰い馬は、人間目掛けて、川に躊躇することなく突進してきた。
その時、人喰い馬が、川に埋められた壺に足を取られてつんのめった。
そして、次々と横倒しになる。
テオフィデールが
「矢を放て!」と叫ぶと、騎士団、領民、狩人達が一斉に毒矢を放った。
人喰い馬は、次々に倒れていく。
倒れた馬を避けた馬が横へとそれても、又更に、壺や柵に足を取られ、倒れていく。
倒れた馬を乗り越えても、広い川幅のこちら側に来る前に、仕掛けた罠にかかっていく。
その上に、次々と毒矢を放つ。
このまま上手くいくように思えたが、しかし何頭かが倒れた馬を乗り越えて川を渡り始めた。
人喰い馬の数が、予想を遥かに越えて多かったのだ。
川を越えてきた人喰い馬は、人を襲い始めた。




