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第11話.宿屋

 その日の夜、である。

 一行は近くにある村の宿屋に宿泊していた。


 拓也がベッドに横になっているとコンコンと扉がノックされる。


「どうぞ」


 扉を開くとそこに立っていたのはノアだった。さきほどまでは体は全身が薄汚れていたが、風呂に入ったのだろう。透き通るような純白の肌をしていた。


「どうしたの?」


 彼女はユリアの部屋にともにいたはずだ。


「……眠れなくて」

 ノアは震える声でそう言った。


「いつまた、あそこに連れ戻されるんじゃないかって」


「ノア……大丈夫だよ。きみはもうあそこには戻らない。おれが守るから」

 そう言った。


 守れるのだろうか。


 拓也は自身の腕に視線を落とす。


 かりに奴隷の所有が法的に認められているというのなら、拓也は彼女の所有権を不当に奴隷商から奪っているという形になる。帝国は当然この子の返還を要求するだろう。


 そう言う要求をされた時それを拒むメリットは日本国にはない。


 だが、それでも。仮にそうなったとしても。

 彼女を連れて逃げる、か?


 例えばノアを日本に連れて帰ることはできない。これもまた、異世界人を地球に連れて行くことは国際法で禁じられているし、七課の規定でも重篤な犯罪。そもそも、地球人がこちらにきて莫大な身体能力を得るのと逆に、アルメニア人は地球に入ると生命レベルが低下するそうだ。


 つまり、アルメニア人は地球に行くと死ぬ。


 だから彼女を日本に連れ帰ることはできない。


 と、なれば……彼女を連れてこの世界で逃げ延びる。


 つまりそれは追うべき者たちと同じ立場になるということを意味しているのである。


 指名手配犯と同様にこの世界を生きる……と。


 それも一興かもしれなかった。刑事と言う立場では守れない命が多いというのなら


「どうして、助けてくれたんですか? わたしはハーフエルフなのに」


 そしてノアはそう訊いた。


「理由なんてないよ。普通助けるだろ。目の目に困っている人がいたら」


 そうだった。そこを否定していしまったら、そもそも警察になろうとした根底が揺らぐ。


「昔好きだった人がいるんだ……」

 まだ中学の時の話だ。ずっと一緒に過ごしていた幼馴染の少女がいた。


「……その人は」


「いまはいない」

 グッと手を握りしめる。


「おれは助けることができなかったんだ」


 拓也が通っていた中学校はお世辞にもよいとは言えない環境にあった。凄惨極まるいじめ行為も学校内では蔓延っていた。


 そのターゲットに、幼馴染が選ばれたのだ。


 そして、彼女は……。


 どうしてあのとき、もっと彼女のために戦うことができなかったのか。


 震える拳を握りしめる。


「だからおれは助けないことで後悔することだけはもう絶対にしないんだ」


 過去の公開ならいくらでもできる。


 だが大事なのは今だ。そして、拓也はノアを助けたことを微塵も後悔してはいなかった。この先それがどんな災厄に発展しようとも、それは拓也の決めた生き方なのだ。


「……わたし、なにもなくて。お返しできるもの、なにもないけど」


 そう言ってノアはスカートをたくし上げた。


「な、なにしてるんだっ」


「わたしはハーフエルフです。だからわたしの生きている価値はこれだけ、なんです」


 そして脱ぎ捨てる。


 まだ恥毛すら生えそろていない、未発達の体がなににもまとわれずそこに立つ。


「ハーフエルフは人間に比べて『いい』って。だから商品価値があるって。わたしが生かされていた理由は、それだけだから」


 そう言ってノアは拓也に近づくと、下半身に手を這わせた。


 だから拓也はその手を握りしめていた。


「?」


 ポタポタと涙が拓也の頬を伝っていた。


「どうして、泣くの?」


 困った様にノアは言う。


「ごめん」


 現在進行形で彼女の地獄は続いているのだ。自分自身に何の価値もないと思い込んでいる彼女は、そうしないとまた戻されると当然のようにそう思っているのだろう。


「ごめんな。不安だったんだな」


 だからその両手を握りしめる。


「ここにいていんだ。なにもしなくたっていい。きみには、幸せになる権利があるんだ」


「し、幸せ?」


 そう反芻した彼女の頬に一滴の涙が伝っていた。


「ああ。きみは自分が幸せになるためだけに、生きてくれれば、それでいいんだ」


 音もなく、ノアの瞳からボロボロと涙が溢れていた。


 今まで、13年間の人生でそんなことを言ってくれる人は彼女に対してはなかったからだ。


「って、きゃああああああああああああなにしてるんですかああああああああああっ!」


 と、そうしているといきなり後頭部を殴打され、拓也の体は室内を転がる。


「た、たた、拓也君。こんな子供を裸にしてへやにつ、連れ込むなんて」


 そういえばエリカはすでにベッドに入って寝ていたのだった。幽霊なのに睡眠が必要と言うのもおかしな話だが、室内が騒がしくなったので起きてしまったのだろう。


「だ、だいたい、きみもきみだよ。拓也君はわたしのものなの!」


 そう言ってエリカはノアに詰め寄る。


「す、すみません。拓也さんには恋人さんがいたんですね」


「こ、恋人……」


「お姉さんすごくかわいいから、すごくお似合いです。すてきなカップルさんなんですね」


「そ、そー見える? まあね私たちお似合いだし。だからちょっとの浮気じゃ怒ったりしない。けどね、拓也君は童貞なんだから色仕掛けなんてしても無駄だよ」


「どうてい?」


「女の子と一回もしたことないんだよ。チューもしたことないんです!」


「ちょ、おま。いきなりなに言ってんだ。だいたいなんでおまえそんなこと」


「わかりますよーだ。だいたい私が隣で寝てるのに、何もしてこないし。なのにわたしがわざと胸とか太ももとかちょっとはだけさせると、気付かれないようにってチラチラ見てくるくせに!」


「な」

 たしかにエリカは寝相が悪いから服もはだけたりすることも多いが。


「だいたいおまえは幽霊だろ」


「……その気になれば体を実体化することもできる。知ってるでしょ。だから拓也君が望めば別に」


 そう言ってエリカは拓也の手を取ると、自身の胸にそれを押しつけた。


「な」


 そこにはたしかに、感触があった。経験したことのないような柔らかさが。


「なななななななななにしてんだ!」


「ほーらね。やっぱり童貞じゃん」


 そう言うと、ぷっとノアは吹き出した。


「ノア……」


「アハハッ。ごめんなさい。わたし、こんなに、だれかと話したことも初めてだから」


 目元を押さえてノアは言った。


「大丈夫だよ。これからずっと拓也君が守ってくれるから。拓也君とわたしが組めば、けっこう強いのよ。帝国が来ようが全然大丈夫だし。ねえ、拓也君」


「エリカ、おまえ」


「拓也君の考えることはわかってるよ。七課を捨てて旅に出るならもちろん私もついてくし。たぶんユリアも拓也君についてくると思うよ」


「なんでユリアが。あいつは七課に」


「……もう。本気で言ってるの?」


「え?」


「知らない。本当に拓也君ってバカだよね。とにかく、わたしもユリアも別に拓也君が警察だから一緒にいるわけじゃなくて拓也君が拓也君だから一緒にいる。この子を返さないように帝国と争うんでしょ。だったら私もユリアも拓也君と一緒に行くって言ってんの」


 と、そこまでエリカが言ったときである。勢いよく部屋の扉が開かれたのだ。


「ユリア……」


「あー。よかったやっぱりこっちにいたんだ。起きたらノアがいなくて。心配してたんだよ。っていうかなんでノアは裸なのっ!?」


 そう言って思いっきり顔面をぶん殴られる。


「ノア、あのヘンタイクズ野郎に変なことされてない?」


 そう言うと微笑みながらノアは首を横に振る。


「ユリアさんも、拓也さんのこと好きなんだね」


「へ? な、なになに言ってんのよ。なんであたしがこんなバカのこと」


 そう言って睨み付けてくる。


「ただ、無茶しそうだし。一応村を救ってもらった恩もあるし。なんか見てられないって言うか。弟を見るような感じかな」


「なんだよ、それ。おれの方が年上だろ!」


「たしかに拓也君ってそういうとこ、ありますよね」


 と、クスクスとエリカは笑う。


 つられたようにノアも微笑んだ。


 そんな様子を見てユリアは落とす。


「よし。今日は3人で寝よう!」


「いいですね。朝まで女子会トークですね」


「じょしかい?」

 というわけで3人でいろいろ語り合うらしい。


 3人?


「というわけで拓也はどっか行って」

 と、外に追い出されてしまう。


「あと」


「な、なんだよ」


「さっきエリカが言ってたの、当然だから」


「なにが」


「あたしもアンタについてくって話」


 そう言って、部屋から結局追い出された。



「……ノアとユリアがいた部屋にいくか」


 そうして先ほどまでユリアたちがいた部屋に行くが、しっかり鍵がかけられていた。


「……」

 いったん戻るも、拓也の部屋もすでに鍵がかけられていた。


 だから、廊下で寝た。


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