イケメンの受難とデート
放課後。
部室に向かうべく僕が廊下を歩いていると、ふと、向こうでものすごくでかい荷物を持ってふらふらしている神愛さんを発見した。危ない、僕が思わず駆け寄ろうとすると、足を止めた。僕より早く、正義さんが彼女に近づいていったからだ。すげえ絵になる、悔しくなんかない。
「神愛、俺が運ぶ」
「ああ、正義君!ありがとう、でも、大丈夫なの…これくらい持てるの…も、持てるんだけどね…」
きょろきょろ、きょろきょろ、神愛さんの目はものすごく誰かを探している。誰か考えるまでもない、流星さんに助けにきてほしいのだろう。正義さんのため息が深い。
「分かった、まあ、頑張れよ」
「ありがとう!神愛、頑張ります!」
神愛さんが元気に、ふらふら演技しながら、流星さんの助けを待つべく再び歩き出す。またため息をついた正義さんと僕の目が合った。
「おう」
「こんにちは…すいません、見てました。神愛さんって、本当流星さんのこと、好きですよね」
「そうだな」
「彼女に片思いしてる男子いっぱいいるだろうに…僕だったら泣きたくなるなあ」
「そうだな」
ん。
「………正義さんってもしかして」
「言うな」
「わあ、すいませんすいませんごめんなさい!!」
うわ、貴重なもん見た。イケメンの赤面。おまけにちょっと泣きそう。いや格好いいんだけど。イケメンだったら、もう、何でもイケメンなんだけど。
「その…た、大変ですね」
小学生みたいな感想しか出てこない僕の頭を、正義さんがわしゃわしゃ撫でてくれる。優しい。
「昔から…こうなんだ」
「え?」
「誰かの恋人が好きなるんだ」
「んな!?」
あれか、好きになっちゃう人いるんだけど、必ず恋人いるんだよねーってあれか。
「けど…正義さんみたいにイケメンなら、正直、略奪できるんじゃ」
「ああ、親から貰ったこの顔を、最大限利用してきてが、一回も成功した試しがない。俺が好きになる女は、必ず彼氏がいて、必ず、他が目に入らないほど、これでもかというくらい相思相愛なんだ」
「…それは…ある意味、すごい確立ですね」
「………女がいる女は初めてだがな」
「…そうですね」
そう、流星さんは生物学上女性なのだ。あんなに格好いいけど。ため息が止まらない正義さんの前で、僕は頭悪い犬みたいにうろうろする。どうしよう、いい言葉が見つからない。そうこうしてると、正義さんが笑ってくれていた。眩しい。
「お前こそ、どうなんだ。好きな奴」
「…あ、ぼ、僕はっ」
「あ、悪い。お前の好きなやつって竹取だったな。じゃあ協力無理だ」
あれ、爽やかイケメンが一転してヤンキー系イケメンになっちゃった。そういえば、正義さん、前に竹取さんに、酷いこと言ってたような―
「正義さん…竹取さんのこと、嫌いなんですか?」
「嫌いっていうか…お前、あいつのこと見て、なんとも思わないのか?」
「思いますよ!ばりばり思いますよ!可愛いなとか!可愛いなとか!可愛いなとか!!」
「可愛いばっかじゃねえか」
「そ、そういう正義さんこそ、神愛さんのどこが好きなんです」
「………顔と体」
「ほら、そんなもんじゃないですか!!」
疲れた、でも楽しかった。あんなイケメンと恋愛相談できる機会なんて貴重だな。それにしても―正義さんみたいな人が片思いなんて。また好感度上がっちゃうな。僕よりも前途多難っぽいけど。
「あ、ぽこ太君だ、やっほー!」
「や、やっひょー、竹取さん!」
「あはは、噛んだね」
「あはは…」
いや、僕も前途多難度なら負けてないかもしれない。好きな人に、ヤッホーも言えないんだから。
休み時間廊下を歩いていると、マヤさんがふっらふら歩いていた。
「ぽこ太くうん…」
「うわっ」
今にも倒れそうなマヤさんを僕が咄嗟に支えると、青白い顔が一気に真っ赤になった。忙しい人だ。
「どうしたんですか?寝不足?」
「そうなの…テストの数学、赤点になりそうで…」
「ああ、そういえばもうすぐ試験ですね」
「そういえばって…ぽこ太君、余裕だね。もしかして成績いいの?」
「いいっていうか…」
僕は思わず遠い目になる。成績上位過ぎても名前貼り出されるし、かといって赤点は追試になり名指しで呼び出しくらうし、僕は昔から、目立たない、呼びだされない成績をずっと保ち続けてきた。まあ、頑張っても、上位を取れるほどの頭がないんだけど。
「私、数学、やばいんだ…どうしよう、追試になったら…放送で呼び出されちゃう…フルネームで呼び出されちゃうよ…」
マヤさんが半泣きでへたりこみ、僕が向かいで体操座りの体制になる。彼女の辛さは痛いほど分かる。なんとかしてあげたいが、僕は人に教えるほど成績良くないし、何より彼女は一年上だ。
「マヤさん、悲しいこと聞くようですが、友達に聞くとか…」
「私に友達いると思う…?」
「ごめんなさい!じゃあ、もう、部員さんを頼りましょう!」
「う、うん」
-流星お姉様の場合。
「お前、馬鹿か。私、何年生だと思ってんだよ」
「高校四年生でしたね、さーせん」
-竹取さんの場合。
「ご、ごめん、私、数学苦手で…昔から数字駄目なんだ…どうしたら仲良く出来るかねえ」
「そうっすねえ、竹取さんと仲良く出来ないなんて、悪い奴ですね、えへへへへ」
「ぽこ太君、鼻の下、伸びてる!」
-神愛さんの場合。
「ごめん、私、あんまり勉強は…あ、保健体育なら」
「マヤさん、耳塞いで!!」
-正義さんの場合。
「…これ、俺の成績表」
「失礼します…え、わ、悪っ!嘘でしょ、イケメンなのに!?」
「おまえ、イケメンがみんな成績いいと思うなよ」
「イケメンって言っちゃうんですね…!」
となると、もう、頼るべきは彼しかいない。なんだか彼に頼るのはものすごく嫌だが、マヤさんのためだ、仕方がない。僕が風紀委員室をノックすると、太郎さんの明るい声が聞こえた。
「やあ、いらっしゃい。麦茶がいい?麦茶にする?それとも麦茶?」
「麦茶しかないんですね…何もいりません…太郎さん、いきなりですが、数学は得意ですか?」
「まあ一応、生徒会みたいなもんだから、成績は良いつもりだけど…あ、ははあ」
太郎さんは、僕たち2人を見比べて、何か悟ったようににやついた笑みを浮かべた。彼のこの笑顔は、ものすごく嫌な予感がする。
「でも自慢じゃないけど、教えるのは下手だよ。この公式を叩きこんどけば、赤点取らないよーくらいの教え方くらいしか出来ないし。おまけに、それじゃ、不安だろ。真面目なマヤちゃんが苦手ってことは、苦手じゃなくて、もう嫌いなんだ。努力したところで脳が覚えるのを拒否するだろう」
「…い、一理あります。暗記しようとしても、いざ、テストになると、頭真っ白になって」
「なら、こうしよう。努力のモチベーションを上げるんだ。そうだね…これならどうかな。見事、赤点を免れたら、ぽこ太君とデート出来るっていうのは」
「「えー!?」」
これにはマヤさんはもちろん、僕も当然驚いた。しかし太郎さんは気にせず、流暢に語り続ける。
「マヤちゃん、今まで友達ろくにいなかったんでしょう。て、ことは当然彼氏もいないよね。女子高生だもん、デートの一つや二つ、したいよねえ」
「言いたいことは分かりますが、僕なんかとデートしても…そうだ、正義さん!正義さんなら、イケメンだし、頼めばデートの一つや二つ…ねえ、マヤさっ、うわ、顔、真っ赤!」
ゆでダコみたいだ。ほんとにすぐ赤くなる人だな。正義さんとのデート想像するだけでこれじゃ、実現したら倒れそうだな。
「わ、私…ぽこ太君とデートしたいです!」
「分かりました、僕で良ければ」
「よし!じゃあ、始めよう。もちろん、ぽこ太君も一緒だよ。マヤちゃんと僕、2人だけだったら何するか分かんないからね僕が」
「ふえ!?」
「お供します!!」
それから、僕とマヤさんは、太郎さんの空いた時間に勉強を教えて貰っていた。僕はマヤさんと学年も違うから、一緒に聞かず、自習していた。時折分からないことがあれば太郎さんが教えてくれるし、僕も助かっていた。何より、太郎さんに教えてもらってるマヤさんは…うーん、ちょっと嬉しそうだな。太郎さんも顔は優しい顔だもんな。
「ぽこ太君、何か分からないことはある?手、止まってるよ」
「太郎さんのせいです」
そして、駆け抜けるようにテストが終わった。成績表を見て、僕は思わず、自分で、おお、と呟いた。普段の小テストから、頑張ってもこれくらいかなーっと情けなく計算していた点よりも少しずつ高い。本当に少しずつだが、これは悔しくも太郎さんのおかげだろう。
「ぽこ太くーん!」
「マヤさん」
マヤさんがスカートを翻しながら、僕に笑顔でやってくる。ずっと走ってきたのだろう、顔が真っ赤で、息が荒い。でもすごい笑顔だ。
「聞いて聞いて!数学、赤点どころか、なんと、平均点より良かったんだよ!」
「おお、やりましたね!じゃ、じゃあ…」
満を持してデートか。これはさすがに僕から誘わねば。うう、なんで僕が緊張してるんだ。ええい話が進まん、僕が咳払いして、マヤさんを見た。
「ど、どこに行きましょうか」
「…え、映画、かな」
「いいですね。行きましょう」
「うん!」
てっきり放課後に行くのかと思っていたら、休みの日にと頼みこまれた。僕は全く用事なんてないから当然大丈夫、しかし日を改めて、服も私服で、と思ったら余計緊張してきた。服はこれで良かっただろうか。まさかスーツで来るわけにもいかないし、かといって格好いい服は僕には似合わないし、あくまで無難に、無難な服にした。普段着に毛が生えたようなものだけど。
僕がそわそわ待っていると、向こうからものすごく可愛いワンピースを着たマヤさんが走ってきた。
「ご、ごめんなさい、遅れちゃった!」
「いや、僕も今、来たところです。じゃあ、行きましょうか」
「うん!」
それにしても―当たり前だが、カップルばっかりだな。マヤさん、本当に僕なんかで良かったんだろうか―って、いかんいかん。せめて、退屈させないようにしないと。
「マヤさん、そういえば、昨日のドラマ」
ん、なんだろう、ものすごく服を掴んでそわそわしている。あ、もしかして、褒めた方が良かったんだろうか。しまった、完全に出遅れた。
「マヤさん、今日の服―」
「に、似合わないよね!こんな女の子女の子したの!竹取ちゃんじゃないんだし」
「いえ、あの―すいません。マヤさん、いつも可愛くしてるんで、気付かなくて。今日も、すごく可愛いです」
「…っ、ふばあああああああ!!」
「マヤさん、そっち車道!!」
結果的に、映画は大外れだった。前宣伝だけが立派で、全く面白くなかった。後半ほとんど寝てた。エンドロールが流れると同時にほとんどみんな席を立ち、早くも悪態をついていた。僕も立とうとしていると、マヤさんが口を開けて寝ていた。ずっと気にして、真っ赤になって口を押さえている。
「ご、ごめんなさい…」
「いえ、僕も寝てました…残念でしたね。映画、また、リベンジしましょう」
「…ふえっ」
また真っ赤だ。映画館出た直後だったら、やっぱり、ちょっと暑いな。
「何か食べますか。お腹すきました」
「はい!!」
そういえば僕もデートなんて始めてだったなんて思いながら、なんだかずっと真っ赤でふらふらしっぱなしだった、マヤさんとご飯を食べて、ぶらぶらして、最寄りの駅まで送った。
映画は失敗だったが、ものすごく楽しかった。僕はその日、久しぶりに眠れなかった。




