1☆
-キーンコーン、カーンコーン…キーンコーンカーンコーン…
テンプレートのような学校のチャイムが鳴り響き、僕がゆっくりと体を起こす。
「う、うーん…」
頭が痛い、何だかものすごく頭が痛い。どうにか目を開けて周りを見渡すと、目の前にはぐったり倒れてる数名の男女。僕はぎょっとして、思わず近くにいた少女の口に手を当てる。息をしてる、良かった―って。当たり前だ。死んでてたまるか。サスペンスゲームのやりすぎだ。
同じ制服、同じ高校に通う男子生徒と女子生徒のようだが―ついさっきまで自分も同じように寝ていたことになる。周りを見渡す、どこにでもあるような教室、ただ違うことは、横一列に机が7個しかない。向かい合う教卓と異常に近い。
僕はとりあえず近くにいた男子生徒をゆり動かしてみるが、びくともしない。女子生徒に触るのは恐れ多い、声をかけてみるが駄目だ。ものすごくよく眠っている。
僕はとりあえず携帯電話を探そうとするが、携帯電話どころかカバンごとどこかにいっていた。とりあえず教室の外に出ようとするが、驚いたことに扉が開かなかった。途端パニックになる。
「お、おい、ちょっと!?」
叩いても叫んでも何も反応はない、嘘だろう、どうして教室の鍵が外からかかるんだ。扉が駄目なら窓、と思ったが、窓も一緒だった。全然びくともしない。蹴り割る勇気は残念ながらない。それなら、と外側の窓に駆け寄る。こっちは意外とあっさり開いたが、空いた理由はよく分かった。高い。四階はある。
さて。
どうしよう、僕はとりあえず座り込んだ。確か今日は入学式、HRも終わり、さっさと帰っていい日だ。ええと、確か、いきなり話しかけてくれた隣の男子とまた明日を言って、それから下駄箱へ―それから―駄目だ、全く思い出せない。
「う、うーん…」
ふと可愛らしい声が聞こえ、僕がそちらに目をやった。寝顔も可愛かったが、起きたらもっと可愛い。ふっわふわの髪とふわっふわの顔、正直に言おう、ものすごくタイプだ。中等部の子だろうか。
「こ…ここは?」
「すいません…僕も何が何やら。扉も開かないし」
「………え?そ、そうなの?」
彼女が落ち着かないようにきょろきょろし始めた。今にも泣きそうだ、慰める格好いい言葉が出てこない、僕が金魚のように口をぱくぱくさせていると、彼女は一人で落ち着いたようだ。ヒーローになりそこねた。
「君…一年生?」
「え、はい」
「そう…入学式だったのに、災難だね。私、二年だから頼ってね…って言いたいところだけど。何も思いつかないや」
「え!?」
思わず反射的に驚いてしまった。年上だった。その反応には慣れているのか、彼女は照れたように笑った。
「やっぱり見えないよね」
「そ、そんなことは」
-がたん!
音に驚くと、後ろの男女がやっと起き始めた。起きてちゃんと顔を見ると、ものすごい濃いメンツだった。
「…おい、何だここ」
「あら…携帯もありませんわね」
「煙草…煙草もない…」
巨乳、お嬢様系、何だか平平凡凡な僕がものすごい場違い感がある。そして中でも一番目を惹くのは、何だ、あのイケメン。王子様か。身長高いよ。肌綺麗だよ、大理石だよ。
「…あ、みんな起きたね」
僕が慌ててふわふわちゃんを背中の後ろに隠そうとする。あんなイケメンと一目ぼれ同士されたらたまらない、しかし僕の行動は遅く、2人は目が合ってしまった。2人は会釈する、終了。何、その、やりとり。
もしかして既に付き合ってたりして―さようなら青春。僕が泣きそうになっていると、他はよく動いていた。先ほどの僕と同じような動きをしていて、各々諦めていた。巨乳のお姉さんが窓を蹴り破ろうとしていたが、お嬢様系に止められていた。
「おい、お前」
「―はい!?」
いきなり巨乳さんに首根っこ掴まれ、窓際に立たされる。
「ちょっとお前、飛び降りて助け呼んでこい」
「いやいやいや!?」
「アホか!」
ぐい!っとイケメンが俺を教室内に引き戻してくれる。格好いい、王子様か!敵う気しねえ!
「やー、こんにちは―。仲良くなってくれて、嬉しいなあ」
のんびり、うたのお兄さんみたいな口調と供にドアが開いた。そこに立っていたのは、いかにも人のよさそうな男子生徒。この男が僕たちをここに閉じ込めた。おまけに眠らせて。全員に緊張が走ったのを感じた。男子は笑って教卓に立つとこう言った。
「さて。今から君たちに殺し合いをしてもらいます」
ぶん!!!
「っざけんなよ」
全員が泣きそうになった直後、イケメン以外ガチ泣きした。別の理由で。あわれ教卓に立った男子は、巨乳さんに背負い投げされていた。いきなりのことで受け身が取れなかったのだろう、そうとう痛かったのだろう。しかし彼女の怒りはまだおさまらず、痛がりうずくまる男子を猫の子のようにつまみ上げた。
「ごめんなさいごめんなさいいっぺん言ってみたかっただけです!」
「死刑死刑死刑死刑」
「落ち着いて!お姉さん落ち着いて!!」
その男は普通でないことは確かだが、少なくても暴力は通じるらしい。僕らの緊張はかなり解けたが、巨乳さんを止めるのにかなり苦労した。
「えーと、さて」
再び、男が教卓に立つ。ぼこぼこだが、もう仕方あるまい。何か目的があるのだろうと巨乳さんを説得した僕たちは、とりあえず用意された机に座った。僕はちゃっかりふわふわさんの隣だが、ふわふわさんの更に隣はイケメンだ。早くもメンタルが痛い。
「僕は風紀委員の××です。こんな方法で呼び出してごめんなさい。でも、こうでもしないと、君たち集まってくれそうにない人たちばっかりだったから…君たち、部活、入ってないでしょう」
う、と顔をしかめる。この高校は部活入部必須なのだ。当然高校も鬼ではないから、特別理由があれば免除されるが、彼らはそうでもないのだろう。
「あ、あの」
僕がそろそろと手を上げる。
「僕…今日、入学式なんですが…決める期間、確か二週間くらい」
「でも、君は入る気ないよね」
「え」
「HRのときに配られた入部届けは、ゴミと一緒に捨てちゃったでしょう」
なんで―す、と背中の後ろが冷たくなった。そんな僕の向かいで、男は笑う。
「あれ、当たった?適当に言っただけなのにな」
なおも笑う。この男―暴力は通じるが、違う意味ですごく怖い。思わず身構える僕を無視するように、男は話を進める。
「ついでに理由も当てようか。入部届けに名前を書きたくないんでしょ」
「―っ」
「臆することはない。ここにいる彼らもみな、キラキラネームなんだから」
「え…?」
嘘、僕が周りを見渡すと、それぞれが、その通りだというような顔をしている。すると男がふと、黒板に大きく、太郎、と書いた。
「これが僕の名前だ」
「…へ、へえ」
「つまんないだろ!?」
「いや、言われても!」
「ああ、羨ましいキラキラネーム!羨ましい!僕も何て読むんですかー、って言われたい!」
ここまで言われたら、さすがに僕もいらっときてしまった。
「あ…のですね。人の気持ちも知らないで」
「…そうだねえ。確かに君の名前にだけはなりたくないなあ」
「!!」
僕が怒りに震えあがると、巨乳さんより早く、イケメン王子が掴みかかってくれた。
「いい加減にしろ。目的は何だ」
「…ごめん。ちょっとはしゃぎすぎた。そうだね、僕の目的はこうだ。キラキラネーム同好会を作ってはどうかなって」
「…き、キラキラネーム同好会?」
何だそれは。
「それは…何をする部活なのですか?」
ずっと怯えてたふわふわちゃんが恐る恐る手を上げると、太郎さんがにこっと笑った。
「そうだね。風紀委員の手伝いをしてほしいかな。僕、こんな調子だから、委員僕以外全部辞めちゃってね」
「自業自得じゃないですか!」
「あと、こんだけキラキラネーム集めたら、世界制服くらい出来そうじゃない?」
「んなわけないでしょ!」
「それに。今ここで同好会発足しちゃえば、君の恥ずかしい名前もわざわざ公然に晒すことはないでしょう」
「え」
に、と笑った太郎さんは、同好会発足の紙を満足げに握りしめ、走り出した。
「じゃ、学校の許可もらってくるからー!」
「ちょ、ちょっと!!」
行ってしまった―だが、まあ、扉は開いた。僕が向き直ると、僕以外、輪になっていた。
「同好会の名前、何にしようか」
「もう何でもいい、お前が決めろ」
「お、お姉さまが入るのでしたら」
「ん?じゃあ私も入るかなあ」
ちょっと待てちょっと待て、みんな入る流れなの?
「あの…みんなどうして…部活ずっと入らなかったのに…」
「「「「名前、書きたくないんだろ?でしょ?だよね?」」」」
四人分の優しい声が重なり、泣きそうになった僕の頭上に。
「それに…お前の名前気になるからな」
「ほら、早く書けよ、ほらほら」
「ぎゃあああああああ!!」
ドSの巨乳さんとイケメン王子の声がふりかかり、僕は本格的に泣いた。
僕は、覚悟を決めて、名字の横に、凸凹、と書いた。それを手に取った巨乳さんが顔をしかめた。部長は、満場一致で彼女になったのだ。
「…何だこれ?…でこぼこ?まあ、確かに珍しいが、そこまで」
「いや…この嫌がり方は、その読み方じゃないだろ………察するにちん」
「うわああああああああああああああああ!!」
笑われる。指差される。気を使われる。身を固くして震える僕だったが、やがて、ゆっくり、顔を上げることに成功した。誰も、笑わない。
「ネットで見たことあったが、実在したんだな」
「確かに、書けないですわね」
普通に、共感して、納得して、そして。
「よく耐えてきたな」
ものすごく、どうでもよさそうに、それでも、確かに、褒めてくれて。僕はまた泣いた。静かに泣いた。巨乳女子の手は煙草臭かったが暖かかった。
「で、こいつ、何て呼ぼうか。キラキラネーム同好会なら、下の名前で呼ぶべきだろ。私は構わんが、女子に呼ばせたらセクハラだぞ」
「では、あだ名を決めたらいかがでしょうか」
「ええと…では…ぽこ太君!」
ぶっ
ふわふわさんが両手を叩きながらそう命名してくれると、部内は爆笑の渦に包まれた。
「な、何で、笑うの!可愛いのに!!」
真っ赤な顔で怒るふわふわさんを見て、皆は尚も笑う。僕もつられて笑った。本名を笑われず、初めて付けてもらったあだ名で笑われた。僕はまた、泣きそうになった。
竹取、と書いて。
「かぐや、さん…」
「そうだよ!変でしょ」
「いいえ、そんなことは全く!!」
こんな光り輝くふっわふわな子が生まれたら僕もつけかねん。僕が力説すると、竹取さんはずっと笑っててくれた。
名前はそのまま、部長の名前をとって流星同好会になった。ながれぼしと読むらしい。なんというか、ぴったりだ。
同好会は風紀委員補佐として認められ、とりあえず解散となった。やったことといえば、戻ってきた太郎さんをタコ殴りにして(流星さんが)ぱしらせて(イケメンが)暗くなるまでお茶会してたくらいだ。
「よし、私たちも帰ろうかぽこ太君」
「はい!」
「ふふ、我ながら可愛いあだ名つけたなあ…今度こそ、分からないことあったら何でも聞いてね」
「あ、じゃ、じゃあ………竹取さんって、その…付き合ってる人って、いるんですか?」
言った。言えた。聞けたぞ、こんちくしょう。下の名前ばれたから、こんなことも聞けちゃうのか。けどびびりだから、イケメン王子と付き合ってるんですか、とは聞けなかったけど。
「いないよ」
「そ、そうですか!」
ウェルカム青春!!
「か、竹取さんがいないなんて意外だなあ!理想が高いんじゃないですか?」
「そんなことないよ!強いていうなら、年上がいいってくらいで」
さようなら青春!!
「ぽこ太君?どうしたの?帰ろ?」
「…はい!!」
負けてたまるか、僕は元気に竹取さんについていった。
「おはよう」
「おはよう。あ、なあ、何て呼んだらいい?何かあだ名とかあった?」
「…ぽこ太って呼んでくれ」
小さい頃からの夢は、一日も早く、一人前になって名前を変えること。だから、そうできる前の限られた時間の中では、胸を張ってこのあだ名を名乗ろう。あの最高に可愛い先輩がつけてくれた、このもう一つの名前を。




